シンギュラリティ・ラッドピース   作:物部。

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下書きのまま投稿した間抜けが居たらしい。


7話 黒桐凶也02

「クソ、クソ、クソ、クソ!!」

 

 何処に行く訳でも無く、オレは夜のネオンが厭らしく光る歓楽街を苛立たし気に睨み付ける。何時もならコバエのようについて来る取り巻きの姿は今は無い、それもこれも全ては今日のランク戦が原因だ。

 

『師匠より遅いし、師匠より力もない。そんなので良く大見得を切れたね』

 

 聖川優。推薦枠として入って来たあの女が、入学初日から俺は気に食わなかった。

 

 旧都出身の癖に黒桐の名を知らず、無礼な態度を取ってきた。気に食わない。

 他人に興味がないのか、常にすかしたような態度が気に食わない。

 迷宮に潜り、着実に成果を上げるのが気に食わない。

 翡翠の女も、学年主席も、他の推薦枠にも気に入られてパーティを組むのが気に食わない。

 

 アイツのやる事成す事全てが気に食わず、ランク戦が解禁された今日、オレはあの女に挑戦状を叩きつけた。

 

 オレは六属性適性を持つ黒桐の跡取りだ。

 幼少から魔術についてこれでもかと叩き込まれ、黒桐の麒麟児と呼ばれていた程だ。

 

 なのに、結果は惨敗。

 

『自分から喧嘩を売って来たのに、負ける事も想定して無いんだ』

『弱いなら死ぬだけだし、早く探索者辞めちゃえば?』

 

 そう言いながら、オレの顔を何度も殴りつけて来た姿に恐怖すら覚えた。魔術で治療はされたとは言え、未だに痛みが残る。

 きっと、あの時教師が止めて居なければ更に酷い事になっていたのだろう。

 

「オレだって強いんだ、オレだって。なのに、何でアイツだけがあんなに持て囃される。俺が」

 

 地面に落ちていたビール缶を蹴り飛ばし、地団駄を踏む。

 

「あーあ、何だアイツ」

「やめろやめろ。関わんない方が良いって、あの目やべぇって」

「ああ!?」

 

 遠目から陰口を叩くヤツを睨む。

 だがどうだ、ソイツを始めとして周囲の連中がオレへ向ける視線はどれもこれも冷ややかな物。それはまるで、ランク戦の後に向けられたクラスメイトの視線と同じ。

 急激に、腹の奥から熱がこみ上げて来る。

 

「クソ……クソッ、オレを見るんじゃねえ!」

 

 怒りと羞恥。

 自覚しながらもどうすればいいか分からず、路地裏の方に走り出す。

 

「何で、何でなんだよ。オレは強いんだ、オレは偉いんだぞ。なのにどうしてあんな目で見られなきゃ」

「そう、貴方は強い」

「ッ……誰だ!?」

 

 急に、後ろから声が聞こえた。

 頭の中に紛れ込むように良く響く男の声。

 

「おっと、そんな大声を出さずに。私は貴方に良いお話を届けに来たんですよ」

 

 男が立っていた。 

 白い何かの柄が入ったローブを纏い、人の良い笑みを浮かべる初老の男。

 

「お初にお目に掛かります。私は星灯火教団の司祭、牡羊と申します」

「星灯火、教団?」

 

 聞いた事がある。

 迷宮(ラビリンス)を神が与えた祝福と謳い、魔物を神の御使いと崇める教団があると。

 

「その教団がオレに、何の用だ」

「ああ、杖に手を添えないで下さい。私達は貴方と事を構える気は有りません。いえいえ、寧ろ貴方に手をお貸ししようと考えているのです」

「力を貸す、だと」

「はい。貴方は、我らが神に選ばれました」

 

 笑みを深めて、牡羊は続ける。

 その言葉に、その声には何処か聞く者を魅了する何かがある……そう感じる。

 

「力が、欲しくありませんか?」

「ち、から?」

「誰にも負けない力、誰もが抗えない力、誰からも敬われる力、貴方にはそれを手にする権利がある」

「……………」

「恐れずとも良いのです。神は常に貴方を見守っています」

「─────ああ」

 

 欲しいと、思ってしまった。

 脳裏にこびり付くあの女の顔を思い出すと、その渇望はより強い物へと変わり、無意識のうちに手を伸ばしていた。

 

「こちらを、お受け取り下さい」

「何だ、そりゃあ」

「封神珠と、我々は呼んでおります。これを呑み込めば、全ては貴方の思うがまま。強く、負けず、『傲慢』に全てを手にする力を神は与えて下さるでしょう」

「それを飲めば、俺はあの女に勝てるのか」

「ええ、勿論ですとも」

 

 差し出された珠を、受け取る。

 すると牡羊は敬うように深く礼をして、まるで霧のようにその姿を消した。

 

「は、っはは。何だよ、一体。何がどうなってんだ」

 

 何らかの技能、はたまた魔術か。

 だが、奴が消えたロジックなど今のオレには関係ない。

 

「これを飲めば、オレは強くなれる」

 

 本当に強くなれるのか、なんて分からない。

 だが牡羊の言葉には、それが本当だと思わせるそんな力があった。

 

「良いぜ、やってやる。また誰かに見下されるなんて真っ平ごめんだ、オレは強くなりてぇ」

 

 手に持ったビー玉程の大きさの珠を、一思いに口の中に入れて呑み込む。

 瞬間、全身に炎が走ったと錯覚するような高熱の激痛が体中を支配した。

 

「が、ああああ、なんだ、ごれ、いだい、いだいいだいいだいいだい!」

 

 体が嫌な音を立てて、肥大化するのが分かる。

 のたうち回りたいのに体が言う事を聞かず、意識を手放そうにも脳は覚醒を続ける。

 

「あ、ひひ、わがる、オレはづよぐなっだ」

 

 自分を巡る魔力の奔流。

 それは今日、聖川優が見せた力にも引けを取らない……それ処か上回っている程。

 

「おい君、凄い声が聞こえたぞ!?大丈夫か!」

 

 その時、奥から誰かの声が聞こえた。

 眼鏡を掛けたソイツは、誰がどう見ても一般人だろう。

 丁度いい。まずは腕試しだ。

 

「お、おい!?」

「ウルセェ、オレヲ、ソンナ目でミルなあああああああああ」

 

 動くようになった体を跳ねさせ、男に掴み掛かる。

 凄まじい速度だ、男は驚いた顔をして後退り、恐怖に歪めた顔をして、

 

「大丈夫か、って聞いてんだろうがッ!」

「ガベァッッッ!?」

 

 ───オレの顔を右手で掴み取り、左の壁に叩きつけた。

 ベギリッと壁から嫌な音が響き、オレは自分が壁にめり込んでいる事を理解する。

 何だ、そりゃ。

 

「そうか、優君から話は聞いてたけど、お前の覚醒シーンの現場ってこの路地裏だったのか。どんなエンカウントだよ」

「あ、あえ?」

「あー、また原作通りに進まなくなった。お前のせいだからな、これ」

 

 眼鏡の男は、心底面倒臭そうな声でそう言った。

 次いで、オレの頭を壁から万力のような力で引っこ抜く。

 

「イ、ダイ、ヤメデグレ」

「ああ、大丈夫大丈夫。痛いのは最初だけだから」

 

 ゴミでも投げ捨てるように軽く男が俺から手を離す。反射的にオレは体を起こして、目の前の男から距離を取った。

 だが、遅かった。

 

「取り敢えず、腹の中のモン全部吐き出してみろ」

「オブッ」

 

 つい数秒前に立っていた場所には既に姿はなく、男は俺の目の前に立ち、オレの鳩尾に拳をめり込ませていた。

 一発の拳の筈、なのにオレの身体は強烈な吐き気を催す程に何度も振動する。

 

「おえ、おえ゛え゛え゛え゛え゛」

「おうおう、そうだ吐き出せ。面倒なモンとか、何でもかんでも全部吐き出せ。俺の腕は気にすんな」 

 

 胃液も、昼の残りも、一切合切全部口から洩れた。

 ビチャビチャと腕に掛かるも男は嫌悪の表情は見せず、ただ少し面倒くさそうにもう片方の手でオレの頭を撫でる。

 

「お、出てきた」

「え゛え゛゛」

 

 ポンッと、さっき飲んだ封神珠が道に転がっていく。

 刹那。オレの意識は深く沈むように遠ざかり、固い大木にでも寄り掛かったような錯覚を覚える。

 

「少し寝てろ、後は俺が片付けとくから」

 

 牡羊に似た、脳に木霊する声。

 だけどそれは、どこか安心する色をしていた。

 

 

 心底面倒臭い拾い物をしてしまった。

 早めに店を閉めて、今日は何処かで軽く酒でも引っ掛けよう……そんな気持ちで歓楽街のある7番区を練り歩いていた時だ。

 路地裏から嫌に気味の悪い魔力の流れを感じ、様子を見に来てみればそこに序盤ボスの黒桐凶也が化物に成り下がっていた。

 

 いや、知ってるよ。

 だってスチルでもちゃんとコイツが化物になるシーンがあったから。だけどまさか、歓楽街の路地裏で、俺が居合わせるとは思わないじゃん。

 

 いきなり襲い掛かってきたら、そりゃあ応戦するよ。

 俺が居ない所でやってくれよ。

 

「これからどうするかな」

 

 凶也を肩に担いで、頭を掻きながら周りを眺めていると不意に鋭い女性の声が聞こえた。

 

「そこの貴方、止まりなさい」

「あん?」

 

 振り返れば、支給物だろう軍刀の柄に手を当ててこちらを睨み付ける少女。

 

「新都治安部です。近隣の方から、こちらで叫び声が聞こえたと通報がありました。直ぐにその少年を離して、手を組み投降を────」

「あれ、瑠璃ちゃん」

「─────鋼先輩!?」

 

 其処に居たのは、何時だったか話した群青葵の姉、今は治安維持組織STARsに務めている群青瑠璃ちゃんの姿。

 妹に似て切れ長な目だが、あっちとは違ってこちらはスタイルが抜群。そりゃあもう、何処かのモデル事務所にスカウトされててもおかしくない子だ。

 

 彼女は相対していた相手が俺だと分かると、柄から手を離して小走りで駆け寄って来る。

 

「先輩、こんな所で何やってるんですか」

「変な魔力反応があったから様子を見に来てみれば、この子が吐きながら倒れてたんだよ」

「どう言う事ですか」

「俺も聞きたい」

「あと、その眼鏡は一体」

「イメチェン」

 

 多少嘘を交えながら状況説明をすれば、瑠璃ちゃんは疑問符を浮かべながらも納得した様子を見せる。

 

「そっか。また先輩のいつものアレ、ですね」

「何でそこで納得したような顔してんの?」

「いえいえ、分かってますよ。どうしますか、その子ウチの方で保護も出来ますけど」

 

 保護、とは目が覚めるまでSTARsの方で面倒を見てくれるのだろう。だけど、コイツの事情的にそれはちょっと止めといた方が良いかもしれない。

 

「まあ、店で様子を見とくよ。治安部も忙しいだろうし」

「了解しました。他に何か手伝える事はありますか?」

「あー、そうだな」

 

 ふと、転がったままの封神珠に目が行く。

 俺は胸ポケットからハンカチを取り出し、被せながら拾い上げる。

 

「もしこれに似た物を見つけたら、俺に知らせてくれ」

「何ですか、これ─────黒いビー玉?」

「星灯火教団の聖遺物だよ」

「星灯火教団の聖遺物!?」

「『点火』」

「燃やしちゃうんですか!?」

「残ってても良い物じゃないし」

 

 俺の手から炎が溢れる。

 火は渦を巻きながら封神珠を呑み込み、塵すら残さず焼き尽くした。

 

「本当なら国家テロ集団の重要な証拠なんですけど」

「調べても碌な情報は出て来ないから、大丈夫大丈夫」

「まあ、先輩程の人がそう言うなら……」

 

 星灯火は最終的に優君が潰してくれる。

 まだ序盤。連中が表立って行動する事はないだろうし、貴重な経験値リソースだ。意地でも生き残って、死んで貰わないと困る。星灯火教団の信徒達は数に限りがある代わりに、獲得経験値も多い。

 経験値稼ぎにはとても効率的だ。

 

「先輩?」

「ああ、何でもない。それじゃあ、俺はもう行くから」

「はい。お時間取らせてしまってすみませんでした。今度休みの日にお店行きます」

「お客さんは大歓迎だよ、またな」

 

 子供を担いだままだと注目を集める。

 上から帰るか。

 

 

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