実は過去に面識がある設定は良いぞー、滾るぞー。
金宮司琴子にとって、世界とは地獄のような場所だった。
先天性の奇病、魔眼を宿した自分は幼い頃から友人もおらず、家族にすら疎まれて、自分の感情すら吐き出す事も許されなかった。
『気持ち悪い』
『化物』
『近寄らないで』
『貴女は私の子供じゃない』
世界の全てが気持ち悪い。
視界を埋め尽くす色彩は人の顔すら覆い隠し、一体誰が誰なのか…家族の顔すらも琴子には分からなかった。
「こんな目、無くなれば良いのに」
魔力、それを目視出来ると言う事は確かに有用であろうとも、彼女にとっての魔眼は正しく負の象徴。完治不可能な病は体に影響はない、だが幼い子供の精神には大きく傷を残した。子供ながらに思った事は、目を失えば普通の暮らしが、誰かに愛される日常が手に入るのではないか…そんな事ばかり。
だからこそ、彼女が成長の過程で人を人とも思わないようになったのも至極当然の事だった。
金宮司琴子は天才だ、周囲とは一線を画す程の思考力、驚異的な記憶能力、そして驕る事無く成長を続ける努力の塊。
趣味の機械技巧から長じて、
外に出れば見たくもない色彩が広がる世界、それに加えて自分のお零れに与ろうと近付く集り、俗物の群れ。
元々容姿が良い事も災いしたのだろう、交友どころか話す価値すらない凡俗の相手なんて自分の時間を浪費するだけ。
関係を断っていた血の繋がりがあるだけの他人は、今更になって連絡を取って来る。
ゴミばかりだ。上っ面を取り繕うのは得意になっても、深い関係になる事は無い。
「心底下らない」
そんな琴子が、初めて研究以外に興味を示した物が
何かに導かれるように、彼女は推薦に乗った。
だが、一つだけ大きな問題がある。
金宮司琴子が住む場所は、新都から大きく離れた地方都市。学園に行くには一度外に出なければならない。
出ろと?ここから、出ろと?
逡巡、工房の外には出たくない…だが何故だろう、これで入学を取り止めますと連絡を送れば、負けた気がする。
「や、やってやろうじゃねえかよ、この野郎ッ!」
まあ私は天才ですから、やってやれねえ事はねえんですよ!……と、彼女は殆ど自暴自棄になりながら工房を出た。
簡素なトランクケースに詰めた最低限の日用品を携え、道中で十回程トイレに引き籠りながら、極力周囲を見ないように強く目を閉じて魔導列車に揺られ…数時間の後に新都に到着。
「う、嘘……でしょ」
しかし、此処で金宮司琴子に二つ目の災難が降りかかる。
人が、やべえ。最短距離を計算して駅を出た彼女の視界…見渡す限り全てが赤、青、緑、黄色、更に白と黒。
前衛的な絵画に冒涜をトッピングしたような新天地に、琴子はぐらりっと大きく体を仰け反らせ。
「もう、むり……」
滅茶苦茶嘔吐した。そりゃあもう盛大に、周囲から上がる声に反応する事も出来ずにガタガタと体を震わせる。
どうにか体を動かして、壁に背中を預けて座り込む。
目を瞑れば、他の感覚が敏感になる。
囁き声が、聞こえる。
『ちょっと、あの子吐いちゃったよ?』
『大丈夫だろ、誰か声掛けるって』
『駅員さん呼んできて!』
『俺、忙しいから』
声は遠のいていくのを感じて、琴子は思う。
結局どこも変わりはしない、と。
「キミ、大丈夫か?」
その時だった。
自分の直ぐ目の前から男の声が聞こえたのは。
「体調が悪いなら救急車呼ぶけど」
気遣うような優しい、暖かい声。
自分に向けられてると理解した琴子は恐る恐る視界を上げて……その声の主を見た。
「なあ、大丈夫か?」
「え……あ、え?」
絶句。
彼らは多かれ少なかれ間違いなく魔力を纏っており、魔眼に映る全ては色で塗りつぶされている。
だと言うのに、目の前の男は…顔が見える。
顔だけじゃない、全体像。彼の周囲を覆う緋色の膜が他の色を寄せ付けず、奇妙な空間を構築していた。
「どうした、何かおかしな物でも……ん?んん!?」
紙袋を抱えた男が、自分の方に顔を近付け何かに気付いたような驚愕の面持ちをする。琴子は察した、自分の魔眼への反応だと。
「あー、成程、理解した。うん…うーん、いや、どう言う事?何も理解出来ねえ」
小声でブツブツと呟く彼は、暫しの沈黙と頭を押さえた後に琴子に言った。
「取り敢えずさ、その目だと此処は気持ち悪いんじゃないか。少し歩いた先に喫茶店があるから、其処で休んでけよ」
「……え?」
「キミ、魔眼持ちだろ。昔知り合いが言ってたんだよ…魔眼持ちにとって目に映る全てが色で埋め尽くされた地獄だって」
初めて、誰かに理解を示された。
金宮司琴子、初めての経験である。
「まあ、言ってたのゲームの中のお前だけど」
そんな囁きすら聞こえない程に、彼女は高揚した。
☆
男、九条鋼に連れられ…もとい背負われるまま琴子は件の喫茶店に辿り着いた。歩こうとしても体が動かなかった事が原因である。
「本当に申し訳ない、です。服も……」
「ああ、気にしなくていい。お袋が居て良かったよ、マジで」
入店早々に、鋼の後ろに背負われた琴子を確認した鋼の母親…鋼ママが有無を言わさず裏に運び込み、シャワーを貸し出した。
「珈琲は飲める?」
「あ、はい……いや、大丈夫です。そこまでは流石に」
「良いから、ウチのは美味いから飲んでみてくれよ」
自分の前に置かれたティーカップに恐縮しながらも、琴子は店の中を見回す。充満する一色の赤、薄いそれらは全てが目の前の鋼の魔力の残滓なのだろう。
「あの」
「ああ、何か食いたい物でもある?軽食で良ければ作るけど」
「いえ、そうじゃなくて」
数秒程言い淀み、彼女は意を決したように顔を上げて尋ねる。
「貴方は、自分の魔力を完全に抑え込んでいるんですか?」
「……おお、流石魔眼。分かるんだ」
場所にして心臓部。彼を覆う薄い緋色の膜、それは中心で赤く紅く輝き続ける球体から漏れ出した物。
驚いた様子で鋼は頷く。
「魔力運用の一環で始めたんだ、日常生活に支障が出るからさ」
「どう、やって」
魔力は感情の上下によって、自分の周囲に影響を及ぼす。
火を操る者であれば周りの温度が上昇したり、時には発火現象を引き起こす。
「あの時は大変だったなぁ」なんて、他人事のように語る鋼に琴子は慄きながら訪ねた。
魔力の完全制御は、未だ確立されていない。
器用に感情をコントロールする事で何とか自制する者は多いが、ここまで綺麗に押し込めるのはまず不可能。
研究者としての探求心、そして彼の技術が普及すれば魔眼持ちの生活は一変するだろうと言う期待。
だが…悲しいかな、それは直ぐに打ち破られた。
「どうやってって、こうキュッとやってギュルンってやって、グイッってやれば」
「あ、もう大丈夫です」
九条鋼が、説明が下手糞だったせいだ。
脳筋と頭脳派は相性が悪い、理論を組み立て行動する者に対して彼らは感覚で物を言う。
「悪いな、どうにも説明って苦手なんだよ。
「九条さんも
「ああ、元な。今は家の喫茶店を継いでダラダラと店長生活を過ごしてるけど」
ニカリと優しく笑う姿に胸が弾む。
何だこれ…生まれて初めての動悸に、琴子は困惑しながら落ち着かせようとカップに口を付ける。
「金宮司さんは
「いえ、私は研究者として」
「そうか、優秀そうだもんな」
「……そう、見えますか?」
少しだけ目を鋭くさせて、鋼を見た。
精密な魔力の使い方をする人間だ、もしかしたら何処かで自分の事を知っていて、何か意図があって助けたのでは。
人間不信が極まってる彼女は、大分想像力豊かである。
「見える。キミは頭も良さそうだし、それに可愛い」
「…………かわっ!?」
「ああ、これは経験則なんだけどな。面が良い人間ってのはこの世界、謎に優秀な奴が多いんだよ」
羨ましい限りだな、なんて拗ねたように言う鋼。
何気に自分の容姿が平均の中の平均な事を気にしていたりする。しかし、そんな言葉は彼女の耳には届いていない。
「か、可愛い…可愛いですか、へえ、ふーん、そっかぁ」
齢15歳、中身の無い賞賛は数あれど、面と向かって可愛いと言われた事が皆無な少女。
「ふ、へへ…えっと、私、可愛いですか?」
「うん」
「ぐはっ!?」
此処で訂正しておくが、この時…九条鋼に率直な感想以外の感情は無かった。全く、全然、これっぽっちも、口説く気は無かった。だが、それが良く無かった。
「ほーん、ほーん、ほーーーーん?」
「どうした…?」
金宮司琴子、有頂天。
訝し半分、気遣い半分の瞳に更に天元突破。
「あの、九条さんって此処の店長さんなんですよね」
「うん、そうだな」
「雇用形態とかお聞きしても?」
「何故に?」
もう就職先はここしかない。
魔眼持ちとしても落ち着けて、何よりもこの人が居る。
学園?何それ美味しいの?
「悪いけど、未成年を雇う事は出来ないかな。法律的に」
「ではバイトなら如何でしょう」
「バイトも、事足りてるかなぁ」
「そうですか……」
するりと躱された。
「それにさ、金宮司さんは何かやりたい事があるから学園に入学しようと思ったんだろ。なら、こんな場所で働くよりもそっちを優先した方が良いよ」
「…………はい」
魔導具の開発、病とされる魔眼の謎の解明。
「鋼くーん、洗濯物乾いたわよー」
「ああ、丁度良かったな」
奥から鋼ママの声が聞こえて、熱を持った顔が一気に冷める。
「取り敢えず、それを目指してみなよ。きっと長い道のりになるだろうけど、キミなら絶対に辿り着けるだろうから」
「まるで見て来たみたいに言うんですね」
「勘だけどな。でも、俺の勘はあんまり外れない」
鋼ママが引いてきたトランクケースを受け取り、琴子は立ち上がった。カップの中身はもう無い。
「珈琲、美味しかったです。また来ても良いですか?」
「何時でも来てくれ、お客さんは大歓迎だ」
何となく、力が湧いた気がした。
「それと、もしその右腕のメンテナンスが必要な時は私に言って下さい。これでも私、天才ですから」
聞いてはいけないかと思ったが、最後に琴子はそう言った。
右腕の義手、普通の義手のように見えるがアレは魔導具。
「それは助かる、コレの開発者は偏屈だからあんまり顔を出し過ぎると怒られるんだわ」
「誰が作ったんですか、そんな一品」
「メル=クリウス」
「……ちょっと私には荷が重いかも?」
冗談なのか何なのか。ドイツ、延いては世界最高の魔匠の名を出された琴子は苦笑いで外に出ようと扉を開けて、
「…………………」
再び、パタンと扉を閉じた。
「すみません、学園まで送ってくれませんか。ちょっと私にはまだキツイので」
恥ずかしげも…いや、心底恥ずかしそうにそう言って鋼に案内を頼むのだった。
何か、予想の二倍くらい設定が増えた気がするけど、多分気のせいだな、ヨシ!
琴子ちゃん。入学から頑張って魔眼の制御方法を編み出し続けて、今では普通に周りを見られるようにまで成長しました。この子、世界レベルで教科書に名前乗る位の天才です。
ただとんでもない化物を見たら吐きそうになります。世界に愛され体質な主人公君とか、魔力全開放したどっかの自称一般人店長とか。
前話を見れば割と察するけど、店長は説明がクソ下手糞です。
現在時点では割と改善されてはいるけど…最終的に殴る蹴るで物事を考える脳筋なので。
あと、感想をくれると私が半狂乱でマツケンサンバ踊ります。
対戦宜しくお願いします。