転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
六十二 ちょっと濃すぎじゃないですか?
――正確に表現するならば。
まず、マズルありの獣人である。
狐獣人で、背丈は2メートルを軽く越えている。
足腰、二の腕、腹筋。
あらゆる場所が濃密な筋肉の鎧となっており、衣服は豪奢な武道着みたいな感じ。
腹の筋肉がカッチカチだ。
この世界の人間は筋肉をあまり鍛えない、魔力強化が身体能力の要だ。
なので狐火やシドウ様のような筋肉ムキムキマッチョマン、もしくはウーマンは非常に稀であり。
存在感がパない。
加えて、六大宿痾としての”気配”があまりにも濃密で。
私は珍しく興奮よりも感嘆のほうが先に来た。
これが最強なのだ、目指すべき頂きの一つなのだという実感。
強烈に、私という個人へ揺さぶりをかけてくるかのようだ。
そして、そんなふわふわした感覚も戦意の高ぶりとともに霧散する。
来る、と確信した直後。
『どれ、ではまず小娘の強度を確かめるとしようか』
「――ッ!」
目前に、狐火の姿があった。
飛び膝蹴りだ!
私はそれをギリギリで疾討を差し込んで防ぐ。
勢いよく後方に吹き飛ばされて、少し滑る。
差し込んだのが、破壊不可能の”呪い”を持った疾討でなければ、そのままミンチにされていただろう。
『勘はよい、がそれだけか?』
追撃はない。
必要ない、ということだろう。
今の一撃で、概ね狐火は私の戦力を把握したのだ。
そしてそれは、私も同様である。
シドウ様は、ここに来るまで狐火の説明をほとんどしなかった。
私ならば、見ただけで概ねのことは察することができると理解しているからだ。
実際、今の一合だけで狐火の特性は概ね理解できた。
そのうえで思うのだが、狐火の説明をしなかった理由は、あのインパクト抜群の見た目で私を驚かせたかったからじゃないか?
視線を向けると、バレたか、みたいな苦笑を浮かべられた。
確かに驚きましたけれども!
こんな雅な感じの声と態度から、こんな超武闘派ムキムキ狐がでてくるなんて思いませんけれども!
「そら、俺を無視してんじゃねぇ……よ!」
『ふん……!』
シドウ様と狐火が打ち合う。
見た感じ、狐火とシドウ様の膂力は若干狐火のほうが上といったところ。
ギリギリ打ち合えないほどではない、くらいに。
両者の実力はそこそこ近い。
それが意味するところは――今の狐火が全力を出せない状態であるということだ。
そりゃそうだ、シドウ様とその奥様が二人がかりで痛み分けにしか持っていけなかった相手と。
十五年もこうしてシドウ様一人で打ち合えるわけがない。
加えて、先程から狐火が座っていた玉座を中心に魔法陣が展開されている。
おそらくアレが、狐火の封印。
そしてその魔法陣の光は、少しずつ強まっているのだ。
であれば、このまま戦闘を続けていればいずれ再び封印が施される仕組みになっているのだろう。
シドウ様は勝つためにここへ来た、と言っていたが……
「……今は考えている暇はありませんね」
とにかく、そこら辺の考えは終わった後に巡らせればいい。
今は最強――六大宿痾との戦いを楽しもう。
「……参ります!」
『ほう』
私の言葉に、狐火が聡く反応する。
今はシドウ様との打ち合いの最中、そんなことをすればシドウ様が反撃の糸口を見つけるだろう。
そこに私が切り込むわけだが、それは流石に向こうも解っているはず。
何より私自身、この一撃が決定打になるとは思っていない。
三重強化で一気に肉薄。
背中を晒している狐火に、疾討を振るうと――
『……失望よな』
私の一撃は、狐火に通りすらしなかった。
「……やはりですか」
『わかりきっていることに、力を使うなど無駄なこと。妾が求めるは最強のみ。妾の肉体美に傷をつけられぬ弱者など不要! 確認せねば解らぬか?』
シドウ様と打ち合いながら、私に狐火が言葉を返す。
すなわち、狐火は一定以下の攻撃力のダメージを無効化してしまうのだ。
それは私の三重強化ですら例外ではない。
「こいつの厄介なところは、この足切りだ。現状、世界でこいつに傷を与えられる人間は――この世に
『そういうことだ。故に、期待してあるのだぞ小娘。妾に一太刀浴びせてみせよ! さもなくば、この戦場で塵として果てるまでよ!』
何故か、敵味方双方から発破をかけられてしまった。
いや解っている、解っているのだ。
狐火と打ち合った時点から、私の人読みがこの結果を予測していたのである。
しかし何事も、実際に試してみなければ確証は得られない。
そのうえで、狐火の性格上、確かめるぐらいなら”許して”もらえると思ったのだ。
そしてそれは事実。
何にしても、そろそろシドウ様が苦しくなってくるころだろう。
私も攻撃に加わらなくてはならない。
「まったく、我儘な宿痾ですねぇ!」
言いながら、私は四重強化で斬りかかる。
それを狐火は、こちらに視線も向けずに受け止めた。
私の出力は四重強化でもシドウ様以下。
とすれば、純粋に狐火をどうこうできるものではないと、わかりきってはいるけれど。
ノールックとは恐れ入る。
『はっ、この程度か!?』
「なんの!」
そのまま地面に叩きつけられそうになったので、疾討から手を離してそれを逃れる。
更に疾討を狐火の手から”呪い”を利用して回収すると、更に切りかかった。
「これなら……!」
『見えておるわ!』
しかしそれも、身を捩ってかわされる。
そこをシドウ様が更に狙うが、それも対処されてしまった。
私は一旦そこでその場を離脱。
更に四重強化で別方向から攻撃を加える。
シドウ様みたいに、直接切り合うような戦闘は私にはまだ無理だ。
ヒットアンドアウェイのように、シドウ様を邪魔しないよう適時攻撃していく。
とはいえ――
「全く攻撃が通りません!」
どこから攻撃しても、どれだけ隙を見つけようとも。
狐火はそれを防いでしまう。
なにせ、狐火が見せている隙は、わざと晒している隙なのだ。
こちらが攻撃して来やすいように。
戦況が硬直しないように。
『これはよいな! やはり数が増えるとそれだけ戦い方も変わるというもの! 妾をもっと楽しませておくれ!』
とにかく戦うことが好きなのだ。
戦況の硬直など許さず、常に正面からのぶつかりあいを望む。
最強であるために、眼の前の敵を打倒するために。
六大宿痾は言葉を操る。
もともと宿痾には意思があった。
昔退治した剣の鬼も、「ヨース」の街の合体宿痾も。
それぞれに意思と感情のようなものが垣間見えたのだ。
故に、言葉を操ることに違和感はない。
しかし同時に、こいつらは人間とは違う生き物であることをひしひしと感じる。
あまりにも狐火は、戦うことしか考えていない。
その後のことなんて一切気にしてはいないのだ。
なんとなく、気持ちがわかる気もする。
後先考えず、ただただ強さを求めるというのは、何事にも代えがたい行為だ。
とても楽しく、刹那的で、そして何より破滅的。
あまりにも罪深い行為と言えるだろう。
なにせ本当にただ強さを求めるなら、最強を自分だと手っ取り早く証明するなら。
世界中全ての人間を殺して、私一人になるのが一番確実なのだ。
そんなこと、今まで考えても見なかったけれど。
こうしてそんな破滅的な”鬼”を前にした時、その思考を理解できてしまう。
なるほど、周囲が私を鬼と思うのは納得だ。
しかし、一つだけ否定しなくてはならないことがある。
「弱いものと戦うことは、無駄だと言いましたね狐火」
『カカカ、それがどうした。小娘、貴様は強者だ。弱者との戦いなどつまらないだろう?』
「――いいえ」
違う、それは違うのだ。
「楽しいですよ、とても楽しい。どんな相手との戦いにも、意味は間違いなくあります。それは間違いなく糧になります。ええ、ですから……」
楽しいのだ。
戦うことは、強くなることだから。
どんな相手との戦いだって、経験には変わりないのだから。
故に――
「いひ、いひひひひ……いひひひひひひ!」
『おい、続きはどうした。さっさと話せ』
「いひひひひひひひひっ!」
アレ、語っているつもりなのに伝わっていない。
笑いが抑えきれないからだろうか。
でもしょうがないよね、楽しいのだから。
『なんだその雌を抑えきれぬだらしない顔は、おい小童、最近の人間というのは皆こうなのか』
「こいつが特別変なだけだよ」
「ひーっひっひっひ!」
なんですかぁ、聞こえませんねぇ!
ああ、楽しいなぁ! 狐火との戦い、楽しいなぁ!!