√房太郎はこれで完結です。
たぶん、後日談でR-18話は書きますが(笑)
友情出演でOLみたいな宇佐美と尾形といい仕事する白石が出ます。
話の中盤までは房太郎に対してアパートには"戻る"、海には"帰る"という言い方をしています。
終盤だけ表現を変えたのは、夢主が房太郎を受け入れて、居場所を作ることが出来たからなんです。
匿名感想箱作りましたので、コメントいただけると嬉しいです(*´`)
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──────ソメイヨシノの蕾が膨らみ始めた日曜日。
根気よく通ったのが功を奏したのか、私が居れば房太郎が触っても逃げなくなるくらい、二人の距離は縮まった。
房太郎はそれが嬉しかったのか、目に見えてアポロを甘やかすようになった。
『おやつは一日一個だからね』と言う私に「んー」と返事をしながらも、こっそりふたつ目をあげているのを知っている。
いつものように房太郎の部屋でお昼を食べた後、レースカーテン越しの暖かな春の日差しに誘われて、いつの間にか眠ってしまった。
目を覚ますと柔らかなベッドの上にいて、房太郎が運んでくれたんだなと目を擦りながら部屋を見渡した。
布団の上ではアポロが丸くなっていて、思わずその艶やかな毛に手を伸ばす。
お腹を見せて甘えてきたので、私より少し高い体温を感じながらしばらく撫で続けた。
・・・房太郎、どこに行ったんだろう。
『コンビニにでも行ったのかな』と呟いてベッドから降りようとすると、グイッと後ろから何かに掴まれベッドに引きずり込まれてしまった。
「なんだ、起きちゃったのか」
私の背中にコツンと額を押し付けた房太郎は、低く掠れた声を漏らした。
『ちょ、ふさたろっ!全然気付かなかった!!・・・ていうか、なんで一緒に寝てるの?!』
「駄目だった?」
房太郎はさも当然のように私の身体を抱き締めると、逃げられないように足まで絡めてくる。
初めて感じる房太郎の鼓動に動揺して、私は魚のように口をぱくぱくしていた。
身体をくねらせて逃げ出そうとすると、房太郎は更に強く抱き締めて顎を頭に乗せて邪魔してくる。
『ちがっ、そうじゃなくて!』
さらりと垂れてきた長い髪は私が踠くほど絡みついて視界を遮り、まるで檻に閉じ込めてられているみたいだった。
そのまま覆いかぶさってきた房太郎の長い下睫毛が触れそうと思った時にはもう遅くて、声を出す隙も与えられないまま唇に甘噛みされた。
「やっと独り占め出来たんだ。このまま俺の妃になってよ」
◇◇◇
我に返った私は、逃げるように房太郎の腕から飛び出して自分の部屋に逃げ込んだ。
バクバクと暴れる心臓を鎮めたくて扉に背を預けてズルズルとしゃがみ込み、大きく溜息をつく。
『なにそれ・・・』
今まで房太郎とは、色恋沙汰の話はした事がない。
特にそういう話をしたいとも思わなかったし、何度か房太郎の部屋に女性が出入りしていたのを見て、その話題に触れたくなかったのだ。
このまま体の関係だけの存在にされるの?
・・・そんなの絶対に嫌。
それならずっと一定の距離を保っている方がマシだ。
なのになんで胸の奥がきゅっとして、私の目からは涙が溢れているのだろう。
◇◇◇
「うっわ、ブサイク〜」
第一声がそれって失礼過ぎない?
腫れた目を化粧でどうにか誤魔化していたのに、目敏い宇佐美は顔を覗き込んでケラケラと笑っている。
『花粉症なの。早く経費の領収書ちょうだいよ』
「預け先見つかったって言ってたけど、そこでなんかあったんでしょ。ホント分かりやすいよね、お前」
図星だから何も言えない。
「ランチ行こ、話聞いたげるから。キラウㇱんとこの定食大盛りね」
「ははぁ、俺は誘ってくれんのか?傷付いたぜ七海〜」
いつの間にか尾形も来ていたらしく、結局三人でランチに行くことになった。
「あーあ、好きって気付いちゃったんだ」
「難儀だな、毎日顔合わせるってぇのに。今からでも猫連れて俺の家に来てもいいんだぜ?」
「ただでさえ環境が変わってアポロにストレスかけてるんだし、今更無理よ。はぁー・・・、どんな顔して会えばいいんだろ」
頭を抱えた私に「案外本気かもしれんぞ」と呟いたのは尾形だった。
『本気ならあの完璧な美女はなんなのよ・・・遊びだったら立ち直れないって』
「遊びねぇ・・・結月のこと試してんのかもよ。バブの助は気持ち分かるんじゃない?」
「うるせぇ宇佐美、ぶっ飛ばすぞ」
「やってみな〜、返り討ちにされるの好きだもんね」
仲良いんだか悪いんだか。
「もういっそのこと、一発ヤっちゃえば?」
「既成事実作っちまえよ」
『さいってー』
にやにやと悪い顔を浮かべている二人は「「フラれたら僕(俺)が相手してやるよ」」と口を揃えて言ってきたので、必殺技をお見舞いしてやった。
・・・なんか、私だけモヤモヤしてんの馬鹿らしくなってきたな。
アポロに会うためにも、ここは腹を括るしかない。
◇◇◇
そうは言っても、チャイムを鳴らそうとする指は躊躇っていて、出したり引っ込めたりを繰り返していた。
ここまで来た癖に、もだもだしてしまうのが情けない。
ぐちゃぐちゃの気持ちを飲み込んで意を決してボタンを押そうとした時、重い扉が開いた。
「やっぱり結月だ。待ってたよ、アポロも俺も」
房太郎はこちらが拍子抜けするくらい、いつも通りの笑顔で出迎えてくれた。
ほっとしているはずなのに、僅かな居心地の悪さで房太郎の姿を真っ直ぐ見られない。
『・・・お世話ありがとうね、お邪魔します』
「なぉーん」
アポロがシッポを立てて足に擦り寄って来たので顎を撫でてやると、ヘーゼルの目を細めて喉を鳴らした。
「気配を感じたんだろうな。いきなり玄関に走って行ったから、結月が帰って来たと思ったんだ」
『ごめんねぇ〜、たくさん遊んであげるから許して?』
「んにゃっ」
「さっ、飯にするか。今日は俺が作ったんだ」
そう言ってリビングに向かう房太郎の揺れる黒髪を見て『勘違いしちゃダメ』と呟いた声は、ひんやりとした廊下に消えていった。
房太郎が出してくれたのは、何度か作ってくれた事のある漁師飯で、ホカホカご飯の上に艶のある刺身の漬けが乗せられていた。
一口食べて悶絶していると、ビールが差し出されたのでついつい受け取ってしまう。
ほろ酔いでするいつもの会話。
海の上での出来事、立ち寄った漁港で出会った人達の話。
房太郎は子供みたいに無邪気に笑ったかと思えば、心地の良いゆったりとした話し方もする。
彼の嘘か本当か分からないような物語に耳を傾けるのが、私は堪らなく好きだった。
ただ、ひとたび『故郷はどこ?』だとか『ここに住む前はどこにいたの?』なんて聞いてしまえば、寂しそうに目を伏せてすぐに別の話題へと変えられてしまう。
碧海を揺蕩う魚のように、自由な房太郎。
男女問わずたくさんの友人がいるのに、本音は明かさないから誰にも捕まえられない。
それが愛おしくて、同時に心寂しく思った。
私達は同じ世界に居ながらも、深く交わる事なく生きてゆく。
房太郎が海へ帰れば、私はまたアパートの長い廊下の先を眺めて、彼の居ない静かな日々を憂いて過ごすのだ。
『来月、また行っちゃうんでしょう。次はいつ戻って来るの?』
「・・・」
黙って微笑んだ房太郎は、私の頭に大きな手を置いてゆっくりと髪を撫でた。
『房太郎って、いつかそのまま居なくなっちゃいそう』
「・・・そうなったら、結月は悲しんでくれる?」
当たり前だ。
そうなれば一生分の涙を流して、このアパートから出て行く事なく待ち続けてしまう。
「なんで泣くんだよ、俺の妃になってくれない癖に」
困ったような顔で、いつの間に溢れた私の涙を指で拭ってくれた房太郎。
それでも止まらない涙に顔をくしゃっとさせてゆっくり近付いてきた彼は、頬に流れた雫をちゅうっと吸った。
長い下睫毛が特徴的な切れ長の瞳を細めて囁く「こんなにも好きなのにさ」という言葉に、心がとくんと高鳴って同時にやり切れない想いが爆発した。
『どうして期待させるような事するの?房太郎には私より大切な人がいるでしょう?』
「そんな事ない」
『私、自分がこんなに欲張りだって知らなかった。房太郎の特別になんかなれないのに・・・』
「違う、頼むから聞いてくれ」
『やだっ!聞きたくない!!』
「お願いだ、結月が好きなんだよ」
『〜〜〜っ!!』
抱きしめられた事に気が付いたのは、鼻をくすぐる房太郎の香りがしたからだ。
深い海の底を泳いでいるような、寂しくて苦くて少し甘い香り。
酷いヤツだ。
こうやってぬるりと懐に入って、心を鷲掴みにしてからいつの間にか居なくなる。
ただの友達だった頃は、それでもいいと思っていたのに。
仮初でも求められたのが嬉しくて、彼の大きくてしなやかな背に手を伸ばし『好き』と白状した私は、物凄く浅はかな女だ。
・・・どれくらいそうしていたのか。
房太郎は深い息を吐いて、ぽつりぽつりと自分の過去を語ってくれた。
家族を失って一人きりになったこと、どうしようもないくらい荒れていた時期があったこと、そんな時に白石くんと出会ったこと。
・・・白石くんの隣を歩く私に、一目惚れしたこと。
「白石から名前を聞き出した後、結月がここに越して来たから驚いたよ。もう絶対に捕まえてやるって思った」
『全然そんな素振り見せなかったじゃん・・・』
「押せば逃げようとするからな。なら害がないヤツだって思わせて近付くしかないだろ?」
『でもっ、あの女の人は・・・』
「アレ、男だよ」
『・・・・・・へっ?!』
あの、口元のホクロがえっち過ぎる完璧な美女が?!?!
「あんなナリして土方のジイさんと歳変わないんだよ。船員の健康診断やってる医者なんだが、俺の血が美容に効くから寄越せって注射器持って押しかけて来る変態ジジイだ」
エイジングケア方法が恐ろし過ぎる。
『えっ、あ、じゃあ私・・・ずっと勘違いしてたってこと?』
「いや、何も言わなかった俺が悪い。・・・結月が言ったみたいに、コイツと一緒で誰にでも懐かないよ」
思わずアポロを見ると、しっぽをくねらせながら私達に擦り寄って来た。
「にゃうっ」
「お前のお陰だな」
房太郎はアポロを抱き上げると「俺もお前も結月が居ないと生きていけなくなっちまったな」なんて言ってくしゃっと笑った。
「・・・なぁ結月、俺が帰るまでアポロと待っててくれよ」
『それって・・・』
「家族は多い方がいい。立派な猫の王に育ててやるって言っただろ?」
◇◇◇
それから私は、大家さんにアポロを引き取りたいとお願いした。
「上手くいって良かったわね」と微笑んだおばあちゃんには、全てお見通しだったみたい。
保護猫カフェにいるアポロのママはリハビリが順調に進んでいて、足を引きずりながらも懸命に歩いていた。
二匹を引き離す事に罪悪感はあるが『絶対に幸せにするからね』と囁く私に、ママは満足そうに目を細めた。
◇◇◇
──────週明けの月曜日。
へらっとした笑顔で近付いて来た白石くんは「結月ちゃん、ボウタロウとくっついたんでしょ?良かったねぇ」と祝福の言葉と飴ちゃんをくれた。
『白石くんさ、私が物件探してる時に"良いとこ知ってるよ"ってあのアパート教えてくれたよね?あれって・・・』
「それについては口止め料もらっちゃってるからな〜」
「お幸せに!ピュウ☆」と逃げて行った彼を見送って、実は随分前から囚われていたんだと知った。
私はもう長い廊下を眺めても寂しくない。
・・・だって、房太郎の"帰る"場所になれたのだから。
──────桜から葉だけが残って、涼風が髪に絡む頃。
房太郎は魚だけじゃなく、碧海色の宝石が光る指輪まで持って帰って来て、私を驚かせたのはまた別のお話。