シンギュラリティ・ラッドピース   作:物部。

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強いて、強いて誰が悪かったかと言えば、影も形も姿を見せない色ダークライですかね。


39話 理不尽03

 優君達との和気藹々とした手合わせを終えた俺は、彼らを協会の医務室へ放り込み、その足でおやっさんの元へと向かった。どうやら会議中だったようで、職員の数名に止められながらも会議室に踏み出し、特技の一つであるジャンピング土下座でそりゃあもう懇切丁寧に謝罪した。

 小言の一つでも言われるかと思ったが、そこは俺とおやっさんの仲である。

 五分程の沈黙の後に「分かった」と頷いて許してくれたよ。流石は探索者(ダイバー)のトップに長く席を置いた御仁だよ。心が海のように広い。

 

「優君達の実力も大まかには分かったし、良しとしよう」

 

 率直な感想としては、流石に物が違うなといった所。

 琴子ちゃんは、あの子達の現在の到達階層は二四層だと言っていた。

 だけど、身体能力は少なくとも二〇層の後半、なんなら三〇層を攻略する連中に差し迫るレベルだった。互いに信頼し合っている所も良い。害悪戦法、幾つか書き記したノートが部屋にあったな、今度渡しておこう。

 どうせもう使う事の無い無用の産物だ。戦略の幅が幾らか広がれば、生存率も上がる。

 個人的には王道に進んでほしかった気がしないでもないが、使える物は何でも使って勝利を捥ぎ取れと教えたのは俺だ。

 うん、頑張れ(諦め)

 

「一先ず、これからどこで時間を潰すかなぁ。優君達の診断、一時間位掛かりそうだし」

 

 体を浅く伸ばしながら、頭を捻らせる。

 念には念を入れよ、回復薬を過信するべからず。

 外傷は完全に癒えても、薬は別に万能ではないのだ。見た感じでは、火種(・・)は一つとして残っていなかったが、万が一に何かあっては大変困る。 

 最後のアレは、我ながら宜しくなかった。

 

「鈍ってるよな。体も、心の方も、引っ張られ過ぎた」

 

 現役時代なら、強く感情を抑え込む事が出来ただろう。

 テンションが上がっても、自分よりも遥かに弱い子供相手に、あんな技は使わなかった。

 反省点が多いのは、彼らよりも俺の方だ。 

 近い内に、また迷宮(ラビリンス)に潜る事になる。それまでに出来る限り、戻しておかなければなるまい。

 独り言に自分で頷いていると、不意に腹から小さな音が鳴る。

 

 そう言えば、腹が減った。

 いつも以上に魔力を使ったせいだろう。

 

「まあ、丁度良いか」

 

 食事は時間を潰すのには持ってこいだ。

 琴子ちゃんは荷物を纏めて早々に研究室に帰って行ったし、優君達が戻ってくるまで適当に軽食でも挟もう。

 見慣れた通行路を行き、エレベーターを使って一階へ下る。

 見えてくる受付カウンターの対面、共有スペースからは離れていても野太い声が聞こえてくる。

 時間は一三時を過ぎ。昼食を取りに訪れた様子の探索者(ダイバー)を始め、昼間から飲んだくれているスーツ姿の連中や情報交換で集まる大学生位の集団でごった返している。

 空きはないかと、周囲を見回す。

 

 すると、

 

 ポツンと奥に一つだけ、誰も座っていないテーブル席を見つけた。

 というか、一番に目がいった。

 そこは俺にとって馴染みのある、昔まだ探索者(ダイバー)をしていた頃にいつも利用していた九番席。他の席は混雑しているというのに、目立たない場所故か、どうしてかいつもここだけ人が居ないから。

 先約がいないか確認してから椅子に腰かけ、注文用のミニタブレットを弄る。

 

『こんにちわ、貴方の近くに寄り添う万能AIラビリスタちゃんです!ご注文がお決まりでしたら、注文ボタンを押してお待ちください!!』

「げっ、ラビリスタ」

 

 協会で導入されている音声認証AIの少女が、画面の中でセカセカと動き回りながら甲高い声を発する。

 協会の中ならマジでどこにでもいるな、コイツ。とうとう資料室だけじゃなくて、こっちにも導入されたのか。

 

『本日のおススメは殺意マシマシ、食い倒れ必至、どか盛り揚げ物定食になっています。興味があれば、すぐさま画面中央をクリック!』

「なにこの、アホが考えた暴力的な定食」

 

 相変わらず、ここのメニューはボリュームと値段がマッチしていない。魔力の消費や常時動く事が多いからだろう、常人よりもエネルギー効率の悪い探索者(ダイバー)向けの料理。味付けは濃いし、油物は多いし、お代わり自由だし。

 比較的少量のサイドメニューとサンドイッチを注文する。

 

『ひょわっ!?折角ラビリスタちゃんがおススメしたのに頼まないんですか!?貴方、正気ですか……?』

 とても、うざ……いや、鬱陶しい。

『あ、いまうざいって思いましたね、それってメカハラですよね。鋼君がそんな非行青年に走ってしまったなんてお姉さん、ショックですよ!』

「当たり前のようにこっちを認識してくるのは何なんだよ。メルに言いつけるぞ、駄目AI」

『ふっふん、鋼君はこちらの界隈に関しては初心者さんですからねぇ。特殊訓練室の使用許可を取る時、会長さんが鋼君の許可証(ライセンス)で提出したんですよ。だから、そのログを参照してちょこっとお邪魔しちゃいました。よっ、ラビリスタちゃん天才!マスターはもっと天才!!』

「俺の個人情報が息してない」

『嫌ですねぇ、今更じゃないですかぁ。ついでに戦闘映像はマスターもご覧になってました。そうそうみられませんよ、マスターがお腹を抱えて笑ってるシーンなんて』

「個人情報ぅ……」

 

 頭を抱えて、思わず呻く。

 あの天才、なにしてくれてんの。

 

『それで鋼君、ご注文はごつ盛り揚げ物定食で宜しいですか』

「さらっと人の注文をすり替えようとするんじゃない」

『更にこっちのラビリスタちゃん専用、情報AIスイーツセットもおススメですよ!』

「いらん、マジで……いや、何だそれ」

『あ、もう頼んじゃいました』

「なにしてくれちゃってんの?」

 

 壊したい、今この場で、タブレットを。

 

『わあっー、ちょっと待って下さいって。クール、ダウン、話せば分かります。人間の第一コミュニケーションは話し合い、対話、ですよね!?その上げた右腕下ろしてくださいよぉ、良い事教えてあげますから』

「良い事?」

『はいっ!とっても良い事、でっす!!』

 

 流石に協会の備品を一日に二度も破壊にする訳にもいかない。

 拳を下げて、駄目AIに続きを促す。

 

『むふっ、話の分かる人は大好きですよぉ。それではこちらをご覧下さーい』

 

 タブレットの画面表示が切り替わった。

 映し出されたものは、数枚の暗い場所で取られたのだろう写真。

 画質が荒いのは限界まで引き延ばされたせいか、だが判別の付く物ばかり。

 その横には、無数のグラフと細かな数字の羅列。

 精密機器やら科学系統に疎い俺でも、何度か見た覚えがある幾つかの単語。

 

迷宮(ラビリンス)の内包魔力数値だな」

『パンパカパーン、正解ですっ!こちらは大和の凡百…おっと失礼、大和の研究者様方が観測した物になっております。通常時に比べて大きく飛躍した数値、“侵攻”の予兆というのも納得です、うんうん』

 

 頷きながら、ラビリスタは右手を振る。

 

『でもこれ、正確じゃないんですよ。一般の研究機材では判別が出来ないレベルの干渉が発生している』

「干渉?」

『はい、有体に言えば書き換えられてい……ます』

「今何か変なラグが無かったか?」

『そういうのは気にしない、気にしない。そんな訳でですね、我らが創造主、科学の女神ことマスターが独自で解析した数値がこちらっ!』

 

 グラフが変動する。最初に映し出された物と比べれば、凡そ二倍といった所か。

 

「……これ、ヤバくない?」

『とってもヤバいですね。計測によれば数値は依然として上昇中、一カ月もすれば第一次侵攻に届く程の被害が予想されてますから。ね、ね、良い情報だったでしょ?』

 

 目を潤ませて、「恩赦?恩赦?」と連呼する駄目AIを無視して、頭を掻く。

 ハード過ぎるだろ、この世界。やっぱりゲームの規模感で考えてたら足元掬われるどころの話じゃないわ。

 それに、気になる事はもう一つ。

 

「書き換えられている、かぁ」

 

 書き換え、或いは───改竄。

 これが研究者連中のミスならば、まだ良い。 

 荒唐無稽な妄想、それで片付けられればそれで良い。

 だけどもし、俺が考える奴が関わっているのであれば。

 

「………………」

 

 面倒な事に面倒な奴が関わっているかもしれない可能性が浮上してきた件について。

 人に面倒な呪いを押し付けた化物が関わっているかもしれない。

 

「衝突事故にしても質が悪いけど、準備は万全にしとかないとな」

『もぐもぐ、鋼君が何を言ってるのかラビリスタちゃんにはさっぱり分かりませんけど、心中お察しします。頑張って!』

「他人事……うわ、駄目AIが情報を食ってる」

『それはライン越えな発言ですよ。ラビリスタちゃん、訴えて良いですか』

 

 いつの間にかアフタヌーンに洒落込んでいるAI娘。わざわざ小道具のオブジェクトまで用意している徹底ぶり、協会はどこを目指しているんだ。

 

「いや、というかこれ、先におやっさんか天野さんの方に報告する内容じゃないか。二人から何も聞かされてなかったぞ」

『そりゃあ言ってませんからねぇ。ラビリスタちゃんはミステリアスでお口チャックが得意なクールビューティーですので』

「お前、協会の補助が目的に調整された情報AIじゃないのかよ」

『残念な事に、我が創造主からプログラムされた上位命令ですので。文句はマスターに直接お願いしまーす』

「アイツさぁ……」

 

 天才様の考える事は微塵も理解出来ねえ。

 多分、聞いたところで「遊び心だ」とか何食わぬ顔で言いそうだ。

 

『たまに構ってあげないと不機嫌になりますよー。おっと、そろそろ鋼君のどか盛り揚げ物定食が来そうです。それではラビリスタちゃんはここら辺でクールに去らせていただきます』

「あ、おい、逃げるな」

『アデューです!』

 

 テンションの高い笑い声の後、画面からラビリスタは姿を消した。同時、一台の配膳ロボットがとんでもない量の揚げ物をプレートに乗せた料理を運んでくる。

 

「どうすんだよ、これ」

 

 ……結局、多量の油で胃もたれを起こし完全敗北した俺は、検査を終えて戻ってきた三人組に後を託し、そそくさと協会を後にした。ラビリスタ、許さねぇ。

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