淡海乃海 短編集   作:もりのち

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お気に入り1000件突破記念です。(偶然)
皆様、いつもありがとうございます。

時系列:原作十二巻

※二次成分マシマシという事でお願いします。


基綱ぶちぎれシリーズ ~大友宗麟編~ 1

禎兆(ていちょう)三年(1583年) 五月 筑前 朽木主税基安(くつきちからもとやす)

 

 大友の要求を軍略方に伝えた時、皆の反応はお世辞にも良いとは言えなかった。

 

「面子を立てろだぁ?」

 

 荒川平四郎が形の良い眉を跳ね上げた。隣に居る宮川重三郎も呆れたような表情を隠さない。

 

「正気か?あいつらが助けろって(わめ)くもんだから、俺たちがはるばる九州まで出張って来たんじゃないか。なのに面子を立てろだなんて、一体どの口が言ってるんだ?」

「秋月と島津に攻められて震えていたのはどこの誰でしたかな」

「城の一つも取り返してから言って欲しいものだ」

 

 平四郎の言葉にあちこちから賛同の声が上がる。それはそうだろう。自分も話を聞いた時は冗談かと思った。

 

 つい先月、大友からの再三の救援要請を受けて、ついに朽木が九州へ上陸した。建前としては大友の救援と、征夷大将軍である足利義昭を暗殺した島津の討伐のため。本音としては、四国が騒がしくなる前に九州の大名を服属させるためだ。

 

 当初、大殿は島津・秋月・大友・龍造寺が潰し合うまで待つつもりだったらしい。しかしなかなか状況が進まない。どうしたものかと眺めていたのだが、困った事に四国で騒乱の兆しが見え始めた。

 三好豊前守(みよしぶぜんのかみ)の息子である三好阿波守(みよしあわのかみ)は、以前から三好長逸(みよしながやす)の一族を分家にも関わらず大領を得ていると非難していた。これまでは抑えていたようだが、父親の死後、三好摂津守が体調を崩している事もあって急速に発言力を強めていると聞く。

 阿波守の裏にはかつて三好家に下克上をされた細川家の嫡男、細川掃部頭真之(ほそかわかもんのかみさねゆき)がいる。随分と阿波守を煽っているらしい。四国は阿波三好家の混乱で、徐々に戦の気配が見え始めている。

 こうなると九州征伐は急がざるを得ない。最悪の場合は朽木が九州で身動きが取れない中、四国で騒乱が起きかねない。大殿は遠征を決断された。

 

 一月ほどで秋月を攻略し九州北部を掌握、大友に反旗を翻していた国人衆たちもおおむね鎮圧を終えたのだが、ほっと一息付いた所で問題が発生した。国人衆たちを召し抱えようとした朽木に対し、あろう事か大友が〝それでは大友の面子が立たない〟と異議を申し立ててきたのだ。

 言いたい事は分かる。しかし、朽木が来なければ誰が見ても大友は滅亡していた。そもそも事の発端は、大友が内政を失敗して国人衆たちの反乱を招いたのが原因だ。その混乱を見て島津、秋月が大友に攻めかかった。自身では反乱を起こした国人衆すら討伐できない程に弱体化しておきながら、朽木に譲歩を要求するなど正気の沙汰とは思えない。

 

「主税殿。あちらは具体的にはどのような事を望んでいるのですか?」

「詳しい条件は何も無い。ただ面子を立てろ、とだけ伝えてきたようだ」

 

 皆が顔を見合わせる。

 

「条件を言わない……」

「こちらに任せるという事か」

「つまり、朽木が大友をどう扱うかを知りたい訳だな」

 

 皆がふうむ、と言って腕を組んだ。

 

「朽木の本拠である近江(おうみ)からすれば、九州はいささか遠い。琉球や南蛮の事も考えれば……大殿は九州に不安定な要素を残したくないとお考えだろう」

「現当主である大友宗麟の隠居はまず間違いないでしょう。領地も大きく削られるでしょうね」

 

 黒田吉兵衛と明智十五郎の言葉に皆が頷く。

 

「いっそ他に移すのではないかな」

「国人衆たちと同じようにか?」

「うむ。秋月を降した今、島津を討ち、大友が消えれば九州に残るは龍造寺のみ。肥前だけなら脅威にはならぬ」

 

 重三郎の言葉に平四郎が〝ふうむ〟と息を吐いた。

 

「大友はキリシタンを庇護していたな。連中は南で随分と好き勝手していると聞く。それも考えれば大友を残しておくのは危険だ。以前大殿はごねるようなら潰せばいいと仰っていたが……」

「しかし主税殿、今は時期が悪すぎます。四国だけではありませぬ。龍造寺がどう出るか……」

 

  小早川藤四郎が不安げに皆を見回した。皆も苦い表情だ。

 ……不安要素はもう一つある。朽木が島津・大友と戦い、龍造寺までそこに加われば毛利がどう出るか。最悪の場合は参陣している毛利勢一万五千がそっくり敵となりかねない。毛利が裏切れば瀬戸内にも影響が出る。近江からの補給が届かなくなる……

 藤四郎から視線を外すと、重三郎と目が合った。重三郎が小さく頷く。そうだな。やはり毛利を外す事は出来ぬか……

 

「大殿は九州遠征が終われば太政大臣に任じられる予定です。その為にも九州遠征は成功させる必要がありますが……」

「そうだな、十五郎。……そういえば、大殿はどうしてるんだ?」

 

 平四郎の言葉に、皆の視線がこちらへ集まった。

 

「黙り込んでおられる。いつものあれだ」

 

 皆がああ、という表情をした。大殿は時折、ひどく憂鬱そうに黙り込む事がある。そうなると重臣の方々が声を掛けてもなかなか反応を示さない。しかし大殿が〝そうなった〟時は決まって重要な事を考えている時だ。今それが出て来るという事は……

 

「ひょっとして、大殿はやる気なのかな?」

 

 首を傾げる平四郎に、皆が驚きの声を上げた。

 

「まさか!今の状況で……」

「今だからだ、吉兵衛。このままいけば九州には大友と龍造寺が残る。これじゃあ余りにも中途半端だ。下手するともう一度遠征が必要になるだろう」

 

 皆が顔を(しか)める。そうだ、このままでは九州に火種が残るのは避けられない。

 

「だが大友を攻め、龍造寺が裏切れば九州の大名は全て敵だ。考え方によっては綺麗に片付ける好機とも言える」

「しかし、それでは朽木は九州の真ん中で孤立しかねませぬ」

「孤立と言っても大友はあのざまだ。実際に相手をするのは龍造寺と島津で良い」

 

 皆が唸り声を上げた。確かにそれで上手くいけば九州は綺麗にかたが付く。しかしそう上手くいくのだろうか……

 

「四国は如何(いかが)します?放置はできませんぞ」

 

 重三郎が厳しい表情で問いかけた。

 

「仮に阿波守が兵を挙げても、すぐに四国を制圧できる訳じゃない。(いくさ)の火が燃え上がるまでには時間がかかるだろう」

 

 平四郎がそう言いながらこちらに視線を向ける。

 

「そうだな。それに阿波守と掃部頭は堺で武器を買っているらしい。いざとなれば荷止めをするという手もある」

 

 昔は三好が畿内を支配していた。だから堺の商人たちは三好に協力していたのだ。今の三好は畿内と阿波に分かれ、かつての勢いは無い。この状況で三好の味方をすれば朽木が堺をどうするか、あちらもよく分かっているだろう。今の三好家に堺を守る力は無い。

 

「そういえば……もし大友と戦うとなれば、あの二人はどうします?」

 

 声を上げた藤四郎に、皆の視線が集中する。

 

戸次(べっき)道雪殿と高橋紹運殿です。あの二人は大友の忠臣でした。朽木と大友が戦えば、あの二人がどうするか……」

 

 皆が顔を見合わせた。

 そうか……それもあったな。道雪殿と紹運殿は、大友があんな事になっても主家を見捨てなかった忠義の人だ。それに宗麟が国人衆たちに攻められ臼杵(うすき)城へ引きこもる中、あの二人は自身の領地を守り抜いている。軍略面でも無視は出来ぬ。思わず〝ほうっ〟と息を吐いた。

 

「面倒ばかり出てくるな。……それもこれも全部大友のせいだ」

「まあ、まだ大友と戦うと決まった訳ではありませぬ。大殿の御心次第でしょう」

「それはそうだが、あまり時間が無いぞ。九月になれば野分が来る。水軍は八月には引き揚げさせねばならん。交渉でぐずぐずと時を引き延ばされては……」

「うむ。その為にも今のうちに出来る事はやっておこう。さしあたって急ぐのは大殿が大友と戦う決断をされた場合だ。この場合はすぐにも軍略の変更が必要になる。皆には大友と戦うと想定して策を練って欲しい」

 

 皆が一斉に頷いた。やれやれ、課題は満載だな。大友が引いてくれれば話は早いのだが……大殿は一体どうされるおつもりなのか……

 

 

 

禎兆(ていちょう)三年(1583年) 五月 薩摩 島津義久(しまづよしひさ)

 

 自室で次弟の又四郎、三弟の又六郎と話し込んでいると、末弟の又七郎が慌てた様子で部屋に転がり込んできた。

 

「殿!朽木が大友に攻めかかっております!」

「何!?」

「誠か!」

 

 又四郎、又六郎が驚きの声を上げる。儂も同じ気持ちだ。朽木が大友を攻めただと?

 

「間違いないのか、又七郎」

「はっ。日向に居る伊集院掃部助(いじゅういんかもんのすけ)から早馬が届いております。某がこの目で確認しました」

 

 思わず〝う~む〟と言って腕を組んだ。

 掃部助は日向で一向一揆を率い、対朽木の最前線を(にな)っている。その掃部助からの報せであればまず間違いあるまい。

 

「掃部助からは、朽木の水軍が豊後方面へ集結しつつあるとの報告もあります」

 

 又七郎の言葉に皆が顔を見合わせた。朽木の水軍は土佐から日向を伺っていたはず。それを大友の背後へ動かすとは……

 本気だな。朽木は本気で大友に攻めかかっている。

 

「なぜ大友を攻めたのでしょう?朽木は大友を助けるために九州へ来たと思ったのですが……」

「又六郎、それは建前の一つでしかない。本音は九州の征伐であろう。朽木は大友が邪魔になったのではないかな」

 

 又四郎の言葉に又七郎も頷いた。そうよな。大友は以前から九州探題に任じられた事を鼻にかけて威張り散らしていた。元は八千石の国人領主であった朽木にどういう態度をとるか、見ずとも予想が付くというものよ。前内府(さきのないふ)様もいい加減にしびれを切らしたのかもしれぬ。

 

「殿!これは好機ですぞ」

 

 又七郎が前のめりになって言葉を発した。

 

「今なら朽木の背後を付けます。こんな機会は二度とありませぬ。今すぐ本隊を北上させましょう!」

「待て、又七郎!本隊を動かしては南部が手薄になる。我らはまだ大隅ですら掌握しきっていないのだぞ」

 

 又四郎が又七郎を(いさ)めた。

 日向、肥後(ひご)、そして大隅には、島津が大きくなる過程で服属させてきた者たちがいる。今は大人しく従っているが、我らが軍を北に送れば九州南部で反旗を翻す者が出かねない。秋月が攻められていた時も北上して共に戦う案は出たが、同様の理由で断念したのだ。しかし……

 

「兄上!此度は以前とは違いまする。朽木はこちらに背後を見せておるのですぞ!上手く行けば龍造寺も引き込めます。朽木を包囲出来るのです!」

 

 又四郎が強い口調で言い放った。

 

「……殿。どうしますか」

 

 又六郎がこちらを見た。又四郎、又七郎も厳しい目線で見つめてくる。

 

 ……そうだな。確かにこんな機会は二度とあるまい。

 これまで島津は朽木と一対一で戦うつもりだった。南下してくる朽木を日向の耳川で迎え撃つ。勝算は薄い。だがそこに賭けるしか無かったのも事実だ。

 しかし、今なら朽木の背後を襲える。大友と組んで二対一、ともすれば龍造寺を巻き込んで三対一。これほどの好機を逃す事は出来ぬ。

 迷っている暇は無い。こうしている間にも朽木は大友に攻めかかっていよう。長くは保たないはずだ……

 

 ゆっくりと弟たちを見回した。皆、覚悟を決めた表情をしている。その姿に背中を押されたような気がした。

 

「……我らは朽木と戦うと決めた。であればこの状況、黙って見過ごす事は出来ぬ。直ちに全軍を北上させる!」

「はっ!」

 

 儂が立ち上がると、弟たちが頭を下げた。

 

「掃部助に伝えよ。直ちに朽木の背後を突けとな。それから龍造寺に文を出す。何としてでも対朽木に参戦させる!急げ!」

「直ちに!」

 

 弟たちが慌ただしく部屋を出て行った。

 賭けだな。まさに乾坤一擲の賭けだ。大友が持ちこたえているうちに朽木の背後を突く。優勢を取れれば服属した者たちも簡単には裏切れぬ。だがそうでなければ……

 心中に湧き出る弱気を振り払い、足早に部屋を出た。ドンドンドンと足音を鳴らす。儂は戦うと決めたのだ。今更迷うな!最後までこの心意気を貫くまでよ!

 

 

 

禎兆(ていちょう)三年(1583年) 六月 肥前(ひぜん) 龍造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)

 

 大広間には龍造寺家の家臣たちが揃っていた。成松遠江守(なりまつとうとうみのかみ)木下四郎兵衛尉(きのしたしろうへえい)倉町新太郎(くらまちしんたろう)原田下総守(はらだしもうさのかみ)江里口藤兵衛尉(えりぐちとうひょうえのじょう)百武志摩守(ひゃくたけしまのかみ)円城寺美濃守(えんじょうじみのうのかみ)成富十右衛門(なりとみじゅうえもん)……そして、鍋島孫四郎(なべしままごしろう)。皆厳しい表情を崩さない。

 

「朽木は激しく大友に攻めかかっております。分家の者たちが中心となって防いでいるようですが、敗北は時間の問題でしょう」

 

 成松遠江守が静かに言葉を発した。

 

「島津からの使者は随分必死な様子でしたな。あまり時はありませぬ。龍造寺はどうするか、すぐに決めなければ……」

 

 百武志摩守が鍋島孫四郎をちらりと見て、こちらに視線を向けた。

 

「殿!なりませんぞ。朽木はわざと隙を見せておるのです。軽挙はなりませぬ、これは誘いです!」

 

 孫四郎が身を乗り出すようにして話しかけてくる。誘いか。……そうだな。間違いなくこれは誘いであろう。

 前内府様は稀に見る戦巧者な御方だ。近江(おうみ)から山陰・山陽まで、西日本を負ける事無く制圧してきた。あの強大な毛利でさえ一矢報いるのが精一杯だったのだ。最後の戦いでは城を水攻めにされ、ほとんど(いくさ)にならなかったと聞く。そんな御方がこうもあからさまな隙を見せる。

 

 誘っているのだ、この儂を。これしかないという絶好の機会を作って。戦うならば今しかない。やる気があるならかかってこい。顔も分からぬ前内府様が不敵に笑っている様子が目に浮かぶ。

 もしもこの機を逃してしまえば、九州に残るは龍造寺のみとなる。そうなっては家臣たちも朽木と戦う事を受け入れまい。龍造寺は……いや、儂はあの男に膝を屈する事になろう。それが嫌なら、という事か。

 

 儂はこれまで、自由にやりたいと思って生きてきた。誰にも頭を下げたくないと思って戦ってきたのだ。頭を下げるなら大友でも良かった。島津でも良かった。だがそれは矜持が許さなかった……

 朽木に(こうべ)を垂れたなら、二度と自分の意思で地を駆ける事は許されまい。朽木の命で動かされ、朽木の命で兵を出し、朽木の命で戦う事になる。……儂はそんな風になるために生きてきたのか?これまで何十年と戦ってきたのか?

 

 目の前で孫四郎が必死に家臣たちを宥めている。今朽木を攻めぬという事は、朽木の天下を認めるという事だ。孫四郎、お主は儂に頭を下げろと言うのか?それが御家の為だと……だがな、儂は戦いたいのだ。戦って欲しいのだ。龍造寺の為ではなく、儂の為に……

 

 家臣たちに目を向けた。お主たちはどうだ?儂の為に戦ってくれるか?それとも……

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