転生者、娯楽に餓えて強さを求め、天衣無縫の修羅と化す   作:暁刀魚

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第五章 王都であれやこれや
八十六 一体全体どうしてこんなことに?


 ヤーファン王国。

 剣の里、「カルマン」、「ヨース」等の都市を有する豊かな大地と穏やかな気候の国家。

 その王都は大陸随一の都市として知られ、多くの人間が外からやって来る。

 時刻は夜、人々が寝静まった静かな夜。

 ”それ”は音すらも置き去りにするような刹那の中で行われていた。

 

 ――剣と剣のがなり合う激しい音。

 死闘だ。

 

 物騒とは程遠いとされる治安を誇る王都において、そのようなことは珍しい。

 ましてや、その死闘を繰り広げる両名が音速以上の速度で戦いを繰り広げるとなれば、果たしてどれほどの激闘になりうるか。

 すくなくとも――現在、この王都で彼、もしくは彼女達の死闘は()()()()()()()()()()()

 あまりにも速すぎるのだ。

 音すらも、光すらも、存在すらも、生命さえも。

 何もかもが速すぎて、常人には近くすらも許されない。

 そんな世界で、二人の剣士が争っていた。

 

 どちらも、特徴的な装いをしている。

 一言でそれを表現するのであれば”和装”だが、残念ながらこの世界にその言葉はない。

 ただ、この装いを持って両名の出身は知れる。

 一人は男で、一人は十と少しの少女だ。

 男の持っている剣は短剣で、少女が持っているのはこの大陸で彼女のみが持つことを許された得物。

 ――刀だ。

 月光を浴びて煌めく刀身が、男を狙う。

 男はそれを巧みに短剣で捌いていた。

 移動を続けながら、激しい打ち合いが続くのだ。

 

 戦闘は、高度な所で拮抗していた。

 少女の一撃はひたすらに愚直だ。

 相手の嫌がる所だけを端的に狙ってくる。

 しかしそれ故に読みやすい。

 技術で捌くことができるのだ。

 だが同時に、技術だけでは相手しきれない”勢い”が少女にはある。

 何より男は気圧されていた。

 眼の前の少女に。

 ただただ無我夢中に剣を振るう少女に。

 

 美しい白髪の少女だ。

 夜空の下にあっても、これほど目立つ髪はそうない。

 首元で括られた髪がたなびき、少女は街を駆ける。

 ときに空中を、ときに地上を、ときに屋根の上を。

 あらゆる場所を駆け抜けて、男を追いかける。

 男の目には、暗闇の中に怪しく光る彼女の紅い眼を捕らえた。

 それが――迫る。

 豊満過ぎる乳房とともに――!

 

 ――一直線の閃きだった。

 ただただこの死闘を楽しむ意思だけが載せられた、殺意も敵意もない一撃。

 愉しんでいるのだ、この剣鬼としか思えない女は。

 短剣で、それを逸らす。

 恐ろしく重い一撃だ。

 こんなにも重い一撃()()()()()()()()

 だからこそ、気圧されていた。

 ”それ”は確かに気圧されているのだ。

 

 そこからも死闘は続く。

 両者は完全に拮抗していた。

 逃げているのは男だが、捌いているのも男だ。

 この状況、イニシアチブは男にある。

 しかし、だというのに振り切れない。

 この妄執とも言える追撃は、正面から相手にするべきではない。

 一度振り切って態勢を立て直し、再び挑むか逃げるかを選ぶ必要がある。

 

 ――逃げる?

 己が?

 一瞬、とんでもないことを考えたことを理解する。

 理解してしまったのだ。

 本来であれば、この大陸を震撼させる存在であるはずの自分が。

 人類の大敵たる自分が、このような小童に恐怖していることに。

 冗談ではない。

 しかし少女を振り切れていないこともまた事実。

 この戦闘を、続けるべきではないのだ。

 だから、手を打たなければならない。

 何よりも、この状況で戦闘を続けるのは危険だ。

 自分とこれだけ戦闘をしていながら、あの少女は未だに戦意を衰えさせていない。

 ありえないことなのだ。

 そんなことが許されていいはずがない。

 おかしなことが起きている。

 起こるはずのないことが、起きているのだ。

 

 己と相対し、恐怖を覚えぬものはいない。

 足をすくませないものはいない。

 そうでなければならない。

 ならないと、己が生まれた時から決まっている。

 なぜならば――

 

 

「追いつきましたよぉ、()()宿()()さぁあああああああああんん!!」

 

 

 ――その時。

 耳元から聞こえた少女の声に、男は飛び退く。

 声をかけられていなければ、反応が遅れていた。

 今まさに首元を通っていただろう刃を、己は回避できていなかった。

 ――あり得ない、己は六大宿痾なのだぞ!?

 

『ま、まったく……ひどいことをしてくれるな――カグラ』

 

 男の口から声が漏れる。

 宿痾の主特有の、どこか加工されたような声だ。

 そんな声が、少女の名を呼ぶ。

 眼の前の剣鬼――カグラの名を。

 

「ひどい……とは心外ですね。このままだと決着がついてしまいそうだから、声をかけてあげたというのに」

『決着が()()()()()()()()? ……おかしなことを言うな。君は人間だろう。人間にとって六大宿痾は大敵だ。殺さないわけにはいかないだろう』

 

 ――少女の足が止まった。

 なぜ今になって、言葉を交わすつもりになったのかはわからない。

 しかし、チャンスだ。

 間違いなくこの女は油断している。

 言葉からして、勝ち誇ったような態度を隠しきれていない。

 ただの人間が、六大宿痾に勝ち誇る?

 冗談もほどほどにしろ。

 人と六大宿痾の間には、大きすぎる力の差というものがあるのだ。

 今はそれを、十全に発揮できていないだけで――

 

「理由は二つあります。一つは言うまでもないとおもいますが――」

『ふん、とんだお人好しだなぁ。剣の里の剣鬼が聞いて呆れる』

「……剣鬼? なんのことです?」

 

 男の口から、カグラを煽る言葉が紡がれる。

 この少女は男の基準から言えば、あまりにも危険だ。

 剣鬼。

 剣の里において、強さを求めた結果人すら斬ってしまうようになった怪物。

 人手ありながら、魔物の側によってしまった人類の敵。

 眼の前の女がそうでなければ、なんというのか。

 自覚がないとは、なんとも度し難い。

 

『その剣に狂った態度、おかしな頭、でかすぎる胸、どこをとっても剣鬼以外のなんだというのだ』

「剣鬼がデカパイみたいな言い方はやめていただきたい!」

『何を言っているのだ。とにかく、お前のような剣鬼の口から、そのようなお人好しな言葉が漏れるのが滑稽に聞こえてならないのだ』

「はて――」

 

 カグラは何事かを言いたげだが、男は構わず続ける。

 

『衝動を開放しろ、本能に逆らうな。ただ自分の欲求にだけ従え。そうすれば貴様は、己により近づける――』

 

 それは決まり文句のようなもの。

 その六大宿痾にとって、求めるのは人間の堕落。

 人が人のまま、悪鬼へと堕ちていく様だ。

 故にこそ――

 

 

「それはつまり――一つになってくださるということですか?」

 

 

『そして己の前に屈服し――へ?』

 

 六大宿痾は、カグラのことをこれっぽっちも理解できていなかった。

 彼女の目的も、彼女の性質も、彼女の本能も――

 

「私、ずっとあなたと一つになってみたいと思っていたのですよ!」

『……何を言っているんだ?』

「文字通りの意味ですよ! あなたの性質を考えれば非常に自然なことではないですか! これこそが、あなたとの決着をつけたくないもう一つの理由です!」

 

 いよいよもって、本気でおかしくなったのか?

 六大宿痾は完全にカグラがわからなくなった。

 この女が何を言っているのか、どうしてここにいるのか。

 

()()()()()()()()()()()! それは私がこの世界で憧憬に焼かれた時よりの宿命であり、私が生きる理由です!」

『な、なぜそんなこと――』

「――楽しいから、ですよ!」

 

 ――カグラが、こちらに突っ込んでくる。

 おかしな笑みで。

 ありえない言葉を口にして。

 楽しいから? それはつまり、この女は――ただの娯楽で強さを求めているというのか?

 そんなもの――剣鬼ですらない。

 

 

「さぁさぁさぁ! もっともっと、私と溶け合って一つになりましょおおおおおおう!」

 

 

 ――修羅だ。

 これは、人でも鬼でもない、もっと別のなにかだ――!

 ああ、本当に。

 

 一体全体どうしてこんなことになったのだ――!

 

 

 +

 

 

 ――私、剣の里のカグラは冒険者と迷宮の街「ラリス」を後にして、しばらくが立ちました。

 気がつけば、剣の里を旅立ってからすでに半年以上が経過しているのです。

 私は同じく剣の里の”七刀”であるリンカねえさまとともに、旅を続けてきました。

 そして――

 

 

「――ここが、ヤーファンの王都ですか」

 

 

 次なる旅の目的地、ヤーファンの王都へとやってきたのです。

 こほん。

 

「王都は、ただ王都と呼ばれるのが普通なのでしたっけ?」

「王都も町の名前としてはヤーファンだからね、ややこしいから王都とだけ呼ばれるわ」

 

 隣を歩くリンカねえさまが、焼き菓子を頬張りながら解説してくれた。

 そして私はといえば、周囲の建物を眺めてお上りさんのように、辺りを見回している。

 いや、実際にお上りさんと言えばお上りさんなのだけど。

 ただまぁ転生者である身の上、あまり子供っぽい態度は避けたい。

 それを避けたいと思う時点で、体に精神が引き寄せられている気がするのはともかく。

 

「本当に賑わっていますねぇ」

「王都はヤーファンどころか、大陸随一の都市とも言われているからねぇ。カルマンを更にすごくしたようなものだわ」

 

 人の行き交う数は、「カルマン」の比ではない。

 どちらかといえば「ラリス」の方が近いだろうか。

 あっちも、すごい数の人が行き交っていた。

 ただし、あちらは道が狭かったのだ。

 成立の関係上、街がどんどん後付されてでかくなっていった名残だろう。

 対してこちらは、非常に綺麗に町並みが整理されていて道も広い。

 長い歴史の中で、まちづくりが行われてきたのだ。

 そのうえで、「ラリス」並に人が多いということは、人の数は「ラリス」とは文字通り桁違い。

 なんともすごい話しだ。

 

「……なんだか、ねえさまがいつも以上に誇らしげです」

「あのねぇ、私達って仮にもヤーファンの民なのよ? 剣の里の人間だって、王都の町並みと無関係というわけではないわ」

「と、いいますと」

「王都には、結構な数の剣の里の人間がいるわ。里の人間としての実力を買われて、雇われているのよ」

 

 なるほど、と頷く。

 そういえばリンカねえさまも、食客として王国に招かれている立場なのだった。

 そして、色々と王国のために飛び回ってもいる。

 私とリンカねえさまが合流したのも、王国内の宿痾教徒を追いかけているリンカねえさまと私がバッティングしたからだ。

 そこからは、数カ月私の武者修行に付き合って「ラリス」まで同行してくれた感じ。

 なんというか、色々と助けてもらってばっかりだな。

 

「……リンカねえさま、いつもありがとうございます」

「え、急にどうしたのよ」

「いやなんだか、リンカねえさまが私に色々と気にかけてくれたことを今になって実感してまして。それに――」

 

 私は、視線をある場所に向けた。

 そこは一言で言えば、この華やかな王都でも一際派手な場所。

 ”宮殿”と評するのがふさわしい場所だ。

 

「――これから、リンカねえさまがお世話になっている王国の偉い人に会わせて貰えるのですよね? しっかりお礼を言いませんと」

「あ、ああ……まぁ、うん、そうねぇ、うん」

「まいどまいど思うのですが、どうしてここ最近のリンカねえさまは私がその人に会いたいってなったらなんだか歯切れの悪い返事をするのですか?」

 

 私は素直に感謝を伝えたというのに、リンカねえさまの様子がおかしい。

 これは今に限った話ではなく、王都に近づいてきた頃からこうだったのだ。

 もともと、リンカねえさまが一度王都に寄って欲しいと言い出したのに。

 何故か王都に近づくたび、反応の歯切れが悪くなっていくのである。

 

「い、いや……そんなことはないわよ。ああでも、あの方はお忙しい方だから、今日帰ってきてすぐにお会いできるかはわからないわ」

「……露骨に逃げてますよね?」

「す、数日待つことになるかもしれないわねぇ! とりあえず王宮であの方に要求を伝えてから私の家で待機しましょうかぁ」

「む、リンカねえさまのお家」

 

 リンカねえさまはこの国の食客ということで、王都に家を持っているらしい。

 最初は屋敷を与えられることになったんだけど、外に出ていることも多いだろうからって小さめの屋敷にしてもらったのだとか。

 代わりに、「ヨース」の倉庫はそれはもう大きかったな。

 正直、リンカねえさまの家がどうなっているのかは楽しみだ。

 倉庫の感じからして、人を雇って整理させているだろう武具のコレクションは結構見てみたい。

 

「それも気になりますね」

「そ、そうよね。それじゃあ早速家に向かいましょうか!」

「……まずは王宮ですよね?」

「…………はい」

 

 ごまかされませんよリンカねえさま、私はただの子どもじゃないんですからね。

 

 

 +

 

 

 ――結局、王宮にリンカねえさまが顔を出した時点で一発でお目通りが叶った。

 リンカねえさまの王宮での存在感が垣間見えるというものだ。

 同時に、リンカねえさまのパトロンになっている人が、とんでもないお偉いさんであるということも。

 なぜだか私に、その人のことを教えたがらないリンカねえさまだが、どういう人か、くらいは知っている。

 

「――こちらにて、ヤーファン王国第一王女”ナティラリア”様をお待ちいただくようお願いいたします」

 

 案内してくれたメイドの人が言う。

 ヤーファン王国第一王女ナティラリア。

 それが、リンカねえさまのパトロンらしい。

 同時に第一王位継承者でもあり、つまり次代の女王様。

 この国で、彼女より偉い人はおそらく一人しかいない、というくらいの存在。

 

「緊張しますね、リンカねえさま」

「……めっちゃワクワクしてるじゃない。一応言っておくけど、ぜっったいに粗相の無いようにね」

「ねえさまは私を誰だと思っているのですか?」

 

 そんな、粗相をする問題児みたいに。

 まさかそんなこと、あるわけないじゃないですか。

 

「もし仮に問題を起こしても、私はまだ十二の小娘ですから、言い訳が聞きますよ」

「問題を起こす前提で語らないでちょうだい!」

「というか、これまでも何度か偉い人には会っているじゃないですか。ヨースの街でもそうでしたし、ラリスでも一度他国の偉い人が視察に来てましたよね?」

 

 少なくとも、その場で私がなにか問題を起こしたということはないはずだ。

 リンカねえさまも何も言わなかったし、今もそのことでなにか言いたげな感じはしない。

 私は確かに自分でもたまに問題児になる自覚はあるが、真面目な場で変なことをするタイプではない。

 だって私がおかしくなるのは戦場だから。

 

「んー、もしかしてですが」

「……」

「どちらかというと問題があるのは王女様とリンカねえさまの方で、それに私が変な反応を――」

 

 なんて、私が想像を巡らせたその時である。

 

 

「うぃーっす、リンカちゃんおひさー」

 

 

 なんか、変なことを言いながら一人の女性が部屋に入ってきた。

 背の高い、赤髪の女性である。

 燃えるような髪と意志の強そうな瞳。

 豪奢なドレスはまさに王女様という感じ。

 そんな彼女が私達が座る長いソファに、どかっと座る。

 リンカねえさまの隣、私とは反対側の方。

 

「ん……久しぶりね、ナティラリア」

「ナティって呼んでっていってんじゃーん、それよりさ、見てよこれ」

「あっ、ん……! そ、それは……!」

 

 で、なんというか。

 現在私は、変なものを見せられている。

 ナティラリア様は私の前でリンカねえさまと肩を組んだかと思ったら、なんだかリンカねえさまが恥ずかしそうに視線を逸らす。

 そんなリンカねえさまの前で、なにやら綺麗な針のようなものを見せる。

 リンカねえさまの反応からして、多分武具だ。

 いや、それよりもなんというか――リンカねえさまの反応が、変。

 顔を赤らめて、私からもナティラリア様からも視線をそらそうとしている。

 というか、一言でいうと――

 

「で――君がカグラちゃん、だっけ?」

「あ、はい。ええと――」

「ナティラリア。知っての通り第一王女で――」

 

 ナティラリア様が、リンカねえさまの肩を抱いたまま、手に持っている針を振る。

 

 

「リンカのパトロン、ってやつ」

 

 

 ……一言でいうと、アレだ。

 リンカねえさま、寝取られちゃうんですか!?




というわけで第五章やっていきます。
今回から文章量増えてます。その分ゆっくり進行です。
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