「なんて事があってさぁ…滅茶苦茶焦った」
「ほう」
「そりゃあお疲れさん。あ、お姉ちゃん、こっちにだし巻き一つ頼むぜ!ついでに連絡先交換しねえ?」
「間に合ってまーす!」
柔らかな暖色の明かりが満ちる空間で、俺はグラスを呷りながら、今日起こった悲しき過去との邂逅…もとい、銀月雛との遭遇話を野郎二人に語る。
鷲見と鷹尾。都合よく夜はオフと言う事で、飲みに誘って繰り出した居酒屋はナンパな鼻高男、おすすめの店。個室席の奥でテーブルに突っ伏す俺を他所に、片や焼酎を楽しみ、片や店員への声掛けに勤しんでいる。
「お前等、他人事だと思いやがって」
「何だよ。若い女の子の憧れなんて、羨ましい限りじゃねえか。俺なら間髪入れずに自分だって白状するわ」
「お前の場合は、粉を掛けてSTARsに通報されるまでがセットだがな」
「あんだと!?」
「若い子って言っても、相手は学生、未成年だし。嬉しさより先に気恥ずかしさが勝つっての」
しかも、相手は原作ヒロインである。
まかり間違っても、好感度は稼ぎたくない。
本当に下手を打ってしまった。仮にいつもの伊達メガネやマスクの一つでも付けていれば、認識を低下させる事が出来ただろうに。仕事中は素顔だから。
「でもよぉ、ジャスティスフレイムはねえだろ。なんだ、ニチアサのヒーローか?」
「ああ、ないな。センスの欠片もない」
「止めろよぉ、あれがあの時は最善の選択だったんだぞ……」
己のネーミングセンスが憎い。
二人の手痛いバッシングが心に突き刺さる。
項垂れる俺に、呆れ顔で鷲見は続けた。
「ド下手くそな嘘なんざ、つくだけ無駄だろ。お前に関しては、特にさぁ」
「鋼は墓穴を掘るのが上手いからな、間違いない」
「下手くそとか言うな、これでもポーカーフェイスなら誰にも負けない自信がある」
「ポーカー……フェイス……?」
「それこそ嘘じゃねえか、鏡見てみろよ」
「あ?」
なんだこら、喧嘩の時間か?
睨み付けるように二人を見やる…が、鼻で笑われる始末。
「おっさん、鋼がバレるかバレないか賭けようぜ」
「断る。賭けが成立しないだろう」
「こまってるひとであそぶのは、よくない」
「お待たせしましたー!花柳二六年、グラスお二つですねー!」
拳を握り、「おっしゃ、やるか」と思ったと同時、引き戸を開けた店員が笑顔でトレーから二つのグラスを置いていく。
「……おい、誰だ、こんな馬鹿高い酒頼んだヤツ」
「いやぁ、他人持ちで飲む上等な酒はうめぇなぁ」
「うむ、全くだ」
とてつもない度数を誇る、飲兵衛至高の一品。一口飲めば酔っぱらう事間違いなし、座ってるだけで酒精が香って来る。
人の話など知った事かと言わんばかりに、ロックアイスの揺れる琥珀色の液体を喉に流し込む二人。
半面、串焼きに付いてきた葉野菜を貪る俺。
「そう言えば、誘った俺がいうのもなんだけど、良く暇だったな。てっきりもう
「お前と一緒にするなよ、迷宮狂い」
「まあ、間違ってはいない。俺達とて、また探索に繰り出すつもりでいたんだが、別の仕事が入ってな」
「別の仕事?」
「お前のせいでもあるんだぞぉ、鋼」
恨みがましそうに俺にグラスを突き付ける鷲見に、首を傾げる。はて、一体俺が何をやったというのか。
鷹尾に目をやれば、彼は苦笑いを浮かべて説明してくれる。
「
「あ…ああー……」
成程、そう言えばあったな。そんなイベント。
そこまで重要でもないから、普通に記憶から抜け落ちていた。
「確か、三〇番区の合宿所で二泊三日の訓練指導だっけ」
新都の中でも、住居が少なく、緑生い茂る区画。
キャンプ場やコテージ、森林公園が建てられ、今ではアウトドア目的で訪れる人間も多い。
「ああ、少し前、お前が関わっていた誘拐事件があっただろう。あれの影響で、今年は安全性を向上させる為に、今回は三等星以上に声が掛かってな」
「探索予定がズレた俺達も、殆ど強制で参加させられる事になっちまった」
「そっかぁ」
それはまた、何というか。
「良かったじゃん、若い子に憧れの眼差しを向けられるぞ」
「クソッ、良い笑顔しやがって。元はと言えば、誰かさんのお願いで、事後処理にまで巻き込まれたのが原因なんだがなぁ!?」
「はははっ、ごめんごめん」
上位の
僅かに機嫌を持ち直した俺は、ニヤニヤと口角を上げる。
「後続達の為に、是非とも先輩としてご指導してやれってくれよ。おっと、鷲見くんって人に物を教えるの苦手だったっけ」
「おい、コイツここぞとばかりに煽りやがるぞ」
「子供か」
何とでも言うがいいさ。
尤も、彼らであれば問題は無いだろう。どちらも
そこまで重要なイベントという訳でもないし、頑張って欲しい。
「お前等以外に、他には誰が来るんだ?一学年全員ってなると二パーティじゃ面倒見切れないだろ」
「どうだったっけなぁ。霧の所は参加するって聞いたけど、他は若い連中ばっかりだし」
「恐らく、三等星の方は鋼が知る人間は少ないだろう。大半がここ数年で伸びた者達だ。長くいる連中に関しては、今は他に気を向けているからな」
「他に?」
「ああ」
グラスを傾けながら、鷹尾は言う。
「
「そうそう、中層の奴らと上層でかち合ったって話も二、三と出ててな、協会は情報集めに走り回ってるわ、中堅連中は殺気立ってるわで空気が悪いぜ」
それ、一般人に漏らして良い情報では無い気がする。
ニュースで出てないって事は、十中八九封鎖されてる話だろ。
「まあ……間違ってはいない。準備は万全にしておいた方が良いだろうな」
「ふむ。と、言うと?」
少し押し黙った後、俺は口を開く。
「
ガチャリと、硝子に罅が入る音が室内に響く。
扉越しに聞こえる喧騒とは打って変わり、嫌な静寂。
「───マジか?」
鷲見の問いに、頷く。
「二割推測、八割俺の勘だけど……来る。第一、第二、第三…どれも最初は階層違いの魔物が確認されてたからな。見間違いって片付けるには、ドンピシャが過ぎる」
マジか、と言いたいのは俺の方だ。
階層外の魔物の出現なんて、早々起こる事ではない。
“逸れ”と俺は呼んでいるが、それは
「何時か来るとは思ってたけど、早かったなぁ。流石はゲリラ発生」
「笑ってる場合かよッ!お前の勘八割とか、ほぼほぼ確定じゃねえか!!」
「ちょっと待て、今から会長に連絡を入れる」
頭を抱える鷲見と、通信機を弄り始める鷹尾。
二人の様子を眺めながら、俺はグラスに口を付ける。
「どうする、今から合宿引率なんぞ千切って、
「やめとけよー。言っただろ、ただの勘だって。そんなの信じて依頼をドタキャンしますとか、
「そうだな、それがお前の勘じゃなければの話なんだがなぁ!?」
「会長、夜分遅くにすみません。会議中でしたか。ええ、いや、はい、鋼が飲みの席でとんでもない事をぶちまけまして、え?スピーカーですか?四家もいる?今から…ええ、はい」
凄い大混乱だぁ。
全く、二等星たる者、常に心にゆとりと落ち着きを持つのが基本だろう。嘆かわしい限りだ。
「………まあまあ、落ち着け。どうせ今から右往左往したって何も変わらないんだから。ほら、リラックスリラックス」
「リラックスが出来る状況だと思ってやがるのか?……おい、待て。お前、何飲んでる、それおっさんのグラスじゃねえか!」
「はははははははははっ」
「飲んだのか?飲んだだろ!?鷹尾のおっさん、今すぐコイツの腹ぁぶん殴れ!こんな所で寝かせてたまるかっっっ」
「俺の筋力で鋼の腹に打撃が通ると思ってるのか!?」
「無理だなぁ!!」
頭がふわふわする。
今なら
「安心しろって、さっき自分で言ってたじゃねえか。来ると分かってればこっちから打って出りゃあ良いんだ。『侵攻』程の規模もないし、絶滅種が出る訳でも無い。良くて五〇層程度だぞ?」
「普通に惨事だが!?」
「そもそも何でそんな事が分かんだよ!?」
「勘」
『またそれかぁああああああああああ!!』
大絶叫、何だ、さてはコイツ等酔ってるな?
あ、ヤバい。何か凄い眠気が来た。
「まあ任せろ、突発的なクソイベなんか俺が直ぐに終わらせてやるから───」
気分良く何かを言おうとした俺は、しかし、そこで視界が黒く反転する。ガチンと、何かに頭をぶつけながら。
☆
翌日。
深酒の影響か、朧げな記憶しかなく、やけに痛む頭を抑える。
どうやら時刻は一〇時過ぎ頃、完全な寝坊を確信した俺の耳に、一階から声が聞こえてくる。
母さんの声と、聞き覚えのある男の声。
思わず飛び起きて、寝間着のまま下へと降りる。
そこには、
「来たか、鋼」
「やっほー。少しぶり、九条くん」
「何でいるの、アンタ等」
探索者協会会長とSTAR局長、そしてゆかいな仲間達。
「昨日の話を詰めようと思ってな」
「いやぁ、昨日は大変だったんだよ?いきなり爆弾みたいな話を投げ出すし、四家三つが、誰が一番弟子かとか揉め始めるしさぁ」
「昨日の話、爆弾、四家」
ふむ、と顎を撫でて俺は考える。
俺の極限まで研ぎ澄まされた思考能力は、二日酔いすら超越し、正解を───。
「…………ごめん、何の話?」
いや、何も思い浮かばなかったわ。
多分、別の人と間違えてねえかな。
コイツに酒を飲ませたら、終わり。
ちなみに店長が飲むのは果実系のサワー。
大抵の状態異常は耐性を持ってるけど、酩酊は貫通する。不思議だね。