星々よ、聞け。汝の命短き眷属の誓約を。
それは、汝の老いゆきを看取ること。
それは帝国国歌の一説だ。
なんとも傲慢。なんとも無謀。なんとも滑稽で、身の丈に合わぬ誓いごと。
たった二百年。それだけの命しか持たぬアーヴたちが、一体どうやって億年続く恒星の終わりを見届けられるというのだろうか。
ならば、アーヴが永遠に存在すれば良い。さすれば、悠久の時を輝く主の行く末を看取ることができよう。
まるで子どものような理屈。単純で明快で。何も考えていないだけのように見える、ただただ無邪気な夢。
そんなこと、誰もやったことがない。誰もしたことはない。しようとも思わなかっただろう。せっかちな人間に、そんなことなんてできない。
なにせ、せっかちすぎて自らの母星系すら滅ぼしてしまうのだから。
永遠に続く国家なんて、存在しなかった。そしてこれからも、存在しないに違いない。
「我々の種族はごく若い。そなたがたからみれば、赤子にも等しいだろう。我々には何も無い。そなたがたが万年にわたって積み重ねたしがらみも、恨みも、間違いも」
でも、いつかそんな事が起きるかもしれません。
「であればこそ、我々は、どこまでも進んで見せよう。その間違いが起きるまで、恨みやしがらみが我らを縛るまで。それまで我らは銀河を統べ、存続することのみに専念し、平和をもたらし、人々を富ませ続けよう。いつか星星が老いゆく時を知るまで。永遠に」
永遠に、続く……それが、帝国の考えなんですか?
「そうだ。それが全て。理念なく、目的なく、信条なく、それにのみ、帝国は専念する。その中で、人々は自由に生き、思うままに生を謳歌し、生を楽しめばよい。私は、帝国は、それを維持しよう。
それだけ……。
理念を持たない国なんて……。
人は理念がなかったら、目標がなかったら、団結できないんじゃないんですか。いろんなところで、いろんな教科書で、歴史書で、小説で、聞いたことがありました。
帝国は大丈夫なんですか? 理念のない帝国が……ちゃんと、帝国は続くんですか……。
「そう思っていればよい、雛鳥よ。そなたがそうであっても、帝国は受け入れよう。いつか理解できる。この身もかつてはそう案じたことがあった。だが一度長く生きてみよ。いつかわかるときが来よう」
皇帝はにこりと笑った。
まるで若いおねえさんのような顔。でもその中身は、百年近くの想像もつかない永い時間を生きている。
「でも、やっぱり不安です。ちゃんとずっと、続けられるんですか」
いつか、いつか、いつか。
滅ぼされるかもしれない。
内側から分かれるかもしれない。
どこかの代の皇帝が何かを思って、帝国をめちゃくちゃにしてしまうかもしれない。
それは何も私の妄想じゃない。
人類の歴史が、地球時代以来の我々の性質が、滅んできた数々の国々が。
裏付けて来た、人間の性だ。
「とはいえ」
やさしい皇帝様の象牙色のきれいな手が、わたしの頬をさらりと撫でた。
「かつてはアーヴが存在しなかったのだ」
×
アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・
そこには青い空があった。
とはいえここは真空空間に浮かぶ構造物だ。地上世界にあるという青い空がこんなところに自然に存在するわけはない。
編まれた透明の細かい管たち。
それが恒星アブリアルの光を受け散乱し、ラフィールの目に青い光を届けているに過ぎなかった。
人工環境。アーヴの
アーヴはその性にして、一度として一つの惑星に腰を落ち着けたことはない。
その生来にして、生体部品として生み出されたその時から、彼らは真空空間に漂っていた。
しかし、彼らの遺伝子は他でもない、太陽系において生を受けたホモ・サピエンスたちの分岐体そのものだった。
現在においてはほとんど神話めいた曖昧なものしか残っていないが、かつて生み出された
アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・
かつてアーヴがアーヴですらなく、名すらなく、文字すらなく、文化すらなかった頃。
それでも黎明の乗り手たちの指導者であった一人の作業生体、
本当に現在において名前も伝わっておらず、しいて言えば『名もなきアブリアル』とのみ呼ばれるその存在。
その遺伝子の片割れを、ラフィールは継いでいるのであった。
「どうした、
彼女を呼ぶ声があった。
「そなたが青い空に見とれる趣味があるとは、知らなかったな」
ラフィールは、顔を見上げた。
そこには、青灰色の髪を持つ、青年の見た目をした一人の男。
穏やかな双眸と真っ黒な瞳孔、そして頭の横から鋭角の飛び出した耳を持つその男を、ラフィールは呼んだ。
「父上」
にこり、と呼ばれた父親は笑って見せた。
「どうした、
「少し、心配なのです」
ほう、と父親は意外そうに眼を見開いて見せる。
その所作は、どこかわざとらしく、ラフィールの琴線を少しだけつまびいた。
「そなたに心配することがあったとは。今日は驚きの連続だ」
「そう言う事ではございません」
少しのいらだちを覚えながら、ラフィールは受けごたえした。
「私はうまくやれるでしょうか」
「何をだ、
「
再び父親は目を見開いた。今度は本当に驚いているかのようだった。
「ずいぶん先のことではないか」
少し驚きを繕いながら、父親は応える。
「そなたの入学はまだ当分先だ。早くても四年はあとだろう」
「でも」
納得がいかない、というふうに、ラフィールは繕う。
「
「ほう、私に聞いて、どうなるんだろうね」
「どういう意味ですか、父上」
ラフィールは心底から首を傾けた。
「私がそれに否定する答えを出すと思うのかい、
「………」
ラフィールは一瞬口をつぐんだ。
そして、胸の中にわだかまったものを出そうか出すまいかと考えているようだった。
「
すこし皮肉と冗談のこもった口調で、彼は言った。
「
素早くラフィールは顔を上げた。
「いえ……」
「肉親にまで嘘をつくでない、ラフィール」
彼女はぴくりと肩を揺らした。
父親が自分の名前を呼んだ。つまり、それは真剣な言葉という意味だ。
はい、とうなずくと、父親は満足そうに話しだす。
「私には向いていなかった」
言って、父親は歩き出す。
「それだけのことだ。プラキアとちがって」
「
彼女はその顔を思い出した。
彼女は、父親の者たるこの宮殿によくいらっしゃっていた。
ラフィールもその人が好きで、尊敬してもいた。更に、父上の
「ときどきなぜ彼女がアブリアルに生まれてこなかったのか、私と彼女が生まれてきた立場を間違えてしまったのではないかと、思う事がある」
父親が近づいたのは、すぐ近くの壇に植えられた桃の木だった。
遺伝子改造を受けたそれは、ほとんど常に、桃色の淑やかな花を咲かせている。
その花弁のひとつを、ラフィールの父は撫でた。
そうしながら、父親は振り返らずに言った。
「
それから、父親はラフィールを振り返った。
「それに、私はそなたが
「…………」
ラフィールは父親の顔をじっと見つめた。
黒曜石のように輝く黒い目が、のらりくらりとする父親の顔を見つめる。
しかし、父のその目だけは、ラフィールを捉えるようにしっかりと見据えていた。この目が嘘をついたことは一度もない――ただ質の悪い冗談はいくらかしたことがあったが。
「まだ、そなたは若いのだ、
「いわれずとも、自覚しておりますが……」
まだふたけたの年齢にすら達していないアーヴは、その歳にはそぐわぬ応えをする。
「それが、若さの証明なのだよ」
むっ、とラフィールは眉をしかめた。
その口から怒りの噴煙が飛び出る前に、父親は続ける。
「それを知るには、生きるしかないのだ。
「……あまりよく分かりませぬ、父上……というか、のらりくらりと躱されている気がします。私は
「では、こういおう。心配することはない、
「
ラフィールは自らの祖母の顔を思いだした。
琥珀色を帯びた瞳、その中に除く赤褐色の光彩。そこに下がる縹色の髪……。
その額には、帝国の象徴
第二十七代
父上を生んだその人であり、ラフィールの尊敬すべき祖母……。
その彼女が座っている
それが、それを目指すことこそが、アブリアルの生まれながらの義務だ。
しかし、何十年か百年か、あるいはもっと後か。
自分がそこにいるのかどうか、まだ生まれたばかりにも等しいようなラフィールには、分からなかった。
そこからさらに
そこから、更にアブリアルのみの特権位階――つまりそこからは優秀なアブリアル同士のみの争いを経て、
そこまで来れば、アブリアルは
ただし、そこから先に行くのには、後続の新しい
何年か、運が良ければ――若しくは悪ければ――何十年か。
それまで生きている保証もないし、もしかしたら寿命を迎えているかもしれない。そうでなくても、そこで永遠にふんばりきれるか。
まだ齢十にも満たないラフィールには、その未来はあまりにも長く、永遠にすら思えた。
「まあ、今、そなたはそれを考えるには早すぎる。行くぞ、ラフィール」
言って、父親はラフィールのを手を握った。
「そなたの四歳の誕生日を、皆が祝うのを待っている」
「はい、父上」
そうして二人の背中が、
✕
「それで、これからどうする?」
「どうする、と言われましても…………何も知らないんですけど、ここのこと」
「そうか……実は私も何も知らない」
「じゃあなんで聞いたんですか!?」
「いや、なんとなく…………」
アマレが全てを話した後、
「…………」
「どうした、アマレ」
「いや…………ちょっと、不安になっちゃって」
「何がだ? 過去を話したことをか」
「まあ、それもそうなんですけど……」
「別に私はいかなる過去を持つ人間が相手でも対応を変えることはない」
アマレの頬が一瞬だけ赤くなった。
「あ、いや、だからそうじゃなくって」
アマレは
「……私が、こんな……」
もうかなり離れ、その姿は小さくなっている。しかし幾分かの威厳はまだあった。
「あんな、軍の力を貸してもらっていいのかなって…………」
「良いに決まってるだろう」
「えっ…………そんな即答ですか?」
「即答できる」
軍の理念には通じずとも、私は帝国の方針は知っている。
「
「手に入れる……うーん、あんまりいい気はしないですけど」
「言い方が悪かったな。だが、君の星系ひとつに対しての認識は大きいと思って欲しい」
まあ、私が何かをするわけでもないからあまり大きなことは言えないが。
しかし、私が軍の立場だとしても、一つの星系、何億もの人々を助けるために手間を惜しんだりなどしないだろう。
「たくさんあるから一つくらいは……とか思わないんですか」
「そんなことは絶対にない。一つを切り離すことで、何億もの人々を見捨てることになるだろう」
いくら
「確かに……?」
あまりピンと来てないようだ。
「よくある批判でもあるが、
「あ、なるほど」
今度は少しは理解ができているようだった。
「他人に奪われるならまだしも、自分から
言いながら、私は
「意外と、しっかりしてるんですね。帝国って、もっとこう……なんていうか……なんか……」
ものすごく言葉を選んでいた。
「傲慢で無謀に見えるか?」
「あ……まあ、そんなかんじです」
「――アーヴ、ソル ラージュ ホニラーカゼ ダビアレーク……アーヴ、その性傲慢にして無謀」
「なんですかそれ……?」
「地上世界でよく使われる、アーヴの性格を言い表したものらしいんだが……正直私にはよくわからない」
「傲慢にして無謀……」
アマレはきゅっと眉をしかめた。
「優しいですよ、みなさん。私なんかに協力してくれてますし……男爵もお仕事くれましたし、センレーニュさんは私を助けてくれてますし……傲慢とか無謀とかこと思ったことありません」
「別に君たちがそう思っていると言っているわけではない。だがまあ、そういわれると少し救われたような気持ちになる。多くの
と、
「そういえば、さっきから何調べてるんですか」
気になるのか、アマレがのぞき込んでくる。
「……読めないです」
「それはそうだ」
表示されている曲線の多いアーヴ文字。
「なんですかこれ、なんて書いてるんですか?」
「読み上げよう」
とりあえず、題の一番上から読み上げる。
「
「え……?」
アマレが眉をしかめた。
「饗宴……ですか?」
なんで今……? というふうに、私に目を向けてくる。
「一つ、母から噂を聞いたことがあって。何も、ラクファカールでは毎日、どこかで招待不要の饗宴が開かれているらしい。しかしまさか、本当だったとは」
「招待不要、って……?」
「好きに出入りしていいということだ……これは……」
私は目を見開いた。
「何があったんですか」
「王女アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・
「あぶり……なんですか?」
アマレがまたまた眉に皺を寄せた。
「アブリアル。
「それ、王女様なんですか?」
「ああ……しかもどうやら、招待不要の饗宴のようだ。もちろん経費は向こう持ち」
「えっ……!? ほんとですか!? 私でも……?」
「ああ。
どうせ、時間はまだまだある。
「アマレ、どうする?」
「ちょっと、不安、ですけど……」
だが、その目には隠しきれない好奇心が蓄えられていた。
「そう思うのなら、行くことにしよう」
みんな、何が気になる? 今後の展開を考えるのでよければ教えて
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アーヴの世界のこと
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アマレのこと
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男爵のこと
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センレーニュのこと
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んなことよりこのまま続き気になる
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パンケーキ食べたい