追記、番区を間違えてる大馬鹿がおるで。
『先輩を助けたら、悪い人達に追われた』
店に来て早々に息を切らしながらそう叫んだ優君と、青白い顔をした星宮風香を宥めながら、俺は事の詳細を尋ねる。
時刻は16時43分、探索に必要なアイテムを揃える為に街を歩いていた優君は道中で挙動不審な星宮風香を発見し、何かあったのかと話しかけた。彼女から帰って来た言葉は一つ。
『亜弥ちゃんから助けてとメッセージが届いた、他の皆も一緒にいるって』……と。
あまりにも取り乱した様子に、捜索の手伝いを名乗り出て向かった先は4番区。治安が悪い場所だ、逸れてしまっては危険だと判断した彼らは二人で行動していたらしいのだが、その最中に星宮風香が突っ走り、それを追った優君が目撃した物は数人の男が黒いワゴン車で彼女を攫う姿だった、か。
うんうん、概ねシナリオ通りに進んでたな。
しかしそこでオリジナルチャートが巻き起こる。
数人の男を前にした優君は、何と拳一つで悪漢を退けたらしい。魔銃を手に抵抗する男達、だが彼は構いもせずに殴り飛ばしたとか。
凄いな、流石は我が弟子…なんて馬鹿な事を言ってる状況ではなく、その最中に男の一人が応援を呼び、そこからあれよあれよと逃避行。
「うん、マジか」
星宮風香の誘拐阻止。
それは確かに、ゲームでは起こり得なかった事だ。
迷宮都市ヤマトのシナリオは基本的に寸劇方式。
行動には多分な制限があり、プレイヤーが出来るアクションと言えば選択肢を選ぶ事位…なのだが。
そうだな、ここ現実だもんな。そりゃあ対抗出来る力が有ったら誰だって全力で護っちゃうよな。
今回は間違いなく俺のガバだろう。
日頃この世界はリアルだと理解して居ながら、根っこではゲーム脳。自分が関わっていなければシナリオが滞りなく進行すると思っていた驕り。
うーん、
「ねえ、師匠…大丈夫?もしかして怒ってる?」
虚空を眺めながら脳内で一人反省会を開く俺に、優君は少し小さくなりながら声を掛けて来る。彼としても、こんな厄介事に俺を巻き込んでしまった事を後悔しているのかもしれない。
だって俺、ただの喫茶店の店長だからね。
「怒る訳ないだろ。優君は大事な先輩を助けて、ここまで走って来たんだ。凄いな、よく頑張ったな」
「え、えへへ……」
流石に怒る気にはなれないし、なんなら俺の方が後悔で一杯である。何かすいませんね、一般人でごめんね。
罪悪感を振り払うように首を振り、俺は未だ顔を青くして珈琲をちびちび口に運ぶ星宮風香の方を見る。
綺麗な人、もとい綺麗な子だ。
流石はヒロインになり得た
「ここは安全だから落ち着いて。えーと、星宮さん?」
「あ……はい、星宮風香です」
「時々優君がキミの事を喋ってるから他人の気がしないな、優しい人だって太鼓判を押してるよ」
「私も、です。
「それは光栄だ」
笑顔を浮かべている。けれど、その中には焦りと恐怖。
理由は分かる…が、俺はそれに気づかないふりをしながら会話を続ける。
「頼られた手前、大人としてキミ達を傷一つ無く寮に送り届けるよ。気分が落ち着いたら店を出よう」
「はい……ありがとう、ございます」
会話が途切れた。
ジャズの音色が響く店内に、妙に重い沈黙が流れる。
「……風香先輩」
優君が何か言いたげな顔をしているが、途中で口を噤む。こういう時、凄い分かり易い反応をするんだよな。
イベントが不完全な形で進んだ以上、此処で二人を寮まで送り届け、影縫さんに集めて貰った情報をSTARsと協会に横流しすれば事件は一件落着となるだろう。
早くて三日、会長が居れば二日で事は片付く筈…なのだが。
「何か、心残りがありそうに見えるな」
「ッ!」
「寮に帰るより先に、片付けなきゃならない事でもあるんじゃないか?」
洗い物を片付けながら、俺が零した独り言。
それは星宮さんの肩をビクリと揺らし、動揺を誘うのに充分な言葉だった。
彼女はもう一度此方を見る、それはまるで希うようで、いつか何処かで見た、僅かな希望を手繰り寄せようと藻掻く子供のような顔。
「亜弥、ちゃんを」
「うん」
「亜弥ちゃんを、助けたいんです」
星宮風香の友人、亜弥ちゃんはイベント後に生存が確認されたキャラだ。確か星宮さんの幼馴染で良く一緒に遊んでいたとか説明があった気がする。
さて、そんな彼女…実はゲームをプレイした者達から、かなりの顰蹙を買っているヘイトキャラである。
何故かと言われれば、それはイベント終了後に発生する僅かな会話パート。
『どうして、風香が死ななきゃならなかったの…どうして、助けてあげなかったの……』
力が入らない体で
しかしだ、元はと言えば亜弥ちゃんがメッセージを送らなければ星宮さんは巻き込まれなかった話と、数少ないゲーマー達は口汚く彼女を罵りまくっていた。
『最初からテメェのせいじゃねえか!』
『それ原作者に言ってくれね』
『何でお前が生きて、絶命先輩が死ぬん?』
阿鼻叫喚、怨嗟怒涛。
なまじ星宮さんを気に入っていた連中は大激怒して開発元に長文のお便り(クレーム)を送り付けたとか。
全く、ゲームのモブキャラに大人げない。
まあ俺もSNSで罵詈雑言喚き散らしたけど。
「…………成程な」
とは言え、それも結局はゲームの話だ。目の前で星宮さんはピンピン…では無いが、被害は未然に防がれたし、今の俺はそんな事を根に持つ程血気盛んな子供でもない。
「師匠、僕は…助けてあげたい。風香先輩の友達だけじゃない、居なくなった他の人達も」
無言を貫いていた俺に、優君は顔を上げて言う。
眩しいと、感じるのは歳のせいか。
「そうか、そうだな……俺も、同じだよ」
「ッ…じゃあ!」
そりゃあ目の前で助けを必要としてる子が居れば、俺だって手を貸したくなる。
「ああ、星宮さんの友達も行方不明の生徒も全員助けに、一緒に行こう」
プランB。星宮風香改め、亜弥ちゃん含む生徒の救出大作戦。これだ、これしかない。優君の精神成長を促しレベルアップさせるにはもうコレしかない…俺の直感がそう言っている。
「そんな、危険です!これは私の我儘なんです、優君にも、それに店長さんにも関係のない話ですから」
「もう関わっちゃったし、今更だよ風香先輩。それに師匠が居れば、悪い人達が幾ら来ようとへっちゃらだ!」
ちょっと信頼が重い気はするけど、まあ序盤イベント位なら容易く処理出来る。星宮さんの視線に少し笑いながら頷いてみせる。
「なら、私も一緒に」
「星宮さんは、優君とお友達の帰りを待ってて欲しい。多分、これから行く場所はキミみたいな子には毒にしかならないから」
薄汚い台所の番人のようなゴロツキが大量発生する4番区奥、うら若き女学生が見るには刺激が強い。語彙を強めに彼女を諫めるが、それでも彼女は強情だった。
「でも!……でも」
親友を助けたい、だが誰かに迷惑を掛けたくない。
善性の塊だ、それが少しだけ羨ましくなる。
「STARsに連絡しても、救助には時間が掛かる…今、俺達が行くのが多分ベストだ」
いや、どうだろ。多分瑠璃ちゃん辺りならすっ飛んで来そうな気はするけど。そんな感想を口に出さず、俺は少しだけ強く星宮さんを見据える。
「……分かり、ました」
最終的に、星宮さんは折れた。
涙を目先に溜めながら彼女は俺と優君にそれぞれ視線を向けて、頭を下げる。
「お願い…します。亜弥ちゃんを、皆を助けて」
「心配するな、お兄さんに任せとけ」
「師匠、僕もいる!僕もいるから!」
「うん、そうだったな」
自分の存在をアピールするように立ち上がる優君の頭を抑えながら、俺達は少しだけ笑い合った。
「それじゃあ、一回外に様子を見に行ってくるよ。大丈夫そうなら星宮さんを送って、行動を起こそう」
「うん!あれ、でも師匠…場所が分からないよ」
「そこはまあ、任せてくれ。これでも4番区に何人か知り合いがいるから…多分直ぐに分かる」
「そっか、流石師匠!」
まあ、黒子さん達なんだけど。
立ち上がり、静かに店の外に出ると、外は夜の帳が下りて人の行き来もまばらになっていた。俺は深い溜息を吐き出しながら声を掛ける。
「そう言う訳で影縫さん、プラン変更になった」
「了解した」
扉の横に身体を預けていた、潜入用の衣装を身に纏う影縫さんは押し殺したように喉を鳴らし承諾を示す。
「何笑ってんだよ」
「いいや。似合わない事をするものじゃあないな、と」
何が言いたいのか、全く分からない。
「それで、店を張ってた連中は」
「どれもこれも、木っ端だな。今は近くの空き倉庫に黒子達が集めている」
「なら、案内してくれ」
「何だ、まだ情報でも吐かせるのか」
「少し脅して余計な事を考えさせないようにするだけだよ」
「成程」
どうせ、今日で彼らの人生は終わり。
悪事を働いて日々を面白おかしく過ごしてきたのなら、自分達の終着地は理解しているだろう。
「さて……」
通信機を操作して、とある友人に連絡をする。
「よう、久し振り」
電話口から聞こえた声は、眠たげな欠伸から始まり酷く驚いた物に変わった。数年前と変わらない様子の彼女に少し懐かしく思いながら、俺はとある提案をする。
「そっちの国で悪い事してる連中の一派を今から潰そうと思ってるんだけど、お前も一枚噛まないか?」
損はさせないぞ、と続ければ彼女は特徴的な笑い声を響かせて事の詳細を聞いて来る。
手短に、手早く、簡潔に…情報交換を終わらせた俺達は最後に二、三と軽口を交わして会話を終える。
「じゃあ、そっちは任せた、ラオ」
これで仕込みは終わりだ。