シンギュラリティ・ラッドピース   作:物部。

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M次元ラッシュに間に合いました。




41話 来客02

 あれは俺がまだ、探索者(ダイバー)という肩書を持つ前、探査隊に所属して一年を過ぎた頃だったと思う。

 迷宮(ラビリンス)が地上に姿を現わし、それをテレビの生中継で目撃して、前世の記憶が蘇ったり、おやっさんをぶん殴って強引に加入したり、雑魚魔物の小鬼(ゴブリン)に撲殺されかけたり、粘性生物(スライム)に身体を溶かされかけたり、迷宮蝙蝠(ダンジョンバット)に噛まれて発症した感染症に死に物狂いで耐えたりと、実に波乱万丈な一年が過ぎたある日の出来事だ。

 

 

「見つけたぞぉ、ジョォジィ……」

 

 立てつけの悪い木製扉を蹴り飛ばし、俺は自分でも理解できる程にあくどい笑みを浮かべながら、目の前の黒い影に声を掛ける。

 

「成仏しろぉ……あとついでに“悪意の落涙”落とせやぁ……!!(小声)」

『ォォォォ、ォォォ……ォォォ』

 

 『天啓の逆塔』は二〇層。

 数十、数百とある寂れた家屋が物語る廃村エリアには、死霊種の魔物が発生する。

 文字通り、怨念や残留思念が形を成したような見た目をしており、デバフ系や状態異常を誘発する攻撃を仕掛けてくる厄介な連中だ。

 姿を晒したかと思えば呪言をまき散らして仲間を呼び、長い時間を掛けて解除されたかと思えば、どこからかまた現れて天丼呪言をプレゼントして仲間を呼ぶ。

 原作でも厄介だったが、こちらでは更に悪質極まりない。

 控えめに言ってもカス種族。

 なによりも、死霊種には物理攻撃の通りが悪い。普通に殴ってもカスダメージしか入らないので、普通なら魔術を行使して静かにぶちのめすのが定石なのだが。

 

「作成時間二時間の聖水だぞぉ、南無さぁん……うわ、コイツも落とさねえ」

 

 今日は生憎と、臨時パーティを組む事の多いおっさん共は出払っている。なんでも迷宮潜りにかまけているあまり、嫁さんが浮気して、現在は離婚協議で忙しいらしい。

 だから仕方なく、家で作ってきた簡易聖水で両手を濡らしながらぶん殴るのだ。

 

「あと何個だっけなぁ、アイツの注文」

 

 リュックを降ろして、“悪意の落涙”の個数を数える。

 今日、俺が迷宮を潜っている理由は攻略……ではなく、魔物素材の確保。

 将来的に世界で名を馳せる予定の錬金術師様から届いた直々の御注文。

 いきなり人様のパソコンをクラッキングしてメールを送ってきやがった傲慢ド畜生の為に時間を使う位ならば、迷宮攻略を目指したいのだが……負けたんだ、金の魔力に。

 

「しっかし、マジで無限に湧いて来やがる」 

 

 息を吐き出しながら、周囲を探る。

 家内で気配を殺していれば、外には霞がかった人型が現れ始める。

 死霊系、その根本となる怨念やら残留思念は一体どこから湧いて出てるんだ。ゲームのフレーバーテキストでは、コイツ等は元は迷宮で命を落とした人間らしいのだが、まだ迷宮が現れて一年と少し、それにしては数が多すぎやしないだろうか。

 

「まあいいか、少し休憩してからまた行こう」

 

携帯固形食(カロリーバー)の袋を破り、口に加える。

 

『うわぁあああああああああ、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!』 

 

瞬間、遠方から若い男の絶叫が俺の耳に轟いた。

 

「んぐっ、ごほっ、ごほっ!」

 

 驚き、思わず喉に詰まらせる。

 この廃村エリアは常に静寂の空間。そんな中で、唐突に馬鹿のような絶叫が聞こえてきたら、お化け屋敷でデカい音を聞いたように肩を跳ねさせるのも無理ないだろう。

 だが、なによりも、

 

「どこの馬鹿だ、クソッ、ここで大声を出すのは」

 

 廃村エリアにおいて、それは最悪の行動でしかなかったからだ。

 リュックを背負い直し、勢いよく地面を蹴り出す。

 

 疾走(はし)る。 

 声の方角は降下階段付近、つまり今しがた二〇層に足を踏み入れた人間。ここまで降りて来られるのならそこそこに出来る探査隊の何者か。

 

 だがおかしい。

 既に探査隊の連中には注意事項として必要最低限の音しか出すなと報告してあるのに、この声の主は一体何を考えてやがる。

 上空には声に釣られた死霊共が群れを成し、こちらなど見向きもせずに浮遊移動する。

 

「大丈夫だ、まだアレは出ない」

 

 更に足に力を入れて、ひた走る。すると、発見した。

 俺よりいくらか大きな背丈の白髪の男がこちらに向けて全速力で走ってきている姿を。

 

「チッ、アンタ、声を抑えろ。でないと」

「ああっ!おいキミ、探査隊の人間だろ!?すまんが手を貸してくれ、俺は」

 

 俺を視認した男が声を荒げて喋る。

 二度目だ、大分ヤバい。

 

「分かったから、取り敢えず声量を───」

 

 ジェスチャーで口を閉じろと指示を出そうとして、男を見る。

 探査隊の制服、ではない。現代には不釣り合いなプロテクターを身につけた妙な恰好で顔が異常な程に整っている。まごう事無きイケメンが目尻に涙を浮かべて近付いてくる。

 ふと、そのイケメンフェイスに既視感を覚えた。

 

「あれ、アイツどっかで見たような」

 

 なんか、あのイケメン見覚えがあるぞ。

 どこでだったか。昔どこかで、昔というか前世の知識で見たことがある。

 主要キャラと言う訳ではないが、原作の中で一時的なお助け枠でパーティに加入してくる、主人公の座を食いそうな勢いをしていたスカしたような腹の立つイケメン。

 いやいや、まさか。確かに似てるがこんな場所でコイツと鉢合わせる訳が……。

 

「俺は、幽霊とかお化けが大の苦手なんだッッッッッ!!」

「ああーーーーーーーーーー!!」

 

 コイツ知ってる。ヒロインの兄貴だ、お化け嫌いのシスコン兄貴。

 息を切らせて俺の横に立つ男、白蓮白夜の姿に一瞬だけ思考が止まる。

 どうしてこの男がここにいるのかとか、どうやってプロテクターと鉄パイプだけでここまで来れたのかとか、そもそも探査隊でもない人間が迷宮に潜るのは罰則物なんだけど、とか。色々と言いたい事はある。

 だが、その全てを呑み込んで俺は我に返る。

 ───今のが、三回目の絶叫である事を思い出したから。

 

「あ、やべっ」

 

 同時、空気が重く、鈍く、変わった。

 塔の中だというのに、上空に登る満月の中心に黒点が現れ始めるのが分かる。

 現れるどころではない。それは徐々に円状に広がり始め、ものの数秒で満月は新月に立ち替わった。

 

 この変化は、ある魔物が出現する最初の合図。

 

「ハァハァッ……あ、あれ、幽霊達が消えて」

「…………チクショウ、やらかした」

 

 男の方を向かずに、ただ一点、空を睨む。

 原作の特典資料曰く、廃村エリアは迷宮で死した者達が集う残留の地。怨念、無念、積年の残滓が蔓延るこの世の地獄には、その魂を餌として生き永らえる魔物が存在すると書かれている。

 

 さて、この『迷宮都市ヤマト』はクソ鬱、クソ難易度、クソゲーの三拍子揃い踏み。

 特定のフラグを取らなければヒロインは死ぬし、ヒロインのHPがゼロになってもヒロインが死ぬし、特定のフラグをぶち抜けば明らかに現状のレベルでは太刀打ちできない魔物が現れるイベントが起こる。

 

 そう、今、ナウ。

 ゲーム的に言えば二〇層から二九層の廃村エリアの間、音の大きな範囲攻撃魔術や全体攻撃技を三回行うと発生する迷宮イベント。戦闘システムに慣れてきて、「範囲攻撃クソ楽~」とか考え始めたプレイヤーに容赦なく「効率とか求めるなよ?」とでも返すように設計された糞塵(ファッキン)

 

 新月が徐々に肥大化し、暗闇に一つの(リング)を形作った。

 円の内部、外側の夜闇とは比較にならないどす黒い空間から、白く巨大な白腕が伸びる。

 

「良いか、初心者(ビギナー)。今から俺がいう事を良く聞けよ。死にたくなけりゃ、絶対に振り向かずに俺の後ろを着いて走れ」

「な、何を言ってるんだい。そもそも、良く見れば君はまだ未成年じゃ、どうして探査隊の制服を」

「三秒後だ」

「ちょっと待ってく、うぐっ」

 

 鳩尾に拳を叩き込み、強引に黙らせる。

 さて、お出ましだ。白腕の後ろから現れた青白い顔。眼球の無いつるりとした丸顔、或いは無機質な仮面のような気味の悪い異形。

 腕が一本から二本、それが四本、八本と増える。

 

『■■■■、■■■ッ!!』

 

 地の底から響くような、事実、空間を震わせる咆哮と圧迫感。

 

「今度は一体なにが」

「黙れ、見るな、気絶させるぞ」

 

 原作においてのあの魔物の名は“空啼坊(ソラナキボウ)”。

 西洋寄りな廃村エリアには似つかわしくない純和風ホラーの化物だ。ヤツは白腕を直下に伸ばし一〇〇を越える死霊を鷲掴みながら、三日月のように裂けた口の中に放り込む。

 あれが食事の一モーション。散り散りに逃げ始める魔物が居なくなれば、次の標的は俺達に向く。

 いや魂だけ食ってろよ、なんで俺達にも牙が向くんだよ。ふざけんな。

 

「三、二、一……いくぞ、走れっ」

「あ、ああっ!!」

 

 この状況の最適解は階段を登り一九層に上がる事なのだが、空啼坊の出現地点が悪すぎる。仮にそちらへ走れば、めでたく俺達はアレの餌その一、その二に成り下がる。

 なら討伐、それも論外。空啼坊と戦うには最低でも六〇層を攻略できる戦力とパーティを揃えなければならない。

 現在の俺では勝てる見込みなどない、マジ無理、吐きそう。

 

 だから、次の階層まで全力で逃げるんだ。

 幸いな事にこの二〇層のマッピングは既に完了しており、頭の中には原作の知識もある。

 

 最悪、この騒ぎそうな男は殴って抱えて走れば良い。

 唯一の問題があるとすればそれは。

 

「ウォォォォォォ、来たァァァァァァァッ!!(小声)」

「何がだ、俺は見えないだが、何が来たんだ!?(小声)」

 

 上空から振り下ろされる複数の白腕をどうやって捌ききって逃げるかどうか、だ。

 

 

 そんな事も、あったなぁ。

 まだ四家も大和貴族もいない、大和政府が迷宮(ラビリンス)への対策を練っていた時代。

 まあ、その後に失策を続けるわ、一回目の迷宮氾濫(スタンピード)が発生するわで信頼が地の底に落ちたんだけど。連中、探査隊の事を低賃金で動かせる体のいい魔物の処理係としか思ってなかったからなぁ。

 

「それで、一体どこまで話したんだったかな」

「もう良いって、妹自慢で何時間居座る気だよ。もう疲れたから帰ってくれ」

「良いじゃないか。ほら見てくれ、俺の可愛い妹が皇星(すめらぎ)の制服を着て恥ずかしそうに笑っているよ」

 

 疲れた。

 思わず回想を挟む位に疲れた。押し付けられた通信機を無心でスクロールすれば白夜の妹、ヒロインの一人である白蓮百合の写真がずらりと、もう飽きが来る位に保存されている。中にはツーショット写真もあり、美男美女の並びは……言いたくないが華がある。

 

「そろそろ鋼の事も妹に紹介するべきだと思うんだ。俺の一番の戦友だってね」

「それはいらない。絶対、謹んで、断固として拒否させて貰う」

「そう言うと思ったよ。どうしていつもこの話をすると頑なになるんだ」

 

 勘弁してくれ、ただでさえ最近は銀月雛も顔を出すようになったんだ。

 ウチはルイー〇の酒場じゃないんだよ。これ以上俺の店を原作キャラで染め上げないでいただきたい。

 

「それじゃあ次は入学式の挨拶をする妹の姿でも」

「まだ続くのぉ……」

 

 結局、この後三時間語られた。

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