暗夜の王と暁の姫 ~学校一の美少女に声をかけられたと思ったら、刃物を向けられた。 作:ななななななな7
陽が落ちて月の光だけが道を照らす。
吐いた息が白くなる。
膝まである裏起毛のコートを着ていても、何もはめていない両の手は体温が奪われ、指先に至っては感覚が鈍くなる。
冷蔵庫に何も入っていないことに気づいていれば学校帰りにスーパーに寄っていたのにと思わず溜息が出る。けれど、そんなことを言っても時間が巻き戻るわけでも無い。
レジ袋を握っていない方の手をズボンのポケットに入れ小走りで林道を走る。
一秒でも早く家に帰って暖を取りたい。そんな思いからの行動であった。
人通りの多い歩道であれば躓いた際に他の人に激突してしまう危険性があるが、この先は自身の家しかないのだから気にする必要は無い。
それに自分は夜目が効くのだから大丈夫と高を括っていた。
実際、少し遠くから歩いて来る人影にも気づけた。十分に距離に余裕を持って隣を抜けた。
しかし、そこで、手を掴まれる。
思わずバランスを崩してその場に倒れ込む。
レジ袋に入っていたカップ麺とおにぎりが林道を転がる。
ポケットに手を入れていたせいで受け身も取れず無様に転がり、コンクリートすら敷かれていないせいで服は泥だらけになる。
更に顔には擦り傷が出来、左肘には思い切り地面に当たったことで打撲痕が出来ていた。これだけで済んだのは一重に道路がコンクリートで出来ていなかったためであり、それを考えれば泥だらけになったとはいえ、地面が柔らかい土で良かったと言えた。
転んだ拍子に地面に転がったカップ麺やおにぎりを拾うと包装についた泥をはたいてからレジ袋の中に入れる。
そんな俺に対し、転ぶ原因になった手を掴んできた男が声をかけて来た。
「あ、すいません。喉が渇いてしまって、本当は林道の先にある家に行って飲み物を分けて貰おうと思ったのですが、いないようでして、何か飲み物を分けてくれませんか?」
すいませんとは言いつつも先程俺を転ばせたことについては含まれていないような、話の導入として使ったようなその言葉に対し、多少の憤りを感じながらも、俺はレジ袋に入っていたメロンソーダを取り出す。
「もしよければ、これどうぞ」
面倒ごとも嫌なのでさっさとどこかに行けと言う気持ちを込めて押し付けるように乱暴にそれを差し出すと男は満面の笑みを浮かべ俺の手を包み込むように握ってくる。こちらの意図を理解していないのか?
そう思ったのも束の間、男が口を大きく開ける。肉食獣と見紛う程鋭く異常発達した犬歯が顔を覗かせた。
瞬間、脳裏を過る
男は顔を抑えながらよろよろと二歩三歩と後退する。
俺はその隙に血で剣を象るとそれを構える。
その姿に男は然も驚いたというように目を丸くするが、その表情も次の瞬間に崩れ、にやにやと見下すような馬鹿にするようなそんなマイナスな印象を与える笑みを浮かべる。
「いや、なんだ。お前も吸血鬼だったのか。まぁ、俺からすればどっちでも良いが。吸血鬼なら分かるだろ?血が足りてないんだよ。血を寄こせよ。
吸血鬼ならよ~、真血と真臓も寄こせよ!!」
相手が吸血鬼であるということは分かったが発する単語はどちらも聞き覚えが無く思わず眉間に皺を寄る。
「…真血?真臓?何の話だ?」
「しらばっくれなくても良いだろうがよ~、おめぇの中に流れる。おめぇだけの力だよ」
男がそう言うと男の右手が肥大化し異形の姿へと変じる。
巨大な掌に見るからに鋭そうな長い爪、それと比較して人間の範疇に収まる腕の細さ。
ミスマッチとしか言えないそれはけれど俺の中の生存本能が警鐘を鳴らすには十分なものだった。
男がその場で腕を振るえば大地が抉れた。
その腕を振り上げながら、俺の下へと猛進する。
自然と腰が引けるのが分かった。けれど、ここで戦わないと殺されると本能が呼びかける。
その思いが俺に戦う力を与えてくれる。
異形の爪と紅の剣がぶつかる。
腕はその見た目相応に凄まじい膂力でもって俺の体を宙に浮かせた。
二度、三度、地面を転がる。
土の味を感じながらも、地面から伝わる振動でこちらに男が迫ってきているのが分かる。
俺は剣を投げつける。けれど、剣の軌道は男の少し上へ飛んでいく。
だが、それで良かった。
剣は男の頭上で破裂し、血しぶきをまき散らした。
「目くらましか!」
男が動揺し、動きが止める。もしかした血しぶきが目に入ったのかもしれない。
男が動きを止めている隙をついて俺は林道へと逃げ込む。
生き残るために戦況を立て直さなくては!
そう思い、つんのめりながらも林道へと駆け込んだ。
そして世界は光に包まれた。
背後から暖かい風が吹きすさぶ。
その暴風に態勢を崩し、今日何度目になるか分からないがまた地面の上を毬のように転がった。
俺は適当な木にしがみつき勢いを殺すと、立ち上がると何が起こったのか確認するために先程いた林道へと視線を向ける。
するとそこには5メートルほどのクレーターが出来ていた。
しかもクレーター内部は熱で赤く色づいており、湯気が立っていた。
「なんなんだよ…これ」
そう呟くことしか出来なかった。
辺りを見回しても近くには誰もいない。落雷だとでも言うのか…。
考えてもどうしようもない。
俺は不気味なものを感じ、念のため林道から外れ林の中を通り家へと帰るのだった。
☆☆☆
吸血鬼と少年の攻防があった林道から1㎞程離れた山の頂にいた少女がスコープから顔を離すと隣に立つもう一人の少女へと話しかけた。
「吸血反応消失。お見事です!スコープ無しでこの距離から吸血鬼を滅せられるなんて流石陽南様です!」
そう言われた少女陽南は山吹色に輝く右目を左目と同じ黒色へと戻す。
否、日中に集めた太陽光のエネルギーを全て使ったことによって元の色に戻ったのだ。
彼女の奥の手である広範囲高出力の太陽光線は一日に一度が限度であった。
そのため、今回スポッターを務めた少女は陽南が外した際には対吸血鬼
「そう言えば気のせいかも知れないんですけど、吸血鬼に襲われてた男の子。あの子も吸血鬼の力を使っているように見えたんですけど…」
「そのことについてですが、私が接触し、確認しましょう」
「え?陽南様がですか?態々陽南様が出張る事でも無いと思いますが…」
「いえ、私が最も適任です。私に任せてください」
陽南の放つ圧に押され、少女は内心で疑問符を幾つも浮かべながらも頷いた。
吸血反応は焼失したし、どうせ只の見間違いだと高を括っていたのだ。
だからこそ、陽南のその申し出を受けた際に他の人間に確認することなく受け入れてしまった。
☆☆☆
昨日、謎の吸血鬼との遭遇やこれまた謎の光の目撃など日常とは程遠い体験をしたのだが、それ以降は特に変わったことも無く一日が終わった。
そして、今日の学校でも特に変わったことも無く、放課後を迎えた。
一応、急に学校に謎の組織がやってきて学校が占拠されるのでは、などの予想も立てていたのだが、そんな非日常展開が起こらなかったことにほっと息を吐く。
普通が一番。
それが身に染みる一日だった。
「なぁ明人、この後カドショ寄らないか?」
友人の水瀬叶矢がリュックサックに教科書を仕舞いながらそう提案してくる。
朝の時点であればまだ警戒を解かずに早めに帰ることを選択したが、流石にこうも普通の日常が続くと気も緩み、どうせ何も起こらないといった楽観的な思考が脳裏に浮かぶ。
「お、いいね!俺も欲しいカードあったんだよ」
「まさか狙撃対策か?」
「…狙撃ってクソだよ。やっぱ」
「悪かったって」
以前叶矢にバトル場に出ていない、育ちきっていないモンスターを攻撃され続け、何も出来ないで負けたため、その対策は必須だと思っている。
叶矢は手を抜かないでくれただけだし、それには感謝しているが、やっぱり悔しい。
俺はスクールバックを肩にかけると立ち上がる。
こうして今日も今日とて最高に楽しい日常を謳歌する「あの!夜視君この後暇、ですか?」
けれど、どうやらそうは問屋が卸さなかった。
授業中は特に変わったことも無かったのに、ここに来て突然非日常が舞い込んでくる。
いい意味で
俺に声をかけてきたのはうちの学校でアイドル的な存在となっている同じクラスの赤木さんだった。
一体何故俺なんかに…と思いつつもそれよりも可愛い女子に話しかけられたことで有頂天になっていた。
只でさえ腰まで伸びたサラサラの黒髪に右目の下の泣き黒子がチャームポイントの容姿端麗な少女。女子と話す機会さえ少ない冴えない男子には余りにも劇物だった。
「あ、え、っと、少しだけなら時間取れる、かな?」
俺は叶矢にアイコンタクトをして様子を伺う。叶矢は俺の視線に直ぐに気づいてくれて苦笑をしながらも小さく頷く。
叶矢を待たせることになるのは非常に申し訳ないと思うが、美少女と繋がりを持てる絶好の機会。みすみす逃したくは無かった。
けれど、どうやら俺と赤木さんとの間には認識の齟齬があった、
「あ…先約がありましたか?」
てっきり学校関連のちょっとした、それこそ短時間で終わる用事だと思っていたのだが、そういう訳でも無いのだろうか?
兎も角、今日は既に叶矢と遊ぶ約束もしているし、長時間拘束されるなら流石に別の日でなければ受けられない。
俺はどうすれば傷つけずに断ることが出来るのかと言葉を選び、口ごもりながら慎重に言葉を選んでいく。
「え、と、今日はその…他の人と約束して、て」
「あ、わりぃ、俺急用思い出したわ。今日無理」
赤木さんの顔色を伺いながらそこまで伝えた所で叶矢は俺の肩を叩くと先に帰ってしまった。
それに対し、俺と赤木さんは互いに顔を見合わせる。
「もしかして、気を使わせてしまったんでしょうか?」
眉を寄せて、顔を伏せる赤木さんに俺は態と明るく、軽い口調を使う。
「まぁ、きっと本当に用事あったじゃないかな。それで赤木さんの方は俺に何の用?」
「あ、そうでした。…その、ショッピングモールでお買い物とか、お茶とか…つまり!一緒に、遊びに行きませんか?」
「…え?」
余りにも予想外なその申し出に俺の頭は真っ白になった。
☆☆☆
うちの高校から30分程歩いた距離に大きなショッピングモールがある。都心部から少し離れた場所に位置しているこの町の学生からすれば専らここが放課後の遊び場となっていた。
そんな場所に二人で来ていれば当然放課後に友達グループで遊びに来ている同じ学校の連中には奇異の視線を向けられる。
「こういう場所に遊びに来たのは初めてなんですが、ご学友の方に良く合いますね。」
「まぁ、この町で遊べる場所なんてここ以外そうないからね」
それよりも、学校の奴らの視線の方が気になる!赤木さんはその辺は気が付いていないようだが…もしかしてドッキリとかなんだろうか?
思わずそう邪推してしまう。
いや、だって本当にショッピングモールで買い物とかモール内のカフェでお茶をするだけなんだよ。
本当に込み入った話とか、相談とかも無く!接点も特にない筈の俺と!怪しむなと言う方が無理があった。
「…もし良ければ人気の無い場所に行きませんか?その夜視君にお願いしたいことがありまして…」
「願い?」
これが本題だろうか?
でも、カフェで出来ない話ってなんだ?本当にドッキリじゃないだろうな?俺は赤木さんを疑いながらも渋々頷いた。
これで本当にドッキリだったら「騙された~」と笑っておこう。変に怒って空気を悪くしたり、ノリが悪いと思われて目を付けられたら学校生活が無駄に面倒になるからな。
ただ、赤木さんってそういうことやるタイプには見えないんだよな。まぁ、まともに会話したことも無いけど。
俺は心の中で覚悟を決めながら赤木さんについて行く。
赤木さんはショッピングモールを出ると坂を上る。この上は丘になっており、町を一望できる寂れた小さな公園くらいしかない。俺たちが生まれるよりもずっと前に行われた町興し事業で出来た高所にある公園の一つだ。加えて言うなら高所の公園でももっとマシな場所はいくらでもある。距離もそんなに離れていない。
その筈なのに何故あの場所なのか、あの場所でしないといけない頼み…全く見当もつかない。
そもそも、俺は何かに秀でているわけでも無いし、態々俺にしないといけない話なんて無いと思うんだが…。
やっぱり、ドッキリか?
そう思いながらも、俺は丘の上の公園までついて行った。
「ここまでついて来てくれてありがとうございます。夜視君にお願いしたいことなんですが…。ちょっとまって下さないね?」
赤木さんはそう言いながら学生鞄の口を開け手で何かを探る。やっぱり、ドッキリ大成功と書かれたプラカードだろうか?いや学校関係?誰かが転校するから色紙を書こうとか?
赤木さんとの交換日記とかなら良いな。
そうして待つこと十数秒、赤木さんは目当ての物を見つけたようで少し顔を明るくする。
鞄から鈍い銀色の光が漏れる。
けれどそれは自ら発光している訳ではなかった。引き抜かれた時にそれが太陽光を反射して輝いていることに気が付いた。
「…大丈夫。夜視君のことを殺したりしません。ただ、そう、ただ傷口を見せて欲しいだけなんです。」
大輪の華が咲き乱れる。そんな光景を幻視するほど美しい笑みを浮かべながら彼女は胸の前で刃渡り30cmはある重厚な肉切り包丁を構えていた。
この時俺は思った。ああ、彼女が握っていたのがドッキリ大成功のプラカードならどれ程良かっただろうと