永禄十一年(1568年) 五月
ダァーン……
海辺の砂浜に鉄砲の音が響き渡った。
「当たったか?」
叔父の
「こちらを」
「……ど真ん中か。見事なものだ」
弟の
鉄砲を撃った男は堺の高名な鉄砲鍛冶だ。
「この通り、半町先であれば胴鎧をも貫きまする」
「そうか……
「はっ。この距離よりも内に入れば、鎧は役に立ちませぬ」
男が鎧を外した棒を手で指し示す。皆が首を動かしてそれを見た。
「半町か。見る分にはさほどの距離ではない。駆ければすぐにたどり着くだろう。だが……」
「実際に寄るのは、相当に難しいでしょうな」
儂の言葉に摂津守が答え、"ほうっ"と息を吐いた。
「摂津守様の
「次の弾が飛んでくる、という訳か」
叔父上の言葉に男が"はっ"と答えた。場に"う~む"という唸り声が流れる。気づけば儂、摂津守、叔父上、みな一様に腕を組んでいた。
それにしても、まるで見てきたように物を話す。もしかすると、以前は鉄砲足軽だったのかもしれん。なぜ鍛冶師になったのかは分からんが……
「鎧を抜けるのはこの距離までか?」
「はっ。それ以上離れると弾かれまする」
「ふむ。実戦で使える距離は」
「およそ二町(約200メートル)でございます。鎧を抜けずとも隙間に当たれば倒せますので」
「なるほど。それ以上は?」
「弾が流れてまともに当たりませぬ。肌に当たれば怪我は致しますが、狙って当てられるのは二町が限度でありましょう」
儂の下問に男が一つずつ答えていく。答えに淀みが無い、さすがは堺でも指折りと称される男だ。……場合によっては家臣として引き抜くのも良いかもしれんな。
「腕次第でどうにかならんのか?」
「あまり離れ過ぎると、弾が風に流されまする。我らも色々と試しはしたのですが……現状のコレでは、何かしらの改良を待つしかないようですな」
男が両手で鉄砲を持ち、肩をすくめた。問いかけた摂津守が"ううむ"と鼻を鳴らす。
現状の鉄砲が有効なのは二町が限界か。……なるほど、三好にとって悪い話ではない。あまりに射程が長くなれば鉄砲を多く持つ朽木が有利になる。その分だけ次の戦いは厳しくなるだろう。
先に行われた三好と朽木の戦では、朽木の鉄砲隊に散々に叩かれた。大筒なるものを持ち出して来た事にも驚いたが、その後の話し合いで、真の敗因は鉄砲に阻まれて朽木の本陣に肉薄出来なかった事だと我等は結論付けている。鉄砲隊に辿り着く事さえ出来れば、奴らを蹂躙しつつ混戦に持ち込めたはずだ。そうなれば鉄砲も、その後方にある大筒も役には立たない。味方ごと撃つ訳にはいかんからな。そうして朽木の本陣が混乱すれば左右の両翼も動揺しただろう。後は総崩れだ。六角の援軍を待たずして勝利を掴む事も出来たかもしれん。
だが、実際には我等の突撃は大量の鉄砲を前に弾き返された。被害が大きくならなかったのは潰走する我らを朽木が追わなかったからだ。あの時、北方の越前では加賀一向一揆が朽木領に攻め込んでいた。
こうして思い返すたび、"ほうっ"と息が漏れる。……全く見事なものだ。
戦働きだけではない。大局的な判断もあの男はずば抜けている。戦において、戦果のほとんどは追撃から生まれる。逃げる敵を背中から斬るほど楽な事は無い。それを思えばあの瞬間は、朽木にとって宿敵である我らに傷を負わせる絶好の機会であった。しかし大膳太夫は迷わず兵を引いた。味方が大勝を収める中、その決断ができる者が一体どれだけ居るか……
また思った。敵ながら見事だと。幕府の阿呆どもや畠山よりよほどに手強いわ。……いや、それは比べる相手が悪いか。
こみ上げてきた苦笑を抑え込む。前回はしてやられた。しかしこのままでは済まさぬ。必ず朽木を、大膳太夫を打ち破って見せる。
だが、その為には何とかして鉄砲を防ぐ手立てを考えねばならぬ。目の前で叔父上と摂津守が鉄砲を防ぐ方法を聞いているが、先ほどまでハキハキと答えていた男は困ったように眉を寄せ言い淀んでいる。答えを持っていないのか……あるいは隠しているのか。鉄砲は彼らにとって重要な商売道具だからな。うかつに対策を話し、それが広まってしまえば自身の首を絞める事になる。雇い主と言えども簡単には話せぬか。
……ふむ。
せっかく堺まで来たのだ。ここには商人や鉄砲鍛冶が大勢居る。彼らと話して、こちらで色々と試してみるのも良いかもしれんな……
永禄十一年(1568年) 五月
「兄上、良いですぞ」
屋敷の広い庭で、摂津守が遠くから手を挙げた。こちらも手を挙げて応える。隣に立つ叔父上から鉄砲を受け取り、庭の砂をじりっと踏みしめた。
庭の反対側では、木の板が等間隔に立て掛けられている。
縄に火を着け、狙いを定める。板までの距離はおそよ半町、ちょうど鎧を貫ける距離だ。摂津守が離れたのを確認し、ゆっくりと引き金を引いた。
ダァーン!
鉄砲から轟音と共に白煙が立ち上る。距離が近いせいか、撃った音に搔き消されて弾が当たった音は聞こえなかった。しかし狙った木の板からは木片が飛び散っている。恐らく当たっただろう。
「御見事にございます」
「うむ。……しかしどうもしっくり来んな。矢と違って、弾が見えんのは当たった手応えが無くていかん。火薬の音も騒々しい。儂はやはり弓の方が良い」
撃ち終わった鉄砲を渡しながらぼやくと、受け取った叔父上が"それはそれは"と言って苦笑した。武士ならばやはり、自らの手で敵を討ち取った実感が欲しいものよ。鉄砲が強力である事は認めるが、どうにも無粋という感覚が強い。まあ戦で勝つためには、選り好みすべきでないのは確かだが……
釈然としない儂をよそに、摂津守が板に近づいていく。叔父上が鉄砲を取り換えながらクスクスと笑っている。照れ隠しに腕を組み、"フン"と鼻を鳴らした。摂津守が板を見、後ろの塀を見て、こちらに首を振った。
「やはり駄目か」
「鉄の鎧を貫くわけですからな。生半可な木材では難しいでしょう」
「うむ。……次のをくれ」
叔父上から弾込めの済んだ鉄砲を受け取りつつ、左に三歩歩く。先ほど撃った木板の隣、次の木板の正面に立った。
はなから簡単に行くとは思っておらぬ。幸い朽木は上杉と共に、北陸で一向一揆と戦うつもりのようだ。次の戦までしばらくは時間があろう。こうなれば片端から試すまでよ。
ダァーン。駄目。
ダァーン。駄目。
ダァーン。これも駄目。
ダァーン。……ううむ。
その後も一通り撃ち込んでみたが、弾を防ぐ事の出来た木板は一つも無かった。
「普通の木板では駄目か。矢であれば十分に防げる厚さなのだが……」
「厚みを増やしますか?あそこの塀が受け止められるのなら、木板も厚みを増やせば……」
「摂津守殿、あまり厚くしすぎては重くて兵が持てなくなりますぞ。それでは意味が無い」
厚い木の板か。地面に置いて防ぐなら良いかもしれないが、我らにとって重要なのは兵たちが朽木の鉄砲隊へ近付く間、どうやって弾を防ぐかだ。いくら頑丈でも兵が持てないようでは意味が無い。摂津守と叔父上も難しい顔で考え込んでいる。
「頑丈なのはどの木だ?」
「商人の話によると、
叔父上が眉を寄せながら答える。
「樫に栗ですか。確かかなり値が張ったはずです。万を超える足軽たちに持たせるにはいささか……」
摂津守が困ったようにこちらを見た。ここ数年は戦続きで随分と散財している。畠山に三好の本家、幕府の旧臣たち、そして朽木。近頃は流石に懐も寂しくなって来た。それを思えばあまり多くの銭は使えないが……
「商人たちに値を下げさせる訳にはいかんか?」
「難しいですな。どうも流通している数自体が少ないようです。例えばですが、栗などは皆が切り倒すのを嫌がります。あれは実が成りますゆえ……」
「そうか……」
堺の商人たちには何かと手を貸してもらっている。あまり無理を言う事は出来ぬ。堺の町が敵対すれば武具や兵糧の確保も難しくなるだろう。
「……一息入れるか。鉄砲も全て撃ってしまったしな」
「水をお持ちしましょう」
「頼む」
摂津守が部屋の奥に水を取りに行った。叔父上と共に縁側へ座り込む。戻ってきた摂津守から椀を受け取り、叔父上と二人で湯冷ましの入った椀を傾ける。"ほうっ"という息が同時に出た。その事が可笑しかった。叔父上も笑っている。
「中々に、難しいようですな」
「そうだな、叔父上。厚みが無ければ弾を防げぬ。しかし厚みを増すと持てなくなるというのは……」
あちらを立てればこちらが立たぬ。叔父上の言う通り、難しい問題だ。
「銭も問題ですな。出来れば頑丈な物を使いたい所ですが」
声が聞こえた方を見ると、叔父上の後ろから摂津守が撃ち終わった鉄砲を抱えて歩いて来た。そのうちの一つを受け取り膝に乗せる。
「足軽たちに持たせるとなるとかなりの数が必要でしょう。一体いくら銭が掛かるのか……それに、恐らくは使い捨てになりますぞ。城や砦に使うのならともかく……」
「そうだな。ちと勿体ないな」
摂津守が叔父上の隣に座り、溜息を吐いた。近くに置いてあった箱から布と棒を取り出し、鉄砲の中を掃除する。叔父上と儂も同じように鉄砲を掃除している。摂津守が手を動かしながら儂を見た。
「どうします?兄上」
「うむ。……まずは厚みを増やしてみるしか無かろう。高いの安いの言う前に、弾を防げなければ始まらぬ。足軽たちが持てるだけの重さで、商人たちにそれぞれの材料の木板を作ってくるよう伝えてくれ」
「はっ」
棒を動かしながら空を見上げる。摂津守と叔父上も空を見上げた。皆で日差しを浴びながら、縁側に座って鉄砲を掃除する。自然と溜息が出た。
朽木の鉄砲か。……何とも厄介なものよ。何か良い方法がないものか……
永禄十一年(1568年) 六月
その後の調べで分かったのは、やはり通常の木板では上手く行かないという事だった。
板を何枚か重ねれば弾を防ぐ事は出来る。ただ安くて脆い木材では枚数が必要な分どうしても嵩張るし、丈夫な木材で数を揃えようとすると銭が掛かりすぎる。それに丈夫な木材ほど重さも増していくので、全体としての重量は安い木材とあまり変わらない。
「やはり
「そうだな。腕にかなりの負担がかかるだろう」
自身の居城で摂津守の報告に耳を傾ける。顎を撫でつつ、木板を構えて走る所を想像した。
背負う場合は背中と足腰に重さを分散できる。だが前方に構える場合は重さの大部分が腕にのしかかる。その状態で鉄砲の射程である二町の距離を走るのだ。相当な剛の者でなければ勤まるまい……
「
「う~む」
叔父上からの報告も厳しいものだった。そもそも数を揃えられないのでは話にならない。
「どうする。木材以外も試してみるか?」
「しかし叔父上、土や石は木材以上に重いですぞ」
「……そうよな。まさか鉄で作る訳にもいかんしな……」
摂津守と叔父上が腕を組んで考え込んでいる。
「そもそも木の板というのがな。加工の段階でどうしても手間賃がかかる」
「そうですなあ。板を横に並べて幅を出すというのは強度の面でもよろしくありませぬ」
叔父上が首を
「いっそ丸太を並べて、数人で持って突っ込ませますか?」
「ふむ。砦の柵のようなやつをか。……しかし、丸太を並べるのでは薄い箇所が出来るぞ?」
「……う~む、では隙間を土か何かで……いや、それはそれで重くなりすぎるか……」
摂津守がうんうんと唸っている。丸太の柵か、人の背丈程度の丸太ならそこまで重さは無いだろうか?持った事が無いから分からんな……しかし、人が隠れるほどの幅となれば四・五本はいるだろう。やはり重すぎるような気がする。
丸太、丸太か。……待てよ?
「竹を使ってはどうか?」
「竹ですか?」
摂津守が不思議そうにこちらを見た。叔父上もきょとんとした表情をしている。
「あれは以前に試した時、弾を受けて真っ二つに割れておりましたぞ。こう、縦にパカッと」
摂津守が割り箸を割るような手ぶりを見せた。叔父上も頷いている。
「あの時は半分に割った物を並べて板にしていた。そうではなく、筒のまま使うのだ」
「……なるほど、あれの中身は空洞ですな。丸太の状態でもさほどに重くは無い……」
「うむ。それにだ、叔父上。竹は竹林に山ほど生えている。建材としての需要も檜や杉よりは少なかろう。下手をするとタダで手に入るかもしれん」
摂津守と叔父上が顔を見合わせた。先程までの様子とは違う。二人とも目を輝かせている。
「上手く行くかもしれませんな」
「うむ!」
「早速試してみよう。二人は竹を何本か調達せよ。儂は鉄砲を持ってくる。明日の朝、城の練兵場に集合だ」
「「はっ!」」
二人が頭を下げた。期待感に胸が高まる。上手く行けば朽木に一泡吹かせる事も出来よう。明日が楽しみよ……
永禄十一年(1568年) 七月
練兵場の一角に兵の一人が竹の束を置いた。その後方には弾が突き抜けた事を確認するため、木の板が置かれている。儂ら三人はやや離れた所に並んで立ち、腕を組んでそれを眺めていた。
あれから幾度かの試行を繰り返し、最終的にはこの形に落ち着いた。
複数本の竹を円筒状に纏め、縄で縛る。高さは五尺、幅は一尺(約30センチ)。厚みはおおむね四本分だ。兵が持ち運べる重さを考慮しつつ、最大限に強度を確保した。
竹束から半町ほど離れた所には、十人の兵が二列に並び鉄砲を持って待機している。いずれも家中では鉄砲の扱いに長ける男たちだ。
「準備は良いな」
「「「はっ!」」」
摂津守の言葉にそれぞれの兵が応える。摂津守がこちらを見た。視線を合わせ、小さく頷く。摂津守が頷き、兵たちに号令をかけた。
「始めよ!」
ダダァーン!
前列にいる二人が狙いを定め、竹束に鉄砲を撃ちかけた。すぐさま二人が左右に分かれ、後列にいた二人が前に出る。同じように狙いを定め、竹束に鉄砲を撃ちかけた。朽木の回転撃ちの再現だ。
最後の列の二人が撃ち終わった所で、摂津守が"やめい!"と声を挙げた。兵たちが鉄砲を肩に乗せる。摂津守がこちらを見て頷くと、竹束の方へ歩いて行った。
「さて、どうですかな」
「大丈夫だ。おそらくな」
叔父上が興味深そうに竹束を見ている。事前の試みでは問題無く弾を受け止めた。しかし一瞬で何発も撃ち込んだのは今回が初めてだ。果たして竹束は衝撃に耐えらえたのか……
摂津守の視線が竹束と後ろの板を行ったり来たりしている。念入りに調べているようだ。急かしそうになる気持ちをぐっと堪える。摂津守がこちらを見て手を振った。
「成功です!兄上!」
「よし!」
思わず拳を握った。隣を見ると叔父上の表情も明るい。互いに頷くと共に竹束の方へ歩き出した。
摂津守が板を手で指し示す。叔父上と一緒に覗き込むと、そこには傷一つ無い木板の姿があった。
「見ての通りです、兄上。一発たりとも通しておりませぬ」
「うむ!上手く行ったな。上々吉よ!」
「竹束はどうだ。壊れてはおらぬか?」
叔父上の言葉に、摂津守が竹束を調べる。
「縄が一本ほどけております。どうやら弾が当たったようですな。ですが縄は何本かありますので……」
摂津守が竹束を揺らした。しかし竹がバラける様子は無い。しっかりと纏まったままだ。
「見ての通り、びくともしておりませぬ。これは使えますぞ!」
「うむ。これで朽木の鉄砲隊も怖くは無い。あの男の驚く顔が楽しみよ!」
摂津守の肩を叩き、二人で笑いあった。叔父上も笑っている。
前回はしてやられた。だが、これさえあれば朽木の鉄砲は恐れるに足りぬ。竹束を構え、弾を防ぎつつ突っ込めば、後は碌な武器を持たぬ鉄砲隊を薙ぎ倒すだけだ。主力の鉄砲隊が崩れれば朽木の兵は必ず動揺する。十分に勝機はある!
夏の空に三人の笑い声が響き渡った。大膳太夫め、見ているがいい。次の戦は我らが勝つ。三好が朽木に勝利するのだ!