戦前爺のウマ娘珍道中   作:越後屋松之進

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出会いと転機

その日は曇り模様の土曜日であった。半ドンではない完全な休日なので、朝食を終えたら外に出て町を駆け巡る。将来のために体力を養うという題目を掲げているが、実際は目の前にある問題から逃げている行為であった。本心では、目標に向かって邁進したいのだが肝心の目標そのものが無いので、ただの徒労で終わっている。否、徒労になったことで自分は日々努力して成果を挙げているのだと、こじつけていることに後ろめたさを覚えていた。暗澹たる感情に支配されていると、後ろから声をかけられた。

 

「ねえねえ、苦しそうな顔をしているけど大丈夫?」

 

「・・・いや、問題無いです。お気になさらずにしてください。」

 

「ううん、すっごく辛そうだよ!」

 

桃色の毛色をしたウマ娘に顔を覗き込まれ、心配そうに気遣われながら、近くにあったベンチまで連れていかれて話をすることになった。

 

「ずっと、将来について考えごとをしていたのです。」

 

「将来・・・?」

 

「自分の周りにいるウマ娘達は、目標を見据えて日々精進している。それなのに、自分は将来の展望を描けないどころか、目標を見つけられないままでいる。そのことが悔しくて心に引っかかるのです。」

 

「うーん・・・難しいことはわからないけど、楽しく走れないの?」

 

「はい。道路や学校の校庭では走り回ることができるのですが、いざ芝の上を走ろうとしても走れなくなるのです。」

 

目の前にいるウマ娘は不思議な雰囲気を持っており、自分が抱いている心の内面を吐露してしまった。この人になら包み隠さず話すことができる、そう思わせるような人柄を感じた。

 

「そうだ!今から一緒に練習場に行こうよ!」

 

「練習場?それは学校の校庭でしょうか?」

 

「ううん、レース場みたいなところだよ!一緒に走れば楽しいよ!だから行こうよ!」

 

「わ、わかりました。それでは、よろしくお願いします。」

 

彼女に連れられるがまま練習場を目指して走ることになった。少々押しが強いが悪い気分にならず、それどころか励ましを受けて元気になれるような感覚を覚えた。前世で世話になった6歳上の末姉を彷彿させるような、温かい懐かしさであった。

 

20分程走った後、練習場が見えてきた。成程、実際の競馬場に匹敵はしないものの、走るコースが整備されている立派な練習場だ。休日故にウマ娘も見受けられ、中には指導者らしき男性を伴ったウマ娘もいた。

 

「よし!練習場に着いたね!早速だけど一緒に走ってみようよ!」

 

「連れてきてくれてありがとうございます。ただ、自分は芝の上を走ることができないのですが・・・」

 

「えーと、私たちが走るコースは芝じゃないよ。」

 

「えっ・・・それでは、どこを走るのでしょうか?」

 

「こっちこっち!ダートコースだよ!」

 

見てみれば普段走っている道路や校庭とは違う「砂の道」であった。小石やゴミなどが無いように整備され、先客が残した蹄跡が見受けられた。それと同時に、今までとは違う感覚が体を巡っていた。

 

「あれ?コースを見つめているけど、どうかしたの?」

 

「あっ、いえいえ、初めて見るので驚いているだけです。」

 

「そっかー、じゃあ一緒にコースを一周してみよう!」

 

彼女に言われるがまま、開始線と思われる位置まで足を運んだ。

 

「スタートの合図をしたら、ここまで走ろうね!」

 

「わかりました、お願いします。」

 

「うん!よし、スタート!」

 

 

 

 

 

―最初の一歩目は何事も無かった―

 

 

 

―二歩目三歩目も問題無く足が出る―

 

 

 

―それどころか呼吸も乱れていない―

 

 

 

―両脚の動きと上半身が連動している―

 

 

 

―速さが増す、さらに増してくる―

 

 

 

―周りの音が無くなっていく感覚だ―

 

 

 

―楽しい、とても楽しい―

 

 

 

 

 

「ストップストップ!」

 

不意に彼女の声を聞いて振り向けば、自分の位置が開始線よりも随分離れていた。夢中になった結果、停止位置である開始線を過ぎて走り込んでしまったようだ。

 

「す、すみません。つい夢中になって走ってしまいました。」

 

「ううん、大丈夫だよ!そんなことよりも、すごく速く走っていたね!」

 

「え、そんなに速く走っていたのですか?」

 

「もちろん!あんなに速く走れるのはすごいことだよ!」

 

奇妙な心地だ。つい先ほどまでは芝の上を走れないことに気後れして縮こまっていたのに、ダートコースを走ると何の問題無いうえに、今まで経験しない様な速度を出せるとは。加えて、胸に抱いていた閉塞感も消えていた。

 

「・・・ありがとうございます。ずっと背負っていた重荷が無くなった気分です。」

 

「そう?それなら嬉しいよ♪」

 

偽りなき本心である。芝の上は走れなくても、砂の道、ダートであれば速く走れるのはウマ娘に転生した身分として有難い限りだ。

 

「ところで、姉さんはダートコースを走るのが得意と見受けられますが、ダートコースを用いた競技というものは存在するのでしょうか?」

 

「競技?ダートのレースはトゥインクルシリーズにもあるよ!」

 

思わぬ情報だ。今までウマ娘の競技は芝の上で行うと思っていたのだが、ダートコースの上を走り抜ける競技も存在するのは知らなかった。視野が狭まっていた自分の落ち度を痛感する、思い込みは悪い癖だと反省せねば。

 

「でも、そんなに難しく考えなくてもいいと思うよ!」

 

「難しく、ですか?姉さんは走るときに何を考えているのでしょうか?」

 

どうしても聞きたいことである。ウマ娘の先輩として、走ることへの観念を。

 

「うーん、難しいことは考えたことは無いけど・・・」

 

 

 

「楽しいから走るのが大好き!だよ!」

 

 

 

その時、目の前が開けた。嗚呼、自分は何を悩んでいたのだろうか。彼女は自然な形で、自らの思いで生きている。自分は前世の経験に胡坐をかいて天狗になっていた。そうか、自分は独りよがりになっていた。勝手に思い込んで勝手に迷走するなんて、情けなくて恥ずかしい気分だ。

 

「・・・ありがとうございます。まことに、感謝してもしきれません・・・」

 

「えっ、ど、どうしたの?」

 

「いえ、姉さんのお陰で、ようやく将来が見えてきたのです。」

 

消極的な理由ではなく、積極的な理由で目指したい道が見えてきた。今生をウマ娘として生きる上で

 

―ダートのレース競技者になりたい―

 

この気持ちは嘘偽りもない。ダートを走る楽しさから離れたくない。もう迷うことも無いだろう。

 

「今日という日は決して忘れません。姉さんにお世話になったことは心に留めて精進します。」

 

「えー、そんなに固くならなくても大丈夫だよ♪」

 

姉さんはにこやかに笑っているが、自分としては人生の展望を導いてくれたので心に留めておきたい。ふと、肝心なことを聞きそびれていたので問いてみた。

 

「あと、すみません。姉さんのお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

ここまで世話になったのに名前を知らなかったでは、取り返しがつかない。この礼は何時か必ず報いたいのである。

 

名前?わたしは

 

 

 

 

 

―ハルウララ―

 

 

 

 

 

だよ♪

 

 

姉さんの名前はハルウララ、覚えた。この恩は必ず返そうと決心した。そして自分の名前もハルウララ姉に伝えると、「かっこいい名前だね!」と評価を頂いた。色々と話しているうちに「トレセン学園という学校があって、そこに所属している」「ダートレースを走っていること」「高知県出身であること」などを教えてくれた。

 

その後、11時頃までダートコースを走った。心が晴れたせいなのか、今までに無い速度で何周も走ることができた。名残惜しいが休日に行う家の手伝いがあるので、昼食前には帰宅することになった。トレセン学園に入学すれば、会えるかもしれないという淡い期待を持ちつつも、自宅に向かって軽くなった足を運ばせた。

 

 

 

 

 

練習場でハルウララ姉と一緒に飲んだニンジンジュースは、この上なく甘く美味しかった。

 

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