長い旅だった。
途中の
ここ数日のほとんどの時間を、
連絡船や連絡艇ならば倍以上の時間で着けるのだろうが、そんな贅沢を言えるはずもない。
送られる立場に十分甘んじて、私は十五日近くを船内で過ごしていた。
最初はかなりの人員が乗っていたのだが、今はほんのいくらかの乗員を残すのみとなっていた。
その中で、いくらか出会いもあった。
私が
「またここにいるのか、君は」
「ああ、どうも」
薄青色の長い髪を無造作にたらしたアーヴ女性だった。
「あなたこそ、よく訪ねてくるじゃないですか」
「いやぁ、私は暇なのでね。なんせ二十日近くもここにいるのさ。持ってきた読み物はすべて読んでしまったし、外を見ても楽しいものは何もない。虹色がたまにはしる灰色の宇宙の壁だけだ。で、君は知ってるか? 人間って人と話してると楽しいんだ」
「まあ、私もそう思いますが」
「だろう? っていう事で、私に付き合ってくれ。どうせ君もやることがないんだろう?」
そう言って、私の隣に彼女は座って来た。
アーヴ女性の例に漏れず、彼女の姿かたちは整っていた。
そんな女性が隣に座ってくるものだから、女性経験に乏しい私は毎回どぎまぎしてしまうのだった。
だが、もう彼女と出会って十日近くだ。そろそろ慣れてきた。
「ていうか、もうずっと何日も語らっていますが、何を話すんですか? もう話せることは全部話しましたよ。私の短い人生を振り絞って」
「そんなことを言うな、センレーニュくん。うっとうしいならそうと言ってくれ。悲しみに暮れながら自室に戻るからさ」
随分と個性的な言い回しに富んだ会話をする人だった。
「別に、そんなことはしませんよ。それで、今日は何を話すんですか?」
「そうだなぁ……ああ、そう言えば、知っているか? 最近、新しい地上世界が帝国の領土になったらしいんだ」
「新しい地上世界ですか……?」
私は眉をひそめた。
「何か珍しいことでもあったんですか?」
そんなことはいくらでもあるはずだ。
貴族が惑星改造をして、そこにほかの世界から人が移住すれば、それでもう地上世界の出来上がりだ。
それまで
いや、それだけと書いたが、決して皇帝に謁見賜るという栄誉を否定しているわけではない。決して。
「ああ、それが、よく聞け。なんと、最初から人が住んでいた惑星が発見されたんだよ」
「それはすごいですね」
帝国が創建されて、九〇〇年ほどになる。創建初期数百年に、帝国はこの銀河に薄く広がっていた人類社会を貪欲に飲み込んで行った。
だが、五〇〇年も経てば、それは落ち着いたのだ。
戦争の勝利のために既知の人類社会を編入することはあったが、発見されていなかった未知の地上世界に遭遇することは、次第に減っていっていた。
だが、ここにきて、新しい地上世界の発見か。
特筆すべきに足る話である。
「しかも、なんと、未知の生態系を有する惑星なんだって。すごいと思わないかい?」
「未知の生態系……? 地球起源ではない生態系っていう事ですか?」
「そうなの!」
もしこの人のいう事が本当であるならば、それは人類有史以降唯一の事例だ。
帝国は何千もの地上世界を見てきたが、その中で、ひとつとして地球以外に生命惑星を発見することはなかった。
今、帝国が領地としている地上世界のすべては、もともと岩石惑星だったものを、技術の粋を投入して可住化したもの。
だが、ここにきて例外が出てきたという事になる。
「どんな名前なんですか?」
「えっと……なんだっけな。ハイロだか、アイトだったか……。よく覚えてないな」
「え、じゃあ、どこから知ったんですか? 端末腕環とかには入ってないんですか?」
「知り合いの
「それ機密情報ってやつじゃないですか……?」
未知の生態系を有する地上世界には大いに興味を注がれるが、それと引き換えに機密に触れて牢屋に入れられるという代金を支払う気にはとてもなれなかった。
「でも、もう話すことないんだよねぇ……」
「じゃあ無理にしなくていいですよ……」
うーん、とその人は考え始めた。
「私は明日降りちゃうからねぇ……少しでも話ときたかったんだよ。この世界じゃ、次いつ出会うかもわからないしね」
「そう言えば、どこに向かっているんでしたっけ?」
「
「ボーフ伯国ですか!?」
有名な所領だった。
ボーフ伯爵家と言えば、お祭り好きで有名な貴族だ。何年かに一回帝都で彼らが開催する饗宴は、その規模と出来の良さで帝国中に名が轟いている。しかも招待状もなしに参加できる素晴らしい饗宴だった。
「そんなところに何をしに……? あ、そう言えば……ラムケーム氏でしたね」
ボーフ伯爵は、黎明の乗り手の子孫であるラムケーム氏に名を連ねる貴族だ。
そして目の前にいるこの人の氏名も、ラムケームだったはずだ。
「うん。伯爵が、一族全員集まれって言ってね……。私は伯爵一族の傍系の士族だったから、こうして、私ははるばると向かっているわけだよ」
めんどくさいよねー、と言って見せる。
「そうしたら、開催されるお祭りの準備などですか?」
「たぶんそうだね。最も行ってみないとわからないけど。センレーニュ君は、出稼ぎだっけ?」
にやりとかわいらしい笑みを浮かべながら言ってくる。
「出稼ぎなんかじゃないですよ……。家を追い出されたんです。追い出されてラクファカールに着いた次の日に、もうこの船に乗りましたよ」
「あ、そうだったの? へえ、今の時代勘当されるアーヴなんているんだねぇ……」
「やめてください……」
「それにしても行動力が即断即決だな、君は。コトポニーの一族か何か?」
「コトポニーだったらこんなことでいちいち動揺してませんよ……」
「それもそうか。ていうか君、ボルジュだったしね」
コトポニーとは、即断即決で有名なアーヴの一族だ。何事も即断即決、優柔不断を嫌う。
何か動揺すべきことがあっても決して表に出さず、一部では彼らが一番皇族にふさわしいのではないかともいわれるほどだ。私としては、指導者は少しくらい感情的になってくれないと不安になるのでやめてほしいのだが。
というか、この人もこの人でラムケームらしい。
おおざっぱで細かいことを気にしない。
明るく朗らかでとても話しやすい人だった。
『まもなく、ボーフ伯国へ到着いたします。お降りの方は、荷物をまとめてご準備をお願いいたします』
「あれっ、今日だっけ!?」
ばっと席から立ちあがる。
「ごめん、センレーニュ君! もうちょっと話したかったんだけど……」
やっぱり、ラムケームらしかった。
些細なことを気にしないのではなく、気にできないという噂は本当のようだった。
「じゃあね、そのうち手紙でも出すから。また会おうね」
「あ、はい。お元気で」
そのままさっさと広間から出て行ってしまった。
嵐のような人だった。ラムケーム氏の人はみんなこうなのだろうか。
ここ十日近く毎日会っていた相手だから、別れ際に悲しむくらいはあるのかなと思っていたが、そんな暇さえくれなかった。
まあ、涙もろく別れをするよりかは、これくらいの方がちょうどいいか。
ああ、あと五日か……どうやって過ごそうか……。
改めて考えてみたら、かなり長かった。
行き先である
なるほど、私に熱心に話してくる心理が分かった気がした。こうなって寂しくなることを知っていて、事前にそうならないように私という話し相手を見つけたのだ。
幸い自分も話が嫌いではないので、ここ十日はかなり楽しかった。
まあ、二百余年ある人生の中の、ほんの五日だ。
適当に端末腕環を探せば、何か面白いもののひとつや二つ、あるだろう。
暗黙の集合場所になっていた広間の長椅子――今はもう、役割のなくなってしまったそこから立ち上がって、私は自室に戻ることにした。
ラムケーム・ウェフ=ゴール・ギューム
人種:アーヴ(黎明の乗り手の子孫)
年齢:四十代にさしかかったあたり
身長:一七〇ダージュくらい
所属:星界軍軍士(予備役) 飛翔科十翔長
薄い青色の長髪、結ばずに無造作に垂らしている。
髪の毛にはほとんど意思が加えられておらず、最低限顔の正面を邪魔しないように切られている。