「パイセーン。もうちょっと真面目にしたらどうですか?」
「いや、真面目だろ。スーツだぞ」
「ダンジョン舐めてるっしょ! パイセン!」
そう。俺は今、ダンジョンに来ている。都内唯一のダンジョンである新宿ダンジョンだ。
もともと映画館があったところに唐突に現れたダンジョン。巨大なビルを呑み込み、地面にぽっかりと大穴が空いたのだ。
今はそれを覆うように門が設けられ、日本エクスプローラー協会という組織が管理しているらしい。
そもそもダンジョンは何故発生したのか?
宇宙物理学者によれば、宇宙は膨張と収縮を定期的に繰り返していて、こっちの世界とあっちの世界が繋がったのはその収縮によるせいらしい。
まぁ、実際のところ、その辺はどうでもいいし、どうしようもない。地球上に数多のダンジョンが発生したという事実にだけ対処した方が健全だ。
そんなことを考えながら新宿ダンジョンの第一階層を進んでいると、奥から奇妙な事実が歩いてきた。
深い緑色の肌をした小鬼、ゴブリンだ。ゴブリンは拳を振り上げながら走ってくる。
俺はホームセンターで調達した金属バットを大上段に構えた。リーチは明らかに俺の方が上だ。恐れる必要はない。
金属バットを振り下ろす。ゴブリンの頭は簡単に潰れ、体は崩れ落ちる。
「……パイセン。本当にダンジョン初めてなんですか?」
「そう、だが?」
「なんというか、もうちょっと躊躇いとかないんですか?」
ゴブリンの死体は煙になって消え、小さな魔石だけがころがっていた。俺は魔石を拾い上げて答える。
「ないな。和久津、これでいくらになるんだ?」
「100円いかないですねー。ゴブリン程度だと」
「しけてるな」
「まぁ、ゴブリンですから」
「仕方ないな。和久津。さっさと第二階層に行こう」
「グギャギャガギャ」
返事をしたのはゴブリンだった。仲間をやられて怒っているのか、叫びながら迫ってくる。
金属バットを振り上げ。狙いを定めて振り下ろす。ゴブリンの頭がハート型に変形し、動きが止まった。
「ひえっ!」
和久津がゴブリンの血飛沫にいちいち悲鳴を上げているが、無視だ。
そもそも和久津はモンスターの死骸に慣れている筈なのだ。ノリでリアクションを取っているにすぎない。
「和久津。どっちに行けば階段があるんだ?」
「一階層はただひたすら真っ直ぐで問題ないっす。言わばチュートリアルなんで」
「なるほどな。ダンジョンてのは随分と親切設計なんだな」
「あっちの世界ではダンジョンは神様から与えられた試練って認識らしいですよ」
「その試練を超えて辿りつくのがこっちの世界か。酷いジョークだ。試練が終わらないじゃないか」
俺は淡々と現れるゴブリンを潰し、ただひたすら真っ直ぐに道を歩いてゆく。
ダンジョンは不思議なことに壁自体がうっすらと光っていて、灯りを持ち込まなくても苦労しない。ヘッドライトをつけて潜ると思っていたから、神様の親切設計に感謝だ。
魔石が溜まってきたせいで歩く度にジャラジャラと音がする。スラックスのポケットが盛り上がっていて、少々恰好が悪い。
「パイセン。僕のマジックポーチの中に入れましょうか? 魔石」
「ネコババするつもりだな」
「しませんよ! これでも結構稼いでるんですからね!」
和久津は怒ってみせる。なるほど。確かに稼いでいるのかも知れない。
俺と違って和久津は全身黒の戦闘用ボディースーツに短い槍を装備し、油断のない様子。中堅エクスプローラーというのは本当のようだ。
「しかし、エクスプローラーってのはこんなに簡単になれるものなんだな」
「ダンジョンが出来立ての頃はわざわざ協会に出向いて登録してたみたいですよ。今は全部スマホのアプリで出来るので10分もあればエクスプローラーになれますもんね」
「おかげで失業率がほぼ0%か」
「誰でもなれて税金も優遇されますからね」
「そして死亡率もナンバーワン」
「違えねえっす」
和久津は腕を組み、頷いてみせる。
「まぁ、ダンジョン攻略が国策だからな。どこの国も」
俺と和久津は雑談をしながらゴブリンを屠り、ついに第二階層への階段へと辿りついた。
「第二階層に降りる前に念のため注意っす」
「なんだ?」
「まず、次の階層から階段のすぐ側に転移石が設置されてます。新しい階層に着いたら必ずタッチしてください」
「ああ、ダンジョンの入り口にあったのと同じやつだな。行ったことのある階層に転移出来るありがたい装置って認識でよいか?」
「その通りっす。次にモンスターですけど、次からゴブリンが武器を持ってるっす。錆びた剣とかですけど、当たればパイセンのスーツは破けますよ」
まぁ、別に会社に行くわけでもないし問題ない。
「最初、相手の武器の間合いって全然掴めないので本当気をつけて下さい。いくらパイセンの身体能力が上がっていても皮膚が硬くなるわけではないので、当たれば普通に怪我しますから」
和久津がエクスプローラーの先輩としてのアドバイスをくれる。ありがたい。
「て、聞いてるんですか!さっきからずっとスマホ弄ってますけど!」
「あー、聞いてる聞いてる」
「それ! 聞いてない時の返事!」
親みたいなことを言うやつだ。
「いや、すまん。ちょっと加護について調べてたんだ。せっかく加護を貰ったんだ。身体能力向上の他にも何かある筈だろ?」
「あー、そうですねー。加護をくれた神様にまつわる特殊能力を授かるらしいですね。加護持ちは」
「協会のサイトで色々見ていたんだが、色々ありすぎて傾向が全然掴めないな」
和久津は真面目な顔になって話し始めた。
「例えば有名所だと、美の神の加護は見た目で歳を取りにくくなったりしますよね。エクスプローラーとしてメジャーなのは力の神で、身体能力でも腕力だけプラス補正がありますね」
「その辺は協会のサイトに載ってるな。他に公開されていないような特殊能力はないのか?」
「そーですねー。色欲の神様の加護はめっちゃ強くなるらしいです」
「なにが?」
「言わせないでくださいよ!」
なんでこいつは顔を赤くしているんだ? シャイか?
「すまなかった。つまりそういうことだな」
「つまりそういうことです。まぁでも、性悪の神様なんだから、悪戯が上手くなるとか?」
「もう上手い。成長限界だ」
「確かに!」
和久津は手をならして「合点」を表現した。
「うーん、やっぱり分からんな。色々試してみるしかない」
「ですねぇ。とりあえず下の階層に降りちゃいますか?」
「そーいうことだな」
いよいよ第二階層に降りる。