「優ちゃん、なんだか嬉しそうね」
「良い出逢いでもあったんだろうさ」
帰りの魔導列車の中で顔が緩む僕に両親は笑いながらそんな事を聞いて来る。
「そう?うん、凄く嬉しい事があったんだ」
恥ずかしさから、パーカーのフードを目深に被り先程逢ったお兄さんの事を夢想する。
久しぶりに再会できた、自分の命の恩人の事を。
☆
あの日は、何時もと変わらない普通の日曜日だった。
当時六歳だった私がお気に入りのワンピースを着て手にスコップとバケツを携え、遊び場にしていた公園に向かってる最中の出来事。
『緊急発令、緊急発令。迷宮内部から地上に向かい多数の魔物が侵攻中。住民の皆さんは最寄りのシェルターに避難して下さい。繰り返します』
後に第一次迷宮氾濫と呼ばれる災害が発生した。
突然流れ出した放送に訳も分からず困惑する周囲と、ただ茫然と立ち尽くしていた私。その耳に、遠くから複数の爆音が響いた。
「きゃあああああああああああっ!!」
「不味い、子供達を連れて逃げろ!」
「何が起こってんだよ!?」
「魔物だ、魔物が出て来るぞぉぉぉ」
困惑は更に加速し、大人達が声を荒げる。
何が起こって、何が始まったのかも分からない私は、逃げるように公園を走り出した。
まだ家族が家にいる、だから知らせないと。
子供心にそんな事を考えて逃げ惑う人達とは逆の方、自分の家へと無我夢中で走る。
ドゴォォォォン、と音が次第に近くなる。
空に巨大な化物が飛び始め、火を噴き、街が赤く染まる。
あちらこちらから悲鳴と絶叫が聞こえて、耳を塞ぎながら目的の家に付く。
「パパ、ママ!!」
痛く跳ねる心臓を抑え、勢い良く扉を開けた。
「優ちゃん!?」
「優、大人の人と避難をしたんじゃないのか!」
其処に二人はいた。
初めに見えたのは倒壊した家の壁、その瓦礫に足を挟まれたお母さんと、懸命に助けようとするお父さんの姿。
「私も手伝うッ」
二人の元に駆け寄る。
だが、そんな自分をお父さんは声を張り上げて止めた。
「駄目だ優、早くシェルターに逃げ……いや、このままじゃ間に合わない。其処のクローゼットに隠れてるんだ」
「嫌だよ、ママを助けなきゃ!」
「お願い優ちゃん、言う事を聞いて」
ガタガタと体を震わせながら、首を横に振る私にお母さんは言った。その時だ。開けた壁の向こう、その先から何か巨大なモノが迫る足音が聞こえたのは。
『いやぁああああああああああああああ』
次いで、悲鳴。
いや、断末魔。
ズシリズシリと地面を揺らす音は徐々に近付き、ソレは姿を現わした。巨大な、自分なんて赤子のようにすら見えるだろう巨大な豚の化物。ソイツは、右手に斧を持ち、左手に長い紐でぶら下がった球体を引きずっていた。
球体からぼたぼたと赤い液が落ちる。
気が付きたくなかった物は、人の生首だった。
「ぁ、ああぁ、ああああああ」
「優!早く逃げろ!早く!!」
腰を抜かして、脚が言う事を聞かない。
豚の化物は、まるで自分達を嘲笑うように鼻息を荒げて、斧を上に構える。
「プゴッ、フゴッ」
「や、やめて」
狙いはお父さんだと、理解する。
自分とお母さんを庇うように前に出た、武器も持たない普通の父。
「やめてよ」
「フゴッ、プヒヒッ」
「優、逃げるんだ」
「優ちゃん逃げて……」
何も出来ない力の無い自分達を笑い、豚の化物は斧を勢いよく振り下ろした。
「やめてぇぇぇぇえええええええッ」
喉が裂けんばかりに叫ぶ僕の声とほぼ同時。
「主人公キィィィィィィィィィクッ!!」
横から飛来した謎の衝突物によって豚の化物は弾き飛ばされた。
「プギォォォォォォォ!?」
「──────────え?」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
先程まで巨体が立っていた場所に、いつの間にか立ち尽くしている黒髪の青年。彼は首を二三度鳴らしながら、私達の方を見る。
「生存者発見、まだ息はしてるか?してるな?してないならぶん殴る。そんで目を覚ましたら救ってやる」
自信満々にそう言って、彼は私と同じようにポカンとした顔をするお父さんに続けた。
「生きてるならとっととシェルターに走れ。ここらにも魔物が入って来てやがる」
「あ、え、いや、まだ妻が」
「妻?」
「瓦礫に足を挟まれてしまって、助けて下さい!」
「おし、ちょっと退いてろ」
お父さんが指で指し示した先を確認して、青年は瓦礫に手を突っ込み、顔色一つ変えず力任せに押し上げた!
「あ、有難うございます」
「回復薬だ、飲め。そんで飲んだら」
不意に青年が顔を上げた。その直後、また獣の鳴き声が響き渡る。まだあんなモノが現れるのか、自分達は助かるのか、私は反射的に彼を見上げて、目が合った。
「大丈夫だ、兄ちゃんが絶対に助けてやる」
まるで絵本に出て来る
もう一度首をポキポキと鳴らした青年は、零すように小さく呟く。
「『点火』」
炎が波打つように、彼の周りを巡る。まるで何重にも重なりうねる蛇のように。
テレビで見た事がある、これは魔術だ。
幻想的な光景、思わず魅入っていた僅かな時間にその一つが私に移った。
「その炎がお前と家族を安全な場所まで連れていってくれる。良いか、お前が家族を助けるんだ。出来るな?」
「う、うん!」
「良し、なら走れ。その間に俺はコイツ等を片付ける。俺は
巡る炎と共に、一歩一歩と怖れる事無く歩き出した彼を見て、私はお父さんとお母さんの手を強く握る。
「パパ、ママ!」
「ぇ、ええ」
「有難うございました、探索者さん」
こちらを見る事無く、後ろ手を振る彼。
「お兄さん!」
時間の猶予なんて無い。だけど私は、どうしても一つだけ聞きたい事があった。
「……なんだ?」
「私も、何時かお兄さんみたいに強くて、カッコいい
「ハッ、そりゃあ良い夢だ」
「私でも、なれるかなぁ!」
途端に彼を中心に巨大な炎柱が昇った。
「─────正義は紡ぐ」
彼……いや、お兄さんは、振っていた手をそのまま右に伸ばし親指を立てる。
「今は無力で誰も守る力が無くても、何時かその熱を付けた心が火を灯せば燃え上がり続ける」
「ッ……!!」
「誰だって主人公になれるんだ、なれる筈なんだ。お前だって必ずなれる」
巨大な百足がお兄さんに迫る。
だがそれは、彼に触れた瞬間……赤く、紅く燃える炎に包まれ、絶命する。
「今は俺が主人公だ。だけどいつかはお前が主人公になるかもしれない。だからその時まで強くなりたいと想え。それで次にまた会えたら、俺が戦い方を教えてやる」
「約束……だからねっ」
「ああ、気張れよお嬢ちゃん」
お兄さんの言う通り、炎は私達を助けてくれた。
私は二人の手を引きながら、宙にうねる炎に導かれるまま一心不乱に燃える街を駆け抜けて、緊急用シェルターに到着した。
家族を護れた、安堵感からか生き残れた安心感からか遠くなる視界と共に僕はパタリと気を失った。
その後は……結局一度もお兄さんと逢えず、旧都から離れた祖父母の家で暮らす事になり、14歳の魔術適性検査で皇星学園への推薦入学が決まったのだ。
☆
今では『天啓の逆塔』だけが残る旧都と呼ばれる廃都市で、僕はあのお兄さんに救われた。
どれだけ年月が経っても、忘れる事無く想い続けたあの人にまた逢う事が出来た。
『お前、主人公かよ』
顔は大分変わっていて最初は分からなかったけど、あの人は間違いなくあの時のお兄さんだ。
何で僕が主人公なんだろう、お兄さんの方が余程物語の
「ふふっ」
思い出したら、またにやけてしまう。
「ねえママ、運命って本当にあるんだね」
「どうしたの、いきなり。もしかしてさっきのお兄さんに恋しちゃったとか?」
お母さんが冗談でも言うように聞いて来るが、そんなのは当たり前だ。
「だって、凄くカッコよかったんだもん」
僕の師匠は凄い人だ。
学園前の喫茶店で店長をしているお兄さんは、何時も誰にでも笑顔で接する、優しくてカッコよくて、でも何処か抜けてる人。
何時もお金が無くて店の前にいる僕の事も嫌な顔をせず……いや、嫌な顔をしながらもご飯を食べさせてくれる。
そんな非の打ち所がない完璧なお兄さんに一つだけ物申したい事があるとすれば、
「優君、今日も来たんだ。友達と遊ばなくて良いの」
「うん。今日は葵もアリスも用事があるんだって」
「男子なんだから、偶にはゲーセンとか行ってみたら?」
未だに僕の事を男の子だと誤解している事、かな。