星界の小章   作:ケンタ〜

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まえがき

アーヴ語の数字の読み方が変わる人がいたらよければ教えてください。とくにゼロにあたる部分の読み方が分かる人がいたらよろしくお願いします。


来訪(ノークスレ)

 

「こちら男爵城館管制(ブリューセ・ガリーシュ・リュム)。聞こえますか、サンシャーヌ技師協会所有船搭載連絡艇(ペリア)?」

『聞こえています。サンシャーヌ技師協会所有船メハニーシュは、標準時十五時四十七分、アウポース門を通過予定』

「了解、サンシャーヌ技師協会所有船搭載連絡船(ペリア)。確認が取れましたので、通信を打ち切ってもかまいません」

『感謝します、男爵城館管制(ブリューセ・ガリーシュ・リュム)

「こちらこそ、サンシャーヌ技師協会所有船搭載連絡艇(ペリア)

 

 ぶつり、と通信が切れた。

 

 なかなかうまく行ったんじゃないか、最初の家臣(ゴスク)としての外部の通信は。

 

「男爵、サンシャーヌ技師協会所有船搭載連絡艇(ペリア)との連絡が取れました。標準時十五時四十七分に到着予定とのことです」

『了解しました。通信ご苦労様です。そのまま管制(ブリューセ)の方はよろしくお願いします』

「はい、ありがとうございます」

 

 男爵の胸像が消え、画面だけになる。

 その画面は前方の視界いっぱいを占めていて、その中心には淡い燐光を放つアウポース門(ソード・アウポーサル)が浮かんでいる。その背後にあるのは、満天の星空だ。

 

 あと三時間ちょっとで、サンシャーヌ技師協会所有船がやってくる。

 今回、燃料槽小惑星(ソブ・ベケーカル)を組み立ててくれる技師協会(ガリュール・ファゼル)だ。

 男爵の話によると、結構最近設立された技師協会(ガリュール・ファゼル)らしい。

 そのせいか結構良心的な価格設定になっているそうで、新興であまり懐に余裕のないアウポース男爵領にはかなりありがたい取引相手なのだそうだ。

 

 一仕事ついたし、お茶でも飲むか……。

 と、席をはずそうとした瞬間。

 

 ビーッ、ビーッ、ビーッ!

 

「なっ!? なんだ!?」

 

 いきなりけたたましい警報音が鳴り響いた。

 

 急いで席に戻り制御卓を操作する。

 

「何が起きている!?」

『不明の時空泡が門に近づいています』

「え!?」

 

 私は接続纓(キセーグ)を伸ばして、機能結晶(コス・キセーガル)を座席の接続機へと放り込んだ。

 

 城館の感知器群が一気に私の脳内へ情報を送り込む。

 

 燐光を放つアウポース門がよく見える。

 その表面に、ひとつ浮遊する物体があった。

 だが、あれではない。あれは門の向こうに常駐しているはずの無人の監視衛星だ。あれがやって来て、此度の信号を送ってくれたのだろう。

 

「情報を引き出せ!」

 

 その瞬間、画面いっぱいに平面宇宙図(ヤ・ファド)が表示された。

 

 真っ白で何もない全く平面の宇宙図。

 

 その中に、とぐろを巻く物体が浮かんでいる。それが平面宇宙(ファーズ)側のアウポース門(ソード・アウポーサル)だ。

 

 そして、赤い輝点がその近くに灯った。これが例の時空泡か。

 

「これは何だ!」

 

 輝点の側に文字が灯る。

 

 情報なし(リラグダニ)

 

「質量は!」

『連絡艇規模の質量だと考えられます』

 

 点滅する輝点は全く動かなかった。監視衛星がよこしてくれたこれは、写真なのだろう。

 

「もっと情報を!」

 

 言われた通りに、監視衛星が門に飲み込まれて消え、そしてまた戻ってきた。

 すぐさま、情報が更新される。

 

 赤い輝点がこの門へと、確かに近づいてきていた。

 

 そして、赤い輝点から未来の進行方向を予測する破線がまっすぐと伸びる。

 

 それは、平面宇宙(ファーズ)側のアウポース門と交差する軌道だった。

 

 伸びた破線の側には、『二七〇天浬(ケドレル)』、そして『到達まで残り一時間三十分』と書いてあった。

 

「なぜ気づけなかった!?」

『監視衛星が門の裏側を監視していたところにここまで接近したものと思われます』

 

 と、輝点の進行方向とは逆に、過去の航路を予想する破線が現れた。

 

 平面宇宙において、遠くにいる対象を知る方法はたったのひとつだけある。

 それは平面宇宙において光の速さで伝播する質量波だ。

 しかし、この質量波も完璧ではない。質量波でも、門を透過することはできなかった。

 

 監視衛星が監視していた場所とは全く別の方向からやってきていたのだろう。

 

 そして、過去の航路を予想する破線をたどっていくと、ひとつの門にたどり着いた。

 

ゴーダ一七八門(ソード・キュトダンガ・ゴーダル)……?」

 

 これは使われていない門であるはずだ。

 というか、使う意味がない。

 

「この門は使われていないはずだぞ。向こう側は一.五光年離れた先に恒星があるだけだ」

 

 つまり、門の向こうには何もないに等しかった。

 恒星系から遠すぎて使われない、典型的な不使用門だ。実際、こういうのが発見される門のほとんどを占める。

 

 しかし、他の進路の予想は表示されなかった。

 情報が足りなさすぎる。あの不明な時空泡(フラサス)がどこから来たのか、今は皆目見当がつかない。

 

 ほかの有人星系門にある監視衛星からの情報と突き合わせたいものだが、あいにくそれは無理というものだった。連絡を取るより先に、正体不明の時空泡がやってくる。

 

「男爵!」

 

 私は回線を繋げた。

 

『どうしましたか?』

「正体不明の時空泡が、この門をめがけてやってきています!」

『何ですって?』

 

 画面の向こうの男爵が眉をひそめた。

 

『詳細は?』

「えっと……思考結晶(ダテューキュル)、まとめて!」

 

 思考結晶が返事をして、ごく簡潔な文章にし、男爵へと送ってくれる。

 

 それを男爵はざっとあらためてから、こちらに目を向けた。

 

『つまり、何もわからなかったという事ですわね?』

「簡潔に言うとそう言うことになります。いかがいたしましょう、ラスィーフ男爵」

『私が連絡艇に乗ります』

「え?」

『何においても、まず先方への連絡です。あれが危険物であれば、それにさらすわけには行けません。発進の準備をなさい、ユリュア殿』

「はい、わかりました、ラスィーフ男爵」

 

 通信が切れた。

 

 席を立とうとした瞬間、監視衛星から新しい情報がやって来た。

 

 やはり、その正体不明の時空泡は航路を変えない。

 

 しかし、また別の情報が追加されていた。

 

「どういうことだ? 質量が減っている」

 

 つまり、時空泡が規模を縮小させているという事だった。すこしずつ小さくなっていっているのである。

 

「原因は?」

『不明です』

 

 期待していた通りの回答が返って来た。

 だがこの調子では、アウポース門に着くかどうかというところだ。

 

 本当にあれはいったい何なのか。

 

「だがまずは男爵だ」

 

 私は意識を切り替えて、制御卓を操作して城館の発着港へ制御を切り替えた。

 

 この艦に積まれている連絡艇は一つだけだった。私はそれを拡大表示して、出港に必要な操作をしはじめる。

 

 船体の精査、制御系の状態確認、それから燃料の注入、時空泡発生装置の動作確認。

 

 それらすべてが終わるころに、移動壇(ヤーズリア)に乗って男爵がやって来た。

 すぐさま連絡艇(ペリア)に乗り込み、彼女からの映像がやってくる。

 

『緊急出港要請』

「緊急出港要請確認。連絡艇(ペリア)に緊急出港の許可を与えます」

『電磁射出希望』

「了解、電磁射出まで、三、二、一……」

 

 私は画面となりの『緊急電磁射出』の覆いを外して、それを全力で押し込んだ。

 

「発射!」

 

 その瞬間、管制の画面から連絡艇の情報が消えた。

 そして、私の空識覚が、城館から飛び出す連絡艇を捉える。

 

 連絡艇は迷いない軌道をえがき、アウポース門へと向かう。

 そしてその直前で時空泡を発生させ、門への向こうへと消えて行った。

 

 その時、再び画面上に平面宇宙図が現れた。

 

 また、情報が更新されている。

 

 正体不明の時空泡は徐々に徐々に、だか確実に門へと近づいてきていた。

 

 しかし、その質量が更に減っていた。

 

 何が起きているのだろうか。しかし、通常宇宙側にいる私にできることは何もない。そして私は艇長徴章(ブセスパス)を持っていない。つまり、平面宇宙航行機能(メーンラジュ)のある連絡艇を持っていたとしても、私は平面宇宙を航行することは許されないのである。

 

 正体不明の時空泡。その質量が減っていくごとに、時空泡の到達予想時間は早まっていく。

 なぜならば、全く異なる物理法則によって支配される平面宇宙では、すべての物体の移動速度はその質量によってのみ定められるからだ。これに例外はない。いかなる航法の船であっても、質量が大きいものは遅く、小さいものは早い。

 

 しばらくして、門から飛び出てくるものがあった。男爵の連絡艇だ。

 画面に通信が灯る。

 

『当方への連絡が終わりました。例の時空泡がやってくるまで、待機をしてもらいます』

「了解しました。それで、我々はどういたしますか」

『城館を加速させてください。できるだけ、門から距離をとります』

「城館を……っ、分かりました」

 

 この男爵城館(ガリーシュ・リュム)は、引退したビルジュ級巡察艦(レスイー)をそのまま流用した城館だった。

 

 かつて巡察艦(レスイー)巡察艦(レスイー)たらしめていた兵器類はすべて取り払われている。反陽子砲(ルニュージュ)凝集光砲(ヴォークラーニュ)電磁投射砲(イルギューフ)時空泡発生機関(フラサティア)。それらすべて。

 

 だが、たった一つだけ、残っているものがある。それは艦の機関部だ。

 本来これも取り払われる予定だったが、男爵は帝国に追加料金を払って残したのだという。

 

「私にできるか……?」

 

 通信を打ち切ってから、私はつぶやいた。

 

 制御卓の横の床がせりあがり、その中から制御籠手(グーヘーク)が出てきた。

 

 今私がいる管制室(シル・ブリューセガル)は、かつてこの巡察艦(レスイー)艦橋(ガホール)だった場所の一部だ。

 つまり、ここから船の全体を制御することができる。

 

 私は制御籠手(グーヘーク)をはめた。

 

「ふう……」

 

 そして、深呼吸をする。

 

 帝国を象徴する巨大艦。それを操作するのは、これが初めてだった。

 

「安全装置、解除」

『権限者であることを確認。安全装置を解除』

「機関部へ接続」

『機関部と管制室の回路を接続』

対消滅機関(フリセースィア)、起動」

対消滅機関(フリセースィア)、起動』

「うっ……」

 

 その時、城館全体が低い音を伴って、振動した。

 

 これが巡察艦(レスイー)の揺れか。

 かなり不気味に感じた。

 

対消滅機関(フリセースィア)に水を供給。ついで、反陽子供給準備」

『水、供給確認。反陽子の供給準備。準備完了』

「……ふう……」

 

 私は、小さく息を吐いて。

 そして、息を吸いこんだ。

 

抜錨(ダイセーレ)――――!」

 

 その瞬間、轟音が鳴り響いた。

 

 私がそう感じただけで、実際はもっと小さな音だったのかもしれないが。

 

 私はその音と共に、座席に激しく押し付けられた。

 

「ぐッ――――!!」

 

 これが、対消滅機関による加速か――――!

 

 強く激しく不気味な振動と共に、艦全体が前進した。

 

「城館を、制御しないと……!」

 

 初めての出来事に子供のようにかまけている場合ではない。

 

 制御籠手(グーヘーク)の操舵に集中し、そして頭の中に四次元時空を思い浮かべる。

 

「男爵っ! どの軌道へ離脱すればいいですか!」

『――――へ!』

「分かりましたっ!」

 

 アーヴにしか理解できない、航路の指定。

 私はそれを瞬時に脳内に反映して、そして制御籠手(制御籠手)を、加速の形に結んだ。

 

「くっ……!」

 

 かなり、短艇(カリーク)連絡艇(ペリア)とは勝手が違った。

 

 全体が、重い。まるで自分の体に鉛を乗せているかのような手ごたえだった。

 すこし船体を傾けるにもそれなりの時間と動作時間が必要だ。しかも、これでも多くの兵装を取り外しているのか。

 

 今まで自分は全く小さな小舟しか操縦してこなかったことを思い知らされた。

 まるでいきなり自分が巨人になったかのよう。

 

「よし……!」

 

 この船の速度と軌道が、脳内の四次元時空の軌道と一致した。

 そこで加速の形を解き、航路を微調整する。

 

 これで、終わりだ。

 

「ふうっ……!」

 

 私は座席に体をほうり出した。

 

 ただ巡察艦(レスイー)をすこし動かしただけだというのに、長い間走ったあとかのようだった。

 

『よくやってくれましたわ、ユリュア殿(ユリュア・ラン)

「え、ええ、ラスィーフ男爵(リューフ・ラスィーム)

 

 画面に表示された男爵の胸像が、にこりと微笑んだ。

 

 空識覚(フロクラジュ)でも、男爵の乗る連絡艇がこの艦の周りを飛んでいるのが分かる。

 

「男爵、着艦なされますか?」

 

 私は全身の力が緊張から解けるのを感じながら、聞いた。

 

『いえ、私はこのまま連絡艇で待機いたしますわ。当方に連絡を取ることができるのは、この船だけです。ですがもしものことがあったときは、すぐに着艦しますから、ユリュア殿は乗ってください』

「分かりました。ですが、そのもしもの時が来ないことを祈りたいです」

『私もですわ』

 

 その時、また新しい平面宇宙図(ヤ・ファド)が更新される。

 

 再び、時空泡(フラサス)が近づいてくる。また、速度を増して。つまり、どんどんと小さくなっていっているのだ。

 一瞬、何かの我々の知らない物理現象かとも思う。

 だが、その動きは一目見れば、人為的な物であることが分かる。

 平面宇宙(ファーズ)を満たす時空粒子(スプーフラサス)の動きに、全く応じずにまっすぐこちらへと向かってくるからだ。

 しかし、もしあの中に人が乗っているのであれば、もう少し流れに乗った方がいいのではないのだろうか。密度の差から生まれる時空粒子(スプーフラサス)の流れは、追い風とも向かい風ともなりうる。

 

 しかしそんなことはお構いなしにと、その小さくしぼみつつある時空泡(フラサス)はやってくるのであった。

 

 あとは、待つだけだ。

 

 


 

 

 一時間三十分後――――

 

 まもなく、正体不明の時空泡(フラサス)がやってくる時だった。

 

 私は今、短艇(カリーク)に乗り換えていた。城館(ガリーシュ)は安全のためにすでに門からは遠く離れた軌道まで行き、私の近くには男爵(リューフ)の乗る連絡艇(ペリア)が浮かんでいる。

 

 時空泡(フラサス)がやってくる前の最後の情報を、監視衛星が我々に送ってくれた。

 

 もう疑う余地もなかった。今やほとんど時空粒子(スプーフラサス)と見分けのつかないほどに絞んだ時空泡(フラサス)は、この門へと侵入しようとしている。

 

「予想到達時刻まで――あと、二十八秒」

 

 私ははやる動悸をおさえ、音声だけつながっているであろう男爵へ向けて言った。

 

「二十五……二十……十五……十、九、八、七、六、五、四、三、二、一……ぜ、ろ……?」

 

 出て、来なかった。

 

「なんだと?」

 

 まさか……

 

「裏側に出たか!」

 

 門を通過する際、平面宇宙(ファーズ)通常宇宙(ダーズ)かに限らず、門のどこに出るかは全く確率的に決められる。つまりでたらめという事だ。

 

「加速します!」

 

 私は制御籠手(グーヘーク)を全力加速の形に結んだ。

 

 二十標準重力(デモン)もの加速力が体を押さえつけ、(メーニュ)を前方に吹っ飛ばす。

 

「どこへ出た……」

 

 私は門を右側から回り込んだ。

 だが、なかなか見えてこない――――

 

「あっ――――」

 

 あった、と私は言おうとした。

 

 そして、私は絶句した。

 

「男爵――――」

『――――!』

 

 電波の向こうの男爵の、動揺の音が聞こえた。

 

 私は自分の空識覚(フロクラジュ)を疑った。

 何度か意識を集中しなおしてみる。

 だが、間違いない――――

 

 あれは、船だ。

 今、崩壊した状態の。

 

 物体が、燐光のすぐそばを漂っていた。

 

「門を通過する瞬間に、時空泡が切れたのか――――?」

 

 いや、考えている暇はない。

 

 あれにもし、人が乗っていたとしたら……!

 

 船を全力加速させる。

 

 門は常にかなりの熱量を通常空間にばらまいている。

 その熱量が、崩壊した船だったであろう部品を燐光から遠ざけて行っていた。再び門の中に突撃する心配はない。

 

 私は、空識覚(フロクラジュ)を集中させた。

 

 部品はかなりひどい状態にひしゃげ、空間にばらまかれている。もはや、崩壊する前の船の姿を特定することは困難なほどに。

 

「どこだ……どこにいる」

 

 人の形は、ないか――――

 

 それとも、崩壊に巻き込まれたのか――――

 

「――――!」

 

 見つけた!

 人だ――――!

 

 空識覚(フロクラジュ)が無ければ、絶対に見つけられなかった。

 

 おかしな寸胴な与圧服(ゴネー)のようなものに身を包んだ人の姿がそこにあった。

 

 私はゆっくりと短艇をそこへ近づけた。

 

 そして、部品が漂う空域のすぐそばで船を止める。

 

 接続纓(キセーグ)を抜き取り、私は座席の下から与圧兜(サプート)を取り出し、装着した。

 そして、腰に推進帯(ビズウェーヴ)を巻き付ける。

 

思考結晶(ダテューキュル)、現在の航路を維持!」

『了解、現在の航路を維持』

 

 私は気閘室(ヤドベール)へ向かった。

 

 気閘質(ヤドベール)へ入ると、そこで空気が抜かれる。

 最後の扉が開き、悠久の宇宙空間への道が開かれた。

 

「――――!」

 

 目視で、私は目の前に散らばる部品の数々を目にした。

 船の船外空識覚(フロクラジュ)とみるのでは違う。圧倒的に巨大な部品たちが、そこらじゅうを漂っている。

 

 船の扉を蹴り、真空空間に踊り出る。

 もうそこには上も下も、前後左右もない。

 

 空識覚(フロクラジュ)に意識を集中し、先ほど見つけた人影を探した。

 アーヴの空識覚(フロクラジュ)は、船に接続していない普段は、自分の身の回りの極超音波を捉え、三百六十度の万能探知機になってくれる。

 

「――――見つけた」

 

 距離、目算で千百五十ダージュ(十一メートル五十センチ)――問題はない。

 

 そこら中に、金属の部品たちがただよっている。

 そのうちのひとつをつかみ、足元へと放り投げた。

 

 その反動で、私の体は頭上の方向へと飛んでいく。

 

 それを繰り返すことで、私の体は着実に前方へと進んでいく。

 

 高速で飛んでくる部品は空識覚(フロクラジュ)でとらえて事前に避け、目の前に立ちはだかる巨大な部品は推進帯を噴射して、軽く軌道を変えて避ける。

 アーヴは無重力の真空空間に慣れ親しんでいる。これくらいは、日常の範疇と言ってもよかった。

 

 そして、たどり着いた。

 

 その腕を私はがっしりと掴んだ――――とても硬い。

 

 真っ白な与圧服(ゴネー)。人のシルエットをそのまま太らせたかのようなその与圧服の表面には、なにやら訳の分からない(ボタン)や機械のようなものが多々取り付けられていた。

 そして、その与圧服(ゴネー)の主はどうやら、意識を手放しているようだった。真空空間の中を、ただ漂っている。

 

 その与圧兜(サプート)の中身はうかがい知れない。視界では恒星アウポースの光を表面が跳ね返し、空識覚(フロクラジュ)では表面の透明部分が邪魔をしている。だが、中に人がいるであろうことはわかった。

 

「船に、帰還する」

 

 男爵に伝わっているだろうか、私は報告した。

 

 真っ白な与圧服を抱きしめて、推進帯(ビズウェーヴ)を噴射する。

 

 乱雑な部品たちを避け避け、私と白い与圧服(ゴネー)は、短艇(カリーク)の気閘室へと進入した。

 

 まもなく、与圧がはじまる。

 

 そして、私は与圧兜(サプート)を取った。入れられたばかりの空気の匂いが、鼻腔の中に充満する。

 

「ふう……」

 

 私は、与圧服(ゴネー)の方を一瞥した。

 

「女、か……?」

 

 気閘室のあたたかな光に当てられて、その女は長い睫毛のまぶたを閉じていた。







用語解説

平面宇宙において、速度はほかのどの要素にも関わらず、質量によってのみ決められる。
どれだけ頑張って加速しようとも、速度は質量によってのみ決められ、変わらない。

完全移動状態を取った場合の最高移動速度(時空粒子などに邪魔されず、まっすぐ進む時の速度)は質量の平方根に反比例する(つまり、質量が大きければそれだけ速度は落ち、小さければ速度は増す)。

そのため、速度、距離も通常宇宙とは異なる単位であらわされる。


天浬(ケドレル):100トン(1セボー)の物体が、完全移動状態をとったときに、一秒で進む距離。
天節(ディグル):物体が一時間の中で、1天浬を進むときの速度。一時間に2天浬進むことができれば2天節。


ちなみに、100トン(1セボー)の物体が出せる速度は3600天節。(1秒に1天浬進めるので、一時間では3600天浬進める)
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