星界の小章   作:ケンタ〜

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邂逅(ベヒュラソーセ)

「一体、何者なんだ」

 

 私はそう呟いた。

 

 寝台に横たわる、一人の女性。

 それを前にして、私は椅子に座っていた。

 

 真っ黒の髪、長い睫毛。

 背は高く、一七〇ダージュほど。

 その肌は少し焼けた小麦のよう。

 

 与圧服(ゴネー)の下は、荒いつくりの黒い防寒着のような物。そしてそれはひどく汚れていた。

 

 それらを脱がせ、男爵城館にあった服を着させた彼女を、寝台の上に寝かせていた。

 そして、その手首には針が刺さっていた。

 針から伸びる管が、点滴台の袋へと伸びている。

 

 点滴台に付属している検査機械(オノルミア)には、この者の心拍数や身体状態が映し出されていた。

 

「経過はどうでしょうか、ユリュア殿(ユリュア・ラン)

ラスィーフ男爵(リューフ・ラスィーム)

 

 扉が良い子に開き、男爵が部屋へと入って来た。

 その腕にはいっぱいに袋を抱えている。

 

「どうぞ」

 

 椅子を譲ろうと、席を立った。

 

「いえ、そのままでかまいませんわ」

 

 そう言って、男爵はすぐそばの机に袋を置いた。

 

 その袋を開くと、内部から合成樹脂製(ゲーニュ)の透明な容器たちがいくつも出てくる。

 

 男爵は寝台のすぐそばに膝まづいて、女性の腕の針をとった。

 そこに手慣れた様子で小さな絆創膏を張る。

 

 別の袋を開いて、男爵は注射器を取り出した。

 

 原始的な針式の皮下注射器だ。

 男爵は細長い容器のひとつを取り出して、その中に針を差し込んだ。

 そして押子を引き、内部に液体を吸い込んでいく。

 

 それを、女性の腕の皮膚の中に迷いなく差し込み、薬を注射した。

 

「何を注射したんですか」

「仮死状態から起こすための複合的な薬です」

 

 そう言って、男爵は注射器を皮下から抜き、すぐに絆創膏を張った。

 

「これで、うまく行けば数時間後には目を覚まします」

 

 言って、注射器を塵芥投入箱(ホビポーシュ)に放り込む。

 

「それでは、後は頼みましたわ、ユリュア殿(ユリュア・ラン)

「ええ、もちろんです」

 

 男爵はそう言って、部屋を後にした。

 

 ここは居住区画にいくつもある部屋のうちのひとつだった。場所は私の部屋のすぐ隣だ。

 

 そこに、女性は眠らされていた。

 

 男爵に医療の覚えがあってよかった。

 予備役ではあるが、星界軍主計科(ボスナル・サゾイル)百翔長(ボモワス)の立場を持つ彼女は、最低限の医療の心得を持っていた。

 私だけではこの女性を救うことはできなかっただろう。点滴をやってくれたのも男爵だった。

 

 薬剤や薬品などについては、そもそも帝国法(ルエ・ラゼーム)で常備することを義務付けられていたらしい。

 

「……」

 

 私は、自分の横で寝ている女性の顔を覗き込んだ。

 

 この子が人間であるという事は一目でわかる。

 そして、アーヴではない地上人であることも。

 

 黒檀のように黒い髪は多くの地上人に見ることができる遺伝的形質である。間違っても、アーヴの髪が黒一色に染められることなどは決してない。

 そして、その額には空識覚器官(フローシュ)もない。紅玉(ラーフ)のかけらのように見えるそれは、アーヴをアーヴたらしめる最たる要素だ。

 

 アーヴに比肩できるとしたら、その見た目だろうか。

 

 彼女はとても若く見えた。もし遺伝子操作’(ヤヌサイコス)をしていないのならば、年齢は二十かそこらだろうか。アーヴなら、もう少し成長すれば外見的年齢が止まる程度の年だった。

 

 私は首を傾げた。

 

「君は一体、どこから来たんだ?」

 

 彼女が地上人であることに何も問題はない。アーヴでないことも、髪が黒いことも、全く悪いことでも何でもない。

 ただ一つ、『悪いこと』にあたりそうなものがある。

 

 なぜ、彼女は平面宇宙(ファーズ)を航行していたのか?

 

 それが疑問だった。

 

 彼女の着ていた与圧服(ゴネー)は、もちろん星界軍(ラブール)のものではない。

 何より、私には理解できない文字があちらこちらにちりばめられていた。

 

 もし、彼女が帝国領内の地上人であるとすれば。

 彼女がしたことは重罪になる。

 

 帝国において、許可のない地上人が平面宇宙にいることは禁止される。ましてや、自らで船を駆ることは。

 

 となれば、どこか他の星間国家からの人間が迷い込んだのだろうか。

 だが、いまいちはっきりしない……。

 

 乗ってきた船はめちゃくちゃにひしゃげてしまったし、与圧服(ゴネー)にあった腕章(アセース)のようなものも、思考結晶(ダテューキュル)に問いかけてもはっきりした答えはもらえなかった。

 

 

「……ん」

「!」

 

 女性が小さく呻いた。

 

「起きたか!」

 

 彼女の顔を覗き込む。

 

 そして、薄く目を見開いた。

 

「大丈夫か、聞こえるか」

 

 その目が、きょろきょろとあたりを見回した。

 

「大丈夫か。話せるか?」

 

 目が俺に向けられる。

 その瞬間。

 

「きゃあっ!」

「うわっ!?」

 

 女性が飛び上がった。

 

 そして、寝台から飛び降りたかと思うと、背をぴったりと奥の壁にくっつけて、私を大きく開いた目で見つめる。

 

「ど、どうしたんだ? 大丈夫か」

 

 女性はきょろきょろと、パニックになったようすで部屋の中を見回し始めた。

 しきりに狭い部屋を見回し終わって、ようやく私に目を向けたかと思うと、

 

「da、dae、aata」

 

 私には理解できない音の節を、高い声で繰り出した。

 

 このとき私はこの女性はやはり地上人なのだろうと思った。多くの地上世界はアーヴと言葉を共有しない。だから、特に驚きはなかった。

 私は端末腕環を操作して、思考結晶を呼び出した。

 

 空中に立体映像が浮かび上がる。

 

「ふっ!?」

 

 びくり、と女性が壁に背をつけたまま、肩を揺らした。

 

 立体映像にびっくりしたのか?

 だが、構いなく私は思考結晶に告げた。

 

思考結晶(ダテューキュル)、この女性の言葉の翻訳を試みてくれ」

『了解しました』

 

 私は女性に向き直った。

 

「っ!」

 

 びくりっ、とまた体を震わせる。

 

 その目がキッとわたしをにらみつけた。

 

「shi, shikyaoraai de! warashii fureu la!」

「思考結晶、今の意味は?」

『まだ言語資料が足りなさすぎます』

「もう少し会話が必要か……。ねえ、きみ、その……まずは落ち着いてくれないか? とりあえず、話をしよう」

「warashii nanyo suu sumoi!?」

「ね、ねえ、もうちょっと落ち着いて……」

 

 私は手を彼女の方に向けた。

 

 それがまずかったのかもしれない。

 

「ぐわっ!」

 

 ものすごい衝撃が体を襲った。背が床にたたきつけられる。

 

 突き飛ばされた。部屋を照らす電球が見える。

 

「あっ!」

 

 ウィーンと音がしたかと思うと、すでに彼女は部屋から駆け出して行った後だった。

 

「くっ……」

 

 あまり痛みはなかった。二十標準重力にも耐える体だ。

 

 ともかく、彼女を追わなければ。

 部屋を飛び出し、追いかける。

 

 女の子は裸足で走って行く。だというのに、やけに早かった。

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」

 

 一方私はすでに体力の限界が来ていた。体が頑丈でも、心肺機能は猫以下だ。

 そうするうちに、少女の姿はみるみる小さくなっていった。

 

「や、ヤーズリア(移動壇)!」

 

 端末腕環(クリューノ)に向かって、私は叫んだ。

 

 今だけは自分の体力のなさを恨んだ。女性の地上人一人、追いかけられないとは。

 

 すぐにやって来た移動壇がやって来た。

 

 それに乗り込みながら、端末腕環(クリューノ)を起動し、城館(ガリーシュ)思考結晶網(エーフ)に接続する。

 

「あの女性を追跡してくれ!」

 

 城館の立体映像が飛び出し、そこのひとつの青い輝点が灯った。

 そこに女性がいるはずだ。場所は……

 

 執務室(ガホール)の、すぐ近くだった。

 

 そうだ、そうだった。居住区画と執務室はすぐ近くだ。

 全身が焦燥の炎で包まれるような感覚がした。

 

「まずいっ! 移動壇(ヤーズリア)、全速力で向かって!」

『安全上の懸念が――――』

「いいから全速力で!」

『分かりました』

 

 ぐんっと移動壇(ヤーズリア)が加速した。走るくらいの速度で移動壇が疾駆していく。

 

「間に合え……!」

 

 私は移動壇(ヤーズリア)の手すりを強く握りしめた。

 

 


 

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……!」

 

 まずい、まずい、まずい……!

 

 つか、まった……!?

 なんで、もう少しで逃げられるはずだったのに……!

 

 ここはどこ!?

 

 あいつらの、船の中……!?

 

「コンピュータ、検索! 起動して!」

 

 私は自分の左腕を右手で叩いた。

 腕の一部が開き、内蔵されている画面が現れる。

 

「ここどこか、今すぐにスキャンして!」

 

 はやく、はやく……!

 

『スキャン終了』

「……!?」

 

 立体構造……!?

 

 こんなに巨大な……!

 

 意味が分からない、こんなに巨大な宇宙船なんて持ってたの……!?

 

「bate! sor ne……!!」

「っ!」

 

 まずい、奴らに見つかった!

 

 何あれ、セグウェイみたいな機械にのってやってくる……!

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 体中が、痛い……うまく動かない……!

 喉が渇いて死にそう。おなかが空いてしょうがない……。

 

「どこか、隠れられる場所……」

 

 左腕の画面が灯った。

 

 すぐそこにある。

 

 巨大な扉……!

 

 閉まりかけたそこに、私は飛び込んだ。

 

「えっ――――!?」

 

 何――――宇宙空間――――!?

 

 一番飛び込んではいけないところに飛び込んだ……いや、違う。呼吸はできる。

 じゃあ、あれはただの映像だ。

 そしてら、あの青い恒星は、やっぱり、あいつらの……!

 

「zairec sa……?」

「えっ」

 

 ほかに、誰か……。

 

 子ども……? 

 なんでこんなところに子供が……。

 

 ていうか、おでこに何かお姫様みたいなティアラつけてるし……しかもなんかお姫様みたいなコスプレしてる……?

 

 その時、背後で音がした。

 

 しまったハズのその扉が、開き始めている。

 

「くっ……!」

 

 鍵とかついてないのか、この宇宙鑑賞ルーム……!」

 

「yuryuac rann、dainh faicler!?」

 

 女の子が、戸惑いに何かの言葉を言う。

 さっきから何言っているのか全然わからないのはなんでだろう。奴らの言葉はそれなりに学習したはず。

 さっきまで気絶してるせいで頭がおかしくなってるのかもしれない。

 

 それより、もう扉が開く……。一体、どうすれば……。

 

「ッ……ごめんっ!」

「dainh!?」

 

 部屋の奥の椅子に座っている女の子に近づき、その首に手を回す。

 

 直後、扉が開き、男が入って来た。

 

「動くなっ!」

「lymh!?」

 

 男が声を荒らげる。

 

 何を言っているのか全く分からない。

 

 でも、怒っていることはすぐにわかる。

 だぜなら、私は女の子を人質に取っているからだ。

 

「bonasade!」

「この子を離してほしかったら、私を追うなっ」

「datycirh、ror ne'a ile daine……!?」

 

 男が、腕のブレスレットみたいなものに何かしゃべりかけた。

 

 そのブレスレットから、何かわからない言葉が流れる。

 

 私の頭はおかしくなってしまったのだろうか?

 本当に、言っていることが何もわからない。

 

 コールドスリープの代償だろうか。言語野が傷ついた可能性もある。

 

 でも、やることは変わらない。

 私は逃げるだけだ。

 

 男が、非難の目でわたしのことを見てくる。

 

 腕の中の女の子を一瞥する――――不安げな顔で、私を見上げていた。

 心がチクっとした。

 

「わ、悪いのはおまえらだっ……!」

 

 声が震えた。

 

「お前たちがこんなふうに私を追うから、こんなことになったんだ。お前たちがやったことに比べれば、こんなことなんて……」

「lymh!」

 

 男が一歩、私に近づいた。

 

「動かないでっ!」

「……!」

「がっ……」

 

 女の子が高い悲鳴を上げる。

 

「ッ――――お前たちがやったことに比べれば、こんなことなんて! 追う価値すらないことのはずだっ! 悪いのはお前らだ!」

 

 そうだ、今までのお前らの所業に比べれば。

 

「早く、私を逃がせ! じゃないと、この女の子を――――」

 

 そこから先は、口にできなかった。

 

 のどにつっかえて、口から出てこない。

 

 代わりに、私は男の顔をにらみつけた。

 男は戸惑いの表情で、私を見ている。

 

 何をぐずぐずしているんだ。それとも、この男には情というものがないのか。

 

 可能性はある、が、情があってくれないと困る――――

 

『間違いだ、止まれ』

「えっ!?」

 

 今のは……!?

 

 男が、ブレスレットみたいなものに何かを言う。

 

『我らは君の敵ではない。君が止まることを欲する』

 

 ちょっと変な言葉遣い――――でも、理解できる言葉だった。

 

『君は何かを間違っている。君が畏怖するを我らは持ち合わせない。我らには対話が必要である』

 

 でも、奴らなら、言葉の翻訳機のひとつくらいは持ち合わせているはず。

 

「し、信じない……!」

 

 まだ、分からない。

 何かが、騙されているかもしれない。

 

 あのブレスレットみたいなものが、翻訳をしているのか。

 

 男は少し戸惑うような顔をした。

 

 男は、何かを考えて、逡巡をした。

 

『……我らの名は、アーヴ。君を苛ます種族ではない』

「アーヴ……?」

 

 アーヴ……。個人名、それとも組織……?

 

 種族というのは、所属か何かの誤訳だろうか。

 でも、一回も聞いたことがない。

 

『そうだ、我らはアーヴ。我らは必要でない争いを望むことを否定する。最初に、我らは君が争いをやめることを欲する。最初に、それが必要である』

 

 こいつらは、奴らじゃない……?

 

「…………」

 

 でも、分からない。

 どうすればいいのか。

 

 信じてもいいのか?

 

 こいつらは本当に、奴らではない……?

 

『真実だ。だから、まずは君が強迫せしめんとしている、腕の中の者を開放することを欲する』

「っ……」

 

 腕が震える。

 

 わからない。わからない。

 

 今までずっとそうだった。

 

 こいつらはいったい何者なのか。私はいったいどこにいるのか。この船はいったいどこに向かっているのか……。

 

 最初から、ずっと。

 追いかけられて、追いかけられて、何度も、何度も、何度も……。

 

「gnareno……」

 

 腕の中の、小さな女の子がつぶやいた。

 

「っ…………」

 

 不安でいっぱいの、かわいそうな顔。

 

 私は、腕を離した。

 

「げほっ、げほっ、えほっ……!」

 

 女の子は、苦しそうに床に伏せた。

 

「ご、ごめん……」

「lymh!」

「わっ!」

 

 男がとびかかって来た。

 

 だっ騙された!?

 

「ッ……」

 

 ……あれ、違う。

 

 私にとびかかって来たんじゃない。

 

 女の子の側に駆け寄ったんだ。

 

「lymh、dabonh?」

「dabonh、neglo、yuryuac rann」

 

 何かを離している。

 

 そうか……。

 この二人は親子だったんだ。

 

 そして、私の脳がおかしくなってたんじゃなくて、最初から、違う言葉を話していたんだ。

 

 という事は……ここは、あいつらのいる場所じゃない……何か、別の星間国家のあるところまで来れたの……?

 

「はっ……」

 

 体中から、力が抜けた。

 

「dabonh? ne eu……?」

 

 男が、私に声をかける。

 

 体に、力が入らない。

 

 来れたのか。

 

 私は、逃げられたのか?






原作には(多分)存在しないアーヴ語解説

検査機械(オノルミア)
onu(機械)+artme(検査)+iac(するもの)⇒onuartmiac

塵芥投入箱(ホビポーシュ)
gomibaco⇒gomibaoc(母音推移)⇒gomibauc(母音変化)⇒hobipauc(子音変化)⇒hobipauch(主格語尾h追加)

腕章(アセース)
acasi⇒acaise(母音推移)⇒asaise(子音変化)⇒asaisec(主格語尾c追加)
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