星界の小章   作:ケンタ〜

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輸送艇を駆る(ローバス・カソーベル)

『こちらアウポース男爵城館管制(ブリューセ・リュームスコル・アウポーサル)。城館搭載輸送艇(カソーピア)、応答願う』

「こちら城館搭載輸送艇(カソーピア)〈ナートン〉、通信異常なし(ドロシュ・ゴスノー)。第一埠頭(ベス)、減圧願う」

『了解、〈ナートン〉。減圧を行う』

 

 座席に接続した接続纓から流れ込む情報を通じて、埠頭内部の空気が抜けていくのを感じる。

 

『減圧完了』

「続いて、第一閘門(ソヒュース)、介抱願う」

『了解、〈ナートン〉。閘門(ソヒュース)解放を行う」

 

 目の前の壁が、ゆっくりと左右に分かれて行く。

 

「完全開放確認。出向許可願う」

『出向許可を与える、〈ナートン〉。電磁射出を行うか?』

「電磁射出による出航を希望する」

『了解、〈ナートン〉。無事なる航路を祈る(ビレ・エーナ)アウポース男爵城館管制(ブリューセ・リュームスコル・アウポーサル)、以上』

「感謝する。〈ナートン〉、以上」

 

 目の前に映し出されていた男爵(リューフ)の胸像が消えた。

 

 ほかに家臣(ゴスク)がいないため、男爵(リューフ)自らによって管制が行われている。

 

 目の前の画面に、今度は文字と数字が灯った。

 

『電磁射出まで 三、二……』

 

 零になってその瞬間、体が座席に押し付けられるのを感じる。

 

 肺が圧迫され、指先の欠陥がビリビリと痺れる。

 

 しかしそれも一瞬。船が悠久の宇宙空間にほうり出された途端、その感覚は消えた。

 

 空識覚によって背後の男爵城館が見える。巡察艦を流用した全長十ウェスダージュ(一キロメートル)超の巨大な構造体。

 

 そこから十分に距離が離れたところで、ビーッと音が鳴った。加速を許可する合図だ。

 

 私は手にはめていた制御籠手(グーヘーク)を、全力加速の形に結んだ。

 船の推進剤が全速力で後ろへたたきつけられ、電磁射出の時よりも激しい加速感が体を襲う。

 

 加速力は一五標準重力(七.二五G)

 

 アーヴの身体骨格構造にとっては大した加速度ではない。それどころか、かなり遅いくらいだ。

 

 私は頭の中に、切り取られた四次元時空を思い浮かべた。

 

 この宇宙船を中心とした、アウポース男爵領(リュームスコル・アウポーサル)の星系図だった。

 

 恒星アウポーシュから八ゼサダージュ(八〇〇〇万キロ)ほど。そこに、私の目的地がある。

 

 私は頭の中、恒星アウポーシュからちょうど三ゼサダージュほどのところを周回する反物質燃料工場(ヨーズ)を配置した。

 

 そして、今私がいる場所――恒星アウポーシュから一〇ゼサダージュ(十億キロ)のところからどれだけかかるかの試算を始める。

 

 少々長い距離だ。

 

 少し頭を集中して考える。

 

 すぐに答えが出た。

 

 思っていたより、かなり時間がかかりそうだった。

 

 このまま最適軌道をとれば、九三時間と五七分と八九秒。三日と二一時間と少しだ。

 

 帰るときはもっと時間がかかるだろう。今は十五標準重力で全力加速をしているが、燃料を積み終わった後は七標準重力ほどで加速しなければならない。

 

 燃料を積む時間も考えて、戻れるのは七日以上後だ。

 

 かなり贅沢な仕事だ。七日も船を駆らせてもらえる上に、給料までもらえるとは。

 

 空識覚に意識を集中する。

 

 回りをに浮遊する宇宙塵たちとものすごい速さですれ違っていくのを感じる。

 

 それらはほとんどが浮遊する小さな分子や、どこからかやって来た小惑星のかけらだった。まれに、金属のようなものも交じっている。

 

 いくらかこの船に衝突するものもあるが、船の外殻をひっかくだけで、悪さはしない。

 

 もうすでにこの船の速度は音速を超えた。このまま加速し続ければ、最終的に光速の〇.〇一ほどまで到達するだろう。もちろん減速も考慮する必要があるから、それ以上の速度は出せない。

 

思考結晶(ダテューキュル)

『はい』

 

 私は音声操作で、思考結晶(ダテューキュル)を呼び出した。

 

 画面にいくつかの項目が灯る。

 

「航路設定。現在の加速度を維持」

『了解。現在の加速度を維持した状態で、航路設定を行います』

 

 しばらくして、すぐに『完了しました』と来る。

 

「自動操縦切り替え」

『了解。自動操縦に切り替えました』

 

 私は制御籠手から手を外した。これで、私が何の操作を行わなくても、船が自ら操作を行ってくれる。

 

 あとは私は待つだけだ。

 

 ただし小惑星帯(セーダ)や惑星の重力圏に近づいたときには操作を行い、最適な航路修正を自分で行わなければならないが。

 

男爵城館管制(ブリューセ・リュームスコル・アウポーサル)

『こちら男爵城館管制(ブリューセ・リュームスコル・アウポーサル)。〈ナートン〉、いかなるご用がおありか?』

 

 画面に男爵(リューフ)の胸像が映った。

 

 貴族装束に身を包んだ、少女の顔立ちをした青灰色の髪を持つラスィーフ男爵。

 

 彼女らしくない、かしこまった口調だった。

 

「航路設定完了。これより九三時間と五七分と八九秒後、燃料製造工場(ヨーズ)へ到達予定。以上」

『了解、〈ノートン〉』

 

 通信が終わった。

 

 彼女と話せるのは、これから七日後になる。

 今はまだほとんど通信の時間的誤差はない。だが、目的地に着くころには数時間近くにまで膨れ上がっているだろう。

 

 だが、客船に乗っていた時よりはマシだった。

 何と言ったって、駆れる船があるのだから。全く加速力を感じない客船とは違う。

 

 アーヴである以上、船の駆り方は知っている。しかしユリュア一家は常に駆ることのできる船を所持できるほど裕福じゃない。

 

 さて、これから七日間。存分に楽しもう。

 

 

 


 

 

 

 三日が経過した。

 

「すっご……」

 

 目の前に、巨大な青色の恒星があった。

 

 生まれて初めてこんな間近で恒星を目にした。

 

 まだ恒星からは八ゼサダージュ(八〇〇〇万キロ)もある。しかし空識覚では、もう手が届けば触れられるのではないかというほどの距離にあった。

 

 青色の強烈な熱量を放つ恒星アウポーシュ。その表面模様が渦を巻いているのがよく見える。

 もっとも、空識覚では色は見えない。

 

 だから私は船内映像を投影して、その荘厳な姿を目にしていた。

 

 アーヴという種族は、自らを『星たちの眷属(カルサール・グリューラク)』という。

 

 今まで私はそれに全くピンと来ていなかった。ただ遠くで核融合をして地上世界を照らすだけの恒星に、どこに仕える魅力があるのだろう? と。

 

 だが、今分かった。『星たちの眷属(カルサール・グリューラク)』という称号を名乗り出した人たちの気持ちが、今よくわかった。

 

 こんなものを目の前にして、ひれ伏さないわけには行かない。

 

 何千度、いや何万度もの圧倒的熱量を宿し、我々を照らすその姿に。

 

 私の感覚は随分と地上人よりだったのかもしれない、と少し恥じ入った。私はアーヴなのだ。ただ遠くから恒星をじっと見つめているだけではいけなかった。

 

 その時、ビーッという音がした。

 

 私の意識は現実に引き戻される。

 

 私は恒星ではなく、今度はその周囲に意識を集中した。

 

 見えた。私の今までの目的地。三日間かけてやってきた、私の目的。

 

 すぐそこに、恒星アウポーシュの周りを回る、反物質燃料工場が浮かんでいた。

 

「自動操縦解除」

『了解。自動操縦を解除しました』

 

 私ははめていた制御籠手を加速の形に結んだ。

 

 手を伸ばせば届きそうな場所に、反物質燃料工場(ヨーズ)が浮かんでいる。

 

 だが、実際それとの距離はまだ数十ウェスダージュ(数キロメートル)ある。それと交差する軌道に合わせるための加速だ。

 

 しばらくして、私の頭の中で、反物質燃料工場(ヨーズ)とこの輸送艇(カソーピア)の未来の航路が交差した。そこで加速を止める。

 

 そして数十秒後、反物質燃料工場(ヨーズ)が目視できるほどの距離にまで接近した。

 

 その周りに小さな燃料槽たちが浮かんでいるのがわかる。とはいえ、工場(ヨーズ)とは少し離れた軌道に置かれているのだが、空識覚(フロクラジュ)の感覚ではすぐまわりにあるように見えるだけだ。

 

 やげて、反物質燃料工場(ヨーズ)のすぐそばまでやって来た。今度は感覚の話ではない。正真正銘、すぐそばだ。

 

 直径二五ウェスダージュ(二.五キロメートル)ある円盤型の構造。そこから恒星とは反対側に、五十ウェスダージュ(五キロメートル)ほどある柱の様な構造体が伸びている。

 

 これが反物質燃料工場(ヨーズ)の正体だ。

 

 恒星側には太陽電池が一面についており、恒星から放たれた膨大な熱量を受け止める。

 

 受け止めた熱量は、円盤の反対側の平面上についている十六個の加速器の中に流し込まれ、そこで生み出された超小型のブラックホールを亜光速でぶっとばす。

 

 そうすることで、物質と反物質が生み出される。

 

 反物質は電磁罠でとらえられ、円盤の後ろに伸びる柱のような構造の中を移動して、一番先の方で燃料槽(ベケーク)に梱包され、真空空間(ダーズ)の中に放られる。

 

 これが反物質燃料工場(ダーズ)の仕組みだ。おそらくどの所領(スコール)にもこれがあり、少なからずの利益を所領に落としてくれる。

 

 私は後ろに伸びている柱の方へと船を移動させた。

 

 空識覚(フロクラジュ)でとらえると、そこには空の燃料槽(ベケーク)を入れる場所があった。

 

 船の後方部をそこへ向けて、船をゆっくりと後退させる。

 

 燃料槽搬入部が私の船の改造された燃料積載部を捉えたのを確認すると、

 

「積載区画、分離」

 

 私の船から、改造された座席の部分が分離した。

 

 それは実は燃料槽(ベケーク)そのものだった。

 

 そのまま燃料槽(ベケーク)は工場の中に飲み込まれて行き、次に使われる燃料槽となるだろう。

 

 さて、次だ。

 

 もう工場(ヨーズ)には用はない。

 

 私は制御籠手(グーヘーク)を動かして、船を加速した。

 

 今度に向かうのは、工場(ヨーズ)近くの軌道を漂っている燃料槽(ベケーク)たちだった。

 

 燃料槽(ベケーク)は一杯になると、そのまま少しの加速を伴いながら、工場(ヨーズ)から分けて離される。

 

 反物質がため込まれた燃料槽(ベケーク)に万が一のことがあっては、工場(ヨーズ)にも影響を及ぼすからだ。だから、少し離れた軌道へと置かれる。

 

 身軽になった船では、あっという間だった。

 

 空識覚(フロクラジュ)で数えてみると、そこには八つの燃料槽(ベケーク)が浮かんでいた。

 

 これがこの所領(スコール)にある燃料(ベーシュ)のすべてなのだろう。私はその中の適当なものを選んで後ろ向きに近づいた。

 

 ガコン、と音を立てて、この船と燃料槽(ベケーク)が合体する。

 

「よし……」

 

 これで、終わりだ。

 

 あとは、この燃料槽(ベケーク)をラスィーフ男爵のいる城館(ガリーシュ)へと持ち帰るだけ。

 

 中身のいっぱい詰まっている燃料槽(ベケーク)はそれなりに重く、加速力は十五標準重力(七.五G)あったところから七標準重力(三.五G)にまで落ちてしまったが、まあ旅が一日ちょっと伸びるだけだ。特に問題はない。

 

 燃料槽群(ベケークラシュ)から少し離れて、私は制御籠手(グーヘーク)をゆっくりと加速する形に結んだ。

 







原作には存在しないアーヴ語解説

輸送艇 casopiac 語源は『運び屋』
hacobi⇒casopi+iac(語尾)




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