「……ん? 何だあれ?」
私はきらりと光るものを見た。
それは天頂方向にあった。
船内映像を投影して、それを目視する。
「
帯を引いた、何かの天体。
しかし、不思議なことに、その帯はものすごく小さかった。
それは目視では確認できないほどの大きさだ。
それに、ほとんど動いてはいなかった。
「ものすごく遠くにあるのか……?」
だが、それはそれで奇妙だった。
ものすごく遠くにあるのならば、なぜ私の目にすら見えているのだろう?
アーヴの目が大抵の地上人よりもいいとはいえ、せいぜいが倍くらいだ。常識の範囲内を超えない。
それがいきなり天頂方向に現れたとなっては、不思議としか言いようがないだろう。
さっきまでただ星々の海があっただけの場所に、いきなり出現した小さな光。
「もしかして、星が爆発したのかな?」
もしかすると、それかもしれない。だとすれば、見ることができたのは大変な行幸だ。
何千万年、もしくは何億年、ひどければ何兆年も生きる恒星たちの最期を、私はこの短い人生の中で、今、目にすることができたのだ。
何か感慨深いものを覚える――――もし、あれが本当にそうだったのならば。
それは、たった数十秒で姿を消した。
おかしい。
知識の中にある
「
『情報の詳細な指定をお願いします』
「ついさっきまで天頂方向で光っていた光の正体だ」
融通の利かない
『観測結果:不明』
「不明?」
『
「それだけか?」
『ほかに情報は確認できませんでした。ただし、先ほどのとらえた熱量はこの船に到達したものだけです。もしあれが球形の天体であるとするならば、全体の輻射する熱量を概算したところ、
「
少し腹が冷えた。
私はもしや、新しい宇宙現象を目撃してしまったのかもしれない。
そして、それを知っているのは融通の利かない
「すると、距離はわかるのか?」
『対象の大きさや形状が不明であるため、熱量輻射の角度の差による計算が仮定でしかできません。加えて対象が移動している場合は角度も変動しますので、その限りではありません。計算結果の誤差が大きく変動します』
「それでいい。大体百ダージュの小惑星くらいだとどれくらいの距離だ?」
『〇.五光年から五光年の範囲内にあると思われます』
「遠いな……」
運が良ければ星系内。悪ければ、隣の星系ほどの遠さ……。
だが、思ったより近傍だった。数十光年や数百光年の向こうの天体による現象ではなかったのだ。
「今はまだ観測できるか?」
『できません』
「そうか……」
私は画面を見やった。
ここから男爵のいる
ビーッ、と音が鳴った。
「うわっ」
なんだ!?
と思って画面を見たら、減速が終わったことを告げる音声だった。
「毎回びっくりするな……」
この音、もう少し優しいものにできないのだろうか。毎回そう思う。
そして、
私は
男爵によって指定された空域に、船を向ける。
時間が経って、その空域に到達すると、私はそこで
「よし……」
これで、仕事はすべて終わりだ。
あとは、私は
「
『はい』
「
『了解』
画面に『呼び出し中……』と出た。
しばらくして、その文字が男爵の胸像へと変わった。
『こちら
画面に映っていた数値系が消え、男爵の胸像に変わった。
男爵の顔を見るのは一週間ぶりだった。
久しぶりに見たせいだろうか。やっぱり神秘的できれいだった。
いでたちは少女そのものだというのに、見に纏う雰囲気は綽然とした貴族そのもの。
その落差に、思わず身が硬くなってしまう。
「こ、こちら〈ナートン〉。
『了解、〈ナートン〉。無事なる帰港を祈る』
かしこまった口調で、男爵がうっすらと微笑んだ。
その笑顔を見るのも、一週間ぶりだった。
思わず、見とれてしまう。
「……あ、か、感謝する、
『
通信が切れた。
「ふう……」
緊張した。
帝国の貴族と相対するのは、かなり緊張する。
それが上司と部下の関係という、雇用契約によって結びついたある程度近い関係であっても、それは変わらないらしい。
いや、逆に、そうだからこそ緊張してしまうのだろうか。
私は
積載区画を分離し、かなり身軽になった輸送艇は、少しの噴射でもぐんと加速をする。
「ぐっ――――」
一気に、
肉が肋骨に食い込み、血流が圧迫され、全身にピリピリとした感覚が迸る。
だが、アーヴにとっては、それほどの加速力はようやく『普通』と言える程度のものだった。そして、そこらがこの船の限界の加速度。
常に船を駆るわけでない私にとっても、少しの圧迫感が全身を抑える程度。
加速度を得た船が、真空空間に横たわる男爵城館の真横を亜光速で突っ切る。
全長百ウェスダージュ以上ある男爵城館も、その速度の下ではちょっとした通り道に過ぎなかった。
一気に逆噴射をし、速度を落とす。
ほんの数秒噴射しただけで、船と城館の相対速度はゼロに等しくなった。
そのままゆっくりを加速をしながら、この船は城館に向かう。
城館に近づくと、この船の操縦権が奪われた。
城館と
そして船は城館の中に入り、着船した。
「ふう……」
その時、下方向に、体が緩やかに引っ張られた。
久しぶりだ……
『着船しました』
わかりきったことを、
操縦席後ろの扉から中継区画に出て、そこの扉を開ければ、そこは
終わった……。そして、戻って来た。
長い仕事だった……。そして、結構、疲れた。
何より、ずっと一人でいたことが想像以上に応えた。
アーヴが真空空間を愛する種族だといっても、必ずしも孤独を愛する種族ではない。
「お疲れ様ですわ」
はっ、として顔を上げる。
搭乗橋の向こうに、ラスィーフ男爵がいた。
「いえ、ラスィーフ男爵」
その場で姿勢を正して、一礼をする。
「
「ええ」
にこりと微笑み、男爵は満足げにうなずいた。
「こちらへ」
「はい」
男爵が言うままに歩み寄ると、そのまま男爵は歩き始めた。
その後ろに、私はついていく。
「七日間もお仕事に従事してくださり、感謝いたしますわ」
ラスィーフ男爵がそう口にした。
「光栄の至りです」
今まで全く使ったことのない、見様見真似の謙譲語を頭の中から引っ張り出す。うまくできているだろうか……。
と、悩んでいる間に男爵が口を開いた。
「ユリュア殿、隣へ来てください」
「はっ、はいっ」
男爵が手で指し示すとおりに、彼女の隣へ並んで歩く。
何か言われるか、と思ったが、特に何もなかった。そのまま横に並んで、一緒に歩いて行く。
はたから見たら、親子のように思われるかもしれない。
なにせ、私の身長は一八〇ダージュ超。男爵の身長はおそらく一五〇ダージュもない。
しかし、よくよく態度を見れば、すぐに分かるだろう。なにせ、私は貴族の家臣にすらふさわしいかわからないくらい、ずっとおどおどしているのだから。
「あ、あの、ラスィーフ男爵」
ずっと隣を歩いているのも気まずい。
意を決して口を開いた。
「はい、なんでしょう?」
男爵が顔を見上げた。
薄く微笑む彼女の口元が、青灰色の髪の隙間から覗いている。
「いくらか、報告したいことがあります」
「急務ですかしら?」
「い、いえ。そうでもないです」
「でしたら、先にお休みをしてからでも遅くないはずですわ」
うかがうような目線を男爵は向けてきた。
「は、はい……」
休み……。休暇をくれるのだろうか?
しかし、疲れているとはいえ、身体的なものではない。アーヴにとって、船を駆るというのは本来、歩くのと同じくらい基本的なことだ。
男爵が脚を止めた。
そこは執務室の前、あの巨大な大理石の扉のある場所だった。
男爵が手をかざすと、大理石の扉がゆっくりと左右に分かれて開いていく。
その時、香ばしいにおいが私の鼻腔に飛び込んできた。
「こ、これは……」
大きな木製の机が、空間の中心に横たわっていた。
その上に並んでいるのは、装飾の品々と、二人分の杯と敷物。そして、その上にのせられた見たこともないような料理。
対面になるように、二つの椅子が並べられていた。
「七日間、
「え、えっと……」
戸惑いが止まらない。
今から男爵と食事をするのか……?
「どうぞ、お座りください」
ラスィーフ男爵に促されて、私は席に座った。その対面に、彼女も座る。
「わっ……」
腰を下ろすと、全身が包み込まれるような感覚に陥った。
感じたこともないような座り心地だった。見た目だけでなく、座り心地まで素晴らしいだなんて。
「改めまして、一週間にもわたるお仕事をこなしてくださり感謝いたします。ねぎらいの意味も込めて、お食事を用意いたしましたわ。他に家臣がいないので、機械による料理ですけれど」
「いえ、感謝いたします」
硬くなる体を何とか動かして、会釈をする。
「お仕事の間、何があったのかなど、よければお聞かせ下さいませ」
しばらくして、配膳機械が飲み物の入った瓶を持ってやってきた。
それを私は手にして、杯の中に注ぐ。
肺は綺麗なガラス細工で、余計な装飾はついておらず、単純だがそれだけに目の奪われる綺麗な細工品だった。
匂いを嗅いでみると、何か柑橘類の酒精が入った飲み物らしかった。
「お酒は飲めますか?」
「は、はい。もちろん……」
一応、成人はしているので、酒は飲める。
そうでなくても、アーヴは例外なく酒豪だ。遺伝子の設計改造によって、肝臓が片っ端から酒精を分解してしまう。
「
でも、実は初めてだ。今までん飲んだことはない。
私の遺伝子設計は、しっかりと機能してくれるだろうか……。
少しドキドキしながら、杯に口をつける。
柑橘類の心地よい酸味と共に、酒精のまろやかな程よい苦みが喉を通った。
「おいしいです」
正直良くわからなかったが、とりあえず言っておくことにした。
「それはよかったですわ」
言って、男爵は料理に手を付け始めた。
「……」
なんだろ、これ。
自分に出されている料理。
これが何だかわからない。
何か、花びらのようなものが更に盛りつけられている。その隣には椀に入った吸物だろうか。椀の隣にはおひたしらしきものも見える。
が、花びら、なんだこれ。
そもそも食べものなんだろうか? 食べていいのかこれ?
食べようと思ったら実はただの装飾品でした、なんてことはないよね?
い、いや、ただの装飾品の皿が、料理の乗った盆の四割がたを支配しているはずはない。
意を決して、箸を手に持ち、花びらをつまむ。
すると、花弁がするりと向けるように取れた。
それ口にする――――海鮮だ。
花びらのように見えていたのは、赤身魚の刺身だったのか。
おいしかった。
刺身は醤油でもつけて食べるものだと思っていたいのだが、この刺身にはあらかじめ味付けがなされていた。
とてもおいしい。刺身本来の味は崩さずに、それを引き立てるように調味料が塗り込まれている。
手が止まらず、気が付けば花びらをすべて平らげてしまっていた。
「お口にあったようで、何よりですわ」
「あっ……」
顔を上げると、男爵が手の甲で口元を隠しながら微笑んでいた。
「す、すみません」
顔が熱くなるのを感じる。
次に私はおひたしに手を付けた。
口に入れると、思ったより塩味が強かった。
浅漬けだったらしい。
これもまたおいしかった。
でも食べている途中で、多分これを一番最初に口につけるべきなんじゃないかと気付いた。単体だと味が薄すぎる。多分前菜的な役割なのだろう。
教養のなさが出た。
とりあえず、最後に椀に入った汁物。
白身魚が入った味噌汁だった。他にも色とりどりの野菜が一緒に入っている。
味はわたし好みの味付けだった。
味噌が濃くもなく浅くもなく、ちょうどいい感じになっている。おそらくさの刺身の花びらを食べながら楽しむものだったのだろう。
そうして、私は盆の上に乗っていた料理を、すべて平らげた。
対面を見ると、男爵はまだ途中だった。
確かこういう時って、向こうの速度に合わせて食べるものなんだったっけ……。
しまった。
また間違えてしまった。しかも相手は貴族だ……。
向こうの食べ具合も見ずに、自分だけ食べ進めてしまった。
それにラスィーフ男爵は少女の体を有している。それだけ口も小さいから、大柄な私よりも食べる速度が遅いのは当たり前だった。
だが、男爵は憤る様子は微塵もなかった。
食べ終わってしまった私を見て、何やら楽しそうな顔で微笑んでいた。
寛容な方でよかった。
とりあえず箸をおいて、瓶から柑橘酒を杯の中に注ぐ。
飲み物でも飲んで待ってよう。
口をつけ、酸味と苦みのある酒を流し込む。
少し体が温まって来た。
しかし、目が回ったり、意識が朦朧とするようなことはなく、ただじんわりとした心地よさが全身を包んでいる。
よかった。自分の遺伝子構造は、しっかりと仕事をしてくれているようだった。
「追加のお料理ですわ」
男爵がそう言うと共に、配膳機械が新しいものを持ってきた。
今度は、蓋をされた陶器が盆にのせられていた。
「ありがとうございます」
蓋を開けると、とろみのある汁の中に、葉や切り刻まれた根菜、そして何かの肉が一緒に入っていた。
「
「いただきます」
会釈をして、今度は匙で手をつける。
これもおいしかった。暖かくとろみのある汁を口に含むと、しゃりしゃりとした歯ごたえと一緒に優しい味が口の中に広がる。
海亀なんて食べるのは初めてだったが、普通においしい。だが、多分もしかしなくとも高級品だろう。今までそんなもの見たことも聞いたこともなかった。
食べる速度に関しては、今度はうまく行った。
男爵の食べる速度より遅いくらいで、ほどほどにゆっくりと食べると、男爵の方にも海亀の羹が運ばれてきた。
それに、ゆっくりと食べた方が高級料理の味を良く味わえた。
よく考えれば貴族の食事とは我々と違い、腹を満たすものではなく楽しむためのものなのだろう。
海亀の羹を二人同時に食べ終わると、軽く表面があぶられた赤身魚の身と、筍や蕪を詰めて似たものが出された。赤身魚の上には大葉などの香りの付いた野菜が軽く散らされている。
これが主菜だろうか。
「それで、どのような報告がおありですの?」
手を付け始めたとき、男爵が話しかけてきた。
「あ、はい。その……作業自体は全く問題なく行うことができました。ですが、その途中で気になることがありまして……」
「気になることですか?」
「はい。帰還の途中に、輸送艇の天頂方向に光るものを見つけたのです。それまで何もなかった真空空間だったのですが、急に空識覚に光るものを捉えました。そのあと、船内映像を投影したところ、目視でも確認できたんです」
「
男爵は
「映像を」
天球に映し出されていた星空と恒星アウポースが消え、私が乗っていた輸送艇の内部映像が映し出された。
そこにピカリと輝く一つの点が現れる。
そのほんの一部から、帯のようなものが飛び出しているのが見えた。ただ、本当に目を凝らさなければ、見えない程度の帯だった。空識覚でなければ、帯があることに気付けすらしなかっただろう。
男爵は、それを興味深そうに眺めていた。
「あれが何かわかりますか?」
「いえ……
私がそう言った瞬間、光がフッと消えた。
「御覧の通り、すぐに消えてしまったんです。それに、
「星系内に……?」
男爵は眉をひそめた。
「光った後は、
「数百ウェス……? そのようなことが?」
「はい……そうだ。男爵城館からも、観測ができたかもしれません」
「なるほど、確かにそうですわね」
男爵は感心したようだった。
「あの光のようなものが、こちらでも観測されたかを検索しなさい」
『見つかりました』
再び天球の映像が切り替わった。
『これだと思われます』
その時、天球の一点に、薄くぴかりと光るものがあった。
「かなり光量が暗い……」
男爵がつぶやいた。
だが、私が見たものよりは、はるかに暗かった。目視でも、かろうじてわかるように。そして、帯なんてものはほとんど見えなかった。
「
『球形の物体ではないか、もしくは一部のみから熱量が放射されてたのかもしれません』
「一部のみから……?」
男爵の顔が険しくなった。
「
『わかりました。概算された距離は、一.八光年です。およそ〇.八光年ほどの誤差が考えられます』
それでもまだかなりの誤差があったが、私の輸送艇のみの情報よりは誤差が絞れていた。
「ユリュア殿」
「は、はい。なんでしょう」
「貴方は、これが何だとおもいますか?」
「……お恥ずかしながら、皆目見当もつきません」
「……そうですか」
男爵の顔は難しいままだった。
自分の所領内で起こったかも知れない事象だ。それは不安にもなるだろう。
男爵は箸を持って食事を続けた。しかしその顔はまだ少し険しいままだった。
そのままほかに特に何もなく食事は終わった。
料理はすべて絶品で、素晴らしい味だった。
「とてもおいしかったです。ごちそうさまでした」
「お口に会ったのならば、何よりですわ。おつくりした甲斐があるというものです」
「いえ、こちらこそ。それで、男爵。次の仕事は何をすれば?」
すると、男爵は顔にはてなを浮かべた。
「あ、あの……?」
何かおかしいことを言ってしまったのだろうか?
「ユリュア殿、お疲れではありませんの?」
「い、いえ……特には。こうしておいしいお食事も出してもらえたことですし」
「あら……」
男爵は自らの頬に手を当てた。
「一週間も働いてもらったことですし、休暇をお出ししようと思っていたのですが……」
「あ、そう言う……」
休暇か……。普通に考えてなかった。
まあ、働いたらそれだけの休みはいるだろうし。帝国法にも労働者の権利だか何だかが書いてあるのを見たことがあるような気がする。
「すみません、実は自分は初めて家臣になったもので……休暇について考えてませんでいた。どれくらい休みをもらえるんですか?」
「そうですわね……私も初めて家臣をもったので、相場があまり……。一週間働いてもらったので、一週間お休みを出そうかと思っていたのですが」
「えっ……!?」
「あら、少なすぎましたか?」
「い、いや、そんなことはないです! ていうか多すぎます!」
男爵はきょとんとした顔で俺を見てくる。
「では、どのくらいがよろしいでしょうか?」
「ま、まあ……二日か、三日くらい……?」
まあ、自分も相場が分かってないので、適当な日数を口に出しておいた。
普通に一週間ずっと休んでたら申し訳なさすぎるし、こっちも給料をもらって働く側だ。
「でしたら、明日から三日、お休みを申し渡しますわ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「その間、城館にある施設などは好きにお使いくださいませ。何かあればすぐにお呼びください。なにせ、この城館には私とあなたしかいないことですし。それでは……」
男爵がそう言うと、配膳機械がやってきて、机の上にある盆や杯をすべて下げてくれた。
机も自動で動き、空間をとらないように自ら形を変え、床下に開いた穴から収納区画に入って行った。
椅子から立ち上がると、椅子も自動で収納されていく。
あとは私と男爵だけが残った。
「それでは、失礼します」
「ええ、ごきげんよう」
男爵は薄い笑みを浮かべ、私は執務室を後にした。
「ふう……」
部屋に戻る通路で、私は息をついた。
『お乗りになりますか?』
「いや、いい。ありがとう」
途中でやってきた自走壇がもの欲しそうに見てきたが、断った。
今は自分で歩きたい気分だった。
……あれはいったい何だったんだろうか。
頭の中に、奇妙な帯を生やした光が思い浮かぶ。
神秘的でもあったが、それでいて不気味でもあった。
部屋について、
私は脱衣所に入って服を脱いだ。
お湯を出して湯船に溜め、その間に体を流す。
「ふう……」
湯船につかると、自然とため息が出た。
全身の血管と神経が緩むのを感じる。
気持ちいい。
船では体を流すことはできたが、湯船はついていなかった。
天井を見上げると、白い湯気たちが上へと立ち上っている。
実のところ、まだ私には実感がなかった。
自分は帝国貴族のもとに仕える家臣になっている。
だが、まだどこか心が追いついていないような気がした。
この感覚は何なのだろう?
ここしばらくは変化が目まぐるしすぎた。
考えてみれば、私の人生はかなりぼんやりと生きていたような気がする。
人工子宮から出てきてから、全くほかの世界も見ずに母親にずっと育てられてきたせいだろうか。
伯爵の商館が、つい先日までの私の世界のすべてだった。無限の宇宙空間に生きるアーヴだというのに、地上世界よりも狭い場所で世界を認識していたというのは、なんとも皮肉であるが。
それが、つい先日、私は実家を追われてラクファカールに飛ばされた。何の事前準備もなく、ものすごく広い世界へと突き飛ばされたのだ。
そのせいだろうか。どこか今この瞬間を現実だと思えていないのは。
「はあ……」
思えば、もう一か月近く経つのか。
商館にいたころはあれだけゆっくりと進んでいた時間が、流星のように早く過ぎ去っていく毎日だった。
眠くなってきた。
風呂から出よう……。
体についた水分を拭きとって、脱いだ服を脱衣所の棚から取り出す。
この棚は自動洗浄機能付きだった。すでに洗われ、乾燥された服に袖を通す。
そして、私はベッドに横たわった。
疲労がどっと体を襲った――――ようやくか。
休みを貰えてよかった。自覚していないだけで、私は疲れていたらしい。
それから数秒足らずで、私は意識の緒を手放した。
原作に(多分)存在しないアーヴ語
オラジュ aulragh 語源は『熱さ』 一オラジュ=一ジュール(熱量の単位)
atui⇒auta(形容詞化語尾のa?)⇒aula(母音変化)⇒aula+ragh(○○のような、○○さ)⇒aulragh
haze⇒haeze⇒caeze⇒bho(大) caeze⇒bho caeze