二日後……
「
私の前で、アマレがビシッと敬礼をして見せた。
「それは良かった。整備をしてくれてありがとう。
「いえ、大丈夫です。もともとそれが仕事なので」
とは言いつつも、自慢げな顔でアマレは言って見せる。
「他の
「それはそうするに越したことはないが、また新しい設計図を暗記させることになるけど……」
「いえ、問題ないです。どれだけお世話になるかもわからないですし、とりあえずあるものは全部点検させてください」
「それだったら」
というわけで、追加で改造された元
それを左腕で確認し、アマレは顔を上げた。
「
「ああ、欲しい?
「難しい? 複雑な設計って、なんでですか?」
「
「ふらさてぃあ?」
「
「いえ……?」
「え?」
おかしいな。
彼女が乗っていた船にも、
彼女は確かに、時空泡が展開された宇宙船で、平面宇宙を渡って来たはずなのに。
「君の壊れた船に、
「いえ、そんなものは……というか、ふぁーずってなんなんですか?」
「え……君が通って来た場所のはずなんだけど……」
アマレの目は、じっと私の顔を見つめていた。
何か嘘をつこうとしているとか、そういう様子はない。
「その宇宙船のことを君はあまり知らないのか?」
「いえ、隅々まで知っているつもりでしたけど……」
……もしかしたら、記憶がないのか?
しかし、もし時空泡発生装置を知らずとも、通っている以上平面宇宙を目にしているはず。彼女が平面宇宙を通っていたことは、私も確認している。
「平面宇宙の内部を君は見なかったのか?」
「ですからふぁーずってなに……ていうか私……コールドスリープしてたから、道中のことほとんどわからないです」
「なんだと……」
「あの、ふぁーずって……?」
そう言えば、冷凍睡眠をしていたと言っていたような。
だが、それでも時空泡発生装置のことを知らないのはおかしい。
それに平面宇宙についても知らないのは説明がつかない。見たことが無くても、平面宇宙を通るにあたっては知識として知っているはずだ。それに、平面宇宙を通るには時空泡が必須。何かしらの形で、時空泡発生装置かそれに関連したものについての知識がないとおかしい。
それとも、言い方が悪くて、翻訳がうまく通していないのだろうか。
「アマレ、少し聞いていいか?」
「なんですか?」
「門を通ったら、別の次元……二次元で構成された宇宙に行くって言うのは知ってるか?」
「いえ……」
アマレは首を横に振った。
「それがふぁーずってことですか。初めて知りました。二次元の宇宙……私、そこを通ってきてたんですか?」
知らない、か……。
「うん。門を通ると、そこに入ることができる。でも入るには条件が合って、必ず時空泡を発生させる必要があるんだ。二次元空間で本来存在し得ない三次元物体が通るために」
アマレは眉根を寄せて、首を傾げた。
「……ぜんぜん、わかんないです」
「じゃあ、君はどうやってここまで来たんだ?」
「さあ……」
「さあって……」
彼女の記憶には、平面宇宙に入るための、すべてが抜け落ちている。
だが、そんなはずはない。
確かに、彼女はそこを通ってここにいるのだから。
「じゃあ、君はどこまで覚えているんだ? いつから冷凍睡眠をしていた?」
「えっと……私は、
「つまり、門に入ろうとしたのは、覚えていると……?」
「は、はい」
「どうやら、君の出自って思というのは思ったより複雑らしいな」
「……もしかしたら、記憶が何個か飛んでるのかも……」
だとしたならば、ずいぶんと定点的な記憶の飛ばし方だ。
「あ、あの、すみません、センレーニュさん」
少し焦った様子で、アマレが言い始める。
「とり合えず、短艇の整備点検だけやります。連絡艇のほうは、また別で、ということで……」
そこで、私は自分の顔が、かなり険しいものになっていることに気が付いた。
おびえさせてしまったかもしれない。
「ああ……うん、君がそう言うなら、もちろんだ」
「は、はい……」
「今回のことに関しては、こちらでも色々と調べておこう」
アマレは物憂げにうなずいた。
どこかしっくりこないような、不安そうな面持ち。
それを前に、私は踵を返した。
埠頭から出、私は
……思ったより、謎が多い。
ます、彼女は自分がなぜここにいるのかも知らない。
自分がどんな船に乗っていて、どんなことが起こって、どこを通ってここに来たのか……。
あるべきはずの記憶が、全くない。
かろうじて、門を通ろうとした意思はあった。
そして事実、彼女はそうしてやって来た……。
が、肝心の、間にある通り道に関しての記憶がすっぽり抜けている。
実行したのに、その間の記憶がない。
それとも、本当に知らないのか。
だとしたならば……彼女はここにいるはずはないのだ。
何かの奇跡が起きて、彼女は門を通る事が出来たのか?
いや、そもそも門の通り方すら知らないのならば、なぜ彼女は門を通ろうと思えたのだろうか?
彼女の星系は、独自の経路によって平面宇宙航法にたどり着いたのだろうか。
ありえない。
彼女の星系には研究可能な門が手元にはなかったのだ。
一つは太陽系へ行き、そしてもう一つは一.五光年の彼方にあった。
八つの閉じた門を手にしていたアーヴでさえ、平面宇宙航法の存在を確信できたのは、初めての門を手にしてから千年近くあと。
この人類宇宙の中で、自ら
そもそも星系の中に閉じた門すら存在しない中で、平面宇宙航法にたどり着けるハズなどない……。
「ふー……」
私は空中に熱い息を吐いた。
これ以上考えても、答えは出ない。
アマレは知らず、私も知らない。
であれば、もうここにいる必要はない。
私はアーヴだ。こんな場所でうじうじと考えるのはらしくない。
疑問があるのならば、行動に移さねば。
その力のおかげで、アーヴは人類宇宙の半分を支配することができたのだから。
「
「どの残骸のことですか?」
「アマレが乗って来た宇宙船の残骸です。もう、処分してしまわれましたか?」
すると、ふふっ、と男爵はかわいらしげに笑う。
「ずいぶんと、あの少女を気にかけていますね」
「そうでしょうか」
私はこの時、本気で首を傾げた。
「しかし、彼女の人事担当は私ですし、男爵」
「ええ、確かに、そうですわね」
ふふ、と男爵は静かに笑って、
「いいえ、処分はしていませんよ」
私の目を見据え、言った。
「すみま――――」
なぜかこの時、私は瞬時に謝罪したいという思いに襲われた。
だが、会話の文脈から、今は謝るときではないという事は明白だった。
「……?」
なんだろう、この違和感は?
明らかに今は謝るべき時ではない。
少しあとからになって記憶を思い返してから、私はようやく思いに至った。
その時、男爵の目が、見たことのない色をしていた。
なぜだろう、顔はいつもの微笑みを崩していないのだが、何か目の様子がいつもと異なっていた。
だが、その時口から出たのは、無難な受けごたえだった。
「――――はい、ありがとうございます」
が、考えてみれば、お礼を言うというのもおかしな話だった。
だが、その時の私は違和感に気づかない。
そのまま、会話を続ける。
「残骸はどこにありますか?」
「ここから近くの軌道上に、
「ありがとうございます。確認しに行ってもかまいませんか?」
「ええ、もちろんです。今は休暇ですから」
「ありがとうございます、失礼します」
私は一礼をして、
「やあ、アマレ」
「あ、戻って来たんですか、センレーニュさん」
私は再び
「ああ。今すぐに調べたいものがあって。整備してくれた
「はい、もちろんです」
「ありがとう」
出てきたのは
「…………」
なんだか、さっきと目が同じだった。
ものすごく違和感を覚えるが、それ以外は全くいつもの
きっと俺の思い違いだろう。
「こちら
「了解、
いつも通り、減圧の要請、閘門の介抱の要請を行って。
それから、
すぐに画面に出てきた。
その近傍にも、いくつかの物体が浮かんでいるらしい。
どうやら、ここは宇宙塵や使用できなくなった屑などの最終処分場らしい。
浮かんでいる物はすべて
それぞれの距離は
どれにあの船の残骸が浮かんでいるのかはわからないが、それは行ってみればわかることだろう。
おおよそ十分程度で着いた。
それらすべては、いくつかの塵や宇宙屑などを伴っているようだった。
だが、どれも取るに足らない程度の大きさだ。本当に塵や屑ほどの大きさのものしか捕まえられていない。
それに、
その中のひとつに、ひときわ多くの物体を引き連れている
きっと、あれが船の残骸たちだろう。
「っ――――と」
それに近づいていくと、船体が不自然に流されるのを感じた。
これ以上、船を使づけるわけには行かないな――――
船を
腰には
減圧が行われ、更に扉が開く。
見えたのは、豆粒ほどの大きさの
そして視界を支配する、星々の海たち。
いつも目にしているその光景をよそに、与圧室の壁を蹴った。
その瞬間、もはや上も下もない。完全に無重力の
今は私の下に
体が
直感通りなら、このまま私は
だが、今私は
今、私がどれだけもがいても、
体勢を変えて、回転方向へ
しかし、私と
アーヴの
あとはこのまま、体を
どんどんどんどん
一番
これで航路変更は終わりだ。あとは、自由に船の残骸を物色できる。
「…………」
目を閉じて、
何百もの破片が、周りには漂っていた。
それらすべてはゆっくりと、
そしてそのまま、
ひしゃげた物体、粉々になっている物体、理不尽に折り曲げられた柱のような物体……。
もはや、部品の中から元の姿を知ることは不可能に近い。
だが、その中で、唯一元通りの原型をとどめているであろう物体を、
大きさはほんの
目を閉じたまま、
その平面体と交差するような軌道に、体を乗せた。
数十秒後――――
「あった」
目を開き、私はそれを視認した。いくつもの破片にまぎれる中で、確かにそれを見ることができる。
捕まえた。
「これは――――」
本?
いや…………確かにそう見える。表面は褪せた赤色。何か文字が書いてあり、もちろん私には理解できない。
だが、いつかの博物館で見たことがある、本に施されるという裁縫のような装飾。
本の素材はもちろん紙だ。そしてその紙をまとめて閉じる表紙と呼ばれるものは、布で編まれることがあるらしい。
その表面を撫でてみる――――布のそれではない。
という事はつまり、ただの印刷だ。本の表紙のように見せかけただけの。
手にして、周りをよく見てみる。
立方体だ。厚みが
机の上に立てたとしたら、かなり不安定になるだろう。
その厚み部分を見ていると、一面のそこだけ色が違った。
「む?」
そこで、それは収納箱であるということに気が付いた。
すっぽりと中身を包む収納箱。
横が開いていて、そのから中身を取り出せるようになっているらしい。
収納箱を数度振って、中身のとっかかりを出す。
それを指でつまんで、収納箱の中身を引っ張り出した。
「なんだこれは」
箱の中に、また、箱?
包装容器か。
横の厚みの部分に指を入れるとっかかりがある。
そこから、開いてみた。
「
そこにはほんの小さい、
「しめたな」
良い発見だ。
おそらくは、あの船の積み荷だろう。
何かしらの情報が入っているはずだ。そしてそれはもちろん、アマレのことに関しての。
「
とりあえず、包装容器を閉じて、それを箱の中に戻す。
「他にも何か、あるかもしれない」
このような
何かが少しでも見つかれば、大きな収穫だ。
私にとっても、アマレにとっても。
箱を大事に腕に抱えて、私は
用語解説
感じばっかでイメージしてもらうのもたいへんなので一応解説
箱 百科事典とか入れるアレ
原作には(多分)存在しないアーヴ語解説
語源は『わたり』
watari⇒watair(母音推移)⇒falair(子音変化)⇒falairh(主格語尾追加)