星界の小章   作:ケンタ〜

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まえがき

アーヴによる人類帝国(フリューバル・グレール・ゴル・バーリ)において『男爵(リューフ)』という地位は、必ずしも男性を指す称号ではない。女性が授かるにおいても男性が授かるにおいても関わりなく、『男爵(リューフ)』という表しかたがなされる。アーヴ語の『lymh』という階級への日本語対訳が『男爵』というだけである。










アウポース男爵領(リュームスコル・アウポーサル)

『まもなくアウポース男爵領に到着いたします。お降りの方はお荷物をお持ちになって、発着甲板へとお越しください。繰り返します、まもなく、アウポース男爵領に――――』

 

 艦内に放送が響いて、私は意識を取り戻した。

 

「……時間か……」

 

 自室で寝ていた体を起こして、寝乱れた格好を整える。

 

 近くの棚に置いておいた頭環(アルファ)をつければ、準備は終わりだ。

 

 これ以上のお荷物は何も持っていない。

 

 最低限、自分の部屋の乱れた場所を整えてから、私は甲板へと向かった。

 

 もはや、この客船の乗客は私だけらしかった。

 ほかの人たちはもうどこかしら別の場所で降りてしまっていて、私の目的地であるアウポース男爵領に行く人間は私一人だけであるらしかった。

 

 少し客船の操舵手に申し訳ないなと思う。

 

 甲板に着くと、そこで乗務員が迎えてくれた。

 

 目の前一面にガラス(ルーク)張りが広がっている。

 その向こうに、私がこれから乗ることになる連絡艇(ペリア)が鎮座していた。

 

 巨大な客船を、そのままアウポース男爵領にあるであろう機動城館に接舷するわけには行かない。その代わり、この小型――とは言っても、全長は二ウェスダージュ(二百メートル)くらいはある――である連絡艇に乗って、人員をやり取りするのだ。

 

「こちらへどうぞ」

 

 乗務員が搭乗橋に案内してくれ、私はそこを通って連絡艇に乗り込んだ。

 

 客船の連絡艇はかなり広く、ゆったりとしていた。

 私は連絡艇後部にある客用の座席がずらり並んでいる中のひとつに座った。

 

 もちろん、ほかにだれもいない。

 座席の数を数えてみると、二十近くあった。それらすべてを私が独占しているというわけで、ますます申し訳なくなってきた。

 私という人間を一人送るだけで、一体いくらの費用が掛かっているのだろう?

 

 燃料代、人員代、帝国へ払う船の貸与代、そして帝国へつながる八門(ガ・ソード)の交通量……。

 

 考えたくもない。きっと私が三十日で稼ぐ程度の金などとは、比べ物にすらならないだろう。

 

 気を紛らわそう。

 

 私は頭環の接続纓(キセーグ)を伸ばして、座席に取り付けられていた接続機に機能水晶(コス・キセーガル)を挿入した。

 

 目を閉じると、一気に視界が開けた。

 

 感覚が拡張される。

 

 連絡艇に取りつけられた感知器群が、頭環の処理回路を通じて、一斉に私の頭の中へと情報を運ぶ。

 私は連絡艇と一体化したような感覚になった。

 

 今、私には、ここからは見えないはずの甲板内部が鮮明に見えている。

 手を伸ばせば、甲板の天井、床、左右の壁にも手が届きそうだった。

 

 これがアーヴという種族だ。

 

 空識覚(フロクラジュ)という、純粋なホモ・サピエンス存在しない感覚。

 

 アーヴの額につけている頭環を取り外せば、小さな赤い宝石のようなものが見えるだろう。これが空識覚器官(フローシュ)。それは何千何万、もしくは何億もの感覚器――言い換えれば、複眼の集合体で、遠目から見れば赤い宝石のように見える。

 それが頭環から送られた極超音波を捉えることで、アーヴは目で見ずとも周りの様子をうかがい知ることができる。

 

 アーヴをアーヴたらしめる極たるものと言ってもいい。

 

 美形の人間なら地上世界を探せば何万人も出てくるだろうし、髪の青い人種ならばもしかすると見つかるかもしれない。

 

 だが、空識覚を持つ存在は、この銀河系の中ではアーヴしか存在しない。

 二千年前、アーヴがこの銀河の中で初めて与えられ、そして今に至るまで手にしている感覚器だ。

 

 少しして、今船がいる閘門(ソヒュース)(ドッキングポート)内部が減圧されるのを感じた。

 目には映らない変化だが、空識覚の感じ方ならばそれが分かる。

 

アウポース門(ソード・アウポーサル)を通過いたします。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、通過』

 

 ここからは見ることができないが、今この瞬間、客船は門を通じて平面宇宙(ファーズ)から通常宇宙(ダーズ)に出たはずだった。

 

 その時、目の前の――そう感じるだけで、実際には連絡船の前の――閘門が、ゆっくりと左右に分かれて行った。

 その先は、星々の海(フィーフ・グリューラク)だった。

 慣れ親しんだ母なる星々の光が一斉に頭環を通じて飛び込んでくる。

 安心する光景だ。私は深く息を吸いこんで、そしてゆっくりと吐いた。

 数日ぶりの星海は、いつも安心させてくれる。

 

『連絡艇、低温噴射推進で離船します』

 

 かすかな加速力を感じさせて、連絡艇が閘門から星々の海に躍り出た。

 

 その時、私は客船の全貌を把握する。

 

 全長一二・七二ウェスダージュ(一二七二メートル)、真っ白な外殻を有した巨大な船だった。

 

 その表面には、帝国の所有物であることを示す帝国国章(ルエ・ニグラー)、『八頸竜(ガフノーシュ)』がある。縁取りは緑、地は船の色である白。

 やがて、すぐに別のものに意識が奪われた。

 

 客船の後ろに煌々と浮かぶ天体。

 

 直径は、目算で一ウェスダージュ(一〇〇〇キロメートル)

 淡い燐光を放つ巨大なそれこそが、今この客船が通って来た『開いた門(ソード・レーザ)』だ。

 

 彼方の異空間たる平面宇宙(ファーズ)と、我々の慣れ親しんだ通常宇宙(ダーズ)をつなぐ時空の狭間。

 

 相対的速度を超えた恒星間航行を保証する銀河の門。

 

 帝国を帝国たらしめる技術の根底。

 

 それが開いた門(ソード・レーザ)だった。

 

 そしてその逆方向、連絡艇の前方に、青く輝く恒星が見える。

 

 あれが恒星アウポーシュ。この星系一帯を照らし、アウポーシュ男爵領をそれたらしめる、母なる太陽だ。

 

 そして、アウポース門に寄り添うように浮かぶ構造体があった。

 

 開いた門(ソード・レーザ)や恒星アウポーシュに比べれば取るに足らない規模であったが、これが今回の目的地だ。

 

 その外観は戦艦。おそらくは退役した戦艦をそのまま流用したのだろう。私の記憶が正しければ、あれがアウポース男爵城館(ガリーシュ・リュム・アウポーサル)のはずだった。

 

 アウポーサル男爵城館が少しずつ近づいてくる。

 

 距離は大してない。連絡艇は四標準重力(デモン)でゆっくりと加速しながら、城館(ガリーシュ)へと向かっていた。

 

 やがて、ほんの数ウェスダージュにまで接近した。ここまで来れば、感覚的には手を伸ばさずとも届くように感じられる。

 

 そして、着舷する。

 

『アウポース男爵城館に接舷しました。お降りの方は、荷物をお持ちになり――』

 

 私はその先を聞かずに、機能水晶を引き抜いて席を立った。

 

「ふう……」

 

 また、緊張してきた。

 

 職場に着いたのだ。随分と時間のかかった出勤だったが、終ぞついてしまった。

 

 これからだ……。

 

「ご利用、ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 この乗務員とも長い付き合いだった。

 挨拶をして、私は城館側からかけられた搭乗橋を渡った。

 

 カツン、カツン、と高い音が小さく響き渡る。

 

 橋を渡りきるところに、移動壇が待っていた。

 

『お乗りください』

 

 思考結晶の無機質な音声がそう告げる。

 

 脚をかけると、すぐに移動壇は発進した。

 

 私はあたりを見回した。

 

 ……あまり、城館らしくない。

 あまり戦艦を城館にしてから、時間が経っていないのだろうか。内装はほとんど手をくわえられていないままだ。

 記憶の中にあるカセール伯爵城館とは似ても似つかない。

 

 移動壇に備え付けられていた画面を見る。

 

 操作してみると、空中に立体映像が浮かび上がった。

 

 この戦艦……もとい城館の内部の地図か。

 

 目的地であろう青い輝点の側に『男爵執務室(ガホール・リューム)』と書いてあった。

 

 結構近くらしい。すぐに到着した。

 

『お降りください』

 

 おりると、移動壇はすぐにどっかへと行ってしまった。

 

「……すごいな」

 

 目の前に、『執務室(ガホール)』という看板が掲げられた大きな扉があった。

 装飾のない城館だと思ってたけれども、ここだけ違った。

 

 荘厳な装飾が施された、重厚な大理石の扉……。

 この中に入ればいいのか……?

 

 あたりを見回してみる。

 

 ほかの家臣(ゴスク)らしき人はどこにもいない。

 ここに向かう途中にも一度も見なかった。休んでいるのか、それとも極端に数が少ないのか……。

 

 迎えの一人でも来るものかと思ってたけれど……。

 

 ゴウンッ、と音がした。

 

「うわっ」

 

 扉が動く音だった。

 目の前で、左右に分かれ開いていく大理石の扉。

 

 その向こうに、広い空間が見えた。

 

「……!」

 

 荘厳な空間だった。

 無機質な城館と違い、目も眩むほどの煌びやかな小世界だった。

 

 私は思わず天井を見上げた――――いや、天井と呼ぶべきものはそこには存在していなかった。

 

 それは恒星アウポーシュと星々の海だった。煌々と輝く青色の日の光が、そのままこの場所を明るく照らしていた。

 床には白い雲のような模様があしらわれた、青空のように鮮やかな絨毯。

 

 そして部屋の――床の青空の中心の机、恒星アウポーシュの真下に、腰を下ろす者がいた。

 

「ようこそ。ユリュア・ボルジュ=ティエノアル・センレーニュ」

 

 まるで限界まで張った弦を、優しくつまびいたかのような。

 

 鼓膜を官能的にふるわせる声だった。

 

 自然に、身が硬くなった。

 

「ようこそ、我が城館へ――――」

 

 ――――その姿は、思春期の少女そのものだった。

 

 アーヴは自らの子に遺伝子の手心を加える。

 

 この目の前のアーヴ女性は、そのような設計思想のもと、生まれてきたのだろう。

 だが、少女のような見た目をしているアーヴは、私から見ても珍しいものだった。

 

 貴族装束に身を包んだ少女――しかしその顔に浮かべられる表情はどこか達観していて。

 

 そして神秘的だった。

 

 少女の姿を使って地上に降りてきた女神――――地上には、そのような伝説があるという。

 

 彼女の真っ青な天球のような目が、まっすぐ私のことを見つめていた。

 

「どうぞこちらへ」

「はっ――はいっ」

 

 声が上ずってしまった。

 

 そう言えば、まだ敷居をまたいですらいなかった。

 

 一礼をし、その空間に足を踏み入れる。

 

 近づけば近づくほど……まるで恒星に近づきすぎた彗星が何もかも溶かされてしまうかのように、私は心臓が高鳴るのを感じた。

 

 この人が、アウポース男爵……。

 

 身長は一五〇ダージュもないだろう。しかしその年齢が見た目に相応するはずもない。

 

 青灰色のさらりとした繊細な髪の毛が、頭から肩口へと、ゆったりとした曲線を描いて垂れていた。

 

「っ!」

 

 男爵が席を立った。

 

 貴族の頭環から垂れるキセーグが、風変りな耳飾りのように揺れる。

 

「貴方のことは、なんとお呼びすれば?」

「はっ――はい、ユリュアでも、センレーニュでも、なんとでも」

「では、ユリュア殿」

「はいっ……」

「私のことは、ラスィーフ男爵(リューフ・ラスィーム)、とだけお呼びください」

 

 ラスィーフ……氏族名でも称号(トライガ)でもない、彼女の名前だった。

 

 男爵、という敬称がついているものの……。

 無礼にはならないのだろうか。

 

「あっ……」

 

 男爵と、目が合った。

 

 その途端、彼女は薄く、顔に笑みを浮かべた。

 

 私は、有無を言う事なぞ到底できなかった。

 

「っ……はいっ、ラスィーフ男爵……!」

「どうも、ありがとうございます」

 

 にこり、と男爵は笑った。

 

「では、どうぞお座りになって」

 

 気が付くと、すぐそばに自走椅子が用意されていた。

 

 木製の高級な衣装が施されたものだ。

 

 私はおそるおそる腰を下ろした――――自分の脚が震えていることに気が付いた。

 

 男爵に気づかれないように、私は深く深呼吸をした――――自分の心臓の鼓動が聞こえる。

 

 これから面接がはじまるのだろうか。

 

 正直、私は甘く見すぎていた――本当の貴族とは、このようなものか。

 

 カセール伯爵のことを私は思いだしていた。あの人とは何度も会ったが、考えてみれば、私には一度でも貴族としての顔を見せていなかった。

 

 それを今理解した。これが、本物の帝国貴族というものだ。

 

 風格と、気品と、そして美しさがあった。

 

 私はそんな帝国貴族の家臣(ゴスク)に、軽々しく応募しようとしていたのか……。

 

「そんなに緊張なさらないでください」

 

 見透かされていた……。

 

「す、すみません」

「ふふ……」

 

 男爵は口元を手の甲で隠しながら、かわいらしく笑った。

 何か、おかしいところがあっただろうか。

 

「実は、私も緊張しているのですわ、ユリュア殿」

 

 こちらを気を使ってくれているのだろうか。

 

「そっ、そうですか」

「この家の初めての家臣(ゴスク)を迎え入れようとしているのですから」

「えっ……!?」

 

 家臣(ゴスク)をやけに見かけない、とは思っていたが。

 私が初めて……!?

 

「意外でしたか?」

「はっ、はい……」

「我がアウポーシュ男爵家は、つい先日創建されたも同じ。家臣(ゴスク)の募集をかけたのもつい先日です。二五日前なのですよ、ユリュア殿」

 

 二五日前……私が移動していた時間を引けば、募集をかけてから立った五日で私が申し込んだという事だ。

 

「こうしてお会いできるのを楽しみにしておりました」

 

 私は自分の顔に血液が集中するのを感じた。

 

「こ、光栄です、男爵……」

「ええ。誠実そうな方で安心しましたわ。それで……」

 

 次に、何を言ってくるのだろうか。

 私は唾を飲み込んだ。

 喉が渇いてしょうがなかった。

 

「貴方が何ができるか、色々とお聞きしたいと思います」

「はっ、はいっ……!」

 

 仕事の話だ。

 

「技術系の資格はお持ちではない、とのことでしたね?」

「は、はい……お恥ずかしい限りです」

 

 何にも資格がないくせに申し込もうと思ったのが、今更恥ずかしくなってきた。

 

「いえ、問題はありません。こちらも承知で募集をしたのですから。ですが、ユリュア殿、飛行船(メーニュ)は翔ばせますわね?」

「はい、もちろんです」

 

 アーヴならば、何か異常がない限りは、誰でもできることだ。幼少のころから、アーヴは皆船を駆る。

 どれだけ貧乏でも、それがアーヴの日常であり、故郷たる宇宙を駆け巡るための脚だからだ。

 

「では、ユリュア殿。貴方には、反物質燃料(ベーシュ)の輸送を行ってもらいます」

 

 反物質燃料の輸送……確かに、それは私でもできることだった。

 

 男爵領には人が住める居住可能な惑星がない。そして改造して住めるようにできそうな惑星ももちろんない。

 そんな所領でも、それなりに需要があって、しかもどこでもできる産業が一つあった。

 

 それが反物質燃料の製造業だ。

 

 恒星の間近に太陽電池を設置して、その裏面にいくつもの加速器を取り付ける。

 恒星から飛びくる強烈なエネルギーを受け止めて加速器の中を亜光速まで加速させれば、この宇宙の法則にしたがい物質と反物質が生成される。

 

 その反物質を電磁網で捕まえて貯蓄すれば、どの船にも使われる反物質の燃料となるのだ。

 

 もちろん、太陽電池を備えた反物質製造工場は恒星の近くに設置する必要があるが、城館などの居住区画はそこから比較的離れた場所にある。

 

 そのために、門や城館の近くまで輸送する必要があるのだ。男爵はそのことを言っているのだろう。

 

「はい、わかりました」

 

 拒絶する理由があるはずもない。何もできない私に仕事を与えてくれたのだ。首を縦に振るほかないだろう。

 

 薄く優雅な笑みを、男爵は浮かべた。

 

 また心臓がドキリと高鳴る……なんて神秘的な人なんだろうか。

 

「それでは、この所領についての説明を致しましょう」

 

 男爵が自らの端末腕環(クリューノ)をいじると、天井にうつる恒星アウポーシュを中心とした天球から、ついさっきまで映っていた星屑たちは一斉に姿を消した。

 

 残ったのは恒星アウポーシュだけ。

 

 その青色の球が、今度はゆっくりと、私と男爵の頭上に舞い降りて来た。

 

 粋な演出だ。立体映像を使った遊び心だろう。

 

 その恒星を中心として、巨大な星系図が浮かび上がった。

 

「この所領には三つの惑星があります。第一惑星ヒリラサル、第二惑星ヒリルソイル、そして第三惑星コサーラ」

 

 男爵が言った並びで、内側から惑星が出現した。

 

「最も内側にあるのは○.三の標準重力(デモン)をもつ岩石惑星、真ん中にあるものは巨大な気体型惑星、そしてもっとも外側にあるのが氷と酸性の雨が降る氷型惑星です」

 

 内側から、ヒリラサル(赤瑪瑙)ヒリルソイル(茶瑪瑙)、そしてコサーラ(青星)……。

 

「そして、まばらな小惑星帯が三つほど」

 

 一番恒星アウポーシュに近く、第一惑星より内側にあるもの、第一惑星と第二惑星の間にあるもの、そして第三惑星の外側にあるもの。

 

 それらが男爵の言う順番に星系図に反映された。

 

 最も広いのは一番内側のもので、次に外側、最後に真ん中のものだった。

 

 おそらく一番内側のものは、うまく行けばいくつもの惑星になるはずだった岩石に違いない。

 

 それぞれ内側から、セーダ・フリール(内部小惑星帯)セーダ・バダーク(中部小惑星帯)セーダ・スローナ(外部小惑星帯)と名前がついていた。

 

 これだけ見れば、かなり豊かな所領(スコール)だ。居住可能な惑星がないだけで、有効な資源の数だけで見れば、そこらの邦国よりも多いのではないか。

 

「ゆくゆくは小惑星帯(セーダ)たちに資源採集工場を作りたいと思っています。ですが今は資金も人員も何もかも足りませんので、まずは基本的な反物質燃料の製造から行おうと思っています」

 

 もっともな意見だった。反論の余地はない。

 

「そして、城館と門が、ここにあります」

 

 第三惑星であるコサーラよりも、外部小惑星帯であるセーダ・スローナよりもさらに外側の場所に、二つの青い輝点が灯った。それぞれ城館と門の名が表示されている。この二つは寄り添うような軌道で恒星アウポーシュを周っている。

 

 最も恒星から近い位置でも、城館との距離は数十ゼサダージュ(数億キロ)はありそうだった。

 

 これでは船を使っても一日近く、反物質燃料工場までかかりそうである。

 

 なぜこれだけ距離があるのかには理由があった。

 

 門は開いているかどうかにかかわらず、常に平面宇宙側からやってくる熱量を輻射している。そのため基本的に恒星と反発し、星系の外側に位置するのが常だった。ものによっては、恒星から一光年以上も距離がある門もある。

 

 開いた門(ソード・レーザ)の状態になった門を動かす技術はないでもないが、費用対効果がすこぶる悪いと聞く。

 つまり、動かすくらいなら我慢してそのまま使った方が安く済むという事だ。

 

 素粒子ほどの大きさである閉じた門(ソード・グラーカ)の状態であればいくらか動かしやすいのだが、開いた門(ソード・レーザ)が閉じた門になるには数年単位の時間が必要だったし、全く現実的ではない。

 

帝国(フリューバル)からこの城館(ガリーシュ)である巡察艦と共に借り受けた連絡艇(ペリア)短艇(カリーク)があります。それを用いて製造工場(ヨーズ)からこの城館の軌道近くにお運びください」

 

 星系図が消え、今度は短艇(カリーク)が浮かび上がった。大きさは三ウェスダージュ(三〇〇メートル)ほど。

 見覚えのある短艇(カリーク)とは少し姿が異なっていた。後部にある座席区画の部分が本来より大きく膨れるような構造になっている。

 

「これが改造を行った、輸送用の短艇(カリーク)です。加速力は最大で七標準重力(デモン)

 

 短艇(カリーク)としては若干心もとない速度だが、輸送用としては申し分ない。

 後ろの膨れた構造が反物質積載区画なのだろう。

 

「何か質問は御座いますか?」

「いえ、ありません……あっ、そうだ」

「なんでしょう?」

 

 うかがうように、ラスィーフ男爵(リューフ・ラスィーム)は首をちょっとかしげた。

 青灰色の髪の毛がゆらりと揺れる。愛らしい動作だった。

 

燃料槽(ベケーク)燃料工場(ヨーズ)の付近の軌道に浮かんでいるという認識でよろしいですか?」

「ええ、もちろんです。ただ、燃料槽(ベケーク)をため込む軌道小惑星はまだこの所領(スコール)にはございませんわ。もちろん、それだけの量の燃料(ベーシュ)もまだありません。なので、後ほど指定いたしますが、そのまま燃料槽を近傍の軌道に配置してもらいますわ」

 

 いくら新興の貴族とはいえ、低く見すぎたようだ。運んで来れるだけの燃料槽(ベケーク)はちゃんとそこに存在しているらしかった。

 

「ありがとうございます。質問はもう大丈夫です」

「でしたら、次はお部屋をご案内いたします」

 

 すっ、と男爵(リューフ)は席から立ちあがった。

 

「こちらです」

 

 そう言って、執務室(ガホール)の出口方へと歩いて行く。

 

 本人が自分で案内するのか……と思ったが、他に家臣(ゴスク)がいないので仕方がないだろう。

 

 すると、にやりと男爵(リューフ)が微笑んだ。

 

「初めての家臣(ゴスク)くらい、私が自らご案内するのでは不満ですか?」

 

 ――見透かされていた。

 この人は、人の心を読む力でもあるのだろうか。

 

 また、心臓がどくどくと跳ね始める。

 

「い、いえ、滅相もありません」

 

 ふふ、と薄い笑みを浮かべて、男爵(リューフ)は歩いて行った。私もその背について行く。

 

 しばらく行くと、移動壇(ヤーズリア)が向こうからやって来た。

 先に男爵(リューフ)が乗ってから私は脚をかける。

 男爵(リューフ)が座った備え付けの椅子の対面に、私も座った。

 

「居住区画へ」

『かしこまりました』

 

 移動壇(ヤーズリア)が動き始めた。

 

 歩くより少し速い速度で、城館(ガリーシュ)の中を静かに進んでいく。

 

 ほかに全く音は聞こえない。移動壇(ヤーズリア)の小さな駆動音と、二人の息遣い。

 そして、風に当てられてさらさらとなびく男爵の髪の音だけだった。

 

 やがて移動壇(ヤーズリア)が止まった。

 

「ここが……」

 

 通路の左右に、ずらりと扉が並んでいた。

 

「ここが居住区画です。どこでもお好きな部屋をお使いください」

「は、はい」

 

 手始めに、私は一番近い部屋に近づいてみた。

 

 どうやら電子鍵はついていないらしく、すんなり横に開いてくれた。

 

 内部はそれなりに広い空間だった。奥行は三百ダージュほど、左にベッドが置いてあり、右に机や棚がまとめて置かれていた。

 

 奥の方に通路があり、部屋があるようだった。右側を開くと、そこは浴室に繋がる脱衣所だった。奥の方にあるのは手洗い場。

 生活にあたって必要なものはここに揃っていた。

 

 外に戻ろうとすると、扉の内側から電子鍵をかけられるようになっていた。自分の端末腕環(クリューノ)の電波型を登録する。

 

「お気に召したでしょうか?」

「ええ、もちろんです。ありがとうございます」

 

 これで、私は生まれて初めての、実家ではない寝床を手に入れることができた。

 

「それでは、仕事内容の同意と住居の承認が認められましたので、帝国法(ルエ・ラゼーム)にのっとり家臣(ゴスク)としての契約を仮契約から本契約へ移行することへの承認を、お願いいたしますわ」

 

 ラスィーフ男爵が端末腕環(クリューノ)をいじると、空間に契約書の立体映像が飛び出した。

 

 こういう儀式があるとは、知らなかった。

 

 右上には八頸竜(ガフトノーシュ)紋章(ニグラー)とともに『帝国法務局(ルエ・スポーデル・ラゼームル)』の文字があり、これが正式に帝国によって効力が保証された契約書であるという事を示している。

 

 私はそこに自分の名前を書いた。

 

 これで思考結晶(ダテューキュル)が私の指紋と筆跡を認識し、私本人によって書かれたものであることを確認したはずだ。

 

 あとは、三十日に一回来るであろう帝国からの巡回船(ベヒューリア)にこの情報が乗せられ、帝国法務局によって確認されるはずである。

 

 男爵(リューフ)はそれを確認し、満足げにうなずいて、立体映像を端末腕環(クリューノ)の中にしまった。

 

「では、改めて、よろしくお願いします。家臣(ゴスク)ユリュア殿(ユリュア・ラン)

 

 薄い微笑みを浮かべて、彼女はお辞儀をした。

 

「はい、よろしくお願いします、ラスィーフ男爵(リューフ・ラスィーム)

 












ビュセーク・スューヌ=アナレーム・アウポース男爵(リューフ・アウポーサル)・ラスィーフ
人種(フェーク):アーヴ(黎明の乗り手の子孫)
年齢:情報なし(リラグダニ)
身長:一五〇ダージュもない
所属:星界軍軍士(予備役) 主計科(サーゾイ)百翔長(ボモワス)
家紋:三つの灰色の環、その間に収まる赤、茶、青の球を背景にする柄の長い斧


アウポース男爵の当代。母ビュセーク・スューヌ=アナレーム・前アウポース男爵(リューフ・レカ・アウポーサル)・アナレーフが主計科元帥(スペーヌ・サゾイル)の地位に上り詰めたため男爵に叙され、そして間もなく地位を引き継いだ。母は現在帝国のどこかで隠居中。





原作には(おそらく)存在しないアーヴ語解説

フェーク faice(人種)語源は『分け』
アーヴ語:クロフェーク crofaicec(根源貴族)、語源となる言葉は『草分け』なので、『分け』の部分たるfaiceを抜き取って使用した。

ルーク ruecec(ガラスが)語源は『透け』
suce⇒suece(母音推移と母音弱化)⇒ruece(子音変化)⇒ruecec(主格語尾追加)

フィーフ fimh(海が)語源は『うみ』
アーヴ語:フィフェーム fimhaime(海亀)のfimを拝借した。

ヒリール hirirh(瑪瑙が)
語源はアーヴ語で星雲を指す『hirh』と石の『irh』を組み合わせたもの。

セーダ saidac(小惑星帯が)語源は『腕』
アーヴ語で腕を意味するsaidacをそのまま意訳して流用。

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