トビカガチは実質セクレト   作:HR217の一般ハンター

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世界で一番大きな背中

 

 

「謎植物おいしい」

 

 家族は見向きもしない、この果実。簡単に言えば、桃味の葡萄。甘くてジューシー、生でも焼いても美味い。おいしい。

 

 背もたれにしていた義母が、のそりと立ち上がる。どうやら喉が乾いたようだ。折角なので、私も水を飲みに行くとしよう。そして、私と義母が立ち上がれば義妹もまた当然のように立ち上がる。

 

 私と義母が出会ったあの川へと、三人で移動。今では私の体内の水分の大半を構成する、馴染みきった淡水を飲む。

 

「敵か」

 

 義母はバックステップで川から離れ、小さく唸る。義母の睨む彼処に、強大な敵が居るのだろう。意識を向ければ、確かに明瞭かつ強大な悪意をそちらから感じる。義妹の背に乗り、バクレツの実を装填した投石紐を構える。

 

 音がする。バキ、メキ、木々を薙ぎ倒し踏み潰す音がする。環境破壊音は急速に近付き、音の一つ一つが繋がっている。

 

「……まさか、こいつは」

 

 現れたのは、一頭のライゼクスであった。しかし、普通の個体とは違った。この森で九年も暮らす中、ライゼクスなんてものは何度も見てきた。だが、目の前のライゼクスは普通じゃなかった。

 

 身体は青く、尾は切断され、隻眼で、翼は自然治癒など有り得ない程にボロボロ、全身に無数の深く鋭い古傷が刻まれている。

 

 それでいて活力が無い訳ではなく……いや、違うな。奴に満ちているのは、活力でも、闘志でも、空腹でもない。

 

 怨嗟だ。奴の中には、怨嗟しかない。奴の全てを怨嗟が溢れんばかりに埋め尽くし、響めいている。

 

「狙いは、私か。憎いのだろう、分かるのだろう? 私が誰か」

 

 青いライゼクスなんて、一頭しか知らない。かつて寒村を襲い、父が命と引き換えに撃退したかの歴戦のライゼクス。

 

「関係性が分かりやすいよなぁ、人外の目からも。私も父も共に、銀髪に赤い瞳。細長い身体に、無駄に大きな尻。どこからどう見ても、血縁だ。いや、それとも寧ろ私を彼本人とでも認識しているのかな?」

 

 ライゼクスは咆哮、それに対抗して義母も咆哮する。成体のトビカガチは、義母以外にも大量に見てきた。だが、彼等は義母が片手間に仕留める顎つよ炎恐竜にすら劣る戦闘力しかなかった。義母はきっと、種の中でも極めて上位の歴戦の個体なのだろう。

 

 膨大な青い電気を纏い、放出するライゼクス。それに向かって、毛を大きく逆立てた義母が突進。数々のモンスターの堅牢な鱗を噛み砕いた牙が、ライゼクスの首に直撃した。

 

「やったか!?」

 

 しかし、ライゼクスは簡単に義母を振りほどく。ライゼクスの首には、ほんの僅かな傷が鱗に刻まれただけだった。その動作も、極めて素早かった。私では狙った場所に攻撃を当てることも出来ないし、義妹も攻撃を避けられないだろう。

 

 この青いライゼクスが通常の個体よりも遥かに強く、二人がかりでも通常ライゼクスに勝てない私と義妹では相手にならない存在であることは、明らかであった。

 

「グォウッ!」

「クッ……」

 

 義母は私達に逃げろと伝えてくる。その語気はあまりにも強く、一片の余裕も無く、本気だった。可能であれば、共に戦いたかった。だが、私達が居ても足手まといにしかならないことも事実であった。私達を守りながらの戦いを強いることは、できない。

 

 義妹もまた、自らの弱さを痛感したのだろう。小さく唸り、巣へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰ってきた巣の空気は、酷く暗かった。今も、義母とライゼクスの雄叫びと戦闘音が聞こえる。

 

「……何故、私は投石紐なんかを持っている。砲が、砲が欲しい……どんな鱗さえも貫徹してしまえるような、強力な砲が欲しい……」

「キュゥ……」

 

 居ても立ってもいられない。だが、手伝える事は何も無い。

 

「私は、弱いッ……!」

「グゥ……」

 

 義妹が私に抱き付く。励まそうとしてくれているようだ。……そうだよな、義妹だって私と同じ気持ちだ。義兄として、私がここで弱味を見せるは訳にはいかない。

 

「ありが……ッ!」

 

 轟音、そして地震……いや、違う。巣が、この巨大樹が、強い衝撃を受けたのだ。身体を巣から乗り出し、下を確認する。そこには……

 

 

 右前肢を失ったズタボロの義母と、深く傷付きながらも動き続けるライゼクスが居た。ライゼクスは義母にマウントを取り、その首へ……その首へと…………

 

 

 

 

「ふざけるなぁッ!」

「グォア゛アアァァ゛ァーーーッ゛ッッ!?!?!?」

 

 私は巣から飛び降り、ライゼクスの頭の上で五点接地。奴が意識外からの謎の衝撃について処理している間に、眼球へ深々と剣を突き刺す。これで、奴は視力を完全に失った。

 

「……やってしまったな」

 

 野生に染まりすぎた。一切の合理的判断を挟む間も無く、身体が動いてしまった。義母が命懸けで私を逃がしてくれたというのに……私は今、自分から見付かりに行った。義妹は、とても優しく家族思いな子だ。故に……私と義母が戦闘を選んでしまえば、一人で逃げるという選択肢が完全に消滅する。

 

「グォウッ!」

 

 目から剣を生やしたまま暴れるライゼクスの頭から飛び降りた私を、義妹がキャッチ。乱暴すぎる五点接地で左脚が動かなくなってしまったが、義妹の上なら何とかなる。

 

「クォゥ……」

「覚悟を踏みにじるようで悪いが……貴女を見殺しにして逃げられる程、理知的じゃあなくてね!」

 

 投石紐をぶん回し、バクレツの実で傷口を狙う。節約? 出し惜しみ? そんな事は一切しない。もう、ここで使い果たしても良い。私の全てを、この戦いに注ぎ切る。

 

「お前は大空を舞う頂点捕食者だ。最も優れている感覚器官は目、次点で耳、嗅覚は然程だろう。そして、両目を失っている。なら……音で満たされた世界は、さぞ攻撃を当て難かろう!」

 

 投石紐に大量のバクレツの実をセットし、放つ。耳元で複数個起爆されたライゼクスの耳は、音量だけで痛みすら感じている筈だ。後1分は、マトモに聴覚が機能しないだろう。その隙に、義母の付けた傷口を攻撃する。

 

「傷口の破壊、それが私の戦い方の基本でね。痛いだろう? 存分に悶え苦しんでくれ、攻撃の隙になる」

 

 義母との戦いで、相当体力を消耗したのだろう。ライゼクスの動きは驚く程鈍くなり、直線的。遭遇時をハクトウワシとするのなら、今の奴はメンフクロウのヒナだ。これなら、外しはしない。

 

「ッ!」

 

 ライゼクスは、全方位に力強い放電。遮蔽に隠れるも、完全には防ぎきれなかった。絶縁体である電気狼の毛皮の防具を着ているんだが……それでも、かなり痛むな。

 

「だが、私の肩はまだまだ動……は?」

 

 バクレツの実を投げ付けんと投石紐を振るったその瞬間……ナニカが、私達にぶつかってきた。それは、猪であった。普段から私達が主食の一つとしている、あの立派な角の猪が突進してきたのだ。私も義妹もライゼクスとの戦いだけに集中しきっていたものだから、猪の存在には一切気付かなかった。

 

 本来であれば、取るに足らない圧倒的格下。しかしこの瞬間、完全なる意識外からの突進は、義妹の体勢を崩すに至った。そして私は今、左脚が動かない。予想だにしていなかった義妹の動きは、結果的に私を振り落とした。

 

「ぁ」

 

 何とか義妹の上に戻ろうとするも……ライゼクスは、すぐ目の前に居た。ここまで近付かれては、嗅覚が働いてしまう。私の位置を特定した奴は、その爪を大きく振りかぶる。義妹は未だ襲い掛かってくるファンゴの首を噛み千切っている最中であり、関与はできない。

 

 終わった。そんな考えが頭を過る。しかし、来る筈の痛みはやって来なかった。ズタボロの義母が身体に鞭を打って立ち上がり、ライゼクスの首に噛み付いたのである。今回の噛み付きは、出会い頭の初撃とは違う。確かに義母は弱ってしまったが……今の奴の首は、鱗ではなく生傷で覆われていた。

 

「ゥ゛アアァ゛ッグ゛ァア゛アッ!!!」

 

 その隙に、義妹の背に戻る。義母は振り払われるも、その口には確かにライゼクスの肉が咥えられていた。流石の奴もこれには参ったのか、放つ電気は途端に弱々しくなる。動きは更に鈍くなり、一般人でも攻撃を躱せるだろう。

 

「はぁっ!」

 

 大きなベルトポーチの中の、最後のバクレツの実。投石紐を回し、首の傷口へと投げ付ける。ライゼクスは体勢を崩し、地に伏し頭を垂れる。

 

「トドメだ」

 

 ライゼクスが暴れた時に目玉から振り落とされた剣を回収。首の傷口へ、義妹と共に猛攻撃。度重なるダメージの蓄積で刃溢れどころか折れた剣を首肉に突き刺し、全力でより深く差し込む。

 

 

 バキッ。

 

 

 ライゼクスの脛椎が折れる音が、森に響いた。

 

 

「…………倒した、のか?」

 

 ライゼクスは一切の動きを停止した。呼吸もせず、ただ倒れている。弾け飛んでしまいそうな程張り詰めていた緊張の糸が解け、義妹と共に力無く座り込む。

 

「やり遂げたな、私達」

「カロロ」

 

 疲労と安心と喜びでグチャグチャになった義妹の顎を撫で、頬擦りする。

 

 そうだ! 急いで義母の千切れた前肢の止血をしな……け、れば……

 

「嘘だろ」

 

 私達は地面に転がった義母に駆け寄った。そして、気付いてしまった。既に、義母が呼吸をしていないことに。その表情は、どこか満足気だった。

 

「…………ッ」

 

 呆然として口を開けたまま固まった義妹を横目に、義母に抱き付く。

 

「これは、現実か?」

 

 今、私は目の前の事実を認められないでいる。義母の死を、あんなにも強かった義母の戦死を、受け入れたくない。猪さえ来なければ、私が振り落とされず義母が安静に出来ていれば……そう、思わざるを得なかった。

 

 

「……泣くな。泣くんじゃあない」

 

 私は偉大なる彼女の息子で、お義兄ちゃんなのだ。私が泣いても、何も好転はしない。まだ固まっている義妹の頭を撫で、ぎこちなく口を動かす。

 

「……巣に、連れていかないか。こんな土の上で、いつまでも置いてはおけない」

 

 義妹は、震えながら小さく頷いた。

 

 

 

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