土曜の昼下がり。
リュミエールは今日も閑古鳥が鳴いている。
最近、店の近くに出来たオシャレなチェーン店のカフェに客を引かれて、今日も今日とて客が居ない。
そう言えば、ゲーム時代にもあのカフェは存在していた。
一定以上好感度が上がったヒロインとはデートが可能になるのだ。その際に選択できる場所の一つに確か乗ってた気がする。
そんな訳で、暇な時間を持て余しながら在庫整理に勤しんでいた俺だが、今日は一人ではないのだ。
「敵情視察を終わらせてきたわ、お父様」
「お疲れ、ミカ」
薄いブロンドの髪をふわりと上げて、紙袋を携える幼げな少女が楽しそうな笑顔を浮かべながらトテトテと近寄って来る。
彼女は我がリュミエールの住み込み店員の一人、ミカエラ・フォールン。
住み込みとは言っても、俺が暮らす喫茶店二階ではなく地下……つまり
二階は狭いんですよ。客間とか一つしかないし、其処はある自由人が文字通り占領してるし。
話は逸れたが、ミカには件のオシャレチェーン店の視察に行って貰っていた。敵を知り己を知れば百戦危うからず、何がこの喫茶店に少ないのか色々調査して貰わなければ。
「何処にでもある普通のカフェだったわ。今はお客さんも入ってるけど、流れが戻るのも時間の問題だと思うの」
「それなら良いんだけどさ。大型チェーンって看板はデカいからな」
「お父様の味に比べれば幾らか落ちるけど、あっちは速さと色んなお菓子があったわ。学園帰りのお姉さんがいっぱい居たもの」
「ウチは時間が掛るからお菓子とか出さないしな。今度焼き菓子でも出して見るか」
「ええ、これ、お土産」
紙袋を漁って、ミカが取り出す物は揚げ菓子。
色取り取りのチョコスプレーが塗された物やポ〇デモドキなど、多種多様のドーナツだった。
「もしかしたら、優君達もあっちの常連になるかもしれない」
その可能性も無いではない。
だって、俺が好感度稼ぎの為にゲーム時代入り浸ってたし。
「それは無いわ。あの人達は、店のオシャレさよりもお父様を求めて来てるの、泥棒猫だもの」
「お客さんを泥棒猫って呼ぶの止めような?」
「とても反省しているの」
「中指を立てるの止めなさい、俺はそんな子に育てた覚えは無いぞ」
お父様、とミカは俺を呼ぶが別に血の繋がりがある訳ではない。昔、迷宮から帰る途中で侵攻孤児だった彼女を拾って以来、ウチに居候を始めて、ずるずると店員になってる状況だ。
「でも泥棒猫はいけないわ、私も拗ねてしまう。思わず、嫉妬してしまいそうなのよ」
「シャレにならないから止めろ?」
コイツの口から『嫉妬』の単語が出て来ると、血の気が引きそうになる。最近多用するようになってきたのは誰が原因だろう。
俺が彼女を怖れる理由はただ一つ、ミカエラ・フォールンは、あるルートではラスボスになり果てるとんでもない少女だからだ。
……いや、拾ってきた当初は気付かなかったんですよ。
だってコイツの本編の立ち位置って星灯火教団司祭の一人として登場するんだもん。
みすぼらしい襤褸着て、「お腹が空いたわ、暖かいベッドが恋しいの」とか言ってくる幼女が将来のラスボスとか誰が予想出来るって言うんだ。
犬猫拾う要領で子供拾っちゃ駄目な。
「変な顔をしているわ、ドーナツが口に合わなかったの?」
「いや、美味いよ。それ以外の理由だよ」
「そう、なら良いの」
いつの間にか膝の上に移動しドーナツを貪るミカエラ。
笑顔はね、可愛いんだ。
そりゃあもう、天使の羽みたいにふわっと笑うんだ。ウチの看板娘の一人として重宝してる。
ただな、原作が息してない。
だって今更こんな小動物を再び野に放ってみろ。俺はきっと、STARsと動物愛護団体から猛攻撃を喰らう事になる。
「頭を撫でても良いのよ」
「撫でろって事な」
「むふー」
な、可愛いだろ。可愛いんだよ。
原作知識が無ければ、ただの和やかな団欒なんだよ。
「むっ?」
無心になりながらミカの頭を撫でていると、いきなり彼女の顔から笑みが消える。次いで、腰元に括られた短剣に手を当てて口を開く。
「お父様、残念なお知らせ。女狐の気配がするの」
「女狐?それは一体どこの─────」
女狐さんですか?
その問い掛けは、残念な事に言葉にならなかった。
「頼もーーーーですの!」
「ああ」
「騒がしい女狐のお姉さんが来ちゃった」
ああ、噂をすれば来ちゃったよ、自由人。
バンッと勢いよく店の扉を開いて高笑いを浮かべるお子様が一名来店されました。
「家出に、来ましたのっ!」
「来るな、帰れ、親御さん心配してるから」
「お母様には許可は取ってきましたの!」
「父親にも取ってやれよ、泣いてるぞ親父さん」
最初に目を引くのは、透き通るような緑の髪だろう。
随分と高いシャンプーを使ってるのか、サラッサラの髪をたなびかせ、キャリーケースを持つこのお子様こそ。
「翡翠アリス、今日は絶対に家出を遂行してやりますの!!」
「マジで帰ってくれねえかな」
大和貴族が一人、翡翠家の一人娘……翡翠アリス。
自由、奔放、我儘を絵に描いて展覧会に展示してきたようなそんなお嬢様である。
今日は新キャラ多いな?
翡翠アリス。
彼女は葵ちゃん同様に迷宮都市ヤマトのヒロインの一人だ。
大和貴族として蝶よ花よと育てられ、多少世間知らずながら高貴な出の人間としての教養は充分であり、前線にも自ら出向き指揮を執る。
だが、彼女の一番の魅力はと言えば。
『
大の男嫌い。
これは彼女が幼い頃に起こったある事件が原因だ。
女性主人公ならば最初から友好を結び良き相棒枠となり、男性主人公であればつっけんどんな態度から始まり、絆を深める事で柔らかな表情を見せてくれる。
性別の違いで色々な姿を見られる、作中では割と好きなキャラ……だったのだが。
「で、今日は何で家を出てきた」
「お父様が
「しょぼい理由ね、ビックリした」
「全く以て同意見だ」
男嫌い、何処に行ったんですかね。
心底しょうもない理由に溜息が出る。
この奔放お嬢様はこんな理由で月に一度か二度程ウチに泊りに来るのだ。
「確固たる意思ですの。
「お袋さんが心配するぞ?」
「…………二日位帰りませんの!」
確固たる意思が物の数秒で瓦解した瞬間だ。
「あ、ミカエラさん。美味しそうな物を持ってますの」
「これは駄目よ、絶対あげない」
何時からウチの店は託児所になったのか。
欲しい、あげない、欲しい、とギャーギャー騒ぐお子様ズを眺めながら、苦み欲しさに珈琲を入れる。
「ん?」
迎えとか来てくれないかな、なんて淡い期待を込めながら通信機を眺めていると、一件メッセージが入っている。
送り主は、翡翠家の現当主。アリスの父親からだ。
『アリスちゃんに手を出したら、殺す』
全く、相変わらずの親馬鹿である。
黒桐家とは別ベクトルで頭のおかしい当主だ。
ならばと、俺も心を込めながらメッセージを返す。
『迎えに来いよ馬鹿親』
『私が早苗に口答え出来る訳ないだろう』
『意気地なし(ファッキン)』
『侵攻』が始まった当時は、前線に立って槍を振るう姿が勇ましい武人だったのに今では嫁さんの尻に敷かれるおっさん。
『お宅の娘さん、二日も泊まるとか言ってんだけど』
『……既に決まった事だ。早苗も二日だろうと言っていた』
『おい、プリン食って娘を怒らせたおっさん。ウチって喫茶店なんだよ、民宿じゃないんだよ』
『大和貴族の命である、口答えは許さん』
『今すぐ本家を襲撃すれば良いか?』
この親父は全く使えない。
貴族の姿か、これが?
続けざまに何か送って来ていたが、俺は通信機の電源を落とす。シャットダウンだ。
「店長様、どうかなさいましたの」
「今メル友と楽しい雑談をしてた所だよ」
「メル友、ですの?」
「お父様……メル友って何かしら?」
「うん、何でもない」
通じないか、そうか。
メーラーダエモンさんも通じないかもしれない。
「泊ってくのは良いけど、部屋は自分で片づけろよ」
「勿論ですの。
「カワセミじゃないのかよ」
「女狐は白くないわ、とても黒い」
「誰が腹の底は真っ黒貴族ですの!?」
「いえ、そこまでは言ってないのだけど」
「むきぃぃぃぃぃぃ!!」
見本のような地団駄を踏むアリスに、ミカは憐れみと共に紙袋からドーナツを差し出す。
おかしいな、年齢的には間違いなくアリスが年上の筈なのに全くそうは見えない。
「本当にどうしてこうなったのか」
「何か言いましたの?」
お前のせいだよ、馬鹿。