暗夜の王と暁の姫 ~学校一の美少女に声をかけられたと思ったら、刃物を向けられた。 作:ななななななな7
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町を一望できる丘の上の公園。丁度日が沈み空と町が茜色に染まっていくのが良く見える。
否、普段であればよく見えたのだろう…。
「待ってください!なんで逃げるんですか!」
けれど現在、背後から途轍もないスピードで迫る山姥(学校一の美少女)のせいで景色に見惚れている余裕なんてなかった。
俺は坂道を全速力で降りる。時折傾斜のせいで足を縺れさせ、転びそうになるのを必死に堪えながら生存本能の訴えに従う。
転んだらそのまま坂を転げ落ちて大怪我を負っても可笑しくない、けれど俺の本能は背後から追ってきているモンスターの方がもっとヤバいと警鐘を鳴らすのだ。
そうして、坂道を全速力で降りた俺は振り返る。
向こうも転んで大怪我はしたくない筈だ。ならば全速力で走った俺とは違い赤木さんはまだ坂の中ほど程度しか下れていないだろう、そう高を括っていた。括っていたのだが…。
「も~、何処行くんですか!夜視君のためなんですよ!」
人目を気にしてか、手にはナイフを持っていなかったもののそんな意味の分からないことを言いながら俺から10メートルも離れていない距離まで彼女は猛追していた。
距離が一切開いていないことに自然と冷や汗が流れる。
自分は怪異を相手に鬼ごっこをしているのではないか?距離が縮まっていないのも遊ばれているだけなのではないか、そんな最悪な想像が脳裏を過った。
撒くしかない。
その思いから俺は丘を降りた後も足を緩めることはせずに目に付く曲がり角へと飛び込んでいく。
時にはアパートの通路、時には建物と建物の小さな隙間、そうして自然と人目の少ない方へと向かっていった。
本当なら人目の多い場所に移動した方が安全だったのだろう。赤木さんも先程人目を気にして刃物を仕舞っていたのだから…けれど、そのことに気が付いた時には既に土地勘の無い場所まで来たいた。辺りに視線を向けると人気がなく、薄暗く、陰気な雰囲気のする路地裏だと分かる。
恐らく、ここで大声を出し助けを求めても誰も反応しないだろう。両隣に立っている建物から人の気配がしないのだ。恐らく家主は既にこの地を離れているのだろう。
この町は都心部とのアクセスが悪く、他の町へ移住する人間も多いため、廃屋やこういった人の目の届きづらい人が密集していない場所が多く存在する。
そのため、犯罪者の潜伏先に選ばれやすく、誘拐事件なども時折起きているのだ。俺自身そういう事件に巻き込まれないように、日頃は人通りが多い場所にしか出歩かない。現在はそれが悪い方に働いているのが何とも皮肉が効いている。
土地勘が無いながらも、いや無いからこそ、俺は目についた曲がり角を曲がるしかない。
けれど、当然、曲がり角の先が行き止まりであるかどうかなど俺には分かりようもない訳で…。
「くそっ!」
目の前には道はなく、今にも崩れ落ちそうな小さな古民家が立っていた。
急いで引き返そうと振り返る。
「もう、逃がしませんよ?夜視君」
けれど、そこには既に包丁を持った赤木さんが立っていた。
逃げ場所は無い、俺が後ずさると彼女は思い切り包丁を振り上げる。
後ろに避けようと思いっきり跳ぼうとするが、恐怖の余り足が縺れて尻もちをつく。彼女の包丁が頬をかする。
背中に衝撃が走るとともに腹部を中心に暖かくて柔らかい感触に包まれる。花のような気品のある良い香りが鼻腔を擽る。
両頬を優しく包まれる。
そして、俺に馬乗りになった赤木さんが顔を近づけて俺の傷口をジッと見つめてくる。
「…傷が治らない。良かったぁ。これで夜視君を殺さなくて済みそうです!」
満面の笑みを浮かべながら、途轍もなく物騒なことを言う赤木さん。
俺は俺の息子が萎むのを感じながらも、取り敢えずここから殺される展開はなさそうだと息を吐いた。
取り敢えず、この状況は何なのか?彼女は何のためにこんなことをしたのか、問い質そうと口を開ける、よりも早く赤木さんが馬乗りになった状態から後ろに吹き飛んだ。
どういうことだ?俺は何もしていなかった筈だ。
一瞬の思考停止。
けれど、彼女が吹き飛んだ方に視線を向けると、彼女の後ろにジャージ姿の中年の男性が立っていることに気が付いた。
男性は眼鏡を指で押し上げると、眉間に皺を寄せる。
眉間のよったその顔はどこか神経質だった小学校の頃の担任を思い出させた。
「君たち、人の家の前で何をやってるんだ?
…痴話喧嘩にしても刃物はやりすぎだろう?」
赤木さんが何故吹っ飛んだのか原理は分からないが、どうやら彼は俺と赤木さんの様子から只事ではないと仲裁に入ってくれたようだった。
そんな見た目に反して優しそうな男性は次の瞬間には胴と首が離れていた。
意味が分からなかった。俺に分かったのは赤木さんが男性の方へと顔を向けるのと同時、何かが光ったのだ。そのあまりの光量に俺は目を閉じ、光が止んだタイミングで目を開けると男の首は地面に転がっていた。
赤木さんが何かやったのだろうか?
「…人殺し」
その言葉が自然と口から零れた。
赤木さんがこちらに走り寄ってくる。座り込んでいた俺はそれに対し、数歩不格好に後ずさりし反転、ハイハイの態勢で必死に逃げようとした。
彼女はそんな俺の腕を掴むと無理やり立ち上がらせる。
「夜視君‼逃げますよ!」
目の前で人を殺した筈の彼女は何故か必死な表情で路地裏から出る。勿論、思わず人を殺してしまったからその現場から逃げようとしているというのなら分かるのだが、それなら俺を連れて行く理由は無い訳で、一体何のために俺を逃がそうとしているのか?
「吸血鬼です」
「吸血鬼」
「はい、吸血鬼です。…まさか、夜視君の疑いを晴らすために行動していたら本物の吸血鬼に出くわすなんて」
その口ぶりから彼女が只者では無いということが戦いとは無縁の生活を送っていた俺にも分かった。
そして、どうやら先程の常識外れの行動の理由も察せてしまう。いや、正確には分からないが、傷口を見て?彼女は俺が吸血鬼かどうか、分かるのだろう。
「でも、さっき赤木さんが吸血鬼を倒してたよね?なら逃げなくてもいいんじゃ…」
「あれでは吸血鬼は倒せないんです。奴らは真血が尽き、真臓を潰されるまで動き続きます。何度でも再生するんです。」
彼女は苦虫を嚙み潰したような顔で吐き捨てる。
けれど、俺からすればそんなことよりも、彼女から出たワードの方が引っかかった。
真血、真臓…昨日も聞いた言葉だ。昨日の吸血鬼は自分だけの特別な力だと言っていたが、赤木さんの口ぶりからするとそれがある限り不死身だという風に聞こえる。
どちらが正しいのか…いやどちらも正しいのか。
特殊な力と不死性。
赤木さんは手っ取り早く俺を傷つけることで真血の有無を確認したのだろう。
そして、傷が治らない俺を見て吸血鬼ではないと判断した。
走りながらもそこまで情報をまとめた俺は赤木さんの方を向く。彼女は走りながらもどこかに連絡をしていたようでスマホを仕舞っている所だった。
「だけどどうするの?怒って追っかけて来るんじゃない?」
「はい、なのでどこかに身を隠します。幸い基地に駐屯しているヴァンパイアハンターには連絡を入れたので15分以内には現場に来てくれると思います。」
そう言うと彼女は幾つか曲がり角を曲がった後、人の気配の無いビルへと無断で足を踏み入れる。
埃で床が見えない。宛ら絨毯のようだ。
息を吸うと肺に不純物が入る感覚に思わずむせ込む。吸血鬼が追ってきているとはいえこんな不衛生な場所に隠れなくてはいけないことに内心でげんなりとしながらも俺は人ひとりならすっぽり入りそうなデスクの下に赤木さんと一緒に隠れる。
人ひとりなら余裕があったデスクも二人になると少々手狭で俺が後ろから赤木さんを抱きしめる形になる。
狭い場所で可愛い女の子と二人。ドキドキしない訳もない。
萎んだ息子が起立しないか心配になる。俺はいかがわしい思考を追い出すために思わず口を開いてしまう。隠れている時になんと愚かなことなのか、言葉を発してからそのことに思い至った。
「赤木さん、そう言えばなんで俺とショッピングモールで買い物とかお茶とかしたの?吸血鬼かどうか調べるだけならそんなことしなくても…」
「…今は静かに。後で教えますよ。生き残れば時間は幾らでもあるんですから」
赤木さんは俺の指に自身の指を絡めながら、耳元でそう呟いて来る。
その行動にドキリと胸が高鳴った。
けれど、それもここまで、誰かがビル内部に侵入してきた。侵入者はまるで自分はここにいると言わんばかりに大きな足音を立てていた。
「ここにいるのは分かっているから、出てきなさい!
それと、君たちがヴァンパイアハンターだと知ったからこそ聞いておきたいんだが、ジェイムズという人間、いや吸血鬼に聞き覚えはないかな?」
位置を把握されている?ブラフか?目についた廃屋で同じことをしている可能性だってある。
ここは息を殺して隠れた方が良い。そんな俺と同じ考えなのか、赤木さんも息を殺す。
けれど、次の瞬間、赤木さんが後ろへと後退、いや、赤木さんの体自体が後ろに引っ張られていた。
一体何故?そう思うよりも早く、机がどかされ、俺達の姿が露わになる。
「言っただろう?隠れても無駄だって、糸が付いてるからね」
男はそう言うと自身の腕を持ち上げる。
すると、連動するように赤木さんの右腕が上がった。
赤木さんの右目が山吹色に輝く。そして、後ろを振り向こうとするも、突如首が急停止する。
まるで、動画の一時停止ボタンを押した時のような不自然な止まり方。
これも糸の力なのだろうか?
「無駄だよ。既に君の体の一部は私の糸の支配下だ」
赤木さんがどのような戦い方をするのかは詳しく知らないが、これでは戦闘もままならないだろう。
ならば、どうするべきか?そんなことは知っている。
俺は頬の傷口に触れ紅の剣を作り出す。その様子に赤木さんは目を大きく開け、男もまた目に見えて狼狽えた。
「ヴァンパイアハンターと吸血鬼が共に行動⁉どういうことだ。」
男が動揺している今が明確な隙だ。俺は男の糸を思い切り斬りつける。けれど、男の糸が思ったよりも硬く切ることは愚か、斬りつけたこちらの方が反動でのけ反る。
けれど、直ぐに標的を変え、今度は男に切っ先を向ける。当然男も俺が反動を受けていた間に後ろに後退しており剣の間合いにはいない。
それでも俺は剣を振った。吸血鬼にとって血は体と同然、振った剣は刀身の先端だけ切り離され弾丸のように男へと飛んでいく。半純血の俺の場合夜になると身体能力が上がり、血液操作が出来るようになる。
この一撃も俺の人外の膂力と血液操作で刀身をペットボトルロケットのように血液噴射で飛ばしている。例え同じ吸血鬼でも無傷とはいかない筈だ。
「っ!」
その予想通り、男の腹には紅の刃が深々と突き刺さる。
これで撤退してくれればいいのだが…。
「…全く、こんなことなら戦闘用の衣服で来ればよかった」
男はそう言うと、紅の剣を抜き、傷口を縫合してしまう。
そう簡単にいかない相手だと思っていたが予想以上だ。だが、今回の攻撃の狙いは相手に致命傷を負わせることでは無い。俺は振り返ると赤木さんに視線を向ける。
「赤木さん!」
俺の言葉に合わせ、赤木さんは右目から光線を放つ。それも直径で一メートルもありそうな太いビームだ。
俺はその余りの眩さに目を閉じる。
けれど、俺の嗅覚がこの場から男がいなくなるのを感じていた。
「やった?」
俺のその言葉に赤木さんは首を横に振るう。
「逃げられました。…それよりも…」
赤木さんがそこまで言いかけた瞬間、ビル全体に聞こえる程大きな発砲音が鳴り響き、俺は膝から崩れ落ちる。
膝を見れば、出血している。
これは…?
俺が辺りを見渡すと銃を持った複数の人間が俺を囲んでいた。
「やめてください!」
赤木さんはそう言って俺の前に立つ。
すると、銃を構えた人間が俺の近くまでくる。そしてその手に持った銃で俺を殴りつけて来た。