淡海乃海 短編集   作:もりのち

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時系列:原作四巻


大筒

永禄十四年(1571年) 四月 伊勢 明智十兵衛光秀(あけちじゅうべえみつひで)

 

 ドォーン……

 

 四月とはいえ、さすがに海沿いの空気は冷えるな。こんな事なら温石を作ってくれば良かった。

 

 ドォーン……

 

 小姓の用意してくれた床几に座り、水筒の水を一口飲む。できれば暖かい白湯が欲しかったが……しばらく時間がありそうだし、火を用意させるか。肝心な時に体が震えて動かないようでは元も子も無い。

 

 ドォーン……

 

 隣では、同じく床几に座った真田源五郎昌幸(さなだげんごろうまさゆき)が握り飯を頬張っている。いつの間に用意したのやら。

 

「どこから持ってきたんだ?」

「これですか?先日、近くの町に泊まった時に手に入れました。魚の塩漬け入りです」

 

 源五郎が笑いながら握り飯を軽く(かか)げる。戦の最中に白米とは何とも贅沢だ。……ふむ、次は俺も考えておこう。

 

 ドォーン……

 

 何とものどかな光景だ。城攻めの最中にゆったりと座り込み、一人は水を飲み、一人は米を頬張るとは。

 四月に入り、長島へ籠る一向一揆勢三万に対し朽木勢四万による総攻撃が開始された。城攻めならぬ島攻めである事を考えれば、敵よりやや多い程度の兵力は決して過信できるものではない。本来なら自軍には緊張感が漂っていて良いはずだが……

 現実には、兵たちの間にはどこか緩んだ空気が流れている。本来は叱咤するべきなのだが、かくいう自分も困惑しているのだ。はたしてこれは本当に戦なのだろうか。

 

 ドォーン……

 

 朽木勢にいまいち緊張感が足りないのは、先ほどから重苦しい音を立てている大筒のせいだ。矢の届く距離よりもはるか遠くから撃ち出される鉄球は、川を挟んだ一向一揆の拠点である願正寺を一方的に攻撃している。最初は火薬の音が響くたびに歓声を上げていた兵たちも、小半刻(30分)ほど経った今では思い思いに座り込みつつ首だけで飛んでいく砲弾の行方を追っている。砲弾が弧を描くたびに、数千もの兵たちが同じように首を動かしている光景は中々愉快だ。

 

「十兵衛殿」

「どうしました?」

「その……良いのでしょうか?あまり気を抜きすぎては……」

 

 芦田源十郎信蕃(あしだげんじゅうろうのぶしげ)殿が遠慮がちに問いかけてきた。腰を下ろす兵たちへチラチラと目線を送っている。

 真田源五郎と芦田源十郎は、二月ほど前に新たに軍略方へ配された男たちだ。自分が真田弾正殿の跡を継いで朽木の副将となり、竹中半兵衛殿が若殿の傅役になった事で軍略方が手薄になった。それを考慮して、殿が新たに人を入れたのがこの二人だ。今の所は過不足なくこなしているようだが、此度の戦ではどのような働きを見せるか。殿も注目しておられるらしい。

 

「構いませんよ、源十郎殿。休める時に休む、それが朽木のやり方です」

「はあ、分かってはおりますが……」

「左右と後方に敵はおりません。前方の一揆勢も建物に籠っている様子。陣形さえ組んでおけば腰を下ろしても問題無いでしょう。立つのは敵の姿が見えてからでも遅くはありませぬ」

 

 源十郎殿が心配そうにしている。敵を前にして腰を下ろすというのは他家から見れば異様な光景であろうな。しかしこれが朽木のやり方だ。

 かつて六角が浅井と戦った際、手伝い戦に駆り出された殿は真夏の暑さに真っ先に腰を下ろしたと言う。周囲は目を丸くしていたようだが、殿は兵達も同じように座らせたらしい。六角からも奇異に見えただろう。しかし最終的に殿はあの(いくさ)で並ぶ者の無い戦果を挙げた。話は古参の兵から新参の兵へ順に伝えられ、今では朽木の軍全体がそういう空気になっている。休める時に休み、ここぞという時ではしっかり動く。そうして朽木は勝ち続けてきた。

 実際、いかにして休息をとるかと言うのは戦における重要な要素ではある。人は常に気を張る事は出来ない。身体も、心も、いつかは休息が必要になる。何でもない所で無駄に力を消耗しては肝心な時に動けなくなる。兵たちが槍を合わせる最前線においてはどう戦うかと同じくらいどう休むかも重要だ。

 

「そういう訳で、源十郎殿。あなたも座って休まれてはどうでしょう。無駄に立っておく必要はありませんよ」

「……承知しました」

 

 源十郎殿が遠慮がちに床几へ座った。

 

「しかしまあ、不思議な光景ではありますね。城攻めの最中にみんなで座り込むというのは」

「兵糧攻めでももう少し緊張感があるはずだが、こうも敵から遠いとな。源五郎は城攻めの経験はあるかな?」

「いえ、これが初めてです。どのような物かと期待していたのですが……これでは妙な先入観が付きそうです」

 

 源五郎が苦笑している。確かにこれが普通の城攻めだと思われては困るな。本来これほど楽に進むはずはないのだが……

 

 大筒か。あれは今までの兵器とは全く違う。戦の本質を変えてしまうモノだ。

 鉄砲はあくまでも弓の延長にあった。射程を短くし、正確さを落とし、破壊力を増した弓とでも言おうか。鎧を貫く威力は脅威ではあるが、それとて城壁を崩すほどではない。やり方によっては射程に勝る弓で近寄らせないようにする事も可能だった。

 しかし大筒は違う。あれは攻め手と守り手、戦における攻守そのものを入れ替えてしまった。

 本来なら、城攻めでは城に籠る方が守り手になる。寄せ手は城壁に守られた相手に対し、身一つで無防備に立ち向かわねばならない。城攻めが難しい戦とされるゆえんだ。

 しかし大筒があれば、寄せ手が反撃を受ける事無く一方的に城を攻撃できる。城に籠る方はそれを防ごうとすれば自ら打って出るしかない。つまり、攻め手と守り手が逆転する。

 いかに堅城へ籠ろうと、山や川を抑えようと、大筒を使われれば有利な場所を手放して攻めざるを得ない。地形を抑えた側ではなく、大筒を使う側が常に守り手となる。そして朽木には、敵を迎え撃つのに高い効果を発揮する鉄砲がある……

 

 はたしてこれは偶然だろうか?殿は朽木の当主になった後、かなり早い段階で鉄砲の導入に踏み切ったと聞く。五郎衛門殿の話ではわずか四~五歳の頃だったと言うから、普通なら信じられぬ話だ。もし仮に、こうなる事が分かっていて鉄砲を導入したのだとしたら……

 

 眼を閉じ、〝ほうっ〟と息を吐いた。

 考えすぎだ。大筒はつい最近南蛮から持ち込まれた。ある程度知られていた鉄砲とは違い、大筒は影も形も無かったのだ。それを何十年も前から考慮するなど出来る訳が無い。もし出来るとすれば、それは未来を知る者だけだ。

 

「十兵衛殿?」

 

 源五郎が心配気にこちらを覗いてきた。溜息を見られてしまったか。

 

「どうしたのですか?」

「いや、何でもない。兵の突入時期をどうしたものかと思ってな。何分こういった戦は前例が無いからな」

「なるほど。確かに」

 

 源五郎が頷いた。うまく誤魔化されてくれたかな。

 

「更地になるまで撃ち込むわけにもいきませんし……」

「しかし源五郎殿、このままでは一向一揆はやられっぱなしですぞ。じきに打って出て来るのではありませんかな?」

「まあ、そうだとは思いますが」

 

 二人とも悩まし気な表情をしている。

 

「十兵衛殿はどうお考えですか?」

「そうだな、じきに姿を現すとは思う。このまま籠っていても勝ち目が無いのは向こうも分かっているだろう。しかしこちらが備えをしている事も理解しているはずだ」

 

 我らの前には、一揆勢の反撃を迎え撃つため殿が配された兵たちがずらりと並んでいる。皆腰を下ろしているのが何とも締まらない点だが、川向うに敵が現れたなら渡河される前に弓と鉄砲でこれを叩く。一揆勢も馬鹿ではない、川に入ればどうなるかは分かっているだろう。本来ならこちらが川を渡る側だったのだが……奴らも当てが外れただろうな。

 

「一揆勢が現れたなら予定通りに迎え撃つ。しかし来ない場合はどうするか……折を見てこちらから川を渡る必要があるだろう」

「しかし、奴らには逃げ場がありませんぞ。このまま無策に撃たれ続けるとは思えませんが」

「確率は低いだろう。しかし我らは軍略方だ。朽木の軍略を預かるからにはあらゆる状況を想定しなければならぬ。いざ敵が沈黙してから、考えていませんでした等と言い訳する事は許されんぞ」

 

 二人の表情が引き締まった。ひとまずは門だな。それとこちらに面した城壁を崩せれば、川を渡る最中にも一方的に撃たれる事は無いはずだ。一揆勢が出てくればそれで良し、そうでなければ城壁を崩し次第こちらから河を渡る。大筒に建物より城壁を狙わせるよう、殿に進言してみよう。

 

 

 

永禄十四年(1571年) 四月 伊勢 朽木長門守藤綱(くつきながとのかみふじつな)

 

「火薬を濡らすな!波に気を付けろ!」

 

 船のへりに捕まりながら声を上げると、配下の兵たちが〝おう!〟と応えた。

 波はさほど高くないが、やはり土の上とは勝手が違う。こんな事なら水軍と一緒に訓練しておくのだった。

 

 自分の率いる鉄砲隊は今、川の側面から一揆勢を攻撃するため全員が船の上に居る。数にして約一千。自分は何度か経験があるが、兵たちの中には船に乗った事が無い者もいるだろう。現に何人かは顔色が悪そうだ。

 

「これでは満足に狙えませんぞ」

 

 隣に立つ家臣が不安そうに声を上げる。予想以上に揺れが大きい。立つ事自体は難しくないが、狙うとなると手元が全く安定しないのだ。

 

「正確に当てる必要は無い。我らの役目は牽制だ」

「よろしいのですか?」

「敵が側面に気を取られるのが重要なのだ。川岸にも鉄砲隊は居る。奴らからすれば、どちらから撃たれて倒れているのか分かるまい。兵たちにも狙うより数を撃てと伝えろ」

「はっ!」

 

 家臣が兵たちに指示を出している。そうしている間にも、朽木の陣の後方からドォーンという音が響いた。小さな黒い点が空に弧を描き、一揆勢の籠る長島へ吸い込まれていく。

 それにしてもすごい兵器だ。城攻めをこうも一方的な戦にしてしまうとは。

 かつて、長島は織田家の再三にわたる攻勢を跳ね返してきた。当時は補給が遮られていなかったというのもあるが、そうでなくてもあの織田が攻めあぐねる程には難攻不落の島だったのだ。

 

 周囲の地面は湿地が多く、馬はほとんど動かせない。槍や鉄砲などの重い武器は渡河の際に邪魔になる。織田も朽木と同じく鉄砲を所持しているが、おそらくこの川に阻まれたのだろう。しかし今は逆に一揆勢の方が川に阻まれている。殿は一揆勢から川の守りを引きはがし、逆に朽木の守りにしてしまった。全く殿の戦上手には驚かされるばかりだ。

 

「本陣より伝令!一揆勢が出てきたようです!」

 

 連絡役の船乗りが大声を上げた。来たか!

 

「船を寄せますか?」

「いや、奴らが川に入るまで待て。逃げられんようになるべく引き付ける。敵が川へ十分に踏み込んだら攻撃開始だ。こちらの鉄砲はまだ見せるな」

 

 配下の兵たちが固唾を飲んで見守る中、一揆勢が恐る恐る川に入っていく。こちらを気にしているようだが、弓を射かけてくる様子は無い。川を進みながらでは弓など碌に使えんだろうが、やはり早く渡り切ってしまいたいという思いが強いのだ。

 

「やつらと岸までの距離は!」

「およそ5町(500メートル)!」

 

 帆に登った兵が大声で伝えてくる。良し、頃合いだ!

 

「船を寄せろ!攻撃準備!」

 

 攻撃準備!攻撃準備ー!

 儂の出した命令が、船から船を伝っていく。鉄砲隊一千を乗せた船団が急速に距離を詰め始めた。漕ぎ手たちが必死に櫂を動かしている。お前たちの働き、無駄にはせんぞ!

 

「敵との距離、2町(約200メートル)!」

「よし、いくぞ!射程に入った船から攻撃開始!」

 

 ダダァーン!

 轟音と共に、先頭を往く船から白煙が立ち昇る。一揆勢が目に見えて動揺し始めた。

 ダダァーン!

 ダダァーン!

 

「合わせるな!ばらばらで良い!装填出来た者からとにかく撃て!」

 ダァーン!

 ダダァーン!

 

 いつもに比べれば纏まりの無い音が、しかし確かな恐怖となって一揆勢に襲い掛かる。さらに追い打ちとして、朽木の本陣から再び大筒が撃ち込まれた。

 

 バシャーン!

 

 盛大な水しぶきが上がり、近くにいた一揆勢がひっくり返る。当たった敵は勿論だが、水の衝撃で周囲の兵をもなぎ倒している。見ていて気の毒になってくる程だ。

 

「味方の弓隊が攻撃を始めました!」

「手を緩めるな!放て!」

 

 身を隠す場所も無く、碌に動けもしないまま一揆勢はどんどん数を減らしていく。前と横から撃ち込まれ、さらには上から砲弾が降ってくるせいで前後不覚に陥っているのだろう。どこに逃げればいいのか分からないのだ。

 

「岸の敵はどうだ!」

「動き有りません!立ち往生しています!」

 

 川の中でもがき苦しむ味方に対し、岸に居る一揆勢は中々後へ続こうとしない。二の足を踏んでいる、同じようになる事を恐れているのだ。

 

「殿!川に居る敵が崩れ始めました!」

 

 横に立つ家臣が川の方を指さした。ようやく下がるべき方向が分かったのだろう。今だに攻撃を受けながらものろのろと後退していく。それを見て岸に居る敵も我先に逃げ始めた。

 

「敵が崩れたぞ!追え!追うのだ!」

 

 皆が口々に歓声を上げ始めた。船を動かす漕ぎ手たちも興奮した様子で櫂を動かしている。

 勝った。勝ったぞ!大勝利だ!

 大筒を止められなかった今、もはや一揆勢に打つ手は無い。後はこのまま追撃するか、再び大筒を打ち込むか。どちらにしろ朽木の勝利に変わりはないだろう。

 朽木は勝ったのだ。あの長島一向一揆に。織田さえも攻めあぐねた難攻不落の長島に!

 

「追え!逃がすな!」

「追えー!」

 

 矢と、弾と、砲弾が逃げる一揆勢を追い立ててゆく。長島一向一揆が降伏したのはそれから間もなくの事だった。最終的に朽木はほとんど損害らしい損害も無く、天下に名だたる長島を落としたのだった。

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