お酒の飲みすぎ、良くない。
4番区奥部は、
頻繁に出没するゴロツキや春売りも鳴りを潜め、スーツ姿の男達が屯するビル群。
遠目から訝し気な視線を向けてくる連中を観察しながら、そんな場所に立ち尽くしているのは、俺と優君の二人のみ。
「ここが4番区の先……何か雰囲気が違うかも」
「そう言う場所なんだよ」
優君達がなんちゃってチャイニーズマフィア達に追いかけ回されたのは、4番区でも入り口付近。危険はあれど撃退する事が容易なゴロツキ、スリを仕掛けて来る侵攻孤児に目を瞑れば案外普通の街と変わりないのだが、ここから先は違う。
「優君、俺の傍を離れちゃ駄目だぞ。でないとわるーいおじさん達に攫われちゃうからな」
「うん!!」
数人であれば問題ないが、奥部の連中は十、二十で群れて来る。忠告混じりにそう言えば、彼は素早い動作で俺に身体を密着させてくる。近くない?
「そう言えば、師匠は装備とか持ってこなくて良かったの?」
星宮さんを送る片手間、優君は自分の装備を部屋に取りに行った。今は軽装姿、対して俺はと言えば普段着。
「必要ないかな。
「そっか、流石師匠!」
これで納得するのはどうかと思うが。
「あと、極力目を合わせるなよ。難癖付けられても困る」
「はーい、でも師匠、あの人達…僕達から距離を置こうとしてない?」
何人かに目をやれば、直ぐに顔を逸らされる。俺達の方に近付こうとした若いのを熟練そうなおっさんが羽交い絞めにしている。
彼らから関わりたくないと言う感情をありありと感じさせるのは、果たして何が原因か。
『間違いねえ、掃除屋だ』
『代表に連絡しろ、今すぐ!』
『クソッ、どこの馬鹿が下手打ちやがったッ』
『どうしたんすか兄貴、ありゃあカモっすよ』
『目を合わせるな、影縫家の二の舞になりたくなきゃな』
まるで迷宮のボスと鉢合わせたみたいな反応。ヒソヒソと相談するのは良いけど、全部聞こえてるからな。
「そうだな、不思議だな」
心底不思議そうに首を傾げた優君の頭を撫で、大通りを進めば…モーセのように道が開けていく。
歩きやすくなったのは願ったり叶ったり、無数の視線の中を進む事暫し、歩道脇に備え付けられた小さなベンチに腰を下ろす女性を見つけた。
「いた」
「え?」
疑問符を浮かべる優君を他所にベンチに近付くと鋭い目で周囲を威嚇する彼女が、俺を見た。
「ん?おっと、んん、うん……いやぁ、店長じゃないですかぁ、こんな所で奇遇ですね!」
レディーススーツを身に纏い、人懐こい笑みを浮かべた女性……変装姿の黒子さん
「師匠、この人…誰?」
「彼女が情報通な知り合いだよ」
「うっす、ウチは情報屋」
そのキャラでいくのか。割と真面目そうな人だった筈だが、これも潜入工作の一環なのだろうか。
何処ぞの大御所アニメの主人公を彷彿とさせる黒子さんAは優君に手を振る。
「……また女の人」
何故だろう、気持ち腕を掴む力が強まった気がする。
「知りたい事は何でも教えちゃうっす、店長の友達ならアタシの友達っす」
「溢れ出る陽キャ感。とは言え、彼女の情報は信用出来る」
「そう、なんだ」
もうツッコミ役に回った方が良いだろうか。しかし悲しいかな、俺のツッコミは今はあまり通用しなさそうだ。
まあ、取り敢えず俺も乗っておこう。
「早速で悪いんだが、情報が欲しい。
「ほうほう、
膝の上で手を組みながら、意味ありげな笑みを浮かべる黒子さんAは「ほむ」と声を零しながら続けた。
「あるっすよ。さっき入ったばかりのホヤホヤな話が」
「ッ、本当です……ッ!?」
「優君はもう少し静かにしような」
こんな所で大声なんか上げればギャラリーの目を引く。
口元を左手で抑え、右で人差し指を立てると彼は赤べこに似た動きで首を振る。
「教えて、貰えませんか」
「勿論構わないっす…とは言え此方もただと言う訳にはいかないっすね。これでも仕事なんで。情報料で言えば、ざっとこれ位っす」
え、何それ俺も知らない。
懐から電卓を取り出して黒子さんAが叩く、何で七つの子のリズムを鳴らしてんだ。どこぞの黒服の組織かよ。
タン、タンと計算を済ませた彼女は優君に電卓を差し出した。
「5、50万!?」
「ヒソヒソ声で驚くとはまた随分器用な事を」
随分と割高である。もしかしたら彼女は、ウチの給料に不満を抱いているのかもしれない。
「どうしよう師匠、僕そんなにお金持ってないよ」
「そうだな、うん、俺も金銭面の事をもう少し考えないとな」
優君とは別方向で不安を露わにする俺に、少しして黒子さんAは片目でウインクを送って来る。今度は何だ。
「で、す、が、今日は大恩ある店長の顔を立てて特別に教えてあげちゃうっす」
「良いんですか!?」
「もっちろん。お礼は店長に言って下さいね」
酷いマッチポンプを見た。
キラキラと羨望の眼差しを向けてくる優君に胃が痛くなる。おい、そのサムズアップ止めろ。何を一仕事終えたような顔をしてやがる。
「さてさて…場所は此処から数km先、とある龍華国の資産家が所有する個人ビル…と、表向きには言われていますが収容施設っす。其処に
「一か所だけか?」
「拠点はもう二つ程ありますが、あくまでもセーフハウス扱いっすね」
そこもゲームと同じ。被害者達は一つの檻に押し込められ、不安と恐怖に震える日々を送る。そんな中に星宮風香が現れた。彼女は一人勇敢になんちゃって…もう人攫いで良いか。人攫いに食って掛かり、そのせいで悲惨な結末を迎える……だったかな。
「それに連中のボスは、嘗て彼方で二等星にまで上り詰めた
二等星、大和の
その言葉を聞いた優君は、ゴクリと唾を呑み込む。
「一歩、一手でも間違えば死ぬかもしれないっす。寧ろ、死んだ方が良いかと思う目に会うかもしれないっす」
「相手は人間、それもセコイ事をやり慣れてる…優君は見目も良いからな。捕まればどうなるかなんて、分かるだろ」
本当に反吐が出る。経験値しか取り柄の無い、生きてる価値も無い連中ばかり。
だからこそ、此処でこの言葉を言わなければならない。
「優君、この話を聞いてもまだ着いて来てくれるのなら…一つだけ聞かなきゃいけない事がある」
「う、うん」
これは必要な事だ。
「キミに……いや、お前に人間を殺す覚悟はあるか?」
「ッ!」
「悪人とは言え、今回は人相手だ。間違いなく襲撃を掛ければ連中は俺達を殺すつもりで来るだろう。躊躇すれば他人の善意を利用して反撃してくる。ゴブリンやらコボルドと同じなんだよ。命乞いをされた時、トドメを刺そうとする時、確実に仕留められるか?」
「…………」
言葉一つと侮る事なかれ、事前に心構えを持つだけで人間は修羅にも悪魔にもなれる。
「あるよ」
そうだな、迷うよな。だけど……ん??
「……ある、のか?」
「じゃないと師匠の足を引っ張る事になるから。だったら僕は、人だろうと魔物だろうと殺して見せる」
あまりにも呆気なく、優君はそう言った。
力強い目だ。だけど一瞬、少しだけ目からハイライトが消えた気がするけど、気のせいかな。
「ふっ……そうか」
もう少し逡巡とか、葛藤とかあると思ってました。
特にそんな物はありませんでした。
やっぱり主人公って凄いな、心底そう思う。
「どうやら決まったようっすね、ならウチはこれで」
「ああ、助かった」
問答を観察していた黒子さんAは、静かにベンチから立ち上がる。その間際、俺は二枚の紙をポケットから取り出し、すれ違う彼女へ渡す。
「届けといてくれ」
「了解っす、何か伝える事は」
「『一狩り行こうぜ』」
「うっす」
後ろ手を振って、黒子さんAは去って行った。
「それじゃあ、行こうか」
「うん!皆を助けに!」
やる気を漲らせる優君に苦笑いを浮かべながら、俺達も歩き出す。