淡海乃海 短編集   作:もりのち

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時系列:原作二巻


金貸し

永禄八年(1565年) 十月 近江(おうみ) 守山弥兵衛重義(もりやまやへえしげよし)

 

「公事奉行様、これではあまりに無体にございまする」

 

 目の前で、初老の男が悲壮感たっぷりに訴えを述べている。名を宗庵(そうあん)と言い、堅田(かたた)で酒屋を営んでいる地元でも指折りの商人だ。朽木で酒屋と来たからには澄み酒の事かと思ったが、此度の要件はそうではないらしい。

 

「我らが銭を貸す時は最低でも五割、時には十割以上の利息を取るのが普通に御座いまする。それを多くても二割にせよとは……これでは我らの商いは立ち行きませぬ。朽木様は我らに死ねと申されますのか」

 

 宗庵が畳に手を付き、前のめりになって訴える。宗庵の左右に並ぶ男たちも揃って頷いた。皆堅田で酒屋を営んでいる者達だ。

 この時代の酒屋はほとんどが並行して土倉業も行っている。要は金貸しだ。相手に銭や米を貸し出す際、担保として受け取った物品を保管しておくために倉が必要になる。つまり金貸しは自然と倉を持つようになるわけで、こういった人に物を貸して利息で収益を得る商売の事を土倉と呼ぶようになった、のが始まりであるらしい。酒屋が土倉を営んでいるのは、酒を保管するための倉を流用するようになったからだ。殿がそう言ってた。……相変わらず殿は妙な事にお詳しいな。

 

「朽木仮名目録では、借財の利息の上限を年に二割までと定めておる。朽木の領内で商いをする者は皆が目録に従っておる。そなたらだけ特別扱いは出来ぬ」

「我らも朽木様の御意思に沿いたいとは思っておりまする。しかし二割は行き過ぎで御座います!これでは貧しい者たちに貸せなくなってしまいますぞ!」

 

 宗庵が鼻息荒く声を上げた。

 利息が高くなる主な理由は、貸したものが返ってこない確率が高いからだ。例えば朽木家に百貫を貸すのであれば、一年後に約束通り銭を返してくれる可能性は高い。利息が二割、三割でも十分に商いになる。しかしこれが貧しい農民であればどうなるか?

 彼らは戦に病、日照りや干ばつといった天災で容易に収入を失ってしまう。そうなれば百貫どころか百文でさえまともには返せなくなる。これを取り立てられなかった場合は貸した側の丸損だ。訴えようにも相手が戦で死んだりしていると取り立てる物も取り立てられない。貸した物が返ってこないかもしれない、という危険を承知の上で貸すのだから、利息や担保として預かる物の価値も大きくならざるを得ないという訳だ。

 ただ、それを加味しても最近の土倉はやりすぎだ。数ヶ月分の生活費を貸す代わりに、家や家族そのものを担保に取るような事が平然と行われている。おかげで農民だけでなく、貧しい武士や公家が所領を取り上げられてしまう事もあるらしい。そうして土倉だけが一方的に肥え太っていく。今は土倉に富が集中しすぎているのだ。

 土倉が悪とは言わない。彼らは生活が行き詰まった者たちに再起のための銭を貸す救済措置としての役割も担っている。彼らがいなければ貧しい者たちはそのまま飢えて死ぬしかない。しかし、借財が原因で身を滅ぼすようでは結局のところ意味が無いではないか。

 

「そなたらは既に十分な利を得ておろう。商人の中で最も裕福なのが土倉を営む者たちだ。そなたらが課す高利のせいで身を滅ぼした者は大勢いる。そもそも、相手を破滅させねば成り立たぬ商いなど論外であろう」

 

 溜息を吐いて見せると、相手が"うぐっ"を言葉を詰まらせた。誰がどう見ようとも、土倉が懐を肥やしているのは否定できない事実なのだ。彼らが着ている衣服を見ても分かる。絹で出来た衣服などを常用しているのは土倉と僧侶くらいのものだ。よほどに裕福な大名でさえ絹の衣服を普段使いしたりはしない。

 隣を見ると、新たに堅田(かたた)の代官となった居初又次郎(いそめまたじろう)がこちらを見て呆れたように目を細めている。元は堅田の水軍を纏める地侍の一人であったが、殿の堅田攻めの前に朽木へ臣従した事で纏め役としての地位を任された。当然だが彼の衣服は麻だ。そして私の衣服も。

 

「利息の上限が二割でも問題無い事は、朽木の領内で商いをしている土倉たちが証明しておる。彼らから商いが立ち行かなくなったという訴えはこれまで一度も届いておらぬ。そうだな?」

 

 部屋の隅に控える者たちに目を向けると、三名ほどの男女が"はっ"と頭を下げた。いずれも旧浅井(あざい)の領地で土倉を営む酒屋たちだ。どこからか今回の話を聞きつけ、同席させてほしいと訴えてきた。"お役に立てると思います"と言っていたが……どれ、言葉のほどを見せてもらおうか。目で合図を送ると、左端に座る女がこくりと頷いた。

 

宗庵(そうあん)殿、私は浅井群で酒屋を営んでおります満天(まて)と申します。公事奉行様の仰る事は本当でございますよ」

「はあ……」

 

 細身で目鼻立ちの整った女が柔らかく微笑んだ。かなりの若さに見えるが、あれで数年前までは容赦の無い取り立てで恐れられていたと言うのだから……全く人というのは見かけに寄らぬ。

 

「我々もかつては宗庵殿と同じような利息で商いをしておりました。しかし今では朽木仮名目録に従い、利息の上限を二割として商いをしております。それでも儲かって仕方がありませぬ。そうでしょう?」

「ええ」

「全くですな」

 

 満天(まて)殿の右に座る男二人が満足そうに頷いた。浅井郡には殿によって澄み酒の製造所も作られている。酒屋としては笑いが止まらないはずだ。そして澄み酒の商いで得た銭を元に土倉業を行う。元手が増えれば儲けも増える。確たる収入源があればある程度の冒険も許容できるようになる、つまり商いが広がる。ゆえに土倉業も順調の一言という訳だ。

 

「朽木の領民たちは皆が銭を蓄えております。石鹸と綿花がありますからね。彼らが銭を持つと土倉の需要が減るのではと思うかもしれませんが、実はそうではありませぬ。彼らは稼いだ銭を元に、新たな商いへと貪欲に乗り出しております。その商いの元手として我らから銭を借りる事が多いのです」

「誠ですか?」

 

 宗庵が怪訝な顔で眉をひそめた。

 

「ええ。何しろ彼らは、朽木が商いを繰り返して豊かになっていくのをその目で見てきた訳ですからね。貧しかったあの頃には戻りたくない。そして目の前には裕福になれる道がある。一人一人が様々な商いを考え、競うように商の道へと踏み出しておりますよ」

 

 満天殿がくすりと微笑んだ。あれで本当に噂通りだとすれば、おなごとは何と恐ろしいのか。どこかの姫君だと言われてもまるで違和感が無い。だからこそ心を許し、言われた通りに銭を借りてしまうのか……思わず背筋が伸びた。儂も心を取られないように気をつけねばならぬ。

 

「商いをするには元手が必要です。それに、多少の損が出ても返すだけの当てがある。皆さま実に景気良く借りてくれまする。特に朽木の農民たちは戦に行きませんからね。毎年、自分たちがどれくらいの収入を得るのか予想しやすい。その事も銭を借りやすい理由となっているようです。利息自体は下がりましたが、貸し出す物の総量が増えましたので儲けとしてはむしろ大幅に増えているくらいです」

 

 実際、彼らが朽木に収める税は右肩上がりに増加していると聞く。順調に商いを拡大している証拠だろう。

 

「貧しい者が飢えを凌ぐために銭を借りる。富める物が商いをするために銭を借りる。この二つは全く別の意味を持ちまする。貧しい者が飢えを凌いでもその日暮らしに使っただけの事、銭が増える事はありませぬ。しかし富める者が商いを成功させれば銭は増えまする。彼らの元には儲けが残り、我らの元には利息が残る。こうして皆が豊かになる。これぞ正しい土倉業というもの……そうではありませんか?」

 

 満天殿が"うふふ"と笑った。

 

「それは、そうできれば上々でありましょう。しかし本当に可能なのですか?農民のほとんどは明日の暮らしにも困る者たちです。商いをする余裕があるとはとても……」

「他所はともかく、朽木の民は銭を持っています。それは堅田の皆様も身をもって御承知のはず。随分品物を売りつけたのではありませんか?」

 

 宗庵達が"それは"、"まあ"と言って顔を見合わせた。朽木では鍋や(くわ)、衣服と言った日用品の他にも、漆器や髪飾り等の嗜好品の類が市に並ぶ割合が増えている。簡単な料理や酒を出す屋台を見かける事も増えた。つまり朽木の民にはそれらの品物の需要がある、買うだけの銭があると商人たちに見られているのだ。

 

「それに宗庵殿、朽木ではもう一つ嬉しい事がございます」

「それは?」

「徳政令でございます」

 

 満天殿の声が静かに響いたとたん、部屋の中ににわかに緊張が走った。

 徳政令とは、武家が戦勝や当主の交代を機会として領民たちが持つ借財の帳消しを行う、いわば領民政策のひとつだ。領民だけでなく、生活苦から土倉の世話になっていた武士の借財も一緒に取り消される事が多い。これにより領民や家臣たちの不満を減らし、大名への感謝と忠誠心を大きく高める事が出来る。

 ただし借財が帳消しになるという事は、当然ながら貸していた側の土倉が全てのしわ寄せを被るという事だ。貸していた銭や米が返ってこないだけでなく、担保として預かっていた物品も返さなければならないので彼らにとっては恐るべき損害となる。ゆえに土倉たちは徳政令の発布を何よりも恐れる。ここに集まっている者たちにとってはこの世で最も聞きたくない言葉だろう。

 

「満天殿。徳政令が嬉しい事とはどういう事ですかな」

 

 宗庵が問いかけると、満天殿がにこりと笑った。

 

「朽木では、これまで一度も。徳政令が出された事はありませぬ」

「!!」

 

 満天殿が一語ずつゆっくり言葉にすると、宗庵達が驚いたように目を見張った。

 

「朽木様の当主が変わったのが、確か天文十九年の事。そこから今が永禄八年ですから……少なくとも十五年間、朽木の領内で徳政令が発布された事はありませぬ。そもそも一揆自体起きた事が無いのです。その気配すらも無い。……素晴らしい事だと思いませんか?」

 

 満天殿が笑うと、宗庵達が信じられないという風に顔を見合わせている。その様子を見て、何とも言えない誇らしさが胸に溢れた。

 戦乱の世で十年以上も一揆が起きないというのは珍しい。大きな一揆は起きずとも、それに近い暴動が起きる事は日常茶飯事だ。しかし殿が(まつりごと)を執られるようになってから、朽木の領内で民が集まって武器を持ち、何かを訴えた事は一度も無い。商人も、武家も、寺社勢力ですらそうだ。殿の(まつりごと)が領民たちに支持され、受け入れられている証拠だろう。

 胸に熱いものがこみ上げる。身体が震えるのを拳を握って堪えた。家臣としてこれほど誇らしい事があるだろうか……

 

「民は商いに積極的で、朽木様は徳政令を出さない。土倉にとってこれほど良い環境はありませぬ。我らも安心して銭を貸せるというもの。……それに、そう、税の事もありました」

「税?」

 

 宗庵が問いかけると、満天達が頷いた。実に嬉しそうだ。

 

「これまで、我ら土倉の後ろ盾は寺社の皆様でありました。石山本願寺、比叡山延暦寺……普段は反発しているのに税だけは仲良く取って行く。加えて在地の寺社も好き放題に税を課す。うんざりではありませんでしたか?」

 

 宗庵達が難しい表情で顔を見合わせた。彼らとて本来ならば税を取られず、自由に商いをしたいだろう。しかし土倉は恨まれやすい商売だ。一揆の際は借財を取り返すため、証文を焼き払うために真っ先に狙われる事も多い。ゆえに彼らには自身を守ってくれる強力な後ろ盾が必要だった。それがこれまでは神仏の権威と僧兵の武力を併せ持つ寺社だったのだが……

 

「しかし今年になって、朽木様が越前で一向一揆に御勝ちなされました。先月に至っては比叡山を丸ごと焼き払われましたな」

 

 宗庵達の顔がこわばった。当時、堅田は一向門徒が支配していた。越前で戦っていた朽木に対し船を差し押さえる等の敵対行為を行ったのだが、越前で大勝した殿は軍を返すやすぐさま堅田へ侵攻、反抗した一向門徒たちをことごとく踏みつぶした。とりなしをしようとした比叡山に至っては日吉大社ごと焼き払い、僧も兵も皆殺しにした。鬼、仏敵と呼ばれようとも殿は一切怯まなかった。誰もが殿の苛烈さに震え上がった……

 

「正直言ってすっきりしました」

 

 皆が驚いたように満天殿を見た。満天殿はニコニコと笑顔を浮かべている。

 

「好き放題に税を取るくせに一揆の時は民の味方をする。銭を取るだけ取ってろくに兵も寄こさない。いい加減彼らにはうんざりしていたのです。朽木様が彼らを焼き払ってくれてすっきりしましたとも」

 

 満天殿が口に手を当て、"ほほほほほ"と笑った。皆が複雑そうに彼女を見つめている。

 まあ、確かに僧たちの腐敗には目に余るものがあった。独自に武装し、神仏の権威を振り回し、民からも武士からも富を吸い上げ自身は金銀(まいない)にふける。何が僧だという気持ちは皆、心の中に持っていたはずだ。それでも、こうもあけすけに物を言うとは……

 

「笑い事ではありますまい。我らは庇護者を失ったのですぞ」

「いいえ、宗庵殿。我らは新たな庇護者を得たのです。より強く、より公正で、何より我らを守ってくれる。そんな庇護者を」

「それは……」

「もちろん、朽木です」

「……」

 

 宗庵が言葉に詰まった。まあ堅田に兵を向けて屈服させたのは朽木だからな。いきなり庇護者と言われても今一つ納得しづらい部分はあるだろう。

 

「宗庵殿、寺社と違って朽木は税を一度しか取りませんぞ。やれ宗派が違う、寺が違う、部隊が違うだのと言って何度も税を取る事はありませぬ。しかも一度に取る税も寺社のそれよりずっと安いのです。やり取りは簡便、それにあと何回税をせびられるか等と怯える心配も無い。以前は差し押さえの手助けをして頂いた事もありました。公事奉行様、そうでございますね?」

 

 視線を向けてきた満天殿に"うむ"と頷いた。

 

「取引が正式なものであると認められれば、我らは訴え出た者を無下にはせぬ。勿論土倉側の訴えを認め、支払いを命じる事もあるぞ。過去には実際に兵を出し、逃げ出そうとした者を捕縛した例もある」

「誠にございますか」

 

 驚く宗庵達に力強く頷く。ここで疑いを持たせてはならぬ。

 

「我らが庇護するのは朽木の民。そして朽木の民とは朽木の法を守る者の事だ。朽木の法を守るのならば我らはそなたらの身を守るだろう。逆に法を無視するのなら誰であろうと容赦はせぬ。それが例え貧しい農民であろうと、裕福な僧や商人であろうとな」

 

 殿は比叡山を躊躇無く焼いた。我らの言葉が脅しでないと嫌でも分かるだろう。宗庵達がごくりと喉を鳴らした。

 

「宗庵殿、朽木は敵ではありませぬ。朽木の法を守ってさえいれば、今までよりもずっと商いがしやすくなるのですよ。それに何かあった時は頼る事も出来ます。兵は出せぬと渋られる事もありませぬ。利息を下げ、儲けを削るだけの価値は十分にございます。……一度試されてみてはいかがでしょうか?」

 

 満天殿の言葉に宗庵達がしばらく押し黙った後、顔を見合わせて相談し始めた。いずれも表情は悪くない、これなら納得してくれるだろう。満天殿がちらりとこちらを見た。こちらも微かに頷く。

 十分な働きだ。さすがに自ら役に立つと売り込むだけの事はある。かつて朽木と戦った浅井郡の商人たちが説得する、堅田の商人たちも我らの言葉が嘘では無いと思ってくれるだろう。後で何か礼をしなければならんな。

 ……澄み酒を彼らへ多めに回すよう、殿に相談してみるか。此度の一件を報告すれば否とは言わないだろう。殿は使える商人がお好きだ。いずれは顔合わせさせる時が来るかもしれんな……

 

 しばらくして、宗庵達が朽木様に従いますると言って頭を下げた。これでよし。堅田は寺社の影響力が強かった土地だ、これを朽木に取り込めたのは大きい。今後の調略もやりやすくなるだろう。そのためにも彼らは大切に扱わねばならぬ。しばらくは以前とのやり方の違いで摩擦や手違いが多くなるはずだ、その分だけ公事方への訴えも増えるだろう。……何だか日に日に忙しくなっていくな……

 

 

 

 

 

 

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