シンギュラリティ・ラッドピース   作:物部。

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5話 群青葵02

 喪失のバースデー。

 あれはまだ、俺が自分を転生物の主人公だと信じて止まず、連日の如く迷宮探索に邁進していた時の出来事。

 

 

 

 

 

 

「ああああああ、何で階層更新出来ねえんだ」

 

 新設された新都の探索者協会。

 他の探索者との交流の場として設けられた共有スペースで、俺は周りの目に構いもせず悪態を吐いていた。

 理由は単純、伸び悩んでいたから。

 

 迷宮の攻略情報も、ボスの討伐方法も理解しているが下の階層へ進む度に無力感に苛まれる日々。

 頭では理解出来ても、身体が追いつかないのだ。

 

「お、迷宮暮らしの鋼が迷宮から出てきてる」

「また鋼が一人反省会してんぞ」

「お前、塔の最前線を走ってんのに何が不満なの?」

「全部だよ、全っ部」

 

 馴染の探索者達のヤジに答えながら、頭を抱える。

 俺はもっと先に進める筈だ。主人公単騎攻略だって成し遂げた、この知識があるのなら直近で迫って来てる連中を離して独走できる筈なのだ。

 

「あああああ、適性が一つだけとかマジでクソゲー。ふざけんなよ、マジで。調整ミスってレベルじゃねえだろ」

「寧ろ、どうして適性一つで最前線走ってんだよ。頭おかしいんじゃねえの」

「は?俺が主人公だからに決まってんじゃん」

「出たぞ、主人公」

「おーい、誰だ鋼に酒飲ませたヤツ。まだコイツ未成年だぞ」

「酔っ払いじゃねえよ」

「そうそう、鋼は自分に酔ってるだけだから」

「お前を殺す(ファッキン)」

「火ぃ漏れてる、火ぃ漏れてるって!!」

「焼き入れてやるよ(ファッキンホット)」

「それより鋼、40層の大猿ってどう立ち回るのが正解?」

「前衛二人で左右に攪乱、後は後衛が魔術で一斉爆撃」 

「アイツずっと糞飛ばしてくるじゃん。ウチの魔術師ちゃんが悲鳴上げて動かないんだけど」

探索者(ダイバー)辞めちまえ」

「辛辣ぅ」

 

 年齢は違えどやいのやいのと情報交換。

 迷宮(ラビリンス)は情報の不足で簡単に命を落とす。それが、『侵攻』から数年しか経ってない現在なら更に死ぬ。

 

「そういや、少し前に新人の探索者(ダイバー)パーティが行方不明になってるらしいぞ」

 

 馴染の一人が、世間話でも始めるようにそんな事を言い始めた。それに付随するようにポツポツと他の連中も語り出す。

 

「アレだな、女の子三人の所」

「鋼より一つ、二つ位若い子達だったっけ」

「何て言ったかな……スターレイン、スカーレイン」

「─────スカイレイン」

「ああ、そうそう。そのパーティ」

 

 呟いた名前に、連中が同意を示す。

 何で知ってるのか、お前も目を付けてたのか、と煩い連中を他所に俺は通信機を開き、日時を確認する。

 

「それ、何時の事だ」

「あん?確か3日前じゃなかったか」

「合ってる合ってる。あのちっこい嬢ちゃんがここに顔出すようになったのもそれ位だし」

「嬢ちゃん」

「あの子達の中の妹さんっぽい。何時も今位の時間に協会に入ってきて……」

 

 髭面の探索者が口を閉ざす。

 ソイツの顔を見ようと視線を上げれば、奴は首を振り真っ直ぐ前を指す。

 

「お姉ちゃんを、助けて下さい!」

 

 耳に響く甲高い声が、協会内に木霊した。

 シン、と静まり返る周囲。

 声が聞こえた場所は先程髭面の冒険者が指した方角。

 

「ああ、もうそんなに時間が経ったか……」

 

 そこに居たのは、青が混ざったような黒髪に可愛らしいリボンを付けた幼い少女だった。

 少女は対応する受付の職員に何度も「お姉ちゃんを助けて」と繰り返す。

 

「大丈夫よ、お姉さんの事は私達も入念に調査をしているから」

「でも、もう何日も帰って来てないんです!」

 

 困ったように笑う職員と尚も言い募る少女に、周りの探索者は沈んだ表情を浮かべる。

 

「転移トラップで、何処に行ったのかも分からんらしい」

「可哀想だよな。まだ若いってのに」

 

 髭面と鼻高が小さく口にしたその言葉には、明らかな諦観の色が見える。転移トラップは、迷宮では即死トラップの一つに数えられているからだ。

 それはそうだろう。最前線、中堅なら兎も角、初心者が踏めば何処の階層に落とされるかも分からず、迷宮を彷徨う。

 

「スカイレインは、何層まで潜ってるパーティだった?」

「確か6層とか其処等だった気がする」

「前にカウンターで嬉しそうに喋ってたもんな……」

 

 原作通りか。

 付随した公式ファンブックには、死んだスカイレインの少女達の情報も書かれていた。彼女達がトラップを踏んだ階層と、最期に何処で死んだのかも。

 

「………………」

 

 迷宮では、誰もが死に近い。

 それは探索者登録の際にも十分に忠告される事だし、此処に集まる誰もが理解をしている。

 

『……………』

 

 きっと、今此処にいる大多数は既に諦めているのだ。助かる見込みなんてない、だがそれを面と向かって子供に伝えるのは……惨い。

 

「なあ鋼、お前なら助けられるんじゃねえのか」

「ッ!」

 

 それは、鼻高が零した言葉だ。  

 確信とは程遠い、願いにも似た呪いの言葉。

 

「お前、今70層超えたんだろ?だったら」

「鷲見……止めろ」

「だってよ、鋼なら─────」

「鷲見」

 

 続きを言おうとする前に髭面が止める。

 鼻高自身も、自分が何を言ってるのか理解しているのだろう。ただ目を落として「すまん」と奥歯を噛む。

 

 例え死が近くとも、誰もが死んで良いと思う訳がない。ましてやそれが年若い、先のある少女達なら尚更だ。

 

 だが。

 ここで、仮にもし彼女達を助けに行ってしまえば、仮に助ける事が出来てしまえば、シナリオは破綻する。

 姉と友人が死んだ迷宮に対する、群青葵の復讐心が消えてしまえば……間違いなく一つ、いやもっと多くの主人公強化イベントが潰えてしまう。

 

 確かに俺は今まで「自分が主人公」と自称して、迷宮探索に勤しんで来たが、それは根本としてシナリオが壊れる事の無い範疇だ。別に本編主人公の座を狙おうとも思ってないし、新しい世界をただ楽しめればそれでいい。

 

 そう、だから此処は静観が正解。

 この騒動だって後数日も続けば協会が彼女達の痕跡を発見し、そして─────少女は復讐の鬼となる。

 

 悪いが、今は耐えてくれ。

 そうすれば、未来の主人公が君を救ってくれるから……そんな、ある種、他の連中とは違う諦観を抱きながら、俺は若き日の群青葵を見た。

 

「……………あ」

 

 目が、合った。

 何故合ったのかは知らない。職員では取り合って貰えないと思い周りの連中に助けを求めたのかもしれない。

 

 だが、確かに目が合った。

 合ってしまった。

 

「おねえちゃんを、たすけて」

 

 此処で手を出さないのが最善だ。

 それは理解してる。

 変にシナリオを改変すれば、主人公のルートが狂ってしまう。

 

 だけど。

 

 何度も泣いただろう、赤く目元が腫れた子供がいる。 

 俺を含め他の連中が諦めても、一人だけ小さな希望を抱いている子供がいる。

 

 そんな子供を見捨てるのは、それは。

 

「クソッたれか」

 

 此処はゲームの世界だが、此処は紛れもなく今の俺の現実だ。俺は主人公だが別に正義の味方を気取るつもりもないし、ましてや英雄を気取るつもりもない、けれど。

 

「ちょっと行ってくるわ」

「あ…おい、鋼!」

 

 止めようと腕を伸ばす髭面を躱し、クソみたいに静かな協会の床を鳴らして、受付職員の前に出る。

 

「今から迷宮に潜る。会長に申請を通しておいてくれ」

「九条、さん?さっき戻って来たばっかりじゃ」

「時間がないから、とっとと終わらせてくる」

 

 目指す先は、迷宮75層。

 今が失踪から三日目だとすれば、残り時間は殆どない。

 

「大丈夫だ」

「…………え?」

 

 不安そうに俺を見上げる群青葵の頭に手を置いて、強く言う。

 

「俺が必ず、お前の家族を連れ戻してきてやる。だから安心して、あそこの悪人面のおっさん達に甘い物…ホットケーキか何かでも奢って貰ってろ」

 

 さっきまでクソゲーだ、何だと言っていた癖に我ながら随分な大見得を切ったモノだ。

 だが、やって見せよう。何故なら、俺はハピエン厨で主人公なのだから。

 

「兄ちゃんに任せとけ」

 

 

 そんな事もありました。

 いや、本当にあの頃は顔から火が出そうな程恥ずかしい行動のオンパレードでした。

 

 前述した通り、そりゃあもう完全にシナリオを壊してしまいましたとも。葵ちゃんのお姉さんを連れ帰ったし、なんなら俺の伸び悩みも解消されたし、良いことづくめでしたとも。

 その過程で腕と足が何回か千切れ掛けたけど、やってやったさ。

 

「なあ葵ちゃん、そろそろ説教は止めにしてやらないか?」 

「いいえ、まだ言い足りません。止めないで下さい店長さん」

「師匠ぉ……」

「ほら、優君も反省してるって」

「甘やかさない!」

「………はい」

 

 既に一時間は軽く超えただろうに、腹に溜まった業をこれでもかと吐き出す葵ちゃん。

 店はもう締めた。これはまだ続くなと、速攻で理解した俺を心の底から褒めてあげたい。俺、凄い。

 

 あれだな、説教ってシナリオテキストだと笑って流せるけど本物を目の前でやられると、何というか切ないな。

 優君なんてずっと正座してるせいか足がプルプルだ。

 

「まあうん、頑張れ優君。お兄さんは応援してるぞ」

「師匠、見捨てないでぇ」

 

 取り敢えず、晩飯の支度でもしよう。

 どうせ二人も食べていくだろうし、少し多めに作ろう。

 

 そろりそろりと憤怒の炎が飛び火しないように、俺は厨房に引っ込んだ。

 頑張れ主人公、それが君に与えられた使命だ。

 

 

 

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