トビカガチは実質セクレト 作:HR217の一般ハンター
「悪いとは思わないのか?」
「カロロッ」
「なるほど、反省の意思はないと」
「カロロッ」
義妹は今日も抜群に可愛い。ドンドルマ一……いや、世界一の生命体と言っても過言ではない。義妹が可愛すぎて辛い。可愛すぎるあまり、流石の私も反省を促してしまった。
見てくれ、この可憐極まる姿を。愛らしい顔立ち、バッチリ天然アイメイク、どんなキャッツアイでも太刀打ち不可能な瞳、ふわふわの毛とその下に隠れた電極針、すべすべの鱗……義妹の居ない生活なんて、想像すらしたくない。
故に、私は…………
「お待ちしておりました、導きの白い星」
「あぁ……うむ……」
怪我は完全に癒えた。全身に力が漲り、溢れんばかりの活力で満ちている。リハビリとして向かった狩猟でも、怪我を追加で負うこともなく火竜夫婦とディアブロスを討伐した。
青電主の素材で作ったヘビィボウガン、義妹の筋力トレーニングによる弾の持ち込み量の増加、金欠からの脱出……私は以前とは比べ物にならない程の火力を手に入れた。更に、イビルジョー戦で見出だした父譲りの跳躍の才能も磨いた。ただでさえ木々を利用した立体起動的な私達の戦闘スタイルは、より一層強化された。ハンターランク12、ドンドルマの英雄、そんな栄誉にも名前負けないだけの力を有している。
「して、貴殿。何用で私達を呼び付けたか」
「ギルドより、緊急のクエストです。ドンドルマ南西のサッボロ村に、キリン亜種が出没したとの報が入りました」
「古龍が……!?」
現在、ドンドルマには古龍が接近している事が分かっている。狂竜症になったモンスターも、少なくない数が報告されている。こんな時に別の古龍が現れたとなると……話が広がる前に対処が必要だな。
「今回の個体は極めて狂暴であり、サッボロ村は壊滅的な被害を受けました。サッボロ村専属ハンターのエピス氏が立ち向いましたが……消息は不明です。彼の送った襲撃を知らせる伝書鳩以降、サッボロ村からの連絡はありません。ギルドは該当の個体を脅威と見なし、討伐を要請します」
「承知した。直ちに向かおう」
◇
「…………酷いな」
サッボロ村は、完全に崩壊していた。いや、崩壊なんて優しいモノじゃない。消失、とでも言うべきか。村が本来有る筈の場所には一切の人工物が無く、村人と思わしき氷像だけが立ち並ぶ雪原が広がっていた。
「これが、キリン亜種のやる事なのか? 」
キリンについての情報は少ない。亜種ともなれば尚更だ。しかし、ドンドルマギルドには確かな経験の数々が蓄積されている。それに照らし合わせて考えてみると……いくらなんでも、残虐すぎる。
「調査するべきか」
あくまでも、今回の個体が特殊なだけかもしれない。だが、それよりは何かしらの要因によって普段の姿を失っての犯行の可能性の方が高い。その要因の特定は狩りの成功率と達成速度の向上に繋がり、あるいは狩りの必要性を無くす。また、少しでも多くの情報をドンドルマへ持ち帰ることの意義も大きい。
「まず第一に考えられるのは……」
「グォ」
「あぁ、そうだな。村人がキリンを激怒させたケースだ」
村人がキリン亜種へ攻撃を仕掛けたのか、何か大切な物を傷付けたのか、何かしらの勘違いを奴が抱いたのか……故人に自己責任論を押し付けるようだが、この可能性を主軸に調査を進めるべきか。
調査開始から三時間、私達が得たのは''何も無い''という情報だけだった。氷像を融かしたりもしてみたが、怯えきった表情の遺体だけがそこにはあった。
「キリン亜種は、何処に消えた」
本来、この地域は温帯である。冬になれば雪は降るが、何ヵ月も土が雪に覆われる程じゃない。夏である今、このザッポロ村跡地以外に氷点下を下回る環境はない。また、キリン亜種の痕跡は一つとして無かった。
「……キリン亜種は村について一切の執着心を見せていない。しかし、村人達を皆殺しにした。専属ハンターエピスの報告内容やサッボロ村のライフスタイルから考えても……怨恨に繋がる情報も一切無く……」
……分からん。キリン亜種は何が目的だったのだ。
「仕方ない、か」
こうなっては、広大な雪原の外を闇雲に走り回ってキリン亜種を探すしかない。
大変なクエストになりそうだ。そう思いながら義妹に乗り込んだ瞬間──背筋が凍えた。これは悪寒が伝ったことの比喩表現ではない。物理的に、極めて直接的に、身体が冷えたのだ。
「探す手間が省けて助かったぞ……キリン亜種!」
義妹は冷気と反対方向に駆け、私は後ろを向きヘビィボウガンを構える。そこには、インクで塗り潰したような獣が居た。
体表に傷は見当たらない。少なくとも、一年は負傷をしていないだろう。体格はやや小柄だが、痩躯ではない。角にも一切の問題はない。大変健康な、普通のキリン亜種である。しかし奴は明確に、そして私だけに、強い敵意と怒りと憎悪をぶつける。
私達は、この目を知っている。父を殺し、村を蹂躙し、義母を殺し、私達に敗れ、防具と化した怨嗟響めく青電主ライゼクス。奴が私に向けた目と、全く同じであった。
「……人間を恨んでいる?」
義妹を無視して私だけに憎悪を向けている事から、人間とのナニカがあった事は確定。これ程までの憎悪を種族単位で抱いておきながらサッボロ村しか被害を受けていない事から、ナニカは直近の事。キリン亜種の健康状態から察するに、自身の関わる戦闘行為に由来してはおらず…………
「大切なモノを、自身の居ぬ間に人間に奪われた……といった所か?」
考察は済んだ。結論は一つ、目の前の個体が極めて危険で人類にとって有害な存在だということ。
「我が名はサント・リー・スピリツ・シーコウ、ドンドルマのハンターである。次なる犠牲を生まぬ為、貴様を狩猟する」
機関竜弾をセット。それと同時に、様子見をしながらにじり寄って来ていたキリン亜種も大きく地面を蹴り飛ばす。流石はキリン亜種、そのスピードは義妹を凌駕していた。
「ッ! ラァ!」
キリン亜種は、角を突き出してチャージ。十発程度の機関竜弾では一切勢いは衰えず、高速で向かってくる。トリガーから指を離し、付属のシールドで叩き付けるようにガード。
「……これが古龍。ハンターの私が言えた事ではないが、ドスジャギィにすら劣る体格でこの膂力か」
なんとか逸らせはしたが、強い衝撃が伝わり手が痛む。あまりこの手法を乱用しては、正確に狙いを付けられなくなる。だが、スピードでは惜敗。平地戦故、立体的な戦闘は難しい。さて、どうしたものか。
考えている間に、1マガジン目の機関竜弾を撃ち切った。しかし、傷口は依然として見当たらない。
「……力押しが通る相手ではない」
フィジカルで負けている? それがどうした。ならば、別の武器で攻めれば良いだけの話だ。
私は記憶力に優れている。参考書を一度読むだけで殆どの内容が頭に入っているし、言われた事は中々忘れない。前世の試験でも常に成績上位で、外国語の習得も極めて早かった。それはこの身体でも健在であり、ハンター業にも遺憾なく発揮されている。
この記憶力こそが、私の武器だ。
ドンドルマからサッボロ村跡地までの全ての特徴的な地形を、私は覚えている。地図も入念に読み込んだ。狩りに活かす為に、ジックリと観察し頭に焼き付けながらここに来た。
さぁ、知恵比べと行こうか。貴様は私が──人間が憎いのだろう? その上、私自身も攻撃も行った。貴様が私を逃がさないというのは、目に見えている。
義妹に足で指示を出し、2マガジン目の機関竜弾。キリン亜種は弾幕を無視し、一直線に突撃。目の前まで迫った角を、シールドで逸らす。衝撃による痺れが伝わる中、次のマガジンへと手を伸ばす。
キリン亜種も、突進だけでは仕留めきれないと学んだのだろう。地面を踏み付け、私達の足下から無数の氷の槍を生やす。
「トビカガチをご存知でない」
攻撃の選択を間違えたな。知識不足は、致命的なミスを招く。トビカガチは、深い森林で樹上を飛び回って暮らすモンスターだぞ。
義妹は軽々と氷槍を避け、一切速度を落とさずに疾走。対してキリン亜種は、氷槍の形成の為に立ち止まった。
「このまま逃げ切りだ! 山に入るぞ!」
自慢の氷槍が通じなかった事にキリン亜種は分かりやすく腹を立て、怨嗟を高める。あぁ、存分に怒るといい。そうやって、頭に血を上らせて心臓を掻き鳴らせ。その分だけ、私達の勝率は上がる。
「……鼻が凍り付いて、息が苦しい」
キリン亜種は、走りながらも強力な冷気を放ち続ける。まるで厳冬期の大雪山をアロハシャツで歩いているようにも思える。義妹も一応恒温動物だが、この寒さは走りにも多少の影響が出そうだ。ホットドリンクを飲んだ上でこの寒さとは、恐れ入る。
暫く走り続け、機関竜弾は撃ち尽くした。ガードも複数回行い、左手首は折れている。それでもキリン亜種は元気なままで、数ヶ月もすれば塞がっているような傷口が少々。
だが、私達は一片も勝利を疑ってはいない。あくまでも、私達は狩猟に来た。ジャイアントキリングに来たのではない。
「ヒ゛フ゛ィイィ゛ーーーン!!!」
キリン亜種は力強く嘶く。余程機関竜弾が鬱陶しかったようだ。オマケに攻撃を回避する度に分かりやすく嘲笑してやったモノだから、怒りのボルテージは天井知らず。細かく移動し、奴の立ち位置を誘導して調整。
「いくら古龍の頭が良いと言え……そのような癇癪を起こしていては、知性も何もあるまい」
ヘビィボウガンを上に向ける。銃口の先には、巨大な奇岩。山頂付近より横向きに突き出し、根元は後数年もしない内に勝手に折れてしまいそうな程細い。
徹甲榴弾を根元へ発砲。的確に命中した弾丸は爆発し、奇岩は落下。83m分の加速を付け、怒り滾るキリン亜種の背中に激突した。高い土煙が昇り、奴の悲鳴が広がる。
「戦場の物理学において、私の右に出る者は居ない。精々、自慢の氷で頭を冷やしていろ」
私がまだ陸上自衛隊の三尉の頃、米軍との合同演習に参加した時の話だ。向こうのフランクリン・ルーズヴェル某という海軍次官の無茶振りで、光学照準器も観測手も無しで2km先の標的へ速射しろと言われた。酷い暴風雨の中でだ。それでも2発に1発は当ててやったのだ。
しかし、キリン亜種は未だ健在。背から激しく流血しながらも、立ち上がろうとしていた。だが……今この瞬間、貴様に私の照準を振らす能力は無い。そうなってしまえば、後は私の十八番を繰り出すだけ。
貫通弾を装填。脚を震わせるキリン亜種の右目を撃ち抜いた。続けて左目に狙いを定めるが、ミス。攻撃を防いだ際に折れた手首から鮮烈な痛みが走り、狙いが僅かにブレてしまった。
キリン亜種は脚の震えを無理矢理抑え付け、傷口を凍らせて止血。渦巻く怨嗟は増す一方、瞳はおぞましい程暗く淀んでいる。
「だが、消耗は相当激しい筈だ」
義妹はまだまだ動ける。今のキリンであれば、速度も負けてはいないだろう。威力の高い弾も残っている。
「逸るなよ。冷静に、油断せず、確実に狩るぞ」
「カロロッ!」
引き撃ちの体勢に移行、次弾を当てようと照準を定める。照準は容易く定まり、キリン亜種の左目へと吸い込まれる。
「何故、動かん……」
不気味。キリン亜種は立ったまま固まり、動く気配は一切見受けられない。
諦めた? あり得ない。脳に障害でも出たか? 楽観視が過ぎる。脚のダメージが激しすぎる? なら立ち上がれてはいない筈だ。
「……大技の構えか!」
義妹は全速力でダッシュ。私もへビィボウガンのシールドをキリン亜種へと構えながら背を低くする。
「フ゛ルルゥ゛アァー゛ーー!!!」
キリン亜種を中心に、強力な冷気が放出され続ける。冷気は即座に空気を昇華させ、白濁とした奔流が走る。絶対零度に達していることは間違いなく、圧力や熱伝導性も考慮すれば、私の修めた科学とは相反する超常の力であることがハッキリと分かる。これが、これこそが、古龍の真髄か。
「クッ……」
なんとか技の効果範囲からは逃れることができた。流石の古龍と言えど、キリン亜種の格はそう高くない。消耗も極めて激しい。
だが、その攻撃は冷気。絶対零度で固体となった空気は融解し、風に飛ばされ地を走る。液状の空気は気化することなく私達の下へと到達し、毛皮や鎧の上から凍てつかせる。付着した空気はようやく気化し、体内へと侵入。身体は酷く強ばり、指先は質の悪いゲームセンターのクレーンゲームのような動きを見せる。
「……どれ程、人間が憎いんだ」
なんとか反撃しようと、身体に鞭を打つ。ヘビィボウガンを構え、キリン亜種へと銃口を向ける。しかし、奴はいつの間にか倒れていた。ピクリとも動く気配はなく、ただの屍となっていた。
キリン亜種は、目の前の人間を殺す為だけに全ての力を振り絞ったのだ。ほんの数秒、自己の生命を維持する力すらも。
「何があった。何が、そうも駆り立てる。……どんな、惨いことをされたんだ」
……帰ろう、ドンドルマに。