永禄三年(1560年) 十月
御屋形様から、我ら六人衆に部屋へ集まるよう指示が下された。
急ぎ指定された場所へ向かうと、既に平井加賀守殿、後藤但馬守殿、進藤山城守殿、目賀田次郎左衛門尉殿、そして若殿が半円を描くように座っている。はて、三雲対馬守殿がおらぬな。
「我ら全員を集めるとは、何かあったかな?但馬守殿」
「おそらく朽木の件でござろう。対馬守殿が来ておらぬ。御屋形様と話をされているのではないかな」
円を崩さぬように座ると、後藤但馬守殿が答えてくれた。
三雲対馬守殿は、甲賀忍者を取り纏め六角家の諜報を担っている。いつもこの手の集まりでは一人目か二人目に来る。それがいない。
「朽木の秘密を探れという事だったな」
「芳しくないと聞いている。甲賀が探り出せぬとは妙な話だ」
進藤山城守殿と目賀田次郎左衛門尉殿が眉をひそめて話している。確かに訝しい。朽木の領地は広くない、対馬守殿であればたやすく探り出せると思ったが……
八月に行われた浅井との戦い。そこで六角家は危うく敗北する所であった。
浅井と六角の国力差。そして実際の兵力差。順当にいけば負ける要素は無かった。
しかし浅井新九郎の決死の突撃に味方は動揺し、もう少しで本陣を突かれる所であった。もしあのまま行けば御味方は敗走していたかもしれぬ。
その危機を救ったのが朽木の鉄砲隊であった。高島七頭を食らったとはいえ、朽木はわずかに五万石。それでいて数百の鉄砲を揃えるとは尋常ではない。
朽木の経済力は侮れぬ。領地自体は大きくないが、それでもあれほどの鉄砲を使えるだけの銭を稼いでいる。その秘密を探れぬかという事で、御屋形様は浅井との戦いの後、すぐに対馬守殿へ指示を出した。
ちらりと若殿を見る。相変わらず朽木の事になると表情が渋くなるな。六角家の事を思ってなら良いのだが、若殿の場合は竹若丸殿への嫉妬の面が大きい。嫉妬ほど人間を狂わせるものは無い。これでは判断を誤りかねぬ。悪い事にならなければいいのだが……
溜息を堪えた所で、御屋形様と対馬守殿が現れた。やはり話をしていたらしい。
二人が座り、全員で車座になる。重要な案件を話す時のいつもの集まり方だ。
「皆、御苦労。少し前から探らせていた朽木の件だが、先ほど報告が上がってきた。対馬守、皆に知らせよ」
「はっ」
対馬守殿が御屋形様に頭を下げ、こちらに向き直った。
「まず、結論から申しまする。朽木への調査は不首尾に終わり申した。申し訳ありませぬ」
対馬守殿が深々と頭を下げる。口惜しげな表情だ。やはり成果は出なかったか……
「我らは御屋形様の命を受け、主に澄み酒・椎茸・石鹸といった朽木の特産品の製造法を探っておりました。まず澄み酒ですが、製造所には厳重な警備が敷かれており、人の出入りも固く制限されております」
「農民が作っているのではないのか」
平井加賀守殿が尋ねると、対馬守殿が首を振った。
「専用に場所を作り、そこへ職人を集中させているようです。大量の米が運び込まれておりますので、米を原料にしている事は分かりましたが……」
「澄み酒は朽木の特産品でも主力となる品だ。警備を厳重にするのは分かる。建物の中で作られては容易には探れまいな」
御屋形様が顎を撫でている。簡単にいかないのは承知の上であられたようだ。
「次に椎茸ですが……」
言葉が途切れた。皆が訝しそうに三雲対馬守殿を見る。
「どうした?」
「はっ。椎茸ですが、外から購入している数は多くないようです。よほど多く採れる場所があるのかと思いましたが、調べた限りではそのような場所は見つかりませんでした」
ふむ。売りだしている量の割に、どこから入手しているかが掴めぬという事か。
「下野守、どう思う?」
御屋形様から下問が飛んできた。静かに頭を下げ、その間に素早く言葉を整理する。
「朽木が椎茸を売り出したのは、高島を食らう前の事。となれば、元から持っていた領地の中に椎茸を産出する場所があったという事でしょう」
「うむ」
「あの頃の朽木は淡海乃海にも面しておりませぬ。交易の手段は相当に限られていたはず。仮に商人から買い入れたとしても、それでは大して利益は出ますまい」
買って売る。それで儲かるなら皆がやっている。売れるのは間違いないが、そもそも手に入らない。だからこそ高値で取引されているのだ。
「おそらく朽木谷のどこかに、椎茸が多く採れる場所があるのでしょう。外から買っているのはそれを隠すためかと思われまする」
「隠す……なるほどな」
御屋形様が頷いた。朽木谷は朽木の本拠、地形は厳しく死角になる場所も多い。大きな建物ならともかく、椎茸程度なら隠す場所には困るまい。
「では献上せよと言っても難しいか」
「はっ。おそらくしらを切るでしょう。朽木の椎茸は外から仕入れた物だと」
「やっかいだな。……残りは石鹸だが」
御屋形様に目を向けられた対馬守殿は、相変わらず苦い表情だ。成果が出なかった事をかなり気にしておるな。
「石鹸に関しては、朽木の領民たちが自身の家で作っておるようです。製法を聞き出そうとしたのですが、皆口が堅く……」
「農民からも聞き出せぬというのか」
目賀田次郎左衛門尉殿が目を見張っている。武士ならともかく、農民まで一様に口を割らぬとは。
「とある農民の弱みを握ったのですが、石鹸について聞き出そうとした矢先に手の者は排除されました」
排除された?甲賀忍者が?
皆も
「刈られた、という事か」
「はっ。事が起こる直前まで手の者から知らせはありませんでした。おそらく忍びの仕業でしょう。現在は椎茸の捜索も中止しております。これ以上の深入りは表立っての敵対となりかねませぬゆえ」
御屋形様が頷いた。朽木の忍び……最近報告があった八門とかいう連中か。朽木のような小身に仕えた所を見ると、恐らくは流れ者であろう。しかし甲賀に足を掴ませぬとは油断ならん相手だ。となれば、当然こちらの事も探っているだろう。やっかいだな。
「対馬守、ご苦労であった。朽木がこれほど警戒している以上、簡単には探れぬ。やるとなれば朽木と戦になる覚悟がいるだろう」
「父上、朽木に製法を教えるよう圧力をかけましょう」
若殿が畳に手をついて主張している。まずいな、考えが短絡的になっておる。力を誇示するだけでは敵を増やすばかりだというのに……
「あれらの製法は朽木にとっての生命線です。それを差し出せというのは命を差し出せと言うに等しい。いたずらに六角家を敵視させる事になりまする」
「但馬守は甘い!六角には力があるのじゃ。朽木が拒否するならそのまま攻め潰せば良いではないか!」
「落ち着け、右衛門督。他家に臣従しているならともかく、朽木は今六角家の影響下にあるのじゃ。これを攻めればいたずらに味方を減らし、敵を増やす事になる。そのような事をしてはならぬ」
若殿が不満げに引き下がった。やれやれよ、日が経つ毎にひどくなっていく。だが最終的には引き下がる辺り、盲目になっているわけではない。意見を取り入れる事は出来るのだ。後はもう少し柔軟に物事を考えて頂ければ……
「まあ、澄み酒や椎茸を手に入れるだけでは真に朽木を手に入れたとは言えぬ。そうであろう、下野守」
「はっ。朽木の強さの源は特産品ではありませぬ。それを生み出した者こそが……」
「うむ、その通りよ。竹若丸はこれからも朽木に数々の発展をもたらすだろう。竹若丸を味方に引き入れる。それこそが朽木を、ひいては朽木の銭や鉄砲を手に入れる事にもなる。狙うべきは竹若丸であろう」
皆が頷いた。
竹若丸殿そのものを味方につける。確実なのは婚姻だな。六角家の娘を嫁がせ、縁戚関係を結ぶ。だが六角家には適当な娘がおらぬ。さてどうするか……