第二部を読み終わっていれば当話を読むのに支障ないと思います。
*2025年8月31日改稿。転生者の生前信仰について内容を一部見直しました。
全体の内容自体に影響はありません。
開拓村の朝は、やはり早い。
屋外仕事のため陽のある時間を多めにしようとすれば、そうもなる。
必然、就寝も早い。開墾仕事に従事してる人間はほとんどが低所得者でもあるため、夜間用照明費用を節約する意味でも早めに寝なければならない。
とはいえ、毎日早寝早起きで仕事以外に楽しみがなければ気が滅入ってしまいがちになる。
この男も週に一度は食堂で夜酒を嗜んでいた。
故郷が迷宮氾濫で滅んだという、この世界ではありふれた過去。
幼子優先の救助が間に合ったため、かろうじて命は拾えた。
しかし親は二人とも死亡。財産も全く持ち出せなかったため困窮し、一年間は孤児院で過ごしたものの開拓地の話を聞くや単身そこに飛び込んでそれ以降伐採作業に勤しんでいた。
ずいぶん前の話である。故郷の場所など覚えておらず、今更戻るあても無い。
幸いだったのは、身体強化の魔法が使えたこと。開拓村の先達から魔力の使い方を教えてもらったのだが、割と早めに習得出来たため、こうやって今も食いっぱぐれなく過ごせていられる。
戦闘を生業とする者からすれば微々たる出力であるが、それでも使えない者と比べればかなり有用で、今日も瘴気汚染樹の伐採抜根作業でその力を遺憾なく発揮してきたところである。
瘴気に侵され黒紫色となった汚染樹の伐採は地上部だけ行うなら比較的簡単な部類だが、その根まで取り除くにはかなりの手間が掛かってしまう。
加護によっては樹木に影響を及ぼせる魔法も可能らしい。とはいえ、生えている樹木を好き勝手に地面へ横たえるなんてことは出来るはずも無く、未だ人力頼りの開墾作業が一般的であった。
最近になって広まってきた異世界技術には土木作業用大型機械があるとも聞くが、まだ開発途中とも聞く。
何やら自動車の一種らしいとは事情通な商人の弁。
魔力消費なしで遠くへ移動できるだけでも画期的なのに、開拓作業まで軽減できるとは素晴らしいものに違いない。
ただ、基本貧乏人しか居ない開拓村では、どのみち購入できないほど高価な品だろうとも思われる。基本となる自動車自体未普及なのがその証拠だが、たまには夢を見るのも良いだろう。
話を持ってきた目前の商人も、一応は話半分に聞いて欲しいと前置きしての語りだしである。
商人は信用第一だと以前言っていたはずが、いくら酒席とはいえ今日はずいぶんと口が軽い。
この話を広めることで何の得があるのかと問えば、今は無いとのあっさりした答えがあった。
「ただまぁ、私どもでもいつかそういった機械を取り扱いたいなと。そういう期待を込めての話なんですよ」
ふむ。その段になった際、購入話を持ちかける先は確かに話を持ってきたこの商人に違いない。
しかしてその時期はと重ねて問うと、素直に両手を挙げられた。
正直なその態度に、男も苦笑するしかない。話の礼として麦酒一杯の追加を頼んでやった。
異世界から技術者を呼ぶ試みが始まってから、相当な年月が経過している。
だが異なる世界など、男には未だ想像がつかない。
曰く、魔物の居ない世界。人間同士が殺し合う世界。神様が姿を見せない世界らしい。
ずいぶん野蛮な世界だと男には思える。魔物がおらず平和に暮らせるはずが、わざわざ人間同士で殺し合うなど狂気の沙汰ではないか。
神様がお隠れになっているのも、もしや見捨てられた結果ではないかと思えてしまう。
異世界人の中には神に仕えていたと主張するものも居るそうだが、神は一柱の主張者と複数の主張者がそれぞれ複数人居ることから異世界における神々の存在真偽は不明なのだそうだ。
なお男は知らないが、神一柱派の中には転生先であるこの世界で自身の教義どころか信仰先の存在自体を疑問視され、長年懊悩しているものも居たりする。
加護を授けられない神様など居るはずないという、この世界なら当然の疑問に答えられなかっただけなのだが、転生先でも教義を広めたいと願ってた人間にはずいぶんと酷な内容だったようだ――相談の秘密は適切に守られています。
それと漏れ伝わった内容によれば、地球における信仰の中には、転生自体を否定する内容があったりもするらしい。つまり信者なのに転生した人間は、全員大悪人の類になると。
お前自身もそうなんだが? あまりにも意味不明すぎて笑いさえ込み上げてくる。
生きていられるそれだけが、この世界ではなんと難しいことか!
魔物はあっさりと人間の命を奪うし、死んだ後二度目の生を授かるなど、基本ありえない。
長生きは出来る――お金さえあれば――が、富める者も死ねば同様だ。
異世界でも転生は夢物語らしいので、現出した直後の混乱は分からないでもないが、混乱だけで済むならずいぶん羨ましい話ではないか。男の故父母には、転生など望めなかったのに。
少し感傷的になった男は、心の代わりに口を湿らせて話を変えることにした。
くだんの土木機械が当分先でも、他に開墾へ使えそうな道具はないか、と。
開拓村の主産業は瘴気で黒紫に変色した樹木の伐採売払。都市結界の設置余裕なく魔物に怯える日々なため、農作業はほぼ不可能。食料を全て他から購入していることに加え、戦えない伐採者に代わり周囲の警護を冒険者に依頼するとなれば、男個人どころか村人全員の財産をかき集めても余裕などほとんど無い。
しかも求められている村の役割は、汚染樹の除去のみならず植栽行為も含まれている。
苗木の代金もやはりタダではなく、実に世知辛い有り様だった。
とはいえ伐採を続ければかろうじてだが生きていけるのも事実。やっとの思いで少しずつ、本当に少しずつ魔物の領地を人類の領地へ変えているのだが、村人総出でも伐採速度が遅いのはその面倒さに理由があった。
樹木地上部の伐採は、どうとでもなる。いくら瘴気で変容した汚染樹であろうとも刃物は通るし、魔法が使えれば更に容易だ。
切り倒せば枝葉の除去は女子供でも行える。というか身体強化が出来ねばそれしか役割がないというべきか。
役割分担し皆で伐採作業へ従事する中、一番面倒で時間かかるのが残った根を除去する作業、抜根である。
何せこれといった上手い方法が無い。
迷宮氾濫で一旦瘴気に侵され変異した樹木は二度と普通に戻らないが、それ自体が瘴気を発生させるものでないことから伐採し面積を減らすことが可能だ。
しかし、汚染されてから開拓対象になるまで相当な年月が経っていると、当然ながら樹齢に比例して巨木化してしまう。
幹周り数メートルな樹木を一本ずつ手作業で処理していくのは本当に難事であった。
ある程度の高さで伐採した樹木の根は、一つ一つ根のまさに根本を切り離してから切株本体を力任せに引きずり出すのが通例である。土砂を抱えた根付きな切り株など、いくら身体強化があろうとも動かすことはままならない。
しかも根周りの土砂をある程度ショベル類で掘り出しておかねば根の切断にすら取りかかれないので、余計に手間が掛かる。そうやって幹同様の太根を掘り出していく様は、まるで遺跡の発掘調査な感じである。
ちなみに、刃の肩が真っすぐで足を掛けられるのはショベルで、肩がカーブして足を掛けにくいのはスコップに区別されるらしい。未だ男には違いが分からず、何がとは言わないが分かったら負けだとも思っている。
閑話休題。地上から地中根を直接切断出来るならずいぶんと作業が早く楽になるものの、普通の刃物では出来やしない。魔法ならあるいはだが、そんなことが出来る強力魔法を使える人間なら、開拓伐採作業に従事するより冒険者として魔物退治を生業としたほうがよほど金になる。
開墾従事者というのはつまり金が無く、魔物退治も出来なく、街で生きる術をも持たない、社会的には最底辺な食い詰め者たちの寄り合いであった。
意図してなった人間など誰も居ないが、開拓村を出て暮らせる人間もほとんど居ない。
人類の版図を広げるためとしていくばくかの補助はあるものの、村が魔物に壊滅されたとて影響も少ない。
そんな開拓村という辺境において汚染樹の根がいくら残ろうとも大して影響なかろうと考える人間は、樹木の生命力を甘く見ているとしか言いようがない。
桜の切り株から新芽が出た話を聞いたことはないだろうか。一欠片の根があれば何回でも生えてくる雑草の話だってある。残した場合の悪影響は計り知れないのだ。
一応は根部分もきちんと素材になるのが救いであるが、その価値は上側同様微々たるもので。作業時間で考えれば完全に赤字な作業でもあった。
しかしやらねば苗が無駄になる。異世界技術でこれら作業が楽になるのならば、本来の召喚目的大規模輸送技術同様に世界を変えうる切っ掛けになると男には思えるのだ。
果たして商人は、残念ながらと答えを返した。
「油を燃料にした動くノコギリ刃とか穴掘りドリルを大型化した品とかはいくつか試作品を見ているのですが……」
結局のところ、身体強化して斧とショベルを使うほうが早くて安いそうだ。なんだ異世界技術といってもたいしたことないんだな。そんな感想を抱いてしまう。
異世界では機械というものが前提になっており、その機械を作るためには専用の機械が必要で、それを作るのに専用の道具をこしらえて――そんな手順を踏まえねばならないらしい。
なにせ異世界からやって来たのは人間だけで、道具はこの世界で一から作り始める必要がある。
更には、目視出来ないほど微細な部品を前提とした道具が多いらしく、十年二十年程度ではどうにもならないほど再現に苦労しているようだ。
比較的簡単に再現出来てたのは料理で、これはこの開拓村でもお世話になっている。
蒸留酒なる強いお酒は無茶苦茶高価だったが、麦酒より格段に美味しかった。
スープ麺なる食べ方も面白く、寒いときにはパンより温まる。
先程もいったように開拓村では畑がほぼ作れず食料を他から購入せざる得ないのだが、その中に新しい食品が混っていれば物珍しさで大抵は一回以上購入対象となる。
高額商品も冒険者用に準備する必要性から結構な頻度で持ち込まれるしで、実用品の品揃えについては大きな街とさほど遜色ないのだ。
これで自給出来るようになればいずれ街に昇格するのだろうが、そのためには結界塔を作れるほどお金を貯める必要があり、まだまだ先は長い。つまり、明日も変わらない日々が待っている。
一夜にして世界が変わるような技術がもたらされたなら、この地道な開拓作業もいつか終わるのだろうか。男は再度夢想した。
邪神が居る限り、迷宮氾濫で溢れ出た瘴気は各地を汚染し続ける。手間暇掛けて浄化した土地も、数百年繁栄した街も、一度迷宮氾濫に呑まれれば人の営みを再開するのに相当時間を要してしまう。
街の後処理も死体処理の数が膨大なため大変らしいが、都市結界が可能なら魔物に脅かされない分は安心して作業出来るはず。
開拓村は、まさに領土を広げる開拓中なため都市結界が使えず、四六時中命の危険と隣合わせで開墾作業を続けている。
汚染樹を伐採し普通の森に変えていく作業は人類にとって確かに必要で、貧困者にとっての大切な稼ぎ場で、しかし過酷な重労働。
昔話によれば魔物の国々から人類が開放されて千年。つまり開墾作業は千年もの間やり方が変わっていないのだから、今後千年も同じく続いていくのだろう。何も変わりはしない。
商人が話した土木機械とて、男が生きているうちに完成する期待など無く、完成品があっても購入資金さえ無いのだから意味がない。
とはいえ、夢がなければ心が死んでしまう。男には間に合わずとも、村の幼子かあるいはその子供の代には新技術が届くかもしれない。
その時が来たらよろしくとこの場を締めて最後の一口を飲み終えた男を見て、ふいに商人が何かに気付いた。
少し待ってくださいと言われて十数秒。麦酒コップを見ながら考えていた商人がようやく口を開く。
「ジャッキ……そう。ジャッキ、でした。確か、そんな話を聞きました」
何だろうか。コップを見て思いだすには妙な言葉だが、つっかえながら喋る内容をまとめると少し面白いことが分かった。
てこの原理というものがある。物体に何か力を加えれば反作用として反対側にも同様な力が掛かるのだが、ロープなどで引っ張る際に滑車と言われる物を間に挟めば、使う力が少なくて済むそうだ。
水平方向でなく、垂直方向。しかも上から下を引っ張りあげるのに適した道具があれば、まさに根を地面から引き上げるのに役立つのではないか。商人はそう言う。
思い出した発端のジャッキはといえば、下から重量物を持ち上げるのに使う道具だそうで。てこの原理とは違う仕組みだが、樹木という重量物を扱う開拓村ではどちらも重宝するかもしれない。
ちなみに麦酒のコップを異世界ではジョッキと呼ぶこともあるらしく、それで思い出したようだ。また一つ無駄知識を入手してしまった。
まぁそんな感じで仕組みを口頭説明されても、幼少時から開拓村で働き学のない男では全てを理解は出来なかったが、実物があれば使うことなら出来るだろう。
商人も思い出したは良いものの、実は試作品さえ見たことがない代物。入手するには時間が掛かるし、実際に使えるかも未知数である。
そして、結構な金額が掛かるだろうことも商人は口にした。
どちらの道具も手動での使用前提らしく、自動車を元にした土木機械よりは確実に販売価格が安くなると思われるが、いかんせん開発には時間とお金が掛かる。
その開発費用の負担を求められたら、貧しい開拓村では払えない可能性があるというのだ。
大人しく諦めませんかと続けられたが、聞いた男は前のめりだ。
身体強化が出来るこの男なら、しばらくは開拓作業を続けられるだろう。それは他の男性陣も同様であり、一部の女性陣も同様だ。
しかし身体強化が使えない、あるいは使えても効果の弱い者しか働けなくなった場合、この村での作業効率は著しく落ちるだろう。
都市結界が無い開拓村では魔物により怪我人はもとより死者も少なからず出る。
これは仕方のないことだが、だからといって力仕事可能な人間を他から連れてくることも出来ない。この世界中、どこでも開拓の手は足りていないのだから。
異世界人も冒険者なら立ち寄る可能性もあろうが、絶対に居付きはしない。何となればきつい仕事を避けるからである。
故に少数かつ貧困者しか開拓村に来ない現状でもしもを考えた場合、作業効率化を図れる道具の存在はとても魅力的であった。
別途燃料の調達が必要ないのも、金のない開拓村にはうってつけだ。
購入が本当に可能なら、金銭の話はどうとでもなる。それは商人も理解しているのだろう。男を見る目つきは心配のそれでなく笑いを含んでいるのだ。
同じ悩みを抱える他開拓村を巻き込んでもいいし、領主や国へ働きかけることも可能だろう。
我ら開拓民は、棄民ではない。立派な国民なのだ。神様たちも開拓を望んでおられるはずだ!
なので後は、商人に品を調達する決心がつくかどうかだけだった。
この期に及んでチラチラと何かを横目で見やる商人の態度に、男もようやく気づく。
仕方なく高価な蒸留酒を二杯、改めて注文した。祝杯にはそれなりに金がかかる。痛い出費だが、男のふところも元は取れるだろう。男のためだけでは無い、これは開拓村全員に関わる問題なのだ。何なら今夜の出費を村長に出させる手もあるはず。
村長は許してもその奥方の許しは分からないが……それもこれも明日になってから。
今夜は素敵な夢を見て眠りに就くこととしよう。男は杯を掲げた。
「開拓村の未来に、乾杯」
「世界の明日に、乾杯」
少しだけ明るい明日のために、二人は笑いあったのだった。
ショベルとスコップの分類はJIS規格に基づきます。
樹木の切り株を掘り出すのは実に厄介でして(リアルで二敗済み)今ならハイリフトジャッキやチェーンブロック(井戸の滑車類似)の導入をお勧めしますが、一個数万円の出費は厳しめ。異世界で再現したらもっとお高くなるのでしょうね……
あと読んだ足跡に顔文字『(o´∀`)b』でも何でもカキコくださると嬉しいです!