サトノ邸での一件は将来を再考するうえで大きな壁となった。まず、自分は芝の上を疾走することは不可能であること。無論、徒歩や駆け足程度で変調をきたすことはないが、いざ競技となると確実に丙種どころか丁種不合格であろう。では、ウマ娘として将来はどの職に就くか、自問自答しながら日々を過ごすことになった。
午前5時、起床したら直ちに寝台を整える。砲兵時代に戻ったということでもないのに行うのは、いざという場合を想定した結果だ。前世の経験を基にして、軍へ入営する以上の苦境に陥っても問題なく過ごせるために日々精進するのだ。
運動服に着替えて顔を洗った後、靴を履いて走り込みを行う。居住している町を左回りで10周走り込む。途中、桃色の毛色をしたウマ娘とすれ違いながら調子を上げていく。それにしても道路を走る分には問題無いのだが、芝を駆け抜けることができないのは何故なのか解を得ていない。
午前6時頃に帰宅したら洋服に着替えて、3歳下の弟を起こして自分と一緒に朝食の支度をさせる。子供といえども家の手伝いをするのは当たり前であり、農家で生活していた幼少期に比べれば楽の極みだ。当初、母は幼い弟に手伝いをさせることを渋っていたが、このままでは総領の甚六になって長男として一人前になれないと押し通した。母は怪訝な顔をしていたが、やがて納得してくれた。
朝食を終えて食器類を全て洗った後、学校へ行くと教室には数人程しか登校していない。最初は子供なのに朝寝坊とはケシカラン、と思ったのだが今の時代は夜分遅くまで塾へ通うと聞いたので、致し方ないと納得した。近くにいる男子児童と喋っているうちに人が増えて、一限目の時間になって授業が始まった。
国語と算数は問題無く過ごせるのだが、生活科は困惑することが多かった。前世に存在しなかったウマ娘に関する記述が多い。まず、ウマ娘とヒトが付き合うことに必要な注意事項、ウマ娘が如何にヒトと異なるかを示す資料、そしてウマ娘に関する職業についてだ。
全てを網羅していないと思われるが、将来を見据えるにあたって知ることは多かった。まず競技ウマ娘に始まり、教育、公務員、工業、農林水産業となるが、やはりウマ娘の身体能力を見込まれた職業例が多く掲載されていた。ここで見る限りは、競技は無理なので陸士、ではなく防大へ進学する道が最善かと考えた。しかし、周りの同級生ウマ娘達は全員「トレセン学園に入学してレースで勝つ」と言っていた。他のウマ娘達は確固たる目標を持っているのに、自分は迷っていることに情けなさと悔しさを覚えた。一度、人生を全うしたのに何をしているのだ、ハルナコンゴウオーよ。
休み時間はキタサンブラックやサトノダイヤモンドと走ることもあるが、男子児童達とボール遊びや相撲を取ることもある。遊んでいる最中にぶつかったり、相撲で投げたりして泣く男子児童が出てくるのだが「男子たる者が泣くな、歯を食いしばれ」と叱咤激励をすることが多い。将来、彼らは一家の長になるのだから我慢と辛抱は必要だ。
さて、給食の時間だが前世とは比較にならなかった。量が多くて献立もハイカラだ。この日は牛乳、食パン2枚に鶏モモの照り焼き、ニンジンサラダに卵スープ、オレンジが添えてあるという具合だ。お代わり可能なのはニンジンサラダと卵スープで、大きな寸胴鍋故に食べ残しになるだろうと思っていた。だが、ウマ娘達はヒトと比べて多く食べる傾向にあるので、見事に食べ残しは発生せずに完食された。無論、自分もニンジンサラダ6杯に卵スープ8杯平らげた。
給食の後、小休憩を挟んで体育の授業だ。この時は校庭を走り回ったりしたが、芝を走った時のような違和感は無かった。やはり、自分はトレセン学園なる競技者養成所には行けないらしい。いくら道路や校庭の上を自由自在に走れたとしても、芝の上を疾走できなければ意味が無いと痛感した。
少々陰鬱な気分になっていたが、本日の授業はこれで終わった。訓導、いや、教師の話をしっかり聞きつつ明日の課題や必要事項を連絡帳に書いて教室を出た。普段はキタサンブラックやサトノダイヤモンドと遊ぶことが多いが、今回は男子児童から誘われているのでそちらに参加する。最近流行りのゲームを買ったらしく、友達と遊びたいとのことだ。幸いゲームに関してはサトノダイヤモンドから教わって以降、嗜み程度に操作することが出来るようになった。山砲に比べたら気兼ねなく操作できるうえ、弾道計算よりも楽に覚えることができた。元、老人である自分にゲームを教えてくれたサトノダイヤモンドには感謝してもしきれない。
遊び終わって帰宅したら、弟と一緒に夕食の手伝いをする。子供が家の働き手であることは当たり前であり、戦前はコンビニなぞ無かったから男といえども「料理ができる」ことは普通のことであった。まして有閑階級でもないのに店屋物で三食済ませようなど在り得ない話だ。故に、弟にはサ行の家事を覚えてもらおうと決心した。(サ行、サ=裁縫、シ=刺繍、ス=炊事、セ=洗濯、ソ=掃除)
夕飯が終わって弟と食器洗いを終えたら二人で風呂に入った。もちろん一番風呂は父であり、母はその次に入り、自分と弟は最後だ。風呂が終わったら歯を磨き、寝るまでの時間で宿題を終わらせた。弟は8時に寝かせつけた。
全てが終わり部屋の電気を消して布団へ潜り込んだのだが、急に言い知れぬ不安感が襲ってきた。自分は一体、何をしているのだと。68年の人生を経験して、その記憶を今生に持参しているにも関わらず、確固たる一念を持たずに右往左往している。これではまるで、自分こそ総領の甚六ですらない半人前の「ウマ娘」ではないか。この生を享けたのなら、成すべきことがあるはずだ。それを見いだせないことに恥ずかしさすら感じる。将来、自分は何を成したいのか。防大にでも進みたいのか、教員にでもなりたいのか、それとも公務員や大工にでもなりたいのか。否、縮こまった気持ちで将来を決めたら、必ず失敗すると思われる。だが、勇む気持ちで志す将来を見いだせないことに対しても、非常に心苦しい気分だ。
悶々としつつも、しばらくの間は今日と同じ様な日々を過ごすことになった。
それが或る日、思いがけない形で打破されることになるとは想像できなかった。