転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す 作:暁刀魚
不思議な感覚だった。
私の意識に何かが混ざり込んできているのだ。
それは、人とは違う何かの気配。
すぐに理解できた。
あの場所に残っている人ではない気配は、一つしかないからだ。
「――狐火」
『ほう、まさか一瞬で理解するとはな』
狐火が、そこにいる。
気配だけがそこにあるのだ。
おそらく、すでに本体は消滅している。
意識だけが瘴気の中に混じっているのだろう。
「それで、なんの用ですか?」
『用など決まっているだろう。よもや、よもやだ』
「そんなに負けたことが悔しいのですか? 最後っ屁すら透かされてしまったのですし」
あの時、狐火は少なくとも一人は”持っていける”と確信しただろう。
瘴気を対処できるのはレイナさんだけだった。
そのレイナさんが落ちた時点で、助かるには誰かが犠牲になるしかない。
わかっていたからこそ、狐火はアレを試練といったのだ。
そして――
『まさか。言っただろう――見事だ、と』
狐火は、驚くほど穏やかな声で私をねぎらった。
思わず、私が呆けたのを見て、静かに笑みを浮かべている。
『カカ、その顔を見れただけでもこうして化けて出た価値もあったか』
「え、あ……いえ、悔しくないのならいいんですけど」
『――もとより、妾はあの
「負け惜しみ、ですか」
ある意味、言い得て妙だ。
狐火は自身の強さに誇りを持っているから、それ以外の強さとそれによる被害が気に入らないのだろう。
『仮に悔しいと思うなら、魔術師の小娘を殺せなかったことだ。アヤツ、あの状況で自分を守るために防御の魔術を使いおった』
「……? それはどういう?」
『わからんか。あやつは自身の命を犠牲にすれば
「……あっ!」
意識を保ったまま攻撃を受けていたら、レイナさんは助からないほどのダメージを受けていただろう。
しかし、そのかわり最後の狐火の瘴気を封印で抑え込めていた。
それをしなかったのは――
「……レイナさんは、私の五重強化を”見抜いて”いて、それにすべてを託したんですね」
たしかあの時、私達の腕比べをレイナさんもリンカねえさまとみていたはずだ。
そこで人読みが私の五重強化を見抜いたのだろう。
シドウ様が読めなかったそれを、レイナさんが。
『カカ、結果として貴様はその大博打を成功させ、すべてを守り抜いた』
「……」
『――完敗だ。認めよう』
そして、狐火は。
『貴様の勝ちだ、
初めて、私の――人の名を呼んだ。
「……覚えていないと思っていました」
『言っただろう、認めれば、その名を呼ぶと』
「結構律儀なんですね、狐火」
『……さて、カグラ。貴様は妾に勝った』
――意識が、覚醒に向かっていく。
狐火とのこの”混信”も、もうすぐ終わりということだろう。
その中で、狐火はただただ微笑んでいる。
驚くほど、穏やかに。
『ならば、貴様が最強になれよ』
――私を、見送っている。
「……はい」
その言葉に、私は頷いて。
私を見送る狐火に背を向けて、駆け出した。
+
――そして、目を覚ますとすべてが終わっていた。
私は、「ラリス」の街で泊まっていた部屋で目を覚まし、外に出ると酒盛りがすごいことになっていた。
「――あ、カグラちゃん。起きたんですね!」
「レイナさん。……私、どれくらい寝てました?」
「一日くらいかな……瘴気に当てられたみたいでしたけど、大丈夫ですか?」
「ああちょっと……狐火と話をしていただけでしたから」
どうやら、あの短い会話で一日経過していたらしい。
その間、冒険者はずっと酒盛りをしていたのだとか。
多分、あと数日は続くんじゃないかなぁ。
「それにしても、狐火に勝ったんだとしてもすごい盛り上がりですねぇ」
「それがね、すごいんですよ! なんと、死者が一人も出なかったらしいんです!」
「おお、すごいですね!」
一応、死者が出そうな表組には致命の一撃を防ぐお守りと、リンカねえさまという保険があった。
だから表組に死者はそうそうでないはずで、問題は裏ダンジョン組。
あっちはお守りがあってもどうにもならないから、生き残れるかは割と賭けだった。
しかし、最終的には被害なく生き残ったらしい。
ようするに――
「完勝じゃないですか! すごいですね」
「うん! おかげで酒盛りが盛り上がりすぎて……アルコールで死人がでないといいんですけど」
「それ本当に洒落にならないですからね」
冒険者は酒飲みが多いから、特に気をつけないと。
なんて話をしながら、レイナさんとホールに向かって歩いていると――
「うわっと」
なにかに躓いた。
いや、なにかっていうか、倒れた酔っぱらいだ。
というか――
「……リンカねえさま」
「んぐおごごごごご」
すごいいびきを掻きながら寝ているリンカねえさまが、そこにいた。
うーん、これはなんか私より長く眠ってそうだなぁ。
ある意味、私達より動き回ってただろうから仕方ないのかな。
そう考えると、レイナさんはちょっと包帯を巻いてるところはあるけど元気そうだ。
「そうだ、シドウ様は……」
「ん、あっち……かな?」
レイナさんがそう言って、ホールの一番盛り上がっている方を指差す。
アレはうん、わかりやすいなぁ。
「じゃあ、シドウ様に挨拶に行きましょうか」
「私は……お酒で倒れてる人がいないか気になるから、医務室に行ってくるね」
「わかりました。ではまた後で」
「あ、そうだ」
と、一度別れようとしたらレイナさんにもう一度声をかけられた。
「カグラちゃんはこれから、どうするの?」
「これからですか? んー、リンカねえさまから一度、ヤーファンの王都に来てほしいと言われているので、それについていく予定ですね」
「……じゃあ、寂しくなりますね」
「そんなに早くいなくなるわけではありませんよ。この街がこれからどうなるのか気になりますし、一月くらいは滞在してもいいのではないかと」
何より、今の私はまだシドウ様より強いと断言できるほどではない。
狐火の脅威がない今、思う存分シドウ様と鍛錬をするのもいいのではないか。
まぁ、そこら辺はシドウ様に聞いてみよう。
「これから、かぁ」
「ふむ、まぁ色々あるでしょうし、シドウ様に直接聞いてみますね」
「あ、うん。じゃあ、……カグラちゃん。パパを助けてくれて、ありがとね」
「はい!」
そうして、レイナさんと別れた。
なんというか、これからも顔を合わせるけれど。
”これから”のことを話すことは、もうない気がする。
ある意味で、これが私とレイナさんの道がそれる決定的なタイミングに思えた。
まぁそれは……
「――シドウ様!」
「んお、カグラじゃねぇか。もう起きてくるとはな」
シドウ様も、同じなのだろう。
人に囲まれたシドウ様に、人波をかき分けて声を掛ける。
中には避けてくれる人もいたけれど、今は酔っ払いが圧倒的に多いからしょうがない。
「まずはお疲れ様でした、ご無事で何よりです」
「そっちもな。瘴気を消し飛ばしたと思ったら、そのまま倒れて焦ったぜ」
「あはは、ご心配をおかけしました」
それから、シドウ様とあの後のことについて話す。
まず、狐火が倒された時点で魔物は消滅したようだ。
宿痾の主だけは狐火の配下判定ではないのか消滅しなかったものの、シドウ様が帰り際にまとめて片付けたらしい。
いいなぁ、羨ましい。
こほん。
「終わったんですねぇ」
「……だな」
私の言葉に、シドウ様はどこか寂しそうに返す。
「これから、この街はどうなりますか? ダンジョンはもう機能していないのでしょう?」
「まぁ、街自体はもう必要ねぇだろうな。ここは立地的に旨味のある土地でもねぇし」
あくまで「ラリス」はダンジョンを攻略するための街だった。
そのダンジョンが失われれば、街としての役目は終わりを告げるだろう。
「ただなぁ……冒険者の方はどうしたもんか」
「と、いいますと?」
「――あたしらはシドウの旦那に惹かれて集まったんだ! どこにでもついていくよ!」
「うわっ!」
ふと、声がする。
これは……鮮烈のお姉さんかな?
ああ、なるほど。
どうやらここにいる冒険者の多くは、シドウ様についていくらしい。
「いや、どこに行くんだって話なんだが……やっぱ魔窟か?」
「そこはまぁ……ゆっくり考えればいいのでは?」
「そうだなぁ。ま、しばらくはラリスの後始末もある。半年くらいはゆっくりして……それから考えるさ」
細かいことは、これから考えればいい。
実に冒険者らしい考えだった。
「――カグラ」
「はい」
そして、話が一度区切られて、シドウ様が私を正面から見据える。
「あの時――お前さんが瘴気を吹き飛ばしたとき」
「……五重強化ですね」
「
「――!」
その言葉は、思った以上に私に大きく響いた。
私が、母上より強い?
「あくまで、俺の印象の上での話だ。おそらく、俺があいつと最後にあった時より、お前さんの知ってるあいつの方が強いだろうしな」
シドウ様は、もう随分と母上と顔を合わせていないようだ。
だから、あくまで印象は発展途上の母上の話になるけれど。
五重強化を使った私は、その時の母上と正面から戦えるらしい。
「つっても、まだお前さんは未完成だ。あの五重強化も安定して使えるわけじゃないだろ?」
「まぁ、はい。多分、落ち着いた状況でも成功率は低いでしょうね」
あの時、腕比べをしたときの私はあくまでシドウ様に
普通に考えれば、私はあそこで五重強化を成功させられず負けている。
同じように、私はまだまだ伸びしろがあるのだ。
「だから、カグラ」
シドウ様の手が、私の頭に載せられる。
大きな、そして偉大な手のひらだ。
そして――
「お前は、最強になれ」
穏やかな、笑みを浮かべてそういった。
ああ、なんというか――
「……はい!」
狐火に勝てて、よかった。
あんなふうに敵から穏やかに送られて。
そして、シドウ様からも同じように優しく道を示されている。
それは、シドウ様が生きていなければできなかったことだ。
私が成し遂げたのだ。
ああ、だから私は――
――私は、勝利したのだ。
お読みいただきありがとうございます。
本作はここで一区切りとなります。
一応続く予定ですが、しばらくお時間いただくこととなります。
よろしくお願いします。