シンギュラリティ・ラッドピース   作:物部。

36 / 45
いや、ほら…裏側見たいかなって。


34話 夜宴02

 探索者協会の最上階。

 第三会議室は、主に要人との交渉、会合の場、そして変事の際には情報制御室も兼ねる部屋として知られている。

 入室を許されるのはごく一部、それは都市において、各自代表を務める者達のみ。

 険のある目と共に、進行役の男はぐるりと周囲を見回す。

 探索者協会会長、治安組織STARs局長、そして四家現当主とその後継とされる子供達。

 錚々たる顔ぶれだ。

 紅小路、翡翠、黒桐、白蓮…慣れたものだと思っていても、気を抜けば額に汗がにじむのも無理はない。

 

「えー、先月の迷宮資源の獲得量に関して、お手元の資料をご参照ください」

 

 分厚い紙束を捲りながら、大画面のスライドが切り替わる。

 

「芳しくは、ないか」

「全体的に減少傾向にあるのは仕方ないかと。時期が時期、更に龍華のならず者達の影響で学生が探索に後ろ向きだ」

「ふん!実に嘆かわしい限りではないかね。探索者は危険と隣り合わせ、自分の命可愛さに義務を拒否するなど以ての外だ!!」

 

 忌々し気にそういう黒桐家の当主は、果たして心中で何を考えているのか。

 

「はっはっは、流石は黒桐。いう事が違いますなぁ」

「ちょっと、父様っ!」

「……何か含みがある言い方だな、紅小路」

「いやいや、そんなつもりは微塵もない。もし気に障ったのなら謝罪しよう。ははははは!」

 

 黒桐家の当主の睨みに、赤髪の御仁は酷く愉快そうに笑い声を上げながら、しかし挑発的に返す。

 空気が凍るのを感じる。

 尤も、この状況に動揺を示すのは進行役のみであるのだが。

 

「ご両人、戯れもその辺にして頂こうか。この場には相応しくない」

「全くだ、喧嘩したいのなら他所でやったらどうだ、狸共」

「お父様、お口が悪いですの」

 

 当主席の一つに座る、やけに若い白髪の青年の言葉に片や「悪い悪い」と手を上げ、片や嫌悪を隠さず見やる。

 

「白蓮の、若輩の分際で随分と偉そうに物を───」

「偉そうなのはどっちだよ。いい加減黙れ父上、恥の上塗りだぞ。恰好悪い」

「なっ!?」

 

 尚も無駄言を募ろうとする当主に苦言を呈するのは、その跡継ぎ候補。凶也は心底見下したような目を父に向けながら、他の当主達に頭を垂れた。

 

「紅蓮殿、白夜殿、父が失礼をしました。どうか、お許しください」

「ああ、いや……こちらも彼の物言いに気が立ってしまったとはいえ要らぬ事を言った。すまないな、黒桐殿」

「ぐっ……うむ」

 

 凶也の行動に、少なからず誰もが驚きを示す。

 実父に似た傲岸不遜。会合の度に覗いていたこちらを小馬鹿にしたような態度が欠片も見えず、僅かに呆けた紅小路当主も言葉を返す。

 一か月前とはまるで別人のようだ、本当に黒桐の小僧かと。顔色を変えないのは、事情を知り、黒桐家に圧を掛けた翡翠の二人のみ。

 

「……アリスちゃん、あれ誰だ、黒桐の倅ってあんなガキだったか?」

「店長様の教育的指導の賜物ですの」

 

 いや、父の方は似たようなものか。

 コソコソと小声で会話する似た者親子。

 

「確かに資源に関してはこの数カ月減少傾向にある。しかし、それも此度の二等星の遠征を加味すれば微々たる物です。彼らは七〇層の探索を成功させました。高純度の魔結晶の数も多く、今後は更なる躍進を見せるでしょう」

「他国の干渉については、あの事件から規制を強める運びになりました。今後このような事がないように、STARsとして努めます」

 

 一先ずこの件はこれで終わりだと、各々が頷く。

 コホンと、一つ咳払いをしてから、進行役は次へ促す。

 

「はい、続きまして、この数日で魔物の異常行動が発生している各迷宮(ラビリンス)についてなのですが」

迷宮氾濫(スタンピード)の予兆ってのが世論で囁かれているけど、ここら辺はどうなんですか、岩雄会長」

「目下、精査中となっている。発信元の多くは若年の探索者(ダイバー)。映像媒体として記録されているならばまだしも、情報の信憑性は薄い」

 

 だが、と岩雄は一呼吸置く。

 

「私個人の意見として言わせて頂けば、予兆である可能性は高いと判断している。異常行動のみであれば縄張り争いと片付けられるが……今回はそれに加え、“逸れ”も確認されているのでな」

「ふん……その話も、中層の若い探索者(ダイバー)からの物と聞いているが?」

「その通りです。見間違い、或いは知識不足による単純な間違いの線も充分にある。しかし、私は常々忘れないよう心にとどめている言葉があるのです」

 

 続きを告げるのは、彼ではなかった。

 

「若者の些細な間違いも、飲んだくれの与太話も決して逃さず耳に入れろ。それが出来なければ迷宮(ラビリンス)はすぐさま大口を開けて人を呑み殺すぞ……だろう、岩雄会長」

「その通りです、白蓮殿」

「私とて、肝に銘じているとも。一度たりとも忘れた事はない」

「お兄様?」

 

 訳知り顔の白夜に岩雄は答える。

 珍しく嬉しそうに笑う兄に、後方の少女は首を傾げた。

 

「それに、若い探索者(ダイバー)の言葉と流すのであれば、第一次侵攻の予兆を早期に掴み、多くの探索者(ダイバー)の命を繋いだ彼も、当時は二〇もいかぬ少年だったでしょう」

「まあ、彼の場合は例外中の例外だとも思いますけどね?」

『……………………』

 

 当主達は押し黙る他無かった。

 あるはずの無い前例に心当たりがあるからだ。

 

「よって、我々探索者協会、並びにSTARsは……ん?」

 

 立ち上がり、組織としての表明を行う。

 その時だった。不意に岩雄の胸ポケットが音を鳴らす。

 特殊回線によって繋がった、ある非常時において使用される通信機からの機械音。

 

「なんだね、岩尾会長ともあろう者が最低限のマナーすら」

「私だ」

「そのまま出るのかね!?」

 

 黒桐当主の憎まれ口を無視して、岩雄は素早く通信機を取り出し、通話を開始した。二、三と、通話口の何者かと言葉を交わし、徐に通信機をテーブルに置く。

 

『ははははははははっ!!』

 

 声が、室内に響く。

 特徴の少ない、成人男性の声で、しかし、それを聞いた彼らはは顕著な反応を示す。

 紅小路は野性味のある笑みを浮かべ、翡翠は深い溜息と共に頭を抑え、白蓮は僅かに前のめり、黒桐は───。

 

「ヒ、ヒィィィィィィ!!」

 

 顔を青く染め上げ、椅子から転げ落ちる。

 

「店長様ですの!店長様の声ですの!ちょっとふわふわな店長様ですの!とってもレアですの!!」

「兄貴っ!オレだ、オレもいるぞ!!」

「アリス、落ち着きなさい。飛び上がるな、はしたないから、アリスちゃん?」

「きょ、凶也、手を、手を貸してく───ぐぇ!?」

「うるっせぇぞ、クソ親父!聞こえねえだろうが!」

 

 約二名のお子様ははしゃぎだす。 

 

『会長、鋼がとんでもない事を言い出した。迷宮氾濫(スタンピード)が起こる。一カ月以内だ』

『おい、待て。お前、何飲んでる、それおっさんのグラスじゃねえか!!』

『はははははははっ』

『勘八割、間違いない。あの日と同じだ』

『鷲尾のおっさん、今すぐコイツの腹ぁぶん殴れ!こんな所で寝かせてたまるかっっっ』

『俺の筋力で鋼の腹に打撃が通ると思ってるのか!?』

『無理だなぁ!!』

 

 場違い。

 凡そ、この場においては聞く事の無い喧騒。

 

「……アリス、この笑い声は誰なの。物凄く不快なんだけど」

「むっ、不快とはご挨拶ですの、紅小路先輩。店長様は(わたくし)の騎士様で師のような存在ですの」

「吹かすなよ、翡翠。兄貴はオ、レ、の、師匠だ」

「はあ?黒桐さん、寝言は寝て言いますの。(わたくし)と貴方とでは歴が違いますの。こちとら小さい頃から魔術の使い方を教わってますが??」

「ああ!?」

「貴方達、何を張り合ってるのよ」

「あわ、あわわわ、お兄様ぁ……」

 

 おかしな事になった。

 他の目を気にせずヒートアップする二人と、呆れ顔の少女。

 やれこっちは何度もぶん殴られて腕が炭になっただの、こっちは吐いても泣いても魔力操作を止めてくれなかっただのと訳の分からないマウント合戦を繰り広げ、

 

「静かに」

 

 凛と、声が通る。

 先程から、通信機から発せられる声に無言で耳を傾けていた白蓮白夜は、鋭い視線を二人に向け、次いで微笑む。

 

「全く、血気盛んで将来有望な探索者(ダイバー)達じゃないか。後続の姿は、さぞかしお二方も安心されよう」

「う、うむ」

「腰が、腰がぁ…」

 

 慈愛に満ちた顔で、更に口角を上げる。

 

「しかし、一つだけ訂正させて頂こう。彼との歴の長さで言えば、先に会い、戦い方を学んだのはこの私だと。こちらは手習いどころか、共に迷宮(ラビリンス)を潜った仲なのだと」

『───は?』

「すまないな、後輩達。()の方が、長く、濃密な時間を共に過ごしているのさ。なんせ、戦友なものでね」

「あの、お兄様。素が漏れてます。と言うか、どうしてアリスさん達を煽ってるんですか?」

「ふふっ、構わん」

「構って?」

 

 三つ巴である。

 手を付けられない程に混沌とした惨状である。

 

「砦くん、これ、どうしよっか」

「ああ」

「収拾つかないでしょ、調整役の白夜くんまであっちに回っちゃったし。絶対もう戻ってこないよ」

「ああ」

「進行くんなんて白目向いて立ったまま気絶してるしさ」

「ああ」

「砦くん、考えるの面倒になってるでしょ?」

「……ああ」

 

 疲れた目、なんて物ではない、虚無を宿す瞳。

 旧友の苦労を他人事のように見つめながら、STARs局長…天野は肩を叩くのだ。




通常時は、彼らもきちんとしてるんですよ。
そりゃあもう、大和貴族として厳格なんですよ。
いや、ほんと。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。