シンギュラリティ・ラッドピース   作:物部。

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35話 今と昔

 何という事でしょう。

 脳内が真っ白になった俺は虚空を眺めながらカップを磨く。

 最早、今の己の心境を述べるのであれば、無だ。

 酔いが回ればお前は口が羽のように軽くなると、嘗て幾度も脳筋聖女から叱責されたが、どうやらまたやらかしたらしい。

 どこまで滑らせたか、この場に集まる面子を見れば、少なくともたかが一人の酔っ払いの戯言として片づけられるような状況でもなさそうだ。

 

「鋼さん、ご無沙汰っす」

「おう、霧之介。お前、またデカくなってない?」

「うっす。日々邁進、日々筋トレ、プロテインドカ食いしてたら身長も伸びまくってます」

「嘘だろ」

「ガチっす」

 

 上腕二頭筋でアピールする巨漢に、俺は若干引く。

 

「ライオットみたいな事やるなよ。あ、そうだ。今度お前に紹介したいヤツ居るんだけどさ。黒桐の長男なんだけど、鍛えてやってくれよ」

「黒桐…って、大和貴族じゃないっすか……仕上がりは?」

「魔術師の癖に、俺の鍛錬に一週間耐えた」

「マジのガチの逸材っすね、任せて下さい」

 

 この筋トレ中毒、未だに訓練場に引き籠ってるらしい凶也とは気が合うと思うのだ。もしかしたら林間合宿で顔を合わせるかもしれないし、折角だから頼んでおく。

 

「さてと」

 

 視線を横に逸らす。

 店内にはおやっさん率いる複数の探索者(ダイバー)達、胡散臭い笑みを浮かべる天野さんと彼の後ろに控える寡黙な男。

 全員が全員、口には出さずとも一様に浮かべる、「お前またかよ」という呆れ顔。いや、約数名は「お前何頼んでんの?」とか考えてるかもしれない。

 去っていく霧之介、次いで別の男が口を開いた。

 

「……また貴様か、このトラブルメーカーめ」

「口に出さなくていいよ、総隊長。なんでアンタもいるんだよ、STARsって暇なの?」

「馬鹿を言え、局長の目付けだ。態々休暇を返上してまで駆り出されたわ。これでまた、帰れば妻にドヤされる」

「……なんかごめん」

 

 全然寡黙じゃなかったわ、口を開けばこれだったわ。

 ちゃうねん、俺は悪くないねん。

 クソッ、ご丁寧にも、()()俺を覚えてる奴らを集めやがって。鷲見や鷹尾、他の探索者(ダイバー)の連中…探査隊時代からしぶとく生き残る古参共に手を上げて挨拶をしながら、二言三言と会話を重ねて暫し。

 

「鋼、始めに、改めてお前の口から聞いておきたい」

「何さ、答えられる事であれば答えるけど」

 

 駆けつけ一杯と、淹れ立ての珈琲を味わいながら、おやっさんは俺を見やる。

 

迷宮氾濫(スタンピード)は、起こるんだな」

 

 揶揄い、軽口は許されない。

 久しく見ていない、組織の長としての目だ。

 

「起こる、というか、多分もう水面下で動き出してる。“逸れ”が出始めてるなら、奴さん達が上がってくるのも時間の問題だよ」

「……そうか」

「鷲見くん達からもここまでの道中で事前に話を聞いてたけど、あんまり現実感はないよね。別に否定しようって事じゃないんだけどさ」

「それが普通の考えだよ、天野さん。おっさんズにも言ったけど、一個人の勘を信じるとか正気の沙汰じゃない」

「おっさん言うな」

「オメェも後少しで俺らの仲間入りだぞっ!」

「油物がキツくなってきたら始まりだと思いやがれ」

「ファッキン中年共、お前等と一緒にすんな」

 

 野次を飛ばしてくるおっさん達に中指をぶっ立てる。

 なんだぁ、外野がうるせぇなぁ。こちとらピチピチの二十代じゃけぇ。いや、よくよく考えれば、この空間おっさんしか居ないわ。俺と霧之介抜かせば平均年齢三〇越えとか、むさ苦しくない?

 

「であれば、やはり私達がどう動くかを確認しなければなるまい。鋼、お前も手を貸してくれるのだろう」

「え、ああ……そりゃあ勿論。そもそも、こんな事にならなきゃ一人で片付けようと思ってたし」

 

 とは言え、状況は別に悪くはない。むしろ良い。

 最悪、闇夜に乗じて一人寂しく迷宮(ラビリンス)無免許RTAに洒落込もうかと思っていたんだ。

 これが怪我の功名ってヤツかな。

 

「……一人でだと?」

「うん。でもおやっさん達が手を貸してくれるなら助かるよ。やっぱり単独(ソロ)だとコスパ悪いしね」

 

 カラカラと笑ってそう答えれば、おやっさんは深く息を吐き出す。

 

「また、か……迷宮(ラビリンス)が関われば、何でも一人で解決しようとするのはお前の悪い癖だ」

「そうだそうだ、それで何回受付の子達が泣いた事か」

「前線退いても全然変わってねえのかい、お前さん」

「ククッ、迷宮狂いは相変わらずですかい」

「何だとこの野郎、急に口撃してくるのやめろや」

 

 四方八方からの追撃に痛い所を突かれ、顔が引き攣る。

 前科があり過ぎるから尚辛い。

 君達さ、言葉の暴力って知ってる?物理ダメージが通らないからって精神攻撃仕掛けてくるのはどうかと思うの。

 

「はぁ…話を戻すけどさ、出来れば、魔物がどこまで上がって来てるのか絞りたい。コイツ等のパーティに10層ずつ割り当てて潰させてもいいけど」

『無茶言うな』

「これだよ、古参組が聞いて呆れるわ」

 

 肩をすくめてそう言うと、テーブル席に座る巨漢共が満面の笑みで指の関節を鳴らし始める。

 歳の割に血の気の多い男共だ。

 

「そういうだろうと、事前に詳細を纏めておいたぞ」

「ああ、それで砦くん。目の下に酷いクマが出来てたんだ」

「協会の会長様直々に情報整理とか恐れ多いなぁ」

 

 言って、通信機に送られてきた文書ファイルを開き、読み始める。発見した階層、魔物の種類、数や行動、予想以上にびっちり書かれててちょっと驚き。

 見れば、どれも遭遇したのは若い探索者(ダイバー)らしいけど、良い記憶力してるじゃん。

 

「……………成程、全て理解した」

「もう読んだのかよ?」

「これ位なら一分あれば理解できる。速記、速読は探索者(ダイバー)の必須技能。中層までの『逆塔』公式マップって、あれ元々は俺の手書きだからな」

 

 マッピングはゲーマーの基本である。

 

「そうだったのか!?」

「会長、俺今始めて聞いたんすけど!?」

「うむ」

 

 おっさん達が大変煩い。

 そんな、今明かされた衝撃の事実みたいに反応されても……小遣い稼ぎにやってた副業なんだけど、そういや言ってなかったっけ。

 

「階層は25層から28層の間、パーティは上層攻略中のパーティ三組、分類は上位子鬼(ハイゴブリン)大鬼(オーガ)蛇人(スネークマン)、どれも亜人種か……なら今出て来てるのは斥候、本陣は幾らか下に隠れてるな。大規模な亜人の群れが潜伏出来る階層…丁度30層からは鍾乳洞エリアだし、そこら辺で一件も確認されてないのなら」

 

 亜人種の知能は人間に比べれば数段劣るが、奴らは狡猾だ。獣畜生やクソ虫、蜥蜴に比べて意地が悪い。

 他の迷宮氾濫(スタンピード)の規模を考えれば、このゲリライベントは一〇〇から二〇〇の群れが妥当。原作通りであれば、他の『侵攻』のような多種混成ではなく、一種のみで出張ってくるはずだ。

 ならば。

 

「馬鹿みたいに広いくせに旨味が少ない32層の外れに一票。小道を進んだ先にあるから、人通りなんて皆無だし。籠って数を増やしてる最中かもしれない」

「あー、鬼の繁殖かぁ」

「斥候の数も二、三体っすから、数増やしたら一気にどかっと流れ出す感じですかね。亜人の斥候って基本は五体一隊だし」

「それなら34層の北西もあり得るんじゃないか。あそこも巨大な晶石で奥が隠れている広間がある」

「そっちは大亀の縄張りだろ。アレと亜人の群れがかち合えば、もっと分かり易い変化がある」

「だったら、こっちはどうだ」

「いやいや、ここも充分あり得る」

 

 何処からか大型タブレットを取り出して、ああだ、こうだと話ながらチェックマークを付けていく。幾つか点を絞り出し、次に回す。

 

「一応、迷宮(ラビリンス)の登り口にも何人か置いておきたいな。中層攻略してる他のパーティも声掛けるか?」

「若い衆は呼んだって誰も信じねえだろうよい、無駄だ」

「一旦ウチで最高の斥候様に見に行って貰うとかどうよ、なあ鷲見さんよう」

 

 初老の探索者(ダイバー)の言葉を聞きながら、ケツ顎の探索者(ダイバー)が鷲見に笑う。

 

「外れくじ引かせようったってそうは行かねえぜ?そもそも斥候で出すなら鋼だろ、俺の基礎は元はコイツのだぞ」

「もう体動かなくてぇ、ガタ来ててぇ……」

「ククッ、鷲見の旦那ぁ。流石に引退した一般人に魔物の群れの確認を任せるとか人としてどうかと思うんですがねぇ」

「コイツの、どこが、一般人だよっ!!」

 

 それを俺が茶化して、糸目の探索者(ダイバー)が混ざる。

 

「近隣にいる他の探索者(ダイバー)への対応はどうする」

「異常行動とか言っときゃ何とかなるっすよ、鷹尾さん」

「いっそ上層を封鎖するのはどうでい、若造」

「無理無理、言ってるじゃん、ただの勘だって。ちゃんとした確証も無いんだし、動かせるのなんてお前等のパーティ位の物好きだけだっての。そうだろ、おやっさ───おやっさん?」

 

 同意を求めようと首を動かすと、少し奥に移動していたおやっさん、それに天野さんの口角が僅かに上がっていた。

 

「何というべきか。忘れがたい、懐かしい光景だ」

「だねぇ、昔は予算の少ない小部屋でこんな感じだったもんね」

「話聞いてるのか、お二人さん」

「勿論だ……協会としては出来得る限りの支援は約束する。しかし、迷宮(ラビリンス)の封鎖となれば、難しいだろう」

「学生のみ、とかならまだしも、上層封鎖となると、流石に四家の同意と天帝様の許可がないとね。色々と面倒なのさ」

 

 だと思った。

 

「だ、そうだ。つまり、仮にドンパチ始めて近くに探索者(ダイバー)が居たら口八丁で黙らせる。亜人種を見つけたら、サーチ&デストロイ。異論は?」

『ない』

 

 間髪入れずに大変良いお返事である。

 話が早くて助かるわぁ。

 

「まあ、いつ始めるかはおやっさんに任せるわ。色々と準備とかもあるだろうしな」

「ああ、追って連絡しよう。協会からは、公式に魔物の異常行動について声明を出しておく」

「STARsは変わらず新都の警備強化だね。出来る事なら資金提供とかしてあげたいけど……」

「局長」

「頭の固いのが見張ってるから」

 

 タハハッと笑う天野さんの背後で睨みを効かせる総隊長の姿に、俺は心の中で合掌する。

 本当に大変だな、この人も。

 

 

 話は終わり、飯を食わせろだなんだと宣う面倒な客を捌き切った俺は鼻歌を歌いながら食器を片付ける。

 閑散とした店内には、俺とおやっさんしか残っておらず、彼は静かに珈琲を味わう。

 

「まる一日休暇を取るなんて珍しいじゃん」

「たまにはゆっくり羽を休めろと、部下から言われてな」

「ごもっとも」

 

 羽を休めるような内容では無かったと思うんだけど、何も言うまい。

 

許可証(ライセンス)の事は宜しくな、じゃないと俺、無免許でお縄になるから」

「ふっ、それが一人で迷宮(ラビリンス)に向かおうとしてた者の言う事か。再発行でなければ手続きもこちらで可能だ」

 

 良かった、また書類に埋もれるとか勘弁願いたい。

 個人所有の迷宮(ラビリンス)とは違って、国が管理してる迷宮(ラビリンス)に潜るには許可証(ライセンス)が必須なのだ。

 安堵の息と共に、おやっさんを見る。

 何か言いたい事がありそうな顔だ。

 俺は何となく、次に彼が言い出す事が分かる。

 

「鋼、もう一度、探索者(ダイバー)に戻るつもりはないか」

「言うと思った」

 

 正解、花丸。もしかしたら、いつの間にか読心術でも身に付けたのかもしれない。

 

「ないよ、ない。今回が特殊なだけで、もう潜ろうとは思ってない」

「……そうか」

 

 馬鹿みたいに無茶をして、身の丈に合わない理想を掲げて、最後はドでかい壁にぶち当たって、利き腕を失った。

 情けなくて涙が出そうになるな、うん。

 

「忘れてくれ、会計を頼む」

「あいよ」

 

 去っていくおやっさんの背中を見送り、俺は不意に目を閉じる。脳内に浮かぶのは、記憶に焼き付けられた、空を映す湖に佇むノイズ混じりの少女の姿。

 

「あー、やだやだ」

 

 首を振って、目を開く。

 考えるのやめよう、頭が痛くなってくる。

 

「折角だし、優君達も参加させようかな。良い経験になりそうだ」




イカれた追加メンバーを紹介するぜ!

村野霧之介。
二等星。一に筋トレ、二に筋トレ、三に三食、日々筋トレ。筋肉崇拝者。
『ケツ顎』の探索者。
三等星。最近、遠距離の嫁さんと関係がギクシャクしており、協会で鷲見達に愚痴を零す事もしばしば。
『初老』の探索者。
四等星。先が長くない老体だからと昇級を拒否しているお爺ちゃん。探索者になりたいと熱弁する孫を諦めさせるのに必死な毎日。
『糸目』の探索者。
二等星。何故か他の探索者から距離を取られていて悲しい。とある迷宮馬鹿に初対面で「お前、裏切りそうな顔してるな」と言われて滅茶苦茶ショックを受けた。

名前、まだねえよ。
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