シンギュラリティ・ラッドピース   作:物部。

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誰か助けて下さい、あと五日まで差し迫ってポンポンが大変痛うございます。
書いたり削ったり削ったり削ったり作業楽しかったよ……。


42話 幕間

 時を同じく、九条鋼が白蓮の当主による拷問(いもうとがたり)を受けている頃。

 

「おーい、鷹尾のおっさん。そっちの棚に入ってる犬ッころの素材持って来てくれよ。魔銃用の銃弾に加工すりゃあ、良い威力を出すらしい」

「おう、了解……待て、どれだ?」

「58番の棚だよ、いや、59番だったか」

「だから、その番号が見当たらないと……ああ、これか」

 

 新都九番区。主に探索者(ダイバー)が素材の保管やオークション出品用のアイテム管理に使用される倉庫が連なる区画。その中の、他と比べればやけに広い面積を持つ大型の建物で、野太い男達の声があちらこちらから響く。

 

「てかよぉ、だだっ広すぎんだろ」

「当たり前だろう。ここは一応、鋼の所有庫みたいなものだ」

「名目上は旧探査隊の倉庫跡だけどなぁ」

 

 鼻高と髭面、鷲見と鷹尾はげんなりと表情を歪ませながら視線を上に向ける。

 倉庫と呼ぶより、最早ショッピングモール。商品の代わりに棚に並ぶ物は階層ごとに分けられた魔物由来の素材の山。一般の探索者(ダイバー)や研究者であれば、涎を垂らしてこの空間に心躍らされるだろうが、悲しい事に今この場にいる全員は辟易としているだけだ。

 

「アイツさぁ、協会の公式記録だと到達階層は80で止まってる筈だろ」

「そうだな」

「絶対嘘だろ。なんだよあの素材共、明らかにヤバそうなのが奥にゴロゴロしてんじゃねえか。あっちのクジラみてぇな骨はなんだよ」

「……まあ、鋼は遠征で海外を飛び回っていた事もある。その時に手に入れて来た物かもしれない、多分な、そう言う事にしておこう」

 

 彼らがどうしてこの場にいるのか。

 それは協会のトップである岩尾砦に送られて来たメールと、ある添付ファイルが原因だった。

 そう、鋼がラビリスタから見せられた迷宮(ラビリンス)の異常、とある天才が明かした書き換えられた内包魔力数値の情報を、彼は何も考えずにポイッと岩尾へと送り付けたのだ。

 丸投げである。お陰で岩尾は強烈な頭痛と胃痛に見舞われ、今日も栄養剤と胃薬を持参して会議に臨んでいる。最悪な組み合わせに、岩尾の胃は大いに荒れている事だろう。

 

 閑話休題。

 

 さて、どうして彼らがここにいるのかだったか。

 それは鋼のメールに書かれた文章。

 

『なんか予想よりも面倒な事になってきたっぽいから、俺の倉庫にある使えそうな物をピックアップしといた。おっさんズに取りに行かせて適当に使ってくれ』

 

 べらべらと懇切丁寧に加工方法なども記載されているのに、肝心な所は丸投げ。

 

「それにしても、中には60層クラスの素材も混ざっているのは少し不気味だな。仮に迷宮氾濫(スタンピード)だとしても、過剰な気がするが」

「そうそう手に入らねえ希少(レア)個体のもゴロゴロ混じってやがる。売りゃあ最低でも七桁超えるようなモンを仲間とは言え他人の俺達に取りに行かせるとか、イカレてんのか」

「鋼にして見れば、金額はさして問題ではないんだろうさ。元々、金に執着するような男ではなかった。それよりも重要なのは」

 

 なにがなんでも生き残る、生を捥ぎ取る事。

 

 口に出さずとも、鷲見と鷲尾の思考は一致する。

 引退するまで、いや引退してからの方が口にする事が増えただろうか。

 

「アイツからすれば、俺らもまだ上層を攻略してるヒヨッコと大差ないのかねぇ」

「鷲見、良い歳して拗ねたような事を言うな」

「はいはい、ああ、ヒヨッコと言えば鋼の弟子いるだろ。時々、葵嬢ちゃんと協会に顔を出す金髪の嬢ちゃんと翡翠のお嬢。あの三人も今回の作戦に駆り出されるってよ」

 

 通信機の画面を確認しながら、鷲見がそんな事を零す。

 

「噂には聞いている、驚異的な速度で逆塔を攻略するパーティ。会長も目を掛けていて、絡もうとする若い衆は人知れず叩きのめされるとか」

「あー、あれな。近頃は探索者(ダイバー)の数も増えて、可愛い女の子を手当り次第に引っ掛けようとする若いのが多いから、鋼が知り合いに『手を出そうとする輩はすり潰せ』って声を掛けまくったんだと。昔からいる探索者、特に女連中は怖ぇのなんのって」

「過保護すぎないか?」

「ついでに会長さんも揉み消しに加担してる」

「あの人は元から鋼に対しては桁外れに過保護だっただろう。引退した後も定期的に顔を見ないと気が済まない人だぞ」

「そりゃあそうだ」

 

 半眼で鷹尾がツッコミを入れる。

 岩尾砦の鋼贔屓は今に始まった事ではない。

 

「密かに嫁の貰い手が見つかるか心配してるらしい」

「親か何かか?」

「気分的には育ての親に片足突っ込んでるんじゃねえのか。師弟揃って、自分の弟子は可愛いモンなんだろ」

「そうか、言われてみれば、魔術一本の鋼に最初に近接戦闘を教えたのは会長だったな」

 

 鷲見が頷く。

 探査隊時代、本来後衛である魔術師……いや、魔術使いだった鋼は前に出たがる癖があった。ゲーム脳の少年が無謀にも敵の懐に入り、魔術を連発する。本人としてはDPSを稼ぐためと言っていたが、それを見咎めた岩尾が『仮にその戦い方を続けるのなら』と、軍隊式の格闘術を教え込み、後の異端、近接魔術師が爆誕する。

 

「そうだ、鋼が居る前で金髪の嬢ちゃんの事を女の子扱いしない方が良いらしいぜ。なんか協会の中でも暗黙の了解になってるんだと」

「……どういうことだ?」

「いや、俺も分からねえけど。前に女連中から口を酸っぱくして言われたんだよ。アオハルの乙女心の為にお前等も気を付けろって」

「アオハル」 

 

 素材を集めながら、二人揃って首を傾げる。

 中年の男達には分からない感情なのだ。乙女心は難しい。

 

「さて、ここら辺で必要な物は揃ったな」

「だなぁ……おーい、終わったから出てきてくれ」

 

 キャスター付きの数台の大型カゴを引きながら、鷲見は室内に響く程の大声を上げる。

 すると、

 

「あれあれ、もう良いんですー?」

「あらら、これまた凄い荷物になりましたねぇ」

 

 入口付近に設置された重厚な扉の影から、二人の子供が姿を晒す。

 背丈は中学生程だろうか。黒と白、ツートンカラーの髪。まるで鏡合わせのような髪色は片方はポニーテール、片方はツインテールの可愛らしい双子の姉妹のように見える。

 だが、

 

「それじゃあ弟君、おじさん達を竜種の素材庫へ案内して差し上げて下さいねぇ」

「はーい、妹の癖に人使いが荒いのはどうかと思うけど、案内しまーす」

 

 どうやら、片方は少年のようだ。

 ポニーテールの方は鷲見と鷹尾のいる位置へと歩を進め、ツインテールは頬を膨らませながら二人へ手招きをする。

 

「わりぃね、お嬢ちゃん。コイツ等は加工に回すから、ここの住所に送ってくれ」

「数が多いが、一人で大丈夫か」

「問題ないですよぉ、直ぐに片付きますのでぇ」

 

 クスクスと口元を隠して笑う少女がポニーテールを揺らしながら手を二三度打ち鳴らすと、キャスターが何かに引き寄せられるかのようにひとりでに動き始めた。

 

「ちょっとー、おじさん達早くしてよー。カスラ達も暇じゃないんだからー」

「あらら、ごめんなさいねぇ。弟君は、今日はセンセイが来ると思って喜んでいたので、少し機嫌が悪いんですよぉ」 

「カスラだけじゃないもん、ポルカだって不貞腐れて二時間もソファに突っ伏してたしー」

 

 困った方に笑うポニーテールの少女、ポルカ。

 気のせいか、その笑みは先程よりも陰り、黒い澱のような瞳が更に濃く濁っていく。

 

「鋼じゃなくて申し訳ない」

「あらら、気にしないで下さいねぇ。ポルカ達は鍵守としてきちんとお仕事をしてるだけですのでぇ、お客様のえり好みはしませんよぉ」

「嘘だー、ポルカの方が絶対にセンセイに会いたがって───」

「弟君、そろそろ怒るよぉ」

「ひぅっ!」

 

 ツインテールの少年、カスラが小さく悲鳴を漏らした後、壁に身を隠す。

 

「ミカ嬢ちゃんもそうだが、鋼はどっからこんな癖の強い子供を拾って来るんだ」

「あらら、別に拾われた訳ではありませんよぉ、ポルカ達は“施設”でセンセイに見初められて、ここのお手伝いを任されてるだけですのでぇ。まあ、養子にして頂けるのなら大歓迎なんですけどぉ、義妹辺りに収まればとってもベストですねぇ」

「カスラは弟ー!」

「あらら、弟君はうるさいから静かにしててねぇ」

「妹の癖に言葉が強いっ!」

 

 壁越しから聞こえるカスラの声に、ポルカは緩く穏やかに毒を吐く。

 

「施設に養子……成程、侵攻孤児か」

「あー、そういやアイツ、税金が重いからって養護施設とかにも寄付を回してたな」

 

 昔、鋼が酒の席でそんな事をぼやいていた事を鷲見は思い出し、納得する。

 

「ふふ、そんな感じですかねぇ」

「そんな感じじゃないと思うけどー、それよりおじさん達も早くこっちに来てくれないー?」

「あらら、少し長くなっちゃいましたねぇ。お時間を取らせてしまってごめんなさい、あとはポルカにお任せくださいなぁ」 

「おっと、こっちこそ仕事の邪魔をして悪かったな」

 

 カスラに急かされ、二人は扉の方へと歩き出す。

 その後ろ姿をポルカは表情を変えずに、ただ笑顔のまま見送る。

 

「尤も、その“施設”はセンセイが一切合切全部燃やしてしまってもう無いんですけどねぇ」

 

 そう、小さく呟きながら。

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