転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
――宿痾の主たる剣の鬼を見た時、歪だと私は思った。
鬼の目は、剣に狂っていたのだ。
しかしこの鬼は、生まれたばかりの存在だろう。
剣に狂う動機がないのだ。
ただ、そういう存在だからという理由だけで、鬼は剣に狂っていた。
これを歪と言わずなんという?
とはいえそれは、私も似たようなものだ。
私は剣に魅入られた。
父の振るう剣が、いとも容易く岩を斬り裂く姿に憧れた。
だというのに、私が身につけたのは魔力の制御だ。
剣の腕ではない。
無論、その二つに強さの差があるわけではないけれど。
はたしてこれは、剣の鬼の歪さと何が違うのだろうか。
――そんな私の剣を、自由だと、美しいと評価された時。
私はそれを、上手く理解することができなかった。
だが、こうして同じ歪な鬼と出会った時。
少しだけ、解った気がする。
それは――
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鬼とカグラが、死闘を繰り広げている。
互いの刃をぶつけ合って、火花を散らすのだ。
その中で鬼は――圧倒されていた。
瘴気を飲み込み影を纏い、今の鬼は宿痾の主としての本来の形を取り戻している。
こうなってしまえば、百鬼夜行を起こすことはできない。
だが、百の鬼よりも今の鬼は万倍も強い。
それなのに、そうであるはずなのに――
鬼の意識が理解を拒む。
眼の前の、アレはなんだ?
人間が扱う、特異な力――魔力と呼ばれるそれをおかしな方法で操り、カグラは鬼と対等以上に渡り合っている。
鬼は生まれたばかりだ、この世界の道理などわからない。
だが、いまカグラのやっていることがおかしなことであることは、解る。
先ほどまでのカグラは、ただ魔力をまとっているだけだった。
だが今のカグラはどうだ。
まるで纏う魔力を複数に重ねているとしか思えない膂力と頑丈さ。
そして、速度。
どれをとっても、瘴気を取り込んだはずの鬼を上回っている。
これが異常でなくて、なんという。
――迫りくるカグラの刀を、鬼が剣で受け止める。
押し負けた剣を、逸らすようにして流す。
防いだ、しかし鬼が反撃に移るよりも早く、カグラは次の一手を打っている。
弾かれたカグラの着地した位置は、鬼の足元。
そのまま、鬼へと斬りかかり刀を振るうのだ。
その動きを、既に鬼は何度か見ている。
故に、鬼は動じることなく――カグラの剣を無視してカグラに切りかかったのだ。
両者が同時に激突する。
カグラの剣は鬼を切り裂き、鬼の剣は――カグラがかざした二の腕に打ち付けられた。
激しく大気が震え、地面を揺らした。
結果として、鬼は体の一部を抉られるように切り裂かれた。
だが、致命傷ではない。
問題は――
カグラが無傷であるということだが。
カグラは、二の腕で鬼の剣を受け止めていた。
見れば解る、彼女は二の腕の受けた場所に
体全体にかければ、数回で魔力が尽きてしまうだろう強化を、ただの一箇所に集中させているのだ。
魔力は消費する量を増やせばそれだけ層のようになって強化者を守る。
それが多重ともなれば、いったいどれほど堅固な盾となるだろう。
異常であり、異様である。
ここまで、カグラと鬼の戦闘が継続されているのは、鬼のタフネスが原因だ。
宿痾の主として、通常の魔物とは比べ物にならない耐久性を誇る鬼。
それを利用して、致命傷だけは絶対に避けながら肉を切らせて骨を断つのが鬼の戦略だった。
だが、一向に鬼はカグラの骨を断つことができていない。
何より鬼には――眼の前の”何か”を理解できないでいた。
眼の前の人間が、なぜこうまでして鬼と戦うのか。
鬼には解る、この人間は自分の同類だ。
鬼は剣を持って生まれた宿痾の主だった。
それはすなわち、剣によって人を殺しそれに酔う性質を持っていることにほかならない。
剣の里における剣鬼とは、この鬼のような存在を指す。
だからこそ、鬼は不可思議でならない。
眼の前の人間は、自分と同じ生き物のはずだ。
剣に魅入られ、それに全てを捧げられる怪物のはずである。
だというのに、一切臆することなく。
他者のためにカグラは戦っている。
他者など慮れないはずの剣鬼が、人間のように他者を慈しんでいる。
――気味が悪い。
あまりにも、薄気味悪い存在が目の前にいた。
理解できない存在だ。
なぜ、戦いの中でそれほど情熱的に笑みを浮かべていながら、それに酔わない?
嬉々として命を賭しながら、命を守ることを是とする?
この女は――一体なんなのだ?
その時――カグラが鬼の剣を
鬼が、一瞬だけ動揺する。
そこにカグラが――口を開いた。
「ああやはり――似ていますね」
何を、と思う間もない。
剣に――亀裂が入るような音がする。
「貴方と私が――ですよ。お互いに、とても歪なのです」
焦りが、生まれる。
「貴方は剣に狂っている。ですが同時に、その意思には理性が見えます。以前、母上から聞きました。宿痾には高い知性がある、と。言葉なくとも、魔物と比べて圧倒的に宿痾は思考しながら戦っているのですね」
そして同時に、図星を突かれた。
焦りという感情は、狂っていては生まれないものだ。
だが、それだけではないと鬼は思う。
同時に高揚も、確かにしているのだ。
今この女を、この状況まで鬼を追い詰める女を、八つ裂きにすることはさぞ愉しいだろう、と。
「それでも、貴方の狂気は本物です。私を殺し、強さに酔いしれようとしている――だからこそ、思いました。たとえ歪んでいようと、植え付けられたものであろうと」
カグラは剣を握りつぶす。
剣士とはとても思えぬ方法で、鬼の剣を砕こうとしてくる。
それが彼女の求めた強さだからだ。
確かに、歪んでいる。
「――その感情に、嘘はないのだと!」
ついには、鬼の剣が砕け散る。
しかし、すでにこのとき鬼はその先を見ていた。
焦りも困惑もある。
だがそれ以上に、眼の前の敵を――殺し尽くすために。
鬼は、砕けた刃の一欠に手をかけて、そのままカグラへと振り下ろす。
事前に溜め込まれた力が一気に解放され、カグラへ向けて刃が押し付けられる。
それをカグラは――刀で弾いた。
砕けた剣の欠片は弾け飛び、しかし周囲には
そこからは、もはや剣士の戦いではなかった。
宙を舞う刃を、カグラに浴びせつけるように腕を振るう鬼。
それをすべて弾き飛ばすカグラ。
壮絶で、けれども数秒にも満たない死闘。
その果てに――カグラはすべての欠片を弾ききった。
しかし、その結果――隙を晒す。
刀を振り切った体勢で、一瞬だけ止まってしまったのだ。
そこを見逃す鬼ではない、なぜならその瞬間を、待ち続けていたのだから――
鬼は、もはや剣ではなく、ただの拳を振り下ろした。
もはや剣鬼の体裁などない。
だというのに今この瞬間、鬼は短い生の中で、最も強く高揚していた。
勝利を確信し、殺すことに醉っていた。
まさに、歪な剣鬼。
それを――
「づ、ああ!」
カグラは
驚愕。
出力の差で、確かに押し返すことは可能だ。
しかしそれでも、無茶な行動。
何よりカグラのそれも、剣士としてはあまりに不格好。
剣鬼と呼ぶには、あまりに歪。
それでも――頭突きの反動で額から血を流しながらも、カグラは再び剣を構える。
「――これで!」
ああ、それは。
その姿は、確かに剣鬼ではない。
しかし壮絶に、思うがままに勝利を渇望する。
その姿は――
まさしく、修羅だ。
踏み込んだカグラの一撃は、一瞬にして鬼の足を切り落とす。
傾いだ体の、そのまま腕を。
そして最後に――
首を刎ねた。
ああ――美しい。
歪を受け入れ、それでもなお渇望をやめず。
さりとて人の道を外れることなく、他者のために剣をふるい。
人として、強さのいただきを目指し続ける修羅。
あまりにも、そのあり方は美しい。
だから鬼は――笑っていた。
ただただ、眼前の修羅に祝福を。
ただただ、鬼の意思を伝えるために。
――見事だ、と。
そう思いながら、命を落とす。
最期に見た光景は、こちらの意思を受け取ったのか、若干の困惑を感じつつも頭を下げる、一人の少女の姿だった。
――かくして、カグラは宿痾の主に勝利する。
本来であれば、七刀のような理外の天才なくしてはありえない勝利。
カグラもまた、努力の天才である。
その努力が、強さの執着によって生まれた力が――歪な鬼を討ち取った。
お読み頂きありがとうございます。
ここまでがプロローグになります。
今後とも続いていく予定ですが、まずここまでお読みいただき大変嬉しく思います。
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魔力によるピンポイント強化に関する部分に補足を入れました。
ピンポイントでバリアを入れてるような感じだと思ってください。