シンギュラリティ・ラッドピース   作:物部。

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いや、本当にどうしてこうなった?


22話 レン・カイフェン02

 『海境』

 それは、他の数ある迷宮(ラビリンス)の中でも酷く特殊で不可思議なモノだった。まるでグローリーホールのように海上に繰り抜かれた巨大な孔。流れに関係なく、一直線に落ちていく海水は滝の如く、あらゆる物理法則を簡単に歪める。

 水深数百mと言った所か、水を台地にしたその場所に…海境はあった。水晶に似た透明さを持つ遺跡型、普通の探索ではまず到達不可能と判断した世界は、共同で周囲に前衛基地を建造し、簡易的な水上都市を生み出したのだ。

 

 彼らは宣言した、共に海を侵す神秘を解明しよう、と。

 

「やってられるか、クソッたれ」

 

 そんなキャッチコピーが書かれたチラシを睨み、休憩エリアで酒を呷る男がいた。レン・カイフェン…周囲の喧騒に紛れながら彼が考える事は己の力量の一点のみ。

 

 軍人として生き、龍華国の探査チームに志願した彼は才能を持つ者だった。魔術適性は二つだけだが、豊富な魔力量と身体能力の大幅な向上。自国での迷宮探索においても上層に名乗り出る彼は次代の龍華国を担う男と持て囃されていた。

 

 そう、持て囃されていた。過去形だ。

 

 階層を越える度に感じる無力感は誰しも覚えがあるが、取り分け彼は大きな衝撃を受けた。着々と姿を現わす実力者達…それは自分よりも一回り年若い者も多く、今の彼は良くて中堅の立ち位置にある。

 

 そして、この合同探索。自国の迷宮とはまるで違う、現れる魔獣は勿論、出現頻度、規模、トラップの形状…何もかもが死へ誘う道に他ならない。

 

 今までの人生の中で、何度も死に近い状況はあった。

 だが此処は、そんなモノを児戯だと嘲笑うかのように自分達を喰らいに来る。

 

「おい、どうしたよレン。そんなしみったれた顔しやがって」

「今日も探査に出ねえで酒飲みかぁ?飲めよ、ほら」

「うるっせぇよ、邪魔だ」

 

 肩を絡めて言うパーティメンバーに悪気は無かった。

 だが、その一字一句が彼の矜持(プライド)を傷つける。

 

「良いじゃねえか、どうせ第一探査パーティが先に進んでんだから。金も貰えんだし、俺達みたいなのは適当で良いんだよ」

「黙れ、うるせぇっつってんだろうが」

 

 置かれた手を強く振り払い、奥歯を噛み締める。

 備え付けのテーブルを拳で打ち付けて、声を荒げて言葉を返そうとした。

 

 その時だ。

 

「お、噂をすれば第一様達のお帰りだ」

「ッ!!」

 

 バッ、と振り返った先は迷宮(ラビリンス)へと続く地下ゴンドラの昇降口。他の連中も口を閉ざし、開かれた扉を見た。

 

「だぁああああ、まだ潜らせろ、迷宮(ラビリンス)が俺を呼んでるんだよ!」

 

 馬鹿でかい絶叫を放つ男の声。

 それに言葉を返す4人の男女の集団。

 

「うるっさいですよ、この迷宮狂い!(わたくし)が居なかったら今頃貴方四肢が吹っ飛んでたんですからね!?」

「飛んでねえ、ならまだ潜れるッ!主人公なら、それ位余裕なんだよ、邪魔すんな!」

「ちょっとこの馬鹿を黙らせて下さいライアン」

「任せるのである、フンヌッ!」

「ぐべっ、で、でめぇこのクソ筋肉、首を絞め、待ってマジで締まっでる」

「キヒヒッ、なんだぁ“射手”よぉ…お前カエルみてぇにぶっ潰れてんじゃねえか」

「あまり我儘を言う物ではない、若き鷹よ」

 

 迷宮(ラビリンス)を潜り終わったとは思えない賑やかさ。

 細剣を手にした法衣の少女が怒髪天を衝く勢いで黒髪の少年に怒り、巨漢は彼の首を絞めている。

 それをチーパオ姿の長身女が冷やかし、騎士甲冑の青年が冷めたように首を振る。

 

 彼らこそが、第一探査パーティ。

 各国の天才を寄せ集めた、『海境』踏破の最前線。

 

「だ、だすげでラオ、エクス」

「無・理」

「断る」

「薄情者ぉ………」

「大体貴方、その傷で潜れる訳ないでしょう!?」

 

 法衣の少女が指を差しながら言う。

 そう、その通りだ。他の4人に傷は見られない…だが、どう言う訳か、少年は満身創痍の様相。装備の各所は破壊され、赤黒い染みを作り、首を絞められている。何故歩けているのかも定かでない。

 

 ここに参加する多くは正規探索者。しかしあの少年は未だ未成年故に予備探索者。大和の上層部に無理やり捻じ込まれたと聞く、普通な、何処にでもいる一般人。

 

「じゃあ、怪我人を労われ、よ」

「拘束を解いたら一人で潜りますよね?」

「うん」

「神罰!」

 

 細剣を抜いて斬り掛かる少女の攻撃を間一髪で避け、少年は「殺す気か!?」と叫ぶ。それが面白かったのか、周囲からは笑い声。

 

 しかし、レン・カイフェンだけは憎々し気に睨み付けた。

 彼の存在は、酷く自分を情けないモノにさせるから。

 

 

 

 

 訓練所で何度か模擬戦を見た、動きも凡庸、魔力も少なく、素質すら皆無。

 

『うぉぉぉぉぉ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!』

『鷹よ、逃げているだけでは何も選び取れない』

『ファッキン、知ってるよそんな事ぉ、ぉぉぉぉぉ!?』

 

 騎士が放つ飛ぶ斬撃を死に物狂いで避ける姿。

 

『神罰です、この大馬鹿。もう(わたくし)も堪忍袋の緒が切れる状況です』

『日常的にキレてんじゃん!てか、良く知ってるなそんな慣用句ッ!』

『貴方のせいですからね!?』

 

 法衣の少女が放つ複数の閃光に、何度も体を焼かれる姿。

 

『もう一回だ、もう一回頼む』

『おーい、“射手”よぉ。そろそろ焼き切れちまうぜー?』

『知ってるから黙ってろ。後少しだ、後少しで掴める気がする』

『ああ、良いねぇ。その顔すげぇそそるわぁ』

 

 龍華の頂点を相手に何十、何百と組手を行い、コテンパンに伸される姿。

 

『ふはははっははははははっ!!』

『ブゲッ、グギャ、おい、ちょっと、オベェ!?』

 

 留まる事すらない超人の乱打を一心に受け止め、常に顔を腫れあがらせる姿。

 

 彼らだけではない。手合わせを挑む者達の殆どに手も足も出ないような人間。凡人だ。圧倒的な戦力の前に地面を転げ、下を舐めるだけのただの凡人。

 

 あんな凡夫よりも自分の方が才能がある。

 あんな大和人よりも、自分の方が有用だ。

 

 それなのにどうして、誰も彼もがアイツを選ぶ。

 

 ライアン・ライオットも、

 ラオ・レイシェンも、

 アンネ・ダルクも、

 エクス・シルヴァリオも、

 

 どうしてあんなに信頼を寄せられる。

 

 納得がいかない、弱者の身でありながら彼らと肩を並べる事に納得がいかない。ああ、なのにどうして…自分はあの大和人から目が離せないのか。

 

 

 

 

 レン・カイフェンはあの黒髪の少年が嫌いだ。

 毛嫌いしている、嫌悪している。自分の狭量な心中だと理解していても、それは汚泥のように積み重なる。

 だから、今この瞬間の出来事は運命の悪戯と言う他になかった。

 

「悪い、ここ開いてるか」

「あ?ああ…ああ!?」

「え、何?」

 

 浴びる程酒を飲み終え、宿舎に戻ろうかと考えていた自分の席に、相席を願った少年。彼は右手に黒色の炭酸飲料が注がれたグラスを持ち、訝し気に首を傾げている。

 

「良いのか悪いのか、どっちだよ」

「あ、ああ…座れよ」

「おう、サンキュー」

 

 年上に対してあまりに不遜な態度だが、そこに侮りの色は無い。まるで何度も繰り返しているように自然な雰囲気。

 カランッと音を立てたソレを軽く飲みながら、少年は迷宮(ラビリンス)への入り口を睨み続けている。

 

「潜りてぇのか、あの地獄に」

「ん?」

 

 不意に、レンの口から零れた言葉に誰あろう自分自身が驚いた。言葉を交わすつもりは無かった、直ぐに席を立とうとさえ考えていた。

 なのにどうして、口を開いてしまったのか。

 

 意外そうに自分を見る少年は、顎に手を当て少し考えながら呟く。

 

「そうだな、潜りたい。あの脳筋聖女に止められてなけりゃ多分一人で行ってたし」

「本気だったのかよ……」

 

 つい一時間程前に見た光景を思い出し、レンは顔を歪めた。

 

「どうして、潜ろうと思えるんだ。常にあんな大怪我を負ってまで潜る意味なんてあるのか。テメェは…凡人だろうが。俺達よりも劣ってる筈だ、俺達より死にやすい、なのにどうしてまだ先に進もうと思える」

「なに、怖。急に罵詈雑言まき散らしてくるじゃん」

 

 彼とて大人だ。こんな事を言うつもりは無かった。

 しかし、迷宮(ラビリンス)を見る彼の瞳…それを見た瞬間に、喉奥に押し込んでいた物は決壊した。

 

「死が恐ろしくないのかよ、命に未練はねえのかよ。凡人のテメェに、どうして先に進む意思があるッ」

 

 矢継ぎ早に続く声を、少年はただ真っ直ぐに見つめて聞いていた。反論も怒りも無く、ただ真っ直ぐに。

 

「どうしてって、そりゃあ───」

 

 全てを聞き終えて、漸く少年は口を開く。

 だがそれは、レン・カイフェンにとっては余りにも予想できない言葉だった。

 

「俺が、主人公だからだよ」

「……は?」

 

 ニカッと笑いながら、世迷言を言う。

 数秒間、思考が停止したレンを前に、少年はただ続ける。

 

「怖さも、未練も滅茶苦茶ある。それにアンタが言うように俺は才能なんて無いし、いつも死にそうになって帰って来るけどさ」

「………………」

「才能が無ければ走れない、なんて誰が決めたんだよ。神様か?少なくとも、俺が足を止める理由になんてならねえ」

 

 グラスの中身を飲み干して、少年は席を立った。

 やはりその姿は何処までも普通で、街中で見かけても気付きもしないだろう。

 

 だが、

 

「……理解出来ねえ」

 

 酒精が抜ける感覚。肌が立つ程の寒気。レン・カイフェンには一瞬だけその姿が得体のしれない化物に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが錯覚でも、間違いでもなかったと気付いたのは、あの災厄が原因だっただろう。

 

 

 

 

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