淡海乃海 短編集   作:もりのち

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時系列:4巻


内心

永禄十四年(1571年) 二月 若狭 鯰江備前守為定(なまずえびぜんのかみためさだ)

 

 居城である高浜城の一室で寛いでいると、客人が来たとの知らせを受け取った。知らせを寄こした者はかなり慌てていたが、客人の名を聞いて儂も飛び上がりそうになった。大急ぎで身支度を整え、城の門へ向かう。

 

「備前守殿、お久しぶりにござる」

「これは加賀守様!お久しぶりにございまする」

 

 門の前では、かつて共に六角家へ仕えた平井加賀守(ひらいかがのかみ)様が編み笠を手に立っていた。

 加賀守様はかつて六角家で重臣を務められたお方、朽木に仕えてからも評定衆として常に重用されている。また御裏方様である小夜様の父君として殿にとっては最も近しい親族衆でもある。間違っても粗相はならぬ。早々に挨拶を終えると慌てて城内へ案内した。

 来客用の部屋へお通しすると、女中が白湯の入った椀を儂と加賀守様の前に置いた。外は寒い、部屋には火鉢があるとはいえ体の中から温めるには湯気の立つ白湯が一番だろう。

 

「かたじけない」

「いえ、この寒さで出歩くのは大変でしたでしょう。どうぞお飲み下さい」

 

 加賀守様が礼を言うと、美味そうに白湯を飲んだ。ほうっと白い息を吐く。やはり外は寒かったようだ。

 

「すまんな。急に押しかけてしまった」

「さほどの事もございませぬ。……とはいえ、急な来訪で驚きました」

「うむ、しばらく戦は無さそうなのでな。殿から若狭や越前を見に行ってほしいと頼まれたのだ」

 

 昨年の四月、伊勢長島の一向一揆が朽木領へ「仏敵朽木を倒せ」と叫んで攻め込んできた。同時に北伊勢の国人衆が二十人以上反旗を翻し、一向一揆と組んで朽木に敵対した。

 大膳太夫様は報せを受け取るとすぐさま伊勢に出兵、あっという間に国人衆の反乱を抑えると勢いのままに南下し、一向一揆を長島に押し込めてしまった。終わってみればわずか二月ほどで戦いは終結した。

 

 現在は長島攻めの為、体勢を整えている最中だ。特に昨年の暮れ、誠仁様に親王宣下と立太子礼が成された事で全国的に戦を自粛する空気が広まっている。おかげで今年は穏やかな年越しだった。

 

「殿も感謝していたぞ。鯰江がいてくれたおかげで丹波や丹後の情勢を把握できた。おかげで迷いなく兵を動かせたとな」

「それはそれは。有難いお言葉でございまする」

 

 若狭の国は丹波、丹後に接している。以前の若狭は丹後の一色と仲が悪かった。朽木が領してからは目立った争いこそ無いものの、国境には油断ならない緊張感が漂っている。丹波は反三好勢力が支配しているが朽木に協力的な訳ではない。三好を敵視しているとはいえ、こちらも油断ならない相手だ。

 我ら鯰江一族は若狭の西、高浜に配されこれらの監視を任された。大事なお役目ではあったが、戦で功を立てられなかったのは事実。皆が加増を受けるのが羨ましくないと言えば嘘になる。

 

 なるほど、加賀守殿が来たのはそれが理由か。儂と加賀守殿は共に旧六角の家臣だった。殿の親族衆と言う意味でも繋がりはある。功を立てていない以上加増は難しいが、気遣いは忘れぬという事だ。何とも殿らしい心配りよ。

 

「伊勢攻めの再開は四月頃と聞きましたが」

「うむ。それくらいになれば軍を動かしても問題無いらしい。今は代わりに九鬼達が長島の海を塞いでおる」

「相当に弱っているようですな」

「そのようだ。海賊衆は一隻も通さぬと意気軒高らしいぞ」

 

 加賀守様がにやりと笑った。

 長島は川と海に囲まれた島だ。攻めるには難儀な場所だが、周りを囲まれてしまえばたちまち食うに困るだろう。要は大きな大きな城と考えれば良い。朽木が今やっているのも詰まる所は城を兵糧攻めにしているのと同じだ。

 

「あちらについては目途が付いている。問題はこちらだ。波多野、一色、そして三好。怪しい動きは無いか?」

 

 加賀守様が鋭い目でこちらを見つめている。朽木が南で一向一揆と戦えば、北が手薄になるのは当然だ。それでこちらを探りに来たという訳か。

 

「波多野、一色、どちらも怪しい動きはありますが戦を起こすほどではないようです。何と言ってもここ高浜には三千、敦賀にも四千の兵がおりますからな。朽木が油断していないと彼らも分かったのでしょう」

「朽木が長島に攻め込めばこちらへの後詰は難しくなるだろう。それでも動かんか?」

「加賀守様、仮に戦が起き一時的に優勢に立ったとしても、殿が戻ってくればたちまち押し返されるのは目に見えております。一向一揆は島に籠るのが精一杯の様子、とても反転する朽木を追う元気はありますまい」

 

 現時点では、朽木と波多野・一色は明確な敵対関係には無い。よほどに勝ち目が見えない限り、奴らから戦を仕掛けてくるという事はあるまい。

 加賀守様が腕を組み、〝ふむ〟と息を吐いた。

 

「……分かった。だが油断はならんぞ。敦賀には明の船が来ている。一時でも敦賀を放棄するような事があれば、彼らは日ノ本へ来るのを危険だと判断するかもしれん。最悪の場合は朽木以外と取引を始める恐れがあるからな」

「はっ」

 

 彼らにとって、朽木との交易は相当な利益が出ると聞く。明の国策としては日ノ本との交易を認めていないようだが、それでも私貿易の船がひっきりなしに来ている。禁を破ってでも来る程度には旨味があるのだろう。とはいえ戦に巻き込まれるとなればさすがに考えを改めるかもしれぬ。朽木に取っても明の商人との交易で得られる利は無視できるものではない。敦賀を失う事は可能な限り避けねばならない。

 

「三好はどうだ。奴らが動くとなれば波多野、一色もどうなるか分からん。丹波の波多野は三好と手を組むのを嫌がるかもしれんが……長島攻めの最中に事が起これば大変な騒ぎになるからな」

「その三好ですが、どうも妙な気配なのです」

 

 加賀守殿が〝妙な気配?〟と言って眉をひそめた。

 

「はっ。彼らとは丹波の一部で国境を接しておりますが、国境に居る彼らからは、何というか……やる気を感じないと言いますか」

「やる気を感じない……」

 

 加賀守殿が首を(かし)げている。三好にとって朽木は最大の敵、にも関わらずやる気が見えないというのはおかしな話ではある。

 

「兵が少ないのは勿論ですが、城や砦も築く様子がありませぬ。朽木と三好は敵対関係にありますれば、城の一つくらいは築いて良さそうな物ですが……」

「何もしていないのか?」

「はっ。少なくとも某がここに来てからは、新たに何かを築いた様子はありませぬ」

 

 加賀守殿が〝う~む〟と唸り声を上げた。

 

「……確かに、八門からも同じような報告が上がっている。三好の忍びは朽木領内でほとんど目立った動きをしていないようだ」

「誠ですか」

「うむ。殿の居城に至っては近づいた形跡すら無いらしい。あるいは国境沿いに注力しているのかと思ったが、どうも違うようだな」

 

 今度は二人揃って首を傾げた。

 幕府や畠山とはあれほど苛烈に戦った三好が、朽木に対してはほとんど何も仕掛けてこない。殿の居城に近づかないという話だが、むしろ敵対と取られぬよう注意しているような感じもする。何とも妙な話だ。

 ここ数ヶ月は誠仁様の親王宣下で戦を取りやめているが、それまでは義昭様に三好左京大夫、松永、内藤といった面々を相手に激しく戦っていたのだ。にも拘らず、彼らの後ろ立てとも言える朽木を放置したままというのは一体どういう事だろうか?

 

「刺激したくない理由でもあるのでしょうか?」

「三好は義助様を、朽木は義昭様を擁立している。将軍位を賭けて争う以上戦いは避けられんはずだが……」

 

 あるいは、松永や内藤と同時に相手をするのは得策ではないと考えた可能性もあるか。朽木が上洛に消極的な事は三好も承知しているだろう。今の戦にけりが付くまでは放っておこう、そう考えたのかもしれぬ。

 考えを巡らせていると、加賀守様が〝待てよ〟と呟いた。

 

「加賀守様?」

「……備前守。三好はもしかすると、内心では朽木を敵視していないのかもしれぬ」

 

 なんと!そんな事が……ありえるだろうか?

 加賀守様がじっとこちらを見つめてきた。

 

「三好にとって、細川と幕府は不倶戴天の敵だった。細川晴元が裏切った事で先々代の当主である三好元長殿は死ぬ事になったのだから、いわば親の仇だ。許せるはずがない。しかし朽木はどうかな?」

「朽木は……三好にとって恨みのある相手ではないと?」

「目ざわりではあるだろう。だが恨みがあるかと言うと違うのではないかな。親を殺されたりはしていないし、何より朽木は三好の勢力圏に踏み込んでいない。最初の戦は中途半端で終わったからな」

 

 確かに、朽木と三好が争ったのは四年前に行われた上洛戦が初めてだ。戦自体は朽木が勝ったが、越前に攻め込んでいた一向一揆の相手をするためほとんど追撃はせず引き上げたと聞く。そのせいで三好の受けた損害もさほど大きくは無いらしい。山城国も結局は三好の勢力圏のままになっている。

 

「先に行われた伊勢攻めでも、三好にほとんど動きは無かった。朽木を敵視しているならあの時は朽木の背後を襲える絶好の好機だったはずだ」

「長島の蜂起にも三好は同調しておりませんでしたな。本来なら手を組みそうなものですが」

 

 儂が首を傾げると、加賀守様が〝そこよ〟と身を乗り出してきた。

 

「朽木にとって一向一揆は相容れぬ敵だ。しかし三好に取っても一向一揆は本来敵なのだ。何と言っても三好元長殿を攻め滅ぼしたのは一向一揆なのだからな」

 

 思わず目を見張った。そうか、三好と朽木は共通の敵を持つ間柄なのだ。今は異なる将軍候補を擁立しているから向かい合っているが、どちらも同じ敵を持ち、そして互いに恨みも無い。

 

「状況次第では手を取り合える、という事でしょうか?」

「分からんな。だが朽木が一向一揆を追い詰めている現状を三好がどんな目で見ているか?気になる所ではある。もしかしたらざまあみろと思っているのではないかな」

 

 なるほど。今のところ三好と一向一揆はゆるやかな協力関係にある。いかに恨みがあると言っても表立って攻める事は出来ぬ。だが朽木なら……三好にとって、今の状況は敵と敵が潰し合っているような物か。

 

「あわよくば一向一揆を潰して欲しい。だから朽木の邪魔をしていないという事ですか」

「うむ。もしかしたら以前の上洛戦の辺りからそう思っていたのかもしれん。加賀一向一揆が越前に攻め込んだ事で、朽木と一向一揆の対決姿勢は明確になった。三好にとって近江の向こう側にいる加賀一向一揆はやっかいな存在だったはずだ。何と言っても朽木を倒さねば越前や加賀には行けないのだからな」

 

 そんなやっかいな敵を朽木が倒した。それも完膚なきまでに殲滅した。そして今また、朽木は長島の一向一揆を攻め滅ぼさんとしている。そんな朽木が三好からどう見えるか?

 

「ひょっとしたら、朽木は三好にとって有益な存在なのかもしれん。表立っては対立し、裏では手を出さない事で本来味方である一向一揆を潰させる。後の事は一向一揆が滅んでからでも遅くは無い……」

「なんと……」

 

 思わず息を吐いた。日ノ本の中心で睨み合う朽木と三好が、内心では互いを敵視していないとは。もしかすると本当に手を取り合う時が来るかもしれぬ。

 

「もちろん油断は出来ん。だが先の伊勢攻めでの沈黙や国境の落ち着きを見るに、ひとまず三好に対してはやる気が無いと判断して良いだろう。手の者は丹波と丹後に集中させてはどうかな」

「加賀守殿の見立て、間違いは無いと思いまする。こちらは丹波と丹後に注意致しましょう」

 

 加賀守殿が満足そうに頷いた。こちらの相手は波多野と一色か。どちらも積極的に敵対する様子は無い。抑えの兵があれば心配はいらないと思うが、殿の長島攻めに万一の事があってはならんからな。息子の万助と小次郎にも言い聞かせておくとするか。

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