シンギュラリティ・ラッドピース   作:物部。

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1話 聖川優01

 店長の朝は早い。

 それは店の仕込みから始まり、掃除、流行の確認、入荷物の値上がりの確認など様々だ。

 小ぢんまりとした店ではあるが親父とお袋から店を預かった手前、生半可な事は許されない。

 

「まあ、客なんて滅多に来ないけど」 

 

 元から常連客や親父の知り合い。時たま顔を出す俺の友人達が金を落として成り立っている所がある。

 ウチは地元に根強い喫茶店なのだ。

 

 硝子越しに外を覗けば、ゲームの中では親の顔程見た学園が鎮座している。尤もあっちでは2Dグラフィックだったから面積なんて分からなかったが、こうしてみると滅茶苦茶デカい。

 

 皇星(すめらぎ)学園。

 迷宮に潜る者達の総称、探索者(ダイバー)を育成し排出する国立の学校。

 探索者(ダイバー)育成の他にも、迷宮資源の研究者や学者先生が多く在籍してるそうだ。

 多数ある探索者(ダイバー)養成学校の中でも、此処は国中からエリートが集うのだ。ついでに俺は入学した事がない。

 一クリア済みゲーマーとしては是非とも中を拝んで見たかったのだが、自分の迷宮探索も忙しかったし、設立した時には既に20歳を超えてたしで縁が無かった。

 

「何が悲しくて自分から命を捨てに行くのか」

 

 探索者(ダイバー)は、子供が一度は夢見る職業ランキング1位らしい。一山当てれば莫大な富と名声が得られ、生涯生活に困る事はないのだが……だからと言ってそんな甘い話でもない。

 年間死傷者数は万を超えるし、生き残っても後遺症でその後人生が詰む場合も多い。

 

「俺が言えた事でもないけどなぁ」

 

 自分の右腕を撫でながら、零すように言葉が出る。

 白銀の金属で出来た義手。昔ポカをやって失った代償。

 

 いや本当に、若い感性で挑む物でもないよ、迷宮は。

 とは言え、それで探索者(ダイバー)が減少しても迷宮氾濫とか起こって被害が増えるだけなんだけどさ。

 早く主人公君にはラスボスを倒して貰って、人々が迷宮に怯えない生活を送れるようになる事を祈るのみだ。

 

「さて、看板出し、看板出しっと」

 

 無駄口を叩きながらカウンターとテーブルの水拭きを終わらせ、外に出る。

 

 澄み渡る青空だ、季節は四月下旬。

 朗らかに照らす太陽と花の匂いは何時だって心を癒す。

 看板を店の入り口近くに置いて、扉の掛札をオープンに変えて…………店前で倒れてる人間に目を向ける。

 

「師、匠。お腹、空きました」

「………何やってんの、お前」

「昨日から、迷宮潜ってて、回復薬買い込んで、全財産なくて」

「馬鹿なの?」

 

 おっと、つい本音が漏れてしまった。

 其処にぶっ倒れてるのは、少し長い金髪の中性的な少年。

 見れば誰もが美形だと言うだろう相貌は若干埃で汚れ、目はアニメでしか見ないだろうぐるぐると渦巻いている。

 

「なあ優君、此処は君の家じゃないんだけど」

「師匠、ご飯、下さい」

「家で浮浪者を飼う余裕とかないんだけど」

 

 彼の名は聖川優。

 皇星学園に今年から入学し、迷宮探索に勤しむ男子高校生。

 いや、ぶっちゃけ性別は男か女か分からないんだけど。見方によっては女子に見えなくもないし。

 軽装鎧だから体型も良く分からん、制服でも分からん。

 

「師匠ぅ……」

「分かったから、取り敢えず店に入りなよ。そんな所でぶっ倒れてるとお客さんの邪魔だからさ」

「……酷い」

「ぶぶ漬けで良いよな」

「帰れって、事?」

「うん」

 

 時刻は6時過ぎ。この時間は大して客は入らないが、店前で人がぶっ倒れてれば外聞最悪。

 充分に営業妨害である。

 

「なあ優君、俺前に言ったよな。迷宮に潜るのなら最低限宿代と飯代は残しときなって」

「宿は、寮だけど、ご飯は、自前だから」

 

 皇星学園にはとても広い寮がある。

 だが、飯は出ないらしい。それは迷宮に潜る生徒が多いせいか、作っても廃棄が多くなるので各々各自で取る仕様とか。

 そんな設定あったかは覚えてないが、そう言えば食堂の描写は無かったような気がする。

 

「師匠、ご飯」

「分かった分かった、ちょっと待っててくれ」

 

 マジモンの無駄飯喰らい。

 一体何度出世払いで返すと言われたか覚えていない。

 とは言え、此処で将来有望な彼を捨て置いて道端でロストさせるとシナリオが終わって、世界が終わる。

 

 だってコイツ、迷宮都市の主人公なんだもん。

 

 

 迷宮都市ヤマトの主人公は男女選択可能、名前の変更も出来る昨今では少なくなりつつある類だ。

 

 恋愛ゲームなのに女主人公があるのはおかしい?そうだな、何故かこのゲーム百合要素もあるんだ。俺はやった事無いけど。

 

 さて、そんな主人公君のデフォルトネームが、聖川優。まあ男女選択可とは言っても、殆ど見た目に変化は無く中性的なのだが、性別によって若干ステータスが変わる。

 

「良い匂いが、してきた」

「いつから飯食ってないの」

「昨日の、お昼……から?」

「もう探索者(ダイバー)辞めちまえ」

 

 探索者(ダイバー)は体が資本。

 それはそうだろう、空腹で力も出せずにモンスターからタコ殴りにあえば速攻で死ぬんだから。

 

 レタスを毟ってボウルに纏め水洗い。

 水を切って、今度は冷蔵庫から卵とベーコンを取り出す。

 

「今日のご飯は何ですか」

「見れば分かるだろ、ベーコンエッグだよ」

 

 てか、客じゃない奴に手の込んだ料理を出したくない。

 僅かに置き上がり、先程から死んでいた目に光が灯る。

 

「師匠のご飯、僕大好き」

「おう、それじゃあ金払ってくれ。此処は喫茶店だ」

「ごめんなさい、ちょっと寝ます」

「逃げるな、おい。睡眠に逃げるな」

 

 これも一体何度目のやり取りだろう。

 遠目から主人公達を眺めるだけの生活を送るつもりだったのに、こんな無駄飯喰らいに懐かれるなんて。

 コイツもしかして同姓同名の別人なんだろうか。

 

「優君、今日は何層まで潜ったんだ」

「6層だよ。昨日森林エリアで迷子になって」

「あそこは入り組んでるからなぁ」

 

 迷宮都市ヤマトには、幾つもの迷宮(ラビリンス)が存在するが彼が今攻略しているのはメインストーリーで潜る事になる『天啓の逆塔』と言う名前の迷宮(ラビリンス)だ。

 

 最大100層、ついでにエンドコンテンツ用で999層まで設定されている大型迷宮(ラビリンス)

 下に下れば下る程、敵のレベルが上がっていき最下層にラスボスさんが封印されている。まあ、ラスボスさんが目を覚ますのはゲーム終盤だし、今は欠片も動かないんだけど。

 

 え、999層まで行けばマントルにぶち当たるって?そこはそれ、ゲームの御都合主義と言う奴だ。何でも空間の歪みが何たらかんたらで地層には影響がないとか。

 

「師匠は何層まで潜った事があるんだっけ?」

「あー?あー、500層」

「流石は師匠!」

「そうだろー、師匠は凄いんだぞー」

「あれ、でも天啓って100層までなんじゃなかったっけ?」

「そうだなー、何でだろうなー」

 

 無駄話をしながら焼き上がったベーコンと目玉焼きを皿に乗せて、炊飯器から白米をよそう。

 

「食ったら皿洗ってけよ」

「はい!いただきます!」

 

 目をきらっきら輝かせながら、優君は力強く手を合わせて飯を食いだす。良いねぇ、俺は最近搔っ込むのが苦手になってきたから、若さが羨ましい。

 探索者(ダイバー)を引退して早5年。鍛錬は続けちゃいるが、やっぱり鈍って来てるのかなぁ。

 

「師匠、凄く美味しい」

「良かったなぁ」

「愛が籠ってる味がする」

「しばき倒すぞー?」

「だってこれは愛だよ、最高のスパイスは愛だって言ってたもん」

「それ言ったヤツに拳骨するから後で店に呼んできてくれる?」

「分かった!」

 

 何が悲しくて無駄飯喰らいに愛を込めなきゃならんのか。

 そんな事を考えてるうちに山のように盛った筈の白米が姿を消していた。

 

「お代わり下さい!」

「優君、良く友達に図々しいって言われない?」

「師匠にしか言われた事無い!」

「そっかぁ。じゃあ少し位は加減ってのを覚えてくれるとお兄さんは嬉しいんだけどな」

 

 無理だろうなぁ、懐かれちゃってるっぽいからなぁ。

 乱雑に米を積んで差し出すと、また凄い勢いで口に突っ込む。

 

「善処します!」

「何処で覚えて来た、そんな言葉」

「生徒会長さんが言ってたよ」

 

 もうそんな所にまでコネ繋いだのか。

 生徒会長、確かサブヒロインの一人でお助けキャラの中でも割と上位に食い込むスペック。

 中盤は良くお世話になってたけど、ラスト辺りで加入する上位互換キャラのせいでめっきり使わなくなったな。

 あの子の性能って、確か光系統の魔術で範囲狩りするタイプだっけか。

 

「ふふっ」

 

 どんな装備ビルド組んでたかな、と外を眺めながら考えてると急に優君が笑い出した。

 

「どうした?」

「ううん、師匠が考え事してるなーって思って」

「何だそりゃ」

 

 最近の子の笑いのツボは分からないな。

 謎にニコニコと笑いながら優君は食器を洗い場に持って行き、水系統の魔術を使って食器を洗う。

 

「御馳走様でした。それじゃ僕は一回学園に戻ってまた来るね」

「そうしろそうしろ。次に来る時はツケ代も持って来るんだぞ」

「……善処します!」

「そこは即答しなよ。って、ちょっと待て」

「どうしたの?」

 

 カウンターを出て、外に出ようとする彼を止める。

 

「米粒付けて学校に行くつもりか」

 

 口元についた米粒を摘まみ、「恥ずかしいぞ」と笑って見せる。 

 まだ子供だな、なんて思って顔を見ると、

 

「あう」

「……あう?」

「じゃ、じゃあもう行くからね!行ってきます、師匠!」

「おー、気を付けて」

 

 顔を赤面させた優君は、技能(スキル)を使ったのか全速力で姿を消した。まあ、男子高校生が米粒付けるなんて笑い者だろう。

 足元のゴミ箱にポイッと投げて、俺は仕事に戻る。

 

『今度また稽古つけてねー!!』

 

 なんて、遠くから聞こえた気がするが、多分気のせいだ。

 

「稽古なんざいらんだろ、お前主人公なんだし」

 

 そう言えば、アイツと出会ったのも今日みたいに暖かい陽射しの日だっただろうか。

 

 

 

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