「ヒロ君、おはよう」
「おはようございます、よい子さん」
いつもの通学路、まだ仕事を手伝っていたのかよい子さんはエプロン姿のままで挨拶を交わす。
薄らと額に汗をかき、かすかに潮の香りがする。きっと漁港の方に行っていたんだろう。
「それにしてもすっかり暑くなったわね、ヒロ君は大丈夫?」
「うん、暑いのにというか我慢するのは慣れてるからね、姉ちゃんのいびりに比べたらこの程度全然問題ないよ」
「あはは、そう、ね?(ヒロ君、それ笑い事じゃないんだけどなぁ)」
姉ちゃんの日々の暴力に比べれば、暑さ程度ならいくらでも耐えることができるだろう。
それに湘南に住んでいて暑さが苦手といっていなんかはいられない。夏が湘南の本番なのだから。
しかしよい子さんは僕の返事に苦笑いしているようだけどなにかおかしいことでもあるのだろうか。
「あ、そうだ。ヒロ君にいいものをあげる」
そういってよい子さんはお尻のポケットをゴソゴソとまさぐるが、しかしなかなか出てこない。
よい子さん、お尻の肉付きいいからなぁ。きっとぱっつんぱっつんで取り出せないのだろう。
「ふぅ、なかなか取れなくて焦っちゃった。ん、どうしたのヒロ君なにかにやにやしてたみたいだけど」
「いえ、なんでもないです」
少し首をかしげたがよい子さんは時に気にしないことにしたようだ。
「はいこれ、街の抽選券。期限が今日までなんだけど部活動が忙しくてたぶん回すことができないから」
そういって手渡してきたのは3枚の抽選券。
「あ、そんなのやってたんだ。知らなかったなぁ」
「ヒロ君、あまり街の方にはいかないしね。それに3会の関係で忙しそうにしてたから。お手伝いもいいけど、危ないことしちゃダメよ?」
そういえば3会の準備とか当日は色々ありすぎてそう言うのにも目がいっていなかった。
辻堂さんも、マキさんも片瀬さんも皆仲良くしてくれればあれほど大騒ぎにならなかったのに。
確かに大変だった。でも嫌なことばかりではなかった数日間だった。
「うん、ってあれよい子さん、俺が不良と会ってたことどうやって知って・・・」
「あ、もう着替えなきゃ学校間に合わなくなっちゃう。それじゃねヒロ君」
よい子さんはそう言って風のようにその場を立ち去っていった。
手元に残された抽選券。見ると確かに期限が今日までになっていた。
そしてド派手に書かれた一等の表示。
一等:日本のお肉百選!
「お肉?!」
「うわ!マキさん一体どこから?!」
いつの間にか背後に現れてたマキさんに後ろから抱きつかれ、その圧倒的なボリュームの胸が押し付けられる。
ぷにょんという擬音が聞こえてくるような程の柔らかさとマキさんの体温を背中に感じた。
「ダイ、ぜってーそれ当てろよ。じゃないと殺す」
「いやいや、こういうものってそんな簡単にあたるものじゃないよ。それに最終日なんだからもう出てるかもしれないし」
なんとも無茶なことをド迫力で脅してくる。うわ、近くの学生さんたちが蜘蛛の子ちらすように逃げるようにこの場を離れて行ってるよ。
「それはそうと、おはようマキさん」
「おう。で、ダイ朝飯は?」
「はいはい用意してますよ。今日は炊き込みご飯のおにぎりです」
「ワーイ♪」
カバンから出したと同時にひったくられる。最高の笑顔と共に。
「さんきゅーダイ。じゃまたなー」
そう言ってマキさんはおにぎりを口にくわえながら走り去った。
うーん、わかってたとはいえご飯だけ持ってかれると少し寂しい気持ちになる。
なんというか、動物園の「動物に餌をあげてみようコーナー」で餌を持っているとわらわらと群がってくるのになくなったとわかると
途端に散っていくような寂しさを感じる。本人に直接言ったら殺されるだろうけど。
辻堂さんに今日の放課後暇かどうか訪ねてみると、今日は無理と断言された。
なんでもお父さんの用事があるらしい。
ということで気心しれたヴァンを誘ってみる。
「ほう、抽選券か。たまにはこういうのもいいな。ついでに久々に街をうろついていくか」
「そうだね。ヴァンと街に繰り出すって久々だね」
「ああ、街は色々と経験できるし好きなのだが・・・一人で行くと女がよってきて鬱陶しい」
「あはは、さすがヴァンだね」
心底嫌そうにするのはさすがヴァンだ。後ろでこの会話を聞いていた男どもが血の涙を流しているというのに。
「では行くか」
「うん」
先に歩き出したヴァンを追いかけた。
照りつける太陽が俺を含めた街の人たちの体力をずんずん奪っていく中、涼しい顔したヴァンがさっそうと街を歩く。
その姿がまた様になっているからヴァンと街を歩くとたまに気後れするときがある。
「すまない、今は友人と遊んでいる最中なんだ」
そう言って断りを入れると女の子が残念そうな顔をして離れてゆく。
これで既に10人目だ。フィクションのような出来事が実際に現実に出くわすとは。
「全く、見て分からないのか。これだから・・・」
ヴァンが深いため息をつきながら呟いた。いい加減いらいらが溜まってきているようだ。
いつもの毒舌にもキレがないのが見て取れる。
「まあまあ、ヴァン。これでも食べて落ち着きなよ」
そう言ってビーフジャーキーを渡す。
「・・・ひろ、普通は飴とか甘いものを出す場面じゃないのか?」
「・・・あれ?」
マキさんならこれで一発で機嫌を直してくれるんだけど、最近は感覚がおかしくなってる気がする。
「ひろ、僕は犬じゃないぞ」
「わ、わかってるよ。別にヴァンを犬扱いしたってわけじゃ」
ゾクッ
不意に背後に悪寒が走る。慌てて周囲を見渡したがそんな影は無し。
「どうした?」
「い、いや気のせい・・・かな」
・・・マキさん、この周囲にいませんよね?
犬扱いとか大嫌いなマキさんのことだ。もしかして感じ取っているのかもしれない。
でも可愛いんだけどなぁ。
「ひろ、そろそろ目的の抽選くじにいくか」
「うん、そうしようか」
こういう気を回してくれるところのヴァンのいいところだ。
人のことを見下すような発言も基本的に天然だし、悪意を持って言っているわけじゃない。
多少言い回しに慣れればとてもいいやつなんだけど。
「いいさ。僕にはひろがいてくれれば」
そういってヴァンが俺の肩を抱く。すると周りで黄色い声が飛び交う。
受け?攻め?というささやき声。正直いい気がしない。
「ちっ、周りがうるさいな。ひろ、さっさといこう」
そう言って手を引いて歩き出す。その行為が余計に周囲を興奮させる。
ヴァンはそのことに気づいていないのか、あえて無視しているのかどちらにしろ毛の生えた心臓だ。
「そういえば辻堂とはどうなったんだ?遊園地、行ったんだろ?」
「うん、とっても楽しかったよ。辻堂さんお化けとか苦手みたい」
「ほぉ、あの辻堂が?意外だな」
「だよね。お化け屋敷のろくろ首にドラゴンスープレックスかました時にはすごい驚いちゃったけど。辻堂さんって結構可愛いところあるんだ」
「驚いた、で済ませて怖がったりしないのがひろのいいところだな」
時々見る辻堂さんの可愛らしい笑顔にすごいドキドキする。そしてまた見たいって思わされる。
喧嘩している時のカッコイイ辻堂さんとのギャップがよりその笑顔を際立たさせるのだ。
皆は辻堂さんを怖がって、そういう可愛らしい面を見れないのは勿体無いと思った。
「ひろにノロケられる・・・か。なんだかんだやっぱりお似合いかもしれないな。お前たち」
ヴァンにそう言われると、やっぱり嬉しかった。
そうこうしているうちに抽選会場にやってきた。ド派手な看板が一角を占め、遠目からもすぐにわかる。
1mほどのステージが設置されそこに黄金のガラポン抽選器、その両サイドには美女メイド。
「大当たり~、ほらよ、残念賞だぜ」
そう言って金髪メイドがスイッチを押すと花火が打ち上がる。
その光景にあっけにとられているうちにガラガラを回した男は黒髪のメイドにティッシュを握らされステージから下ろされる。
「ヴァン・・・」
「ひろ、みなまで言わなくてもわかってる」
ツッコミどころが多すぎて正直どうすればいいのかわからない。
ただ言えること、それはさすが九鬼財閥、ということだけだ。馬鹿でしょ。
なるほど、この抽選会場の協賛はあの九鬼だったのか。
通りでことごとく景品がド派手なわけである。
一等の日本のお肉百選はともかく、二等の朱寿庵清水の金平糖1年分や三等の川神院一日体験ツアー(武神との対戦あり)とか誰が喜ぶのだろうか。
「これはガラポンを回すだけでも羞恥プレイだな。ほらひろ、さっさといってこい」
「え?ヴァンついてきてくれないの?」
「さすがに僕もこれは遠慮したいな」
そういってグイグイ背中を押す。
・・・この裏切り者。
ちょうどほとんど人がいず、すぐに順番が回ってきた。
一歩ずつ階段を上がると共に心拍数が上がってゆく。
・・・なぜたかだかガラポンを回すだけでここまで緊張しなければいけないのだろうか?
「お、兄ちゃん券3枚か。3回できるぜ」
「いいものが当たるといいですね」
券を渡すとメイドさんたちが親しげに声をかけてくれた。
誰にでも言っているのかもしれないけど、でもやっぱり少し嬉しい。
そして一回目。特に気にせず回す。
力なく飛び出してきたのは白い玉。
「あっちゃー残念。次に期待だな」
「残念賞はティッシュです」
二回目。中が混ざるようにゆっくりと回す。
今度も飛び出したのは白い玉。
「お前ついてないなー。ほら次がラストだぜ」
「どうぞ、ティッシュです」
なんというか、こんな大一番でティッシュしかでないのは逆に恥ずかしい気がしてくる。
後ろを振り返ると、遠くでヴァンが苦笑いを浮かべているのが見えた。
こうなればやけっぱちだ。辻堂さん、力を貸して。
三回目。これまでと打って変わって勢いをつけて回す。
「おいおい、そんなに早く回したら出るものも出ねーぜ?」
「力を入れすぎです」
「あ、すみません」
手を離し頭を下げる。
そういえばこれ黄金のガラポンなんだよね。まさかとは思うけど純金・・・九鬼ならありえるかもしれない。
「「「あ」」」
ころん、という音と共に透明な玉が台の上を転がる。
「お、お、お、大当たりだぜちくしょー」
連打連打連打、金髪のメイドさんが派手に花火が打ち上げる。
周りの観客(?)からは大きな拍手が降り注ぎ、その中の一人、ヴァンの顔を見てようやく自分が当てたということに実感が持てた。
景品は何か?と景品が書いてある大きな看板を見上げる。
透明、透明は・・・特別賞?!その内容は『その時のお楽しみ』?!
「ステイシー落ち着きなさい。彼も驚いているでしょう」
「李ー、今騒がなくてどうするって言うんだよ。特別賞だぜ特別賞」
「ほらよ、これが特別賞だ。もってけこの強運野郎」
「はい、どうぞ楽しんできてください」
そういって一枚の封筒を渡される。
ステージから降りるまで拍手は続き、呆然としているとヴァンがすぐさま駆け寄ってきた。
「流石ひろだな。日頃の行いがいいだけある」
「ぐ、偶然だよ」
「で、特別賞ってなんだったんだ?」
そういってヴァンがれ元の封筒を見る。
中から出てきたのは2枚の紙。
そこに書かれていたのは、
『九鬼キャンプ場ご招待!BBQ食べ放題!』
「ほう、キャンプか。実に楽しそうなイベントだな」
「そうだね、でも期限が7月までになってる」
プレオープンと書かれていることから恐らく本格的な8月までの試験期間といったところだろう。
「7月までか。悪い、僕は参加できそうにない」
ヴァンが本当に残念そうに告げた。
「何か用事でもあるの?」
「ああ、7月までに課題を全て終わらせておかなければならないんだ。あと夏期講習がこの時期に集中的に詰まっていてな。
8月に入ると両親にどこかに連れて行かれるためどうしても前倒しにしておかなければならないんだ」
この時期ヴァンと連絡がなかなかつかないのはそういう理由があったのか。
湘南FESとか催し物の時期には誘えばちゃんと来てくれるからあまり気にしていなかったけどそんなに忙しかったんだな。
「そんなわけだ。どうせなら辻堂でも誘ってみればいいんじゃないか?」
その一言にドキっとする。
辻堂さんと二人っきりで、キャンプ・・・
その甘い妄想に堕落しそうだったが最近聞いた声にかき消された。
「あっれー長谷センパイなにやってんすか?」
江乃死魔の幹部の一人、乾梓ちゃんである。
いつもの特攻服姿ではなく由比浜学園の制服姿であり、そのギャルっぽい外見が街にしっかっりと馴染んでいる。
「っていってもここにいるってことは抽選っすよね」
そういってスカートのポケットから2枚の抽選券を取り出した。
「あれ、片瀬さんとかハナさんとか一条さんは?」
一条さん、と名前を出した瞬間ヴァンがピクっと反応したが今はとりあえず置いておこう。
「やだなぁセンパイ。いくらあずにゃんでも常に一緒にいるわけないじゃないっすか。ほらセンパイだって辻堂センパイと常に一緒にいるわけじゃないっしょ」
「ああ、梓ちゃんと会う時って大抵皆と一緒にいる時だから思い込んでたよ」
お互い白々しく笑い合う。ヴァンなんかは?と思っているみたいだ。
ヤンキーとプライベートは別物らしい。具体的に名前を出さないほうがよさそうだ。
「それでセンパイはなにか当たりました?前から結構引いてるんですけどティッシュしか当たらなくて」
そういってポケットからさっきもらったのと同じティッシュを取り出す。
「あ!センパイが持ってるそれってもしかして当てたんすか?!」
「あ、うん。特別賞だって」
目ざとく手に持ちっぱなしだったチケットを覗き見る。相変わらず素早い動きだ。
ついでに近づかれた瞬間ほのかに化粧品の香りを梓ちゃんから感じた。
「うはーいいなぁ。6等の高級化粧品セット狙ってるんですけど全然当たらないんっすよ」
「あはは、こうゆう時って欲しいモノほど当たらないものだよね」
所謂物欲センサーである。
これにより涙を飲んだ人は多いこと多いこと。
「うー、この2枚センパイが引きます?なんか当ててくれそうな気がします」
「いやいや、さっき当たったからきっと運を使い果たしてるよ」
「えー、あずにゃんの分の運も残しておいてくださいよぉ」
そう言ってなぜか胸を強調するようなポーズをとる。
マキさんの影に隠れがちだがこの子は江乃死魔の中でもトップクラスの巨乳を誇る。
我那覇さん?死にたい人は自分で調べて!
「どーすかセンパイ。もし当ててくれたらいーっぱいサービスするっすよ♪」
梓ちゃんが軽く自らの胸を揉む。
指が沈み、ふにふにと柔らかく形を変えるそれは、見ていて目の毒だ。ヴァンなんかは平然としていたが。
「い、いや無理だから。ダメでも責任取れないし」
「しゃーないっすね。乾梓、行ってくるっすよ」
相変わらずセンパイはからかうと楽しいっすね、とつぶやきあっさりと引く姿は見慣れた江乃死魔の時の梓ちゃんだった。
梓ちゃんは慣れたようにステージに上がりメイドさん達と軽く談笑している。結構引いいているというのは本当らしい。
「ひろ、さっきの子となかなか親しそうだったが」
「あ、うん最近知り合いになったんだ。見た目はちょっとびっくりするかもだけどいい人だよ」
「・・・あいかわらずだな、ひろは」
ヴァンが視線をそらすようにステージを見る。
釣られてみるとステージではメイドさんの大当たりーというという大きな声とうるさいほどの花火、そしてこちらに向けてピースする梓ちゃんがいた。
「大、昨日は悪かったな」
昼休み、恒例となりつつある辻堂さんと一緒に食べる昼ごはん。
午前中、申し訳なさそう何度もこちらを見てくる辻堂さんに、むしろこっちのほうが罪悪感が湧き上がるくらいだった。
ちなみに辻堂さんがあまりにもしおらしかったため、舎弟のクミさんはもちろんクラスメートも目を丸くしていたのだった。
「仕方ないよ、俺だって外せない用事だってあるし。辻堂さんのそれがたまたま昨日だったんだから」
「ああ、そう言ってくれると助かる」
辻堂さんはその返事に明らかにホッとした様子で胸をなでおろした。
「ん?大は今日は炊き込みご飯なのか」
「うん、炊飯器に材料と調味料を入れてセットしておくだけでいいしね。それに何より夜に仕込んでおけばいいから」
炊き込みご飯をメインに孝行のお惣菜、あとは定番の卵焼きというラインナップ。
最近は孝行の依存度が急激に上がっている気がする。主にマキさんのせいで。
「へぇ、美味しそうだな」
「よかったら一口食べる?」
そういって弁当箱を差し出す。以前のようにあーんはさすがにご飯でやるのは難しいから控えた。
「あ、ああ。一口もらうな」
弁当ごと受け取り一口パクリ。
マキさんの豪快な食べっぷりも見ていて好きだけど、辻堂さんの綺麗な食べ方も好きだな。
「お、おいっ。あんまりじろじろ見てるんじゃねぇ。恥ずかしいだろ」
じっと見つめているのに気づいたのか、辻堂さんは顔を真っ赤にしてどついてきた。
照れ隠しなのはわかるけど、もう少し手加減してくれると非常にありがたいのだが。
「そうだ、話は変わるけど辻堂さんって夏休みの最初の方って予定空いてる?」
「ああ、補習も大のおかげで回避できたし。ありがとうな」
「それは辻堂さんの頑張りだよ」
そう、辻堂さんは勉強が嫌いなだけで頭が悪いわけではないのだ。
実際俺よりもいい点を取っていたし・・・
「で大、なにかあるのか?」
「うん、この間キャンプの招待状が当たったんだ。だから辻堂さんもどうかなって思って・・・」
「うぇ?!」
いつもの辻堂さんからは想像できないような、でも最近はよく聞くような声が漏れる。
顔を真っ赤にし恥ずかしがる、そんな姿も誰も想像できなかっただろう。
「それは・・・二人っきりで?」
「うん」
ヴァンは俺が辻堂さんを誘いたいって言ったら快く辞退してくれた。
本当になんで友達が少ないんだろう。
「い、いいぜ。でも私キャンプなんてしたことないけど」
「大丈夫、まかせて」
「あ、ああ頼む・・・」
良かった。断られたりしたらどうしようかと思った。女の子、それも好きな子を誘うのはドキドキする。
ピリリリリ
安心していると辻堂さんの携帯がなりだした。
初期設定のだ。なんとなく辻堂さんっぽい気がする。
「あ、クミか?どうしたいきなり」
どうやら辻堂軍団の人たちのようだ。
先程までの可愛らしかった顔がキリリっと引き締まる。
「ああ?夏休み?悪い、ちょっと用事があってな。
そういうわけじゃねーよ。どーせお前たち補習あるじゃねーか。補習はちゃんと出ておけよ」
ピッ
「大丈夫だった?」
「ああ、あいつら補習サボって遊びに行こうっていいやがって。全くあいつらときたら」
少し乱暴に携帯電話をポケットにしまう。
それからまた二人でたわいのない話をして、おかずを交換したりして楽しいお昼を満喫する。
「ふあ・・・あ・・・」
食べ終えてまだ昼休みを半分以上残すところ、不意に辻堂さんが小さくあくびをした。
「睡眠不足?」
「え、ああ。その父さんの用事っていうのが結構遅くまでかかっちゃってな。実はあんまり寝れてない」
あくびを見られたのが恥ずかしかったのか、照れながら理由を述べる。
辻堂さんは不良だけど、最近はちゃんと授業を聞いているようだった。(理由はもちろん大と同じ空間にいるため&恥ずかしいところは見せられないという意地だが)
「なら授業が始まるまで少し寝る?お昼休みならまだ半分位残ってるし」
「ああ、そうすっかな。でも保健室にはあの保険医がいるだろうしな・・・」
あの保険医とはもちろん城宮楓のことである。
不良、ということもあって一般生徒に比べれば利用頻度も高く、またマッドサイエンティストなところもあるが意外とこちらのことを考えてくれている節があり融通も効く方である。
けれども辻堂愛にとって彼女に弱みを見せることはなんとも拒否したい出来事だった。
「先生のところが嫌なら、えっと、ここはどうかな?」
ぽんぽんと自分の太ももを叩く。そうつまり膝枕だ。
「あ、遠慮ならしなくてもいいから。姉ちゃんにせがまれて慣れてるし、最近はマキさんにも無理矢理やらされてるし」
嬉しそうな戸惑いの顔から一転、一気に殺気立った不機嫌な顔に切り替わる。
しかし辻堂さんはその不機嫌をぐっと飲み込み太ももに頭を載せた。
ふわっと辻堂さんの香りと太ももに心地よい重みが加わる。
「大がそうゆう奴って知ってるけど、あんまり私以外の奴にそうゆうことするなよ・・・」
そっぽを向きながら、ギリギリ聞こえるかどうかの声量で呟いた。
俺は返事の代わりに、そっと辻堂さんの髪をなでた。
昼休み、屋上にてのどかでゆったりとした空気が流れる。
その後の地獄を露知らずに。