シンギュラリティ・ラッドピース   作:物部。

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2話 聖川優02

 アレは確か1年位前。

 

 珍しく朝から客入りが良く、在庫の食材が少なくなってきた事を確認した俺は親父に店を任せて買い出しに出た。いや、別に買い出し自体は俺じゃなくても良かったのだが、探索者の時に鍛えられた体のお陰で荷物運びとか楽なんだよな。

 まあ、そんな理由もあって繁華街の中、片手で2つ程段ボールを抱え、買い物メモを眺めながら道をトテトテと歩いている時だ。

 

「むぎゅぁ」

「え?」

 

 道に落ちてた何かを踏みつけた。

 割と自信がある俺の気配感知を擦り抜けて、何か良く分からない珍妙な鳴き声を出す生き物を踏んだ。

 私服姿の金髪の子供。服装から察するに男児。その後頭部を踏みつける成人男性の図を想像して見て欲しい。

 

「悪い、全然気づかなかった!」

 

 慌てて足を退かして、地面にへばり付くその子に謝る。

 だが、どういう訳か返事が帰って来ない。

 意味の分からない状況だろうと先に踏んだのは自分だし、正直怒鳴られるかと思ったが、マジで無言。

 

「腹、空い、ご飯」

 

 いや違う。譫言のように何かボソボソ喋ってる。

 顔を近付けて声をもう一度掛ける。

 

「おい、大丈夫か。具合悪いなら救急車呼ぶか」

「お腹」

「お腹?腹でも下したのか?」

「お腹、空きました」

「─────はい?」

 

 次いで、俺の疑問に帰って来たのは地の底から響くような低い音だった。その震源は確かに目の前の子供から聞こえる物で、つまりコイツは……。

 

「空腹でぶっ倒れたのか」

「はい」

「馬鹿じゃねえの?」

「ぐふっ」

 

 初対面でこんな事を言った俺は酷い人間だろうか。

 そんな事はない。『侵攻』の影響で流通が止まっていた嘗てならまだしも、今では普通に出店やらスーパーやらが機能してる。

 服装からして貧困児ではなさそうだし、ならもう馬鹿だろう。

 

「あれか、物の買い方が分からなかったとか」

「……分かります」

「じゃあ入る店がどれも休業状態だったとか」

「……お店、全部開いてます」

「そうだな、見りゃ分かる」

 

 今は2時を回り、人波も緩やかだ。

 ならコイツは一体どうしてぶっ倒れているのだろう。

 

「お前、まさか金が」

「お財布、落としました。家族とも逸れました」

「マジか」

「マジです」

 

 そう言って金髪君?は何があったのかをポツポツと語り出す。

 何でも彼は、来年から皇星学園に入学する事が決まっているらしく、今日は学園の下見と家族旅行を兼ねてこの新都に訪れたとか。最初は家族と共に行動していたようだが、新都の街にテンションが上がりいつの間にか増えた人の波に飲み込まれて一人ポツンと取り残された、と。

 

「通信機は持ってないの?」

「電池切れ、です」

「そうか……」

 

 不幸と言う他ない。

  

「こうしてればお母さんが見つけてくれるかなって思って、後は親切な人が助けてくれるかなって」

「結果はどうだったの」

「だれもだすげてぐれませんッ」

 

 そりゃあ、世知辛い話だな。

 

「お兄さん、助けて下さい。僕はお腹が空いて死んじゃいます」

「もしかして近付いてくる人全員にそれやったりした?」

「しました」

「マジモンの不審者じゃねえか」

 

 さて困った。俺自身もこんな良く分からん不審者と長々と関わっていたくないが、どうにも将来の探索者(ダイバー)候補。つまりは俺の後輩になる訳だ。

 辺りを見渡してみれば、道行く人は俺を憐れそうに見ていたり、何故か手を合わせて居たり。

 

「取り敢えずさ、近くに俺の家があるからそこまで歩ける?喫茶店だから、軽食位なら出すよ」

「本当ですかっ!?」

 

 言うが早いか、ガバリと起き上がる金髪君。

 その容姿は控えめに言っても整ってると言えよう。吸い込まれそうな黒い瞳と、男にしては長いまつ毛。顔を出してれば親切なお姉さんが声を掛けてきそうなその見た目に。

 

「は?」

 

 俺は絶句した。

 だって、ソイツの顔はゲームの編成画面で嫌と言う程見た顔だったのだから。

 

「お前、主人公かよ」

「……はえ?」

 

 不思議そうに俺を見ながら首を傾げるコイツこそ、俺が迷宮都市ヤマトで最も育てた主人公だった。

 

 

 店を出る前はまだ残っていた客は既に帰ってしまったようで、リュミエールの店内は静かな雰囲気に包まれていた。

 俺はカウンターでテレビを見る親父に交代の旨を伝えてから、主人公君に店用の通信機を差し出す。

 

「一度親御さんには連絡しときなよ。こんな広い街で迷子になったとか、気が気じゃないだろうし」

「あ、有難うございます」

 

 恐縮したように両手で受けとった主人公君が、手慣れた動作でボタンを押す様子を尻目に俺は何を作ろうかと冷蔵庫を漁る。

 

「鋼、あの子どうしたんだ」

「迷子だってさ。道で潰れてたから拾ってきた」

「はは、お前は何時も困ってる人を拾ってくるな」

「そんなつもりはないんだけど」

 

 ひょこりと奥から顔を出した親父が緩く笑ってそう言う。

 親父もお袋も誤解をしてるのだが、どういう訳か二人の中で俺は困ってる人をほっとけない優しい息子と言う位置づけになってるらしい。

 そんな訳あるか、面倒事なら店の外に投げ出してる。

 

「ああ、昼に使い残した卵が残ってるぞ。上のタッパな」

「そっか。なら、サンドイッチでも作るわ」

 

 金なしなら残り物でも文句は言うまい。

 冷蔵庫の中から青蓋のタッパとハム、レタス、スライスチーズを取り出して厨房に戻る。

 

「うん、親切なお兄さんに助けて貰って、学園前の喫茶店にいる。大丈夫、危ない人じゃないって。え、何番区?分かんない……」

「6番区だよ」

「あ、6番区だって」

 

 作業の傍ら、通話中の主人公君に相槌を打つ。

 

「うん、分かった。15時に待ち合わせね」

 

 15時、大体あと30分程度って所か。

 通話を切った主人公君は、カウンターの上に通信機を置いて声を掛けて来る。

 

「お兄さんありがとうございました!」

「連絡が取れたみたいで何よりだ」

「お母さん達も今何処に居るか迷ってたみたい」

「それはそれで大丈夫なの?」

 

 パンの耳を切り終わり、材料を重ねて、斜め三角形に包丁で切り分ける。次いで、別のパンの上にゆで卵とマヨネーズを混ぜた種を塗りたくり、切る。

 耳は勿体ないからラスクにでもしよう。 

 

「お兄さん、手際良いね」

「そりゃあ仕事だからかな」

 

 電子レンジで軽く乾燥させながら、フライパンに火を入れる。

 砂糖は多めで良いか。

 

「それにしても、主人公……あー、名前は?」

「あ、聖川優です。優で良いですよ」

「デフォルトかぁ」

「デフォルト?」

「いや、何でもない」

 

 これで他人の空似の説は消えてしまった。

 まあ、別にシナリオに干渉する内容でもないから大丈夫か。

 

「ほら、出来たぞ」

「わあ!」

 

 大皿にサンドイッチ、小皿になんちゃってラスクを盛り付けて主人公君の前に置く。

 

「珈琲は飲める?」

「大丈夫!」

「大人だねぇ」

「ふふん、僕は苦みの分かる大人なんだ」

 

 ウチの珈琲はお世辞抜きに美味い。

 何か言ってる主人公君の話を聞き流し、手慣れた作業で珈琲は入れる。

 

「そう言えば、皇星に入学するって話だけど決まったにしては随分と時期が早いんじゃないか?」

「あ、うん、何だっけ推薦?ってのに入れたんだって」

「そっか、優君は優秀なんだな」

「そうなんだよ、僕って凄いんだって」

 

 そこはゲームの設定と同じなのか。

 主人公君はこの世界で唯一、全属性の魔術適性を持つ。

 だからこそ多種多様なビルドを組んで、DPSを追求する遊びも出来る……と言うか俺はやっていた。

 

「美味しい、やっとご飯食べれた」

「良かったな。これで財布も見つかれば御の字なんだが」

「ふ、僕はもう諦めました。新都は広すぎるよ……」

 

 治安局に届いてればいいけど、流石に難しいかね。

 

「でも良かった事もあるんだ」

「おお?」

「入学前にお兄さんのお店を知れた!」

「はは、嬉しい事言ってくれるじゃんか」

「皇星に入ったら毎日通うからね」

「その時はお客さんとして来てくれよ。ツケは無しだからな」

 

 これが後に、無駄飯喰らいを生み出す事になるとは、今の俺は気付いていなかったのだが。

 

「あ、そうだ。僕も一つお兄さんに聞きたい事があるんだけど、聞いて良い?」

「何だ何だ、お兄さんは今機嫌が良いから何でも答えちゃうぞ」

「お兄さんって、探索者(ダイバー)だよね」

「察しが良いな。元、が頭に付くけど昔は迷宮に潜ってた」

「辞めちゃったの?」

「そうだぞー。だから今はここの店長やってんの」

 

 まだ迷宮に潜った事もないだろうに、随分と勘のいい子じゃないか。将来有望か、流石主人公。

 

「えー、勿体ないよ。お兄さん凄く強そうなのに」 

「この褒め上手め、何だアイスでも追加して欲しいのか?」

「だってお兄さん、強いでしょ。白騎士さんとかベルサイユの聖女様みたいに」

 

 カチャリと、少し動きが止まる。

 

「そりゃあ、今をときめく1等星冒険者様達だろう。俺はそんな大層なモンでもないよ」

「そうなの?何かそんな気がするんだけどなぁ」

 

 主人公君の顔を見ると、本当に何と無しに言った言葉だったようだ。だが何故だろう、その目は何処か確信を持ってるようにも見える。

 

「俺があんな天才様達と同類な訳ないだろ。そこら辺にいる普通の探索者(ダイバー)だったさ」

「……お兄さんが言うならそうなんだね」

 

 少しだけ、昔を思い出して笑う。

 

「そうだ。暇潰しがてら未来の後輩の為にお兄さんの迷宮武勇伝でも聞かせてあげようじゃないか」

「え、何それ。聞きたい聞きたい!」

「はっはっは。よーし、そうだな。まずは迷宮に姿を現わす妖精さんの話でもしてやろう」

 

 2杯目の珈琲を出してから、この後は俺が迷宮で見た色々な話を聞かせてやった。何というか、本当に人懐っこい、人に好かれるタイプの子だ。

 目を輝かせて俺の話に聞き入ってた主人公君は、少ししてから迎えに来たご両親に引き取られ、店を出て行った。

 

「ばいばいお兄さん!絶対また来るからね!」

「おう、気を付けて帰るんだぞ」

 

 やたらと頭を下げる両親だろう二人と元気に手を振る主人公君を見送りながら、ふとある事に俺は気が付く。

 

「あの二人、どっかで見た事あるような……そもそも主人公の両親って一回目の氾濫の時にどっちも死んでる筈じゃなかったか。何で生きてんだ?」

 

 

 

 

 

 

 これが、俺と主人公君との初邂逅。何故か知らんが次に再会した時には「師匠!師匠!」と子犬のように懐かれてしまったのだった。

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