「最近、優が黒桐君と一緒におかしな特訓をしてるの」
「へえ」
「
「素手で」
「アリスも訳知り顔で治療してるし、不思議だよね」
「全くだな」
「で、説明してくれるよね。お兄ちゃん」
「…………………」
針の筵、或いは剣の山。
法廷に立つ被告人は、こんな気持ちを味わってるのだろうか。
備え付けの柱時計をチラチラ横目で見ても、長針に変化は無く、目の前の少女は張り付く気配を纏い俺に笑い掛けて来る。
「俺も良く分からないが、あれだろ。最近流行りのアニメにでも感化されたんじゃない─────」
「お兄ちゃん」
「特に他意は無かったんだ。悪気も勿論無かったし、つい昔の癖で見せたら……なあ?」
その間、僅か2秒。
大人の処世術と言う奴だ、格好良いだろ。
「そもそも真似しようにも簡単に出来るものじゃないんだがな」
「うん、そのせいでずっと手が血だらけなの」
「マジかぁ」
そう言えば、俺も16の時は前世のアニメの技を使えないか試してたな。
邪王炎殺のアレとか、電撃サッカーの蹴りとか。
蹴りは何とかなったけど黒い炎は出せなかった。
「微笑ましい」
「何処が!?」
「探索に支障が出て無いなら許してやってくれよ。それは一種の男の浪漫って奴だ」
真似をするのがアニメか俺かの違いだ。
どうしよう、滅茶苦茶恥ずかしくなってきた。
「だけど……」
「葵ちゃんは優しいからな」
こんな子に心配されるなんて、優君はつくづく罪な男だ。
食後の珈琲を入れる為にミルを挽く片手間の雑談、そんな中にドアベルの音が小さく木霊する。
「うーい、やってるかー」
「邪魔するぞ」
現れたのは二人の中年男性だった。
片方は鼻が高い軟派そうな男、もう一人は寡黙な仕事人のような男。
「珍しいのが入って来た。何だよ、迷宮帰りか?」
「俺は遠征が一段落付いたからよ、迷宮から出て来たら鷹尾のおっさんと鉢合わせたんだわ」
「同じく、
鷲見と鷹尾…鼻高と髭面と言えば分かるだろうか。
顔馴染みのコイツ等は俺とは違い、現在も迷宮に潜っている現役探索者。
嘗てはひーこら言いながら戦ってたおっさんズも今では古株の探索者パーティのリーダーと言う事で後輩達の良き相談役となっているとか。
「鷲見さん鷹尾さん、お久しぶりです。二等星に上がったって聞きました。おめでとうございます」
「葵嬢ちゃんも居たのか、こりゃあ今日はツイてるぞ。何年ぶりだぁ、別嬪さんになったな」
「店長、酒はあるか」
「ないが?」
「嬢ちゃん何か食いたいモンとかあるかい?おじさんが奢っちゃうぞ」
「あはは、さっき食べたばかりです」
親戚のおじさんかな。
どうして奴らは葵ちゃんを見るとIQが下がるのか。
窓際の席に座ると、鷲見が疲れたような顔をする。
「聞いてくれよ鋼。最近70層に入ったんだが、あの鎧共固すぎて物理が通らねえんだわ」
「ああ、
70層は宮殿エリア。
奥には騎士団長が控え、道中で増殖する騎士を討伐していかなければまず辿り付けない。
しかも
倒せば灰に変わり、時間経過によって修復するのだ。
「有効打としては聖水…神聖系統を付与した水道水をぶん投げれば物理も通るし動きも鈍らせられる。普通の水でも殴る蹴る、斬るは通るが量が問題だな。魔術師が一人でも居れば違うけど、お前の所って今近接しか居ないだろ」
「紅一点の魔術師は数年前に寿退社しちまったよ」
「
「それしかねえかぁ。また出費が増えちまう……」
「魔導紙ならあそこのボスにも有効だし、買っといて損はない」
「そっかぁ……ついでにお前さんはどう攻略したっけ」
「殴って潰した」
「頭おかしいんじゃねえの?」
頭を抱える鼻高の横に、静かにカップを置く。
高位等級だろうと資金難は変わらない。
「鋼、俺も良いか」
「ああ」
「ウチの魔術師が伸び悩んでいてな。火力は申し分ないが、如何せん連発が難しい。魔力を抑えるように精密さを磨かせようと思って居るんだが効率の良い方法はないか」
「日常生活でも魔術を使え、魔力練って遊べ」
「と、言うと?」
「こんな風に─────
俺の体から小さい炎が零れる。
それは次第に形を変えて、次々に蝶の姿を形作る。
仄かな熱を纏い、周りに引火しない魔術の火。
暇な時に良くこうやって遊んだものだ。
「わぁ……綺麗」
「粘土を捏ねるのと同じだよ。魔力を出して、魔術を起動させて、その形を変える。最初は球体とかでも徐々に好きな物を編む事が出来るし、威力も調整出来る」
蝶が回り魚となり、次第に集まり兎となる。
兎はカウンターをピョンピョン飛び跳ねて、葵ちゃんの手に収まった。
「触りだけでもやらせてみれば良い。これは才能じゃなくて根気と集中力、続く奴は強くなるだろ」
「成程、明日言ってみよう。ついでに、お前が指導してくれたりは……」
「やらないぞ」
「だろうな」
そもそも、この特訓方法はやってる奴は普通にやってるし、誰でも思いつく事ではある。
ただ死ぬ程精神を削る事と魔力が減ってく虚脱感さえ克服してしまえば…後は長続きすれば。
指を鳴らして、火兎を消す。
「あ……」
「ずっと触ってると火傷するよ。ホッカイロを直で触ってるようなものだからな、それ」
蚊の鳴くような声と共に至極残念そうにしている。
若い女の子は小動物と戯れる事が好きなんだろう。
「相変わらず、鋼の魔術は馬鹿げてるぜ。その兎だけでどんだけ工程増やしてんだよ。今からでもウチに入らねえ?」
「それならウチも空いてるぞ。取り分二倍でどうだ」
「入らないし、探索者は引退してるし」
「引退って言っても、扱いは休止中じゃんかよ」
「会長が勝手に残してるだけだ」
別に退会手続きを済ませてくれても良いのに、頑ななんだよなあの人。
まあ、ガキだった俺を探索者にしてくれたりハウスラビリンスの許可も取れたから、何も言えないんだが。
「あとよ、ウチの若いのが別パーティの子にほの字みたいでさ。どうすりゃ良いと思うよ」
「とっとと告って玉砕しろ。探索に集中できないなら抜かせ…そもそもお前の所の若いのって、俺より年上だろうが」
「若さとは良いものだな。ウチはクラブに金を落とし過ぎて装備を剥がされた馬鹿が居る」
「探索者辞めちまえ」
辟易としながらも、相槌を打つ。
相談事、と言うよりも各パーティの愚痴を零される俺の身にもなれ。
「……凄いなぁ」
不意に、葵ちゃんがおっさんズの方を見ながら言葉を零した。生々しい裏話に引いてるのかと思ったが、表情を見るにどうも違うらしい。
「おお?どうした、葵嬢ちゃん」
「おじさん達の事か?」
「食い気味」
鼻を膨らませるな、ちょっと気持ち悪い。
「あ、えっと、二等星探索者のお二人も、お兄……店長さんのアドバイスを聞きに来るんだなと思いまして」
探索者の階級は一等星から五等星の五つに分けられている。
評価が上がるほど星が少なくなり、一等星に至っては現在世界に21人しかいない存在とされる。
つまり、こんな奴らでも二等星は上澄み中の上澄みなのだ。
さて、そんな葵ちゃんの一言を聞いた上澄み共はと言えば……ポカンと間抜け面を晒した後に互いに顔を見合わせ喉を鳴らして笑った。
「そりゃあ、当たり前よ。この店長様の情報は大和の探索者なら喉から手が出る程の財宝なんだ。そんな奴と今でも関係が続いてるってのは、幸運としか言いようがねえのさ」
「昔は良く協会に集まって、騒ぎながら攻略したものだ」
「そうそう、葵嬢ちゃんの姉さんをコイツが助けに行った時もそんな感じだったしなぁ。懐かしいったらありゃしねぇ」
「おっさん臭いぞ、お前等」
「「お前だって四捨五入すればおっさんだろ」」
痛い所を突いて来る。
これでも常連のマダム達からは
一通り笑い終えたのか、浅く息を吸う二人は再び葵ちゃんに顔を向ける。
「天賦の才がある訳でもない、魔術の適性が多かった訳でもない……なのにコイツは、全てが未知数だった迷宮を走り続けて、最前線を駆け抜けたんだ」
「葵嬢ちゃん。鋼はな、俺達にとっての憧れなんだよ。だからふとした時に話を聞いて欲しくて此処に来ちまう」
まるで過去に思いをはせるように。
聞いているだけで顔が熱くなりそうだ。
あの頃は原作知識をフル活用して無双してやるぜー!と息巻いてただけなのに…だから葵ちゃんもそんなキラキラした羨望の眼差しを向けないで欲しい。
「お前等、俺の事をそんな風に思ってたなんて───」
「まあ、今じゃあ何でか知らねえが探索者引退して喫茶店をやってる変な奴だけどな!」
「とうとう
「ぶち殺す(ファッキン)」
「火ぃ出てる!火が漏れてるって!」
「止めろ鋼、店が燃えるぞ」
走る炎、止めるおっさん、それをニコニコ眺めるJK。
混沌とした店内は、賑やかに時間が過ぎていく。