星界の小章   作:ケンタ〜

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軍令本部情報局(リュアゾーニュ・スポーデ・リラグ)

 軍令本部(リュアゾーニュ)の扉を抜けると、そこはやけに薄暗い空間だった。

 ただ、地面がうすぼんやりと光っていて、足元に不安はない。

 そしてあらゆるところに平面映像が表示されていて、その前に軍士(ボスナル)たちが立ち、それぞれの仕事をしていた。

 

 それらの間を、私たちはソクリューズ千翔長(シュワス)に案内されて歩いていた。

 

「ここはまだ情報局(スポーデ・リラグ)ではありませんが、情報局からの情報を用いて軍士たちが日々色々な作戦立案や訓練を行っております。とはいっても、ここしばらくは戦争もないので、我々の仕事は限られていますが」

 

 私たちの前を歩きながら、ソクリューズ千翔長(シュワス)は説明をする。

 

 それを話半分で聞きながら、私は空識覚(フロクラジュ)でアマレの方に意識を向けた。

 先ほどより更に不安そうにして、周りをきょろきょろと観察している。

 手を自分の胸の前に持ってきて、不安そうに縮こまっていた。

 

「アマレ」

 

 アマレはびくりと肩を震わせた。

 

「すっ、すみません……」

「やはり軍は怖いか」

「いえ、その……」

 

 その視線がちらりとソクリューズに向いた。

 

「大丈夫です、緊張しているだけなので……」

 

 そう言う彼女の口調はソクリューズ千翔長(シュワス)に対してのことだというのはすぐに分かった。

 

 はっはっはっ、と豪快な高笑いが響く。

 何だ、いきなり。

 危うく飛び上がる所だった。

 声はソクリューズのものだった。

 

「いえいえ、お二人とも。何も遠慮することはありません。軍とはそうあるべきもの。星界軍(ラブール)は、帝国(フリューバル)を統治する最も重要な権力そのものです。誰かに良い顔をして好かれるものであれば、それは軍としての意義を果たせていないも同然です」

 

 何を意図しているのだろう。

 我々の不安をはらおうとしているのだろうか。

 

「あっ、はい……そうですね……?」

 

 そういうアマレの頭の上には疑問符がついていた。

 アマレに小声でささやいてやる。

 

「大丈夫だ、アマレ。無理にしなくていい」

「いや、別にそんなんじゃ……」

 

 アマレも小声で返して来た。

 

 彼女が軍やそれに準ずる実力組織にあまり明るくないのはどう見てもわかる。

 いや、それ以上に、彼女の星系(キーヨース)には軍があったかもあやしい。

 かつて平面宇宙航法(ファーゾス)が存在しなかった時代において、星系同士での戦争は起きうる可能性のないものだった。

 そもそも星系国家同士は戦争ができるほど接近しないからである。

 だから、もし外星系からの侵略者が来た場合、その星系は抵抗する力をほとんど有しない。

 大体の国家はすでに戦争を歴史上の概念としてしまっているからだ。

 それは帝国創建後すぐの支配拡張時代で裏付けられる。多くの星系が帝国(フリューバル)からの支配に反発しながらも、ほとんどはそれに抵抗することもせず、あるいは抵抗と呼べるほどの活動すらできなかった。

 

 そして、アマレの星系(キーヨース)はそれを同じような状況にあったはずだ。

 

「アーヴにも気遣いという概念はあるが、あまり踏み込み過ぎないほうがいい」

 

 特に、軍では何が起こるかわからない。

 

「いやっ、だからっ、別にそんなんじゃないですってっ!」

 

 アマレが目くじらを立て否定する。

 しまった。また距離を詰めすぎたか。

 

「すまない、言い過ぎた」

 

 そこでソクリューズが口を開く。

 

「お話にあった通り、やはりアマレ様はアーヴの世界に来てから日が浅いですか」

 

 振り返る彼の顔は口角があがっていた。

 

 聞こえていたか。

 

 わざわざ振り返ったのはアマレにその顔を見せるためだろう。アーヴは互いの顔ぐらいは空識覚(フロクラジュ)で常に把握している。

 

「えっ……いや、はい……」

 

 アマレは脚を止め、おびえたような表情でソクリューズを見た。

 しかしすぐに、弁解するように口を開く。

 

「す、すみません。まだ一か月も経ってなくて」

「存じております。すべてはアウポース男爵閣下(ローニュ・リュム・アウポーサル)から伺っております。ですが、アマレ様のような境遇の人間はそれほど珍しくありません。多くの地上人にとって、アーヴの世界は異質なもの。しかしそれは我々にとっては慣れたものです。何か間違えたところですぐに声を荒らげる者は、ここにはいません」

 

 そう言って、ソクリューズは二コリと微笑んだ。

 アマレが遠慮がちにその顔を見る。

 

「は、はい……」

 

 半信半疑の様相だった。

 

 安心させようとはしてくれているらしい。

 だが、それを受け入れることはまた別の話だ。

 

 そうこう考えていると、近くに一人の軍士(ボスナル)がやって来た。

 無表情なアーヴだった。目は半開きと言ってもいいほどにしか開いておらず、眠そうにさえ見える。

 髪は長く、濃紺をしていて、その額には片翼頭環(アルファ・クラブラル)を戴いていた。

 このアーヴの軍における階級は、百翔長(シュワス)に相当するようだ。飛翔科で言えば帝国最大の戦力を誇る巡察艦の艦長と成れるほどの階級。

 

 彼は足を止め、私たちに向けて軽く敬礼をした。

 

「失礼します。カヒュール・ボース=サテク・公子(ヤルルーク)・レメーシュ百翔長(ボモワス)と申します」

 

 低く落ち着いた声。

 

「あ、どうも……」

 

 アマレが上目遣いに礼をするが、しかしその目はすぐにソクリューズ千翔長(シュワス)の方を向いた。

 我々が自己紹介する暇もない。

 

「ご報告があります、ソクリューズ千翔長(シュワス)

「お二人とも、少々お待ちを」

 

 ソクリューズは一言断り、レメーシュ百翔長(ボモワス)の方に向き直った。

 

「どうした、カヒュール」

 

 呼び捨てか。どうやら二人はそれなりに長い付き合いであるらしい。

 

「先日発見された星系(キーヨース)であるハイド星系(キーヨース・ハイダル)のことについての続報が届いてまいりました」

「ああ、皇太子殿下(フィア・キルーゲル)がお向かいになっているハイド星系(キーヨース・ハイダル)か。それで?」

 

 皇太子殿下……。その名の通り、次の皇帝となられるお方だ。今の皇太子は、○○という方だったか。

 そしてハイド星系……聞いたことがない。まだ表には伏せられている情報だろう。

 ここで聞いてもいいものだろうか。

 

「つい先ほどイリーシュ王国(フェーク・イリク)より帰投した連絡艦(ロンギア)〈ルドースィア〉からの情報によりますと、ハイド星系(キーヨース・ハイダル)……いえ、ハイド伯国(ドリュヒューニュ・ハイダル)を統治する貴族(スィーフ)皇太子殿下(フィア・キルーゲル)が決定なさったようです」

 

 ソクリューズの眉が吊り上がる。

 何か不都合でもあったか。

 

「待て、連絡艦(ロンギア)〈ルドースィア〉は、皇太子殿下(フィア・キルーゲル)の直率艦隊所属の連絡艦のはずだ。なぜ皇太子殿下がハイド星系(キーヨース・ハイダル)に封ぜられる貴族(スィーフ)を決定する権限がある」

「話によると、どうやらまずは候補となる人物を帝都(ラクファカール)へ連れて来て、それから皇帝陛下(スピュネージュ・エルミタ)による審議のもと決めてもらうことになるそうで」

 

 ソクリューズの表情に対して、カヒュールの顔はほとんどまったく動かない。最低限、瞬きと会話のための筋肉を動かしているだけ。

 表情筋が欠落しているのだろうか。 

 ソクリューズは続ける。

 

「なぜそんなことになっているんだ?」

「まだ詳細な情報は入ってきていません。三つほど考えられる可能性はあります。一つ目は、連絡艦(ロンギア)〈ルドースィア〉が四ヶ国連合(ブルーヴォス・ゴス・スュン)かどこかの国に乗っ取られ、帝都(アローシュ)に入って意味不明な情報を吐き出す諜報行動をしていること。こちらの確率は百分の〇.〇〇三。二つ目は、連絡艦の思考結晶(ダテューキュル)電波送信類(ドロクラヒュ・デム)が狂い、異なった情報をよこしたか。こちらは百分の三。最後に、まだ詳細な情報を〈ルドースィア〉がよこしていないか。こちらの確率は百分の九十五.八九一です。そして残りの――――」

「いい」

 

 ソクリューズが遮った。

 その表情は、かなり苛ついているのが分かった。

 

「お前の悪い癖だ。直せと言っただろう。低く最もありえない確率から伝えてくるのはよせ」

「しかし、万が一という事があります。我々は情報局(スポーデ・リラグ)なのです。あらゆる情報に備えていませんと」

「お前の正式な所属は情報局(スポーデ・リラグ)ではなく参謀部(カーサラ)だろう。皇太子(キルーギア)の艦隊所属の連絡要員としてここにいるだけだ」

「だからこそです。情報局(スポーデ・リラグ)の面々にこそ、正確な――――」

 

 そこから先は、なんだかよくわからない話だった。

 

 しかし、会話は終始、無表情で話すカヒュールと、それを咎めるような口調で話すソクリューズで行われていた。

 普段から仲が悪いのだろうか。

 それよりも、今は気が気でなかった。

 この二人の喧嘩のようなやり取り。

 ここは正真正銘軍の中だが、いいのだろうか。

 

「あの、コレ大丈夫なんですか……?」

 

 アマレが私の横顔をはてなを浮かべながら見上げる。

 考えは同じだったようだ。

 

 もちろん私もわからない。なのでアマレにだけわかる程度に首を横に振っておいた。

 

「お前が四捨五入ができないことはよくわかった」

 

 あきれ返った様子で、ソクリューズは額に手を当てた。

 

「もういい。報告感謝する。持ち場に戻れ」

「は」

 

 短い返事と敬礼だけを残して、カヒュールは踵を返した。

 どうやら決着がついたようだった。

 

「邪魔が入ってしまいすみません。行きましょう」

 

 再び、私は彼について歩を進めた。

 

 しばらくしてから、アマレがつぶやいた。

 

「本当に大丈夫ですかね……」

 

 思考結晶(ダテューキュル)の翻訳機を通さずに、彼女の世界の言葉で。

 私は耳に翻訳機をはめているので聞こえたが、前を歩くソクリューズには理解できなかっただろう。

 

「…………」

 

 むやみに首を縦にも横にも触れなかった。

 不安なのは私も同じだった。

 本当に、大丈夫か。軍の中ですら、あのような……喧嘩まがいのことが起こる。

 組織として正常なのかと、心の中での警報が鳴って止まない。

 

「分からない……」

 

 そう囁く。

 

 汗が一筋、頬をつたうのを感じた。

 

 そして、会議室のような場所に案内された。円卓に席が並べられており、その一番向こう側にはすでに人が座っていた。

 

 会議室は広い。そして豪華だった。

 椅子や机には何かしらの装飾が施されてあって、壁面にも絵画が飾られている。

 

「お待ちしておりました、お二方」

 

 部屋の向こうに座るアーヴは席を立ち、我々に向けて敬礼をした。

 

軍令本部情報局(リュアゾーニュ・スポーデ・リラグ)長官カシュナンシュ・ウェフ=ゴース・エール提督(フローデ)です。この度はよろしくお願いいたします」

 

 ――礼儀正しく微笑む表情。

 

 正直、軍の一つの部門の長とは、どのようなものかと思っていたが。軍というものをまとめ上げるくらいならば、物語に効く鬼のような存在か、とすら思っていたのだが。

 予想と反しすぎて、不気味ですらあった。

 対象は好ましやかな様相で微笑んでいた。

 

 位階(レーニュ)提督(フローデ)千翔長(シュワス)の更に二つ上、飛翔科翔士(ロダイル・ガレール)であれば百を超える艦で構成される艦隊(ビュール)を率い、そうでなくても組織の頂点を担うほどの階級だ。

 こういうのも事前にアマレには説明をしてある。が、彼女がどこまで理解しているかどうか。

 しかし、説明しない方がよかったかとも思う。

 余計彼女をおびえさせてしまったのではないか。

 

 今までと同じように挨拶と礼をすると、席に案内をされ、着席する。

 

 そしてすぐに給仕係(バーティア)らしき人――地上世界出身者(ナヘヌード)だった――によって飲み物が持ってこられた。

 

 何かのお茶だろうが、正直良くわからない。

 飲む気にもなれない。軍の中に居て、しかも重要な一端を担う人を前にして、喉を通るわけがない。

 

 対面に着席するカシュナンシュ提督(フローデ)が、部屋の中に声を響かせる。

 

「珍しい、孤立星系からの来客という事で、我々も高揚しておりました」

 

 どうやらそれはアマレへの言葉であったようだ。

 

「アーヴの世界へようこそ、ハミサラ・アマレ殿」

 

 名前を呼ばれたアマレはピクリと体を震わせる。

 

「あ、はい、どうも。よろしくお願いします……えっと、はしゅなんしゅ……」

「カシュナンシュ」

 

 よこからささやいてやった。

 

「あっ、カシュナンシュさん」

「ええ、よろしくお願いいたします」

 

 彼はにっこりと微笑んだ。

 

「孤立した外星系からのお相手をこの目にするのは、私としても多くのアーヴとしても珍しいことなのです。その中で、今まで帝国(フリューバル)がかかわりのなかった星系(キーヨース)を調べるのは、情報局(スポーデ・リラグ)としても珍しい試みでした。最近は戦争などもないのでね。良い刺激となりましたよ」

「は、はい……」

「それはうれしいです、とでも返せばいい」

 

 再び彼女にささやく。

 

「そ、それなら、お役に立ててるならうれしいです」

 

 ちょっと違う気もするが、まあいいか。

 

「ええ――――それでは、本題にお入り致しましょう」

 

 円卓の中心に立体映像が現れた。

 

「ハミサラ・アマレ殿の星系(キーヨース)、タハマガーラについて」

「あっ!」

 

 アマレは席から立ちあがった。

 

「あっ……す、すみません……」

 

 おびえる様子で、アマレはゆっくりと椅子に座りなおした。

 

 しかし、カシュナンシュ提督(フローデ)は表情一つ崩さない。

 

「ご存じですか」

 

 とだけ、言う。

 

「はっ……はい」

 

 アマレはうなずいた。

 

「私が居た星系の……有人惑星、オーフ二、という場所です」

「やはり、そうでしたか。ハミサラ殿が所属していた星系(キーヨース)の有人惑星……であるのを期待して、我々もここに提示いたしました」

 

 何か、歯切れが悪い言い方だった。

 

 立体映像はゆっくりと回転する巨大な球形だった。

 海が面積の六割がたを占めていて、一つの大陸が残りのほとんどを占める青と緑の惑星。

 大陸の海岸線はギザギザしていて、浜のように滑らかなものはほとんど見られない。加えて、大陸から離れた場所には島のようなものは一つも見受けられなかった。

 これは、地質学的にごく短時間で可住化された惑星によくみられる特徴だ。

 

「な、なんでここにあるんですか……?」

 

 アマレは遠慮しながらも、しかし興味を抑えきれないようで、カシュナンシュに聞く。

 

「我々もこの惑星の立体映像を探し当てるのに苦労しました。なにせ、帝国(フリューバル)思考結晶(ダテューキュル)を都市船アブリアルの時代に至るまで、遡らなければいけませんでしたから」

「都市船アブリアル……」

 

 アマレは自分の記憶をたどるように数瞬口をつぐんだ。

 

「それって……千年ぐらい前……」

 

 眉をひそめながら、アマレは言った。

 

「はい、その通りです。この星系(キーヨース)の情報は、帝国(フリューバル)が創建される前、そしてまた更に前にさかのぼります。この映像が取得されたのは、不確かながら、二千年近く前と推察されます」

「二千年……?」

 

 アマレはつぶやいた。

 

「二千年って……どういうことですか」

 

 彼女の眉が曲がる。

 

「ハミサラ殿、貴方の星系には門が無い。であれば、そこには通常空間(ダーズ)を通していくしかない。それはお分かりですね」

 

 念を押すように、ゆっくりと、カシュナンシュは説明を始める。

 

「もちろん、です」

「これは、かつてアーヴが空間を放浪する武装商人として、人類宇宙をさまよっていた時代に取得されたものなのです。おそらく、当時の惑星オーフニは、可住化して二百年も経たない若い惑星だったでしょう」

 

 アマレは惑星オーフニを仰ぎ見た。

 そして数度、目を瞬かせる。

 しばらくたっぷりと時間をかけて、自らの故郷にあったそれを眺めてから、アマレは言った。

 

「ホントだ……海が、ギザギザしてる……。私がいたときは、こんなんじゃ……」

「おそらく、ハミサラ殿が生まれた時代には、かつて存在していた複雑な海岸線が侵食され次第になくなっていったのでしょう。惑星改造は急激な環境変化ですから、それにともなう地質学的変化も千年間のうちに目まぐるしく変わります」

「ほ、他の情報はありますか……?」

 

 アマレは浮足立った様子だった。

 こんな場所にいても、興奮を抑えきれないようだった。

 

 情報があるとしても、二千年前の情報だというのに。

 ただ、彼女は自らの身が生まれた場所をもっと知りたかったのだろう。

 もう戻れるかもわからない、十年前に置いてきてしまった故郷のことを。

 

 しかし、カシュナンシュは首を横に振った。

 

「えっ……?」

「どういうことですか」

 

 私は思わず口走っていた。

 アマレは驚いた様子で私のことを見る。

 

「何か、我々には開示できない情報があるのですか」

 

 もしかしたらそうかもしれない。

 我々は軍士でもなく、ただのいち氏族ともう一人は国民であるかどうかも怪しい。

 だが、そんなただの身分差で情報が制限されるとは、考えたくなかった。

 

「そういうわけではございません、ユリュア殿」

「あっ……」

 

 自分も危うく席から立ちあがりかけたのに気が付いた。

 

「す、すみません」

「いえ、お気になさらず。ただ、我々が得られた情報は、これ以外にはないというだけです」

「それはなぜなんですか」

「ですから」

 

 カシュナンシュは繰り返す。

 

「我々は、この惑星の立体映像以外に。星系タハマガーラの情報を、得られませんでした」

 

 その顔は、ただ冷静沈着と、今の情報を語るだけだった。

 

 アマレの声に焦燥の色が籠る。

 

「あのっ……」

「なんでしょう」

「二千年前、その惑星に行ったんですよね……?」

「ええ。確かに、我々の祖先は二千年前にここを訪ね、そして取引をし、そして情報を得ました」

「じゃっ、じゃあ、なんで……!」

 

 悲愴が、アマレの声には込められていた。

 

 カシュナンシュは、目を伏せた。

 

 そういう、ことか。

 

 私も心当たりがあった。

 ああ、それをアマレに言っておくべきだった。

 アーヴとして歴史を習う者にとっては、皆が耳にしたことのある話だ。

 だが、アマレは知らない。

 

「言いにくいのですが……」

 

 カシュナンシュは口を開く。

 

「都市船アブリアルの歴史の中で、その歴史そのものが消失したという事をお伝えしなければなりません」

「ど、どういうことですか……」

帝国暦(ルエコス)前一二〇年頃……都市船アブリアルの中で、とある事故が発生しました」

 

 予想は確信に変わる。

 

 アーヴの歴史は長い。

 その半分は、実は帝国時代ではなく、大放浪時代(ゴー・ラムゾコト)が占めるのだ。

 しかし、その大放浪時代は、実のところ多くが謎に包まれているのだ。

 どこへ行ったか、何を取引したか、どんなことがあったのか……。

 それは、帝国創建前の、ほんの三百年未満のことしかわかっていない。

 

 その、すべての元凶。

 

「船の歴史そのものを記録した航海日誌……その情報のほとんどすべてが、事故によって失われたのです」

「事故……?」

 

 アマレはかろうじて舌を動かした。

 

「その事故の内容すら、詳細には伝わっておりません。ただ、氏族(フィズ)間での争いがあっただとか……曖昧な情報があるのみです」

「それっ……て」

 

 呆けるようなアマレの声。

 

「ええ。そのため、それ以前に交易をおこなっていた地上世界(ナヘーヌ)の情報……それらはすべて無に帰しました。もちろん、当時のアーヴたちによる懸命な情報の修復作業が行われました。しかし、その中でも、ハミサラ殿の故郷(ムロート)であるタハマガーラ星系は、当時としてもあまりに遠い昔でありすぎたのです。その中で我々がようやく発見できたのが、この惑星の立体映像でした」

 

 アマレの顔が絶望と焦燥に変わった。

 その目が私を見る。

 

「……本当の、ことだ」

 

 私は首を縦に振るしかなかった。

 

「都市船アブリアルの中で事故が起こったことは、すべてのアーヴが知っている」

「そんな……、分からないんですか……?」

 

 彼女の目が、オーフニへと向く。

 離れてしまった故郷を見る目。

 

「なにか……」

 

 そして再び、カシュナンシュを見た。

 

「そうだ、太陽系ってたくさんユアノンがあったんですよね。タハマガーラは太陽系と沢山交流してたんです。帝国なら、太陽系へ通じるユアノンの門から太陽系に行って、タハマガーラの情報を……」

 

 アマレは言葉を止めた。

 

 カシュナンシュの黒い目。

 それが、アマレを射抜いていた。

 まるで、咎めるような目つきだった。

 

「それも、ご存じなかったのですか」

 

 ゆっくりと、その口が動く。

 

「えっ……?」

 

 呆けたように、アマレは声を出した。

 

「なっ……何……を……?」

「この銀河に、太陽系はもう存在しません」

「――――――」

 

 まるで、虚無に襲われたかのような。

 アマレの一瞬の時間が、停止した。

 

「はっ……?」

 

 そして、ようやく出たのは、疑問符の一文字のみ。

 

 それを受けても、カシュナンシュはただ淡々と言い述べる。

 

帝国(フリューバル)が門を発見したころには、太陽系はすでに星雲(ヒール)へと姿を変えていました」

 

 星雲(ヒール)……。

 それは、星の人生の終わりにまき散らす、あらゆる元素を含む霧。

 

 つまり、それはすでに、太陽系は死の星系であることを意味する。

 

「うそ………」

 

 アマレは、ただぼんやりと、呻くように言う事しかできなかった。

 

「本当のことです。理由は不明。無謀な試みが行われたか、それとも未知の物理現象が起こったか」

 

 それについては、私も知っている。

 アーヴならずすべての人類の揺り籠は、もうすでにこの世にはない。

 二千年前、アーヴが太陽系で生まれたとき、まだそれは五十億年ほどの寿命を残していたように見えた。

 だが……知らぬうちに、それはすでに死んでいた。

 

 当時の科学者も、全くアマレと同じ気持ちだっただろう。

 

「そ、そんな……う、嘘……たっ、太陽系がっ……? 太陽系まで……?」

 

 目が、虚空を行き来する。

 

「いっ、一体何が起こってるん……っ、」

 

 驚き、焦り、戸惑い、哀しみ。

 多くの感情がアマレを襲っている。

 

「アマレ……」

「いやだ……」

 

 それらすべてを飲み込んで、カシュナンシュを問いただすように口にする。

 

「もっ、もう……タハマガーラのことを知る手段は、無いってことですか……?」

「まだ、決まった訳ではありません」

 

 しかし、その口調は暗い。

 

「アーヴはかつて、星系の情報をほかの地上世界にも共有していました。それについても、地上世界にまだ情報が残っていないか捜索を行っています。しかし、アーヴが訪ねた中で門が存在しなかった星系も数多い。望みはあまりないでしょう」

 

 はっきりと、カシュナンシュは口に出す。

 たとえ絶望的でも、考えられるの可能性をはっきりと口に出すのは職業故か。

 しかし、絶望的な状況をはっきり聞くのに慣れないアマレの面持ちは喪失にゆがめられるばかり。

 

「じゃあっ……私は、一体……!」

 

 どうすれば……

 

 ささやいた彼女の魂が、すとんと床に落ちるようだった。

 

 未だゆっくりと回転するオーフニを、アマレは呆然と見つめる。

 

 確かに存在する、故郷にある惑星。

 彼女の生まれた場所ではないが、それでも彼女の惑星に違いない。

 そこにあるのに知れないなんて。

 みることしかできないなんて。

 

 そんなことを、表情が物語っていた。

 

 カシュナンシュは眉を寄せていた。

 軍人とはいえ心はあるか。

 ぐっ、と彼は押し黙る。

 

 そして、ようやく口を開いた。

 

「あなたのことを、教えてください」

 

 力を込めて、彼は言った。

 

「それがあなたのできることです」

 

 アマレはカシュナンシュを見た。

 まるですがるような視線。

 

「我々にとって、タハマガーラは未知の星系も同然です。しかし、あなたにとっては違う。我々に、情報をください。あなたの知っていること、すべてを教えてください。無知から情報を探すのとは違う。何か、手がかりが見つかるかもしれません。もし、何も得られなかったとしても。平面宇宙(ファーズ)の向こうに、さもなければ数光年の真空(ダーズ)の向こうに、あなたの星系は残っています。我々は情報局(スポーデ・リラグ)。どのような状況であっても、どのような場所へも、情報を得に行く機関」

 

 カシュナンシュは言い切って見せた。

 

「だから、ハミサラ・アマレ殿。我々に、ご協力くださいますか」

 

 その顔は、まっすぐにアマレをみつめていた。

 

「っ……はいっ」

 

 アマレは絞り出すようにして、しかし、大きな返事をした。

 

 私は大きな勘違いをしていたようだ。

 

 カシュナンシュ・ウェフ=ゴース・エール。

 彼は誇り高い軍士(ボスナル)だった。

 

 

 

みんな、何が気になる? 今後の展開を考えるのでよければ教えて

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