もしまだ読んでいてくれる方いらっしゃれば感謝しきれません
電車から降りるとむわっとした空気が3人を包み込む。電車が涼しかっただけに外と中の温度差がより暑さを際立たせる。
荷物を持っているのだからなおさらだ。ジワリと額から汗が吹き出る。
「くあー、あっちぃなぁ」
唯一荷物を持っておらず、空いた手でセーラー服の胸元を引っ張り谷間に向けて手で風を送ろうとするマキさんの姿を周囲にいた男たちが気まずそうに覗き見る。
ここで目線をそらさないのは、男ゆえのサガか。
「・・・おい大」
つまり俺も目線をつい送ってしまっていたわけで、左隣りからイラついた声が聞こえ、思わず背筋が冷える。
「ダイは私のこれ大好きだからなー。ほ~れどうだ?」
両の手を組み、背を屈ませ胸元を強調するように寄せてあげる。ぷるんと押し出された胸に光る汗がみずみずしい桃を思わせる。
・・・数人の男共が前かがみになった。
しかしマキさんの挑発行為は、俺に対してではなく、むしろ辻堂さんの逆鱗に触れたようだった。
「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ハッ、そんなテレフォンパンチあたるか!」
辻堂さんの凄まじい一撃も虚しく空を切る。
いい加減このパターン飽きてきたなぁ。
「ほらほらいいからさっさとバスに乗ろうよ」
「元はといえば大、お前がだな!」
「あ、見てよ。バスがきたよっ」
指差すその先に正面にっでかでかと『九鬼』と書かれたバスが音もなくやってくる。側面には純白のサマーワンピース可愛らしい女の子が大きくプリントされていた。
恐らくあれがこの駅からキャンプ場へ直通のバスだ。
「すこ・・・・・」
辻堂さんはなにか言い返そうとしたがバスを見た瞬間口をパクパクしだした。
絶句するという滅多に見れないレアな辻堂さん、略してレア堂さんはどうしてそうなったのか。
「あれ・・・?」
そういってマキさんが指を指した先にはバスがあった。
徐々に近づいてくるバス。
プリントされた女の子の顔が明確になってくる。
「ぷはっ、辻堂、お、おまっ、な、何やってんだよ」
俺よりも先に視認したマキさんが吹き出し、腹を抱えて笑い出す。
何がそんなに面白いのかわからなかったが、その笑いがあまりのも楽しそうだから釣られて一緒に笑ってしまう。
俺がバスを完全に目視できるようになってようやく気づく。バスにプリントされた美少女が辻堂さんだったことに。
さきほどまでの楽しい笑いが、徐々に乾いた笑いに変わっていく。恐ろしくて後ろにいる辻堂さんのほうを振り向けない。
「あーやっべ、こんなに腹抱えて笑ったの久しぶりかもな。ってどーしたんだ?辻堂」
「あは、あは、あははははっ・・・」
どーした辻堂じゃないわ!
乾いた笑顔が完全に張り付いてしまう前に、笑い疲れたのかようやくマキさんが深呼吸とともに笑いを止めた。
そして俺の背後にいる辻堂さんを珍しく心配する声。
珍事につぐ珍事に思わず恐怖を忘れ、振り返る。
辻堂さんが、ひざを抱えて地面にのの字を書いてやさぐれていた。
「いい加減機嫌直せよなー」
「・・・大には見られたくなかった」
バスの席でもひざを抱えて顔を伏せ続けている姿はとても『喧嘩狼』と呼ばれている人には見えない。
挙句、私フリーダム!って感じのマキさんすら気を使っている始末である。
「ええと、その、可愛かったよ?」
一応フォローを入れてみるものの一向に沈んだ気持ちが立ち直る気配がなかった。
辻堂さんの沈んだ気持ちが伝播したのかバス内の一角を中心に重苦しい雰囲気が流れ、マキさんがマイペースに食べるお菓子の咀嚼音が響き渡るのみだった。
キャンプ場に着くと『九鬼キャンプ場』と大きく書かれた看板が見えた。
そしてお出迎えするのはド派手なロッジ、流石九鬼財閥と言わざる得ない。
新鮮な空気をすったことで気持ちを入れ替えることができたのか辻堂さんはいく分か持ち直していた。
「・・・くそぅ、もうこうなりゃやけだ・・・」
むしろやばいものをここにつれてきてしまったかもしれない。
中に入ったあと辻堂さんとマキさんにここで少し待ってて、と言い残しロッジの受付に行く。
二人を残すのは少々不安だったが、辻堂さんを連れていけばマキさんが、マキさんを連れていけば辻堂さんが、とどちらも不満を持つのはわかりきっていたので両方に待っていて貰うことにしたのだ。
カウンターのメイドさん(果てしない違和感)にチケットを渡すと、どこかで見た金髪メイドさんと思ったらあの時の人だ。
「お、あの時のボーヤじゃねぇか。美人を二人もつれてくるなんざぁロックだぜ!」
辻堂さんもマキさんも、二人を褒められたのが嬉しい。
なんだかんだいってあの恐ろしい形相がなければ二人共思わず振り返ってしまうほどの美人だ。
「えっと、ステイシーさん?でしたっけ」
「あれ、なんで名前知ってんだ?教えてたっけか?」
「いえ、抽選の時にもうひとりの方が名前を呼んでいたのを覚えていただけです」
「そうか、あたらめて挨拶しておこうか。九鬼従者部隊序列15位ステイシー・コナーだ。よろしくな」
「同じく九鬼従者部隊序列16位、李静初です。今回あなたたちの最低限お世話をさせていただきます」
いつの間にかもう一人―――李さんもわざわざ挨拶に来てくれたようだ。気配がなさすぎてむしろリアクションができなかったくらいで。
「おいおいダイ、お前また女かよ。後ろで辻堂がすごい勢いでお前のこと睨みつけてっぞ」
ステイシーさんと李さんから遮る形で身体を滑り込ませてきたマキさんが後ろを指差す。
さりげなくマキさんが俺を抱き寄せ、って地味に指が食い込んでて痛い。そういうマキさんもちょっと機嫌悪くありません?
痛みに耐えつつ、恐る恐る後ろを振り返る。
怖っ、辻堂さん怖っっ。
「ああっ?なにみてんだてめーら!」
「「「ひぃぃぃぃ」」」
周囲の人にも殺気をばら撒きながら、辻堂さんがこちらにやってきた。
「腰越ぇ、なにてきとーなこといってやがんだ。べ、別に大が誰と話していよーが、その、機嫌悪くなんかなったりしてねーよ」
「ハッ、どーだか。今だって切れてんじゃん」
売り言葉に買い言葉。わざとだよね。
「二人共、こんなところで喧嘩しちゃ迷惑だって」
お互いまたも一触即発になりそうなところに割り込む。
既に一般客の中には腰を抜かす人やがたがた震える人もおり、二人が本気で暴れだしたら九鬼キャンプ場がなくなるかも。
ステイシーさんや李さんだって怯えて・・・・あれ?
「おーすげー。まるで揚羽さまと武神の戦いくらいビリビリしてくるぜ」
「そうですね。流石『皆殺し』と『喧嘩狼』といったところでしょうか」
二人共いつの間にか避難して、平然と状況を眺めていた。
というか辻堂さんのこともマキさんのことも知ってる?!
「えっと、お二人は辻堂さんとマキさんをご存知なんですか?」
「もちろんです。お二人の噂はかねがね。いずれ九鬼にいらしてもらおうと思っていたところです」
「『稲村チェーン』の勧誘に失敗して以来湘南の方には手出ししてなかったんだが、湘南で久々にイキがいいのが出てきたって噂が流れてきてな」
「え?!母さんを勧誘?!」
さっきまでマキさんとにらみ合いしていた辻堂さんがこっちに興味を持ったようだ。先程までの怒気もかなり霧散していた。
「ええ。わざわざクラウディオさんが説得に行ったのですがかたくなに拒絶されたそうです」
「すげーよな。私らなんかそっこー捕まって従者部隊に編入させられ、いつのまにかメイド姿にされてたのにな」
「よかった。母さん拒絶して本当によかった・・・」
辻堂さんが心のそこから安堵している・・・
母親がメイド姿って、娘からしたら正直嫌、だよね。うちの姉ちゃんさんならノリノリでやりそうな気もするけど。
「ダイー、腹減ったー。いいからBBQいこーぜ」
「マキさんこれどうぞ」
そういうこともあろうかと用意していたビーフジャーキーを手渡す。
不機嫌だった顔がすぐさま笑顔に塗り替えられる。
「流石ダイだぜ、ウマウマー」
ちょろい。
「それでは当キャンプ場の説明をさせていただきます」
そう言って李さんが折りたたまれた案内図を開く。
「と思いましたが実際にこちらをご覧になったほうが早いですね」
「あのーそれじゃミもフタもないんじゃ」
「大人の事情です」
職務怠慢ではないかと思ったがこれ以上突っ込むような空気を読まない発言はできなかった。
なぜなら有無をいわさず視線が突き刺さっていたわけで。
例えるならマキさんが不良からかつあげするくらい。
というわけでまじまじと地図を見る。
宿泊場所はテントとコテージの二種類があり、食事をとれるところは炊事棟以外にも別途の食事処、(マキさん)メインのBBQ会場は特別会場があるようだ。
他にもアスレチック場や動物ふれあい広場、川なんかもあって入ったり釣りをすることもできるみたいだ。
別途料金を払えば温泉なんかも入ることができ、キャンプ場というレベルを明らかに超えている。
「すごいですね」
「本当に九鬼の力はすごいな・・・」
俺と辻堂さんは改めて九鬼の凄さを実感していた。
「ん?ダイ、なんだこれ」
俺の後ろから抱きつくように密着したマキさんが地図の一部分を指差す。
そこは赤く塗りつぶされ、黄色いWARNINGの文字が書かれている。
「すみません、これなんですか?」
尋ねるとステイシーさんはあからさまに目をそらし、李さんは死んだ。
「「はぁ?!」」
李さんがいきなり白目を向いてドサりと机に倒れ込んだのだ。
その倒れ方は明らかに異常で、さらには顔色が真っ白、正直死んだようにしか見えない。
「え?え?救急車?心臓マッサージ?AEDはどこ?!」
てんぱっている俺に口を開けたまま微動だにしない辻堂さん。
マキさんはジャーキーを口から落とすというありえない状況だ。
「あーあー大丈夫だ。李、いい加減起きろ」
「そうですね。さすがにちょっとやりすぎました。反省しています」
微動だにしてなかった李さんがムクリと起き上がる。
俺も辻堂さんも、マキさんですら目を丸くしてその様子にぽかんとしていた。
「ふむ、辻堂さまや腰越さままで騙せたことで3タテ成功ですね」
満足気な李さんを見る辻堂さんとマキさんの目線がやばいことになってる。
「長谷さま、腰越さまもそろそろ限界のようですし、ご案内いたします」
「そうだな、せっかくのBBQ食べ放題だ。楽しまなきゃロックじゃないぜ」
二人の視線をあっさりと受け流すとサクサクと物事を進めようとする、この二人かなり出来る・・・。
いつの間にか他のメイドさんが俺と辻堂さんの荷物を持っていた。たぶん死んだふりに驚いた時にすでに荷物を回収されていたのかもしれない。
そこまで計算してやっていたのだろうか。
ちなみにマキさんに荷物なんてものはない。制服一つでどこまでも、本当に自由人だ。
「それじゃまず先にお前さんたちのテントに案内するぜ。ついてきな」
ロッジを出たあと、ステイシーさん先導で歩き出す。
緑が濃く、森の中なだけあってか湘南よりかなり涼しい。人工物は少なく、道は最低限にしか踏み固められていないようだ。
「スカートにしなくてよかったな。あの服に靴じゃきつかった」
「あれはあれで可愛いから俺は好きだけど」
「なっ、ばっ、だぁー!簡単に可愛いとか言うなぁ!」
隣を歩く辻堂さんがポツリとつぶやいた言葉。
しなくてよかった、ってことは着てきてくれるつもりがあったんだ。
前の遊園地でまた見たい、って言ったことを覚えていてくれたのがすごく嬉しい。
「なーにいちゃいちゃしてんだよぅ」
「うわっ!」
柔らかい衝撃が背中を襲う。首に手を回され、しがみついてきたのはマキさんだ。
「ダーイ。自然はいいなぁ。こう、なんというか元気が出るっていうか」
「それはお前が野生児だからじゃないのか?なぁ腰越」
「うっせーぞ辻堂。今私はダイと話してんだ。邪魔すんなっ!」
「邪魔してきたのはそっちからだろーが!」
本日三度目の喧嘩が勃発しそう。
どうしようか周りを見るとステイシーさんと李さんは面白いものを見るようににこちらを見ていた。
「長谷さま・・・あーもーヒロシでいいよな!全くモテモテじゃねーかヒロシは」
「ですね。まさかあの『皆殺し』を御する方がいようとは。そして『喧嘩狼』とも深い仲のご様子ですし」
「だな。あとは『血まみれ恋奈』とも知り合いって言うなら『三大天』制覇することなるじゃねーか」
ステイシーさんが恋奈という名前を口にした瞬間、軽く(見えないが)拳を打ち合わせていた二人の動きが止まる。
そして互いに顔をじっと見つめ、辻堂さんはため息を、マキさんは苦笑いをほぼ同時にしていた。
「ダイはすでに恋奈の奴と知り合いだぜ。それも拉致られるくらい大の仲良し、って感じだな」
「大は私絡みで恋奈に目をつけられちまったから、その点は完全に私の失態だがそもそも大も悪いんだぞ。『三大天』の一人、『江乃死魔』のリーダーだと教えたあとも普通に接しやがって」
マキさんの皮肉に辻堂さんが畳み掛ける。殺気等を込められてないのがまだ救いだ。
「いやだって片瀬さんってそんなに悪い子じゃないと思うし」
「はぁー、そもそもいい子が不良のリーダーやってるわけねーじゃん」
そうかなぁ。
辻堂さんは優しい面の出し方を知らないってだけだと思うし、進んで誰かにひどいことしているわけじゃない。
片瀬さんだって『江乃死魔』のリーダーだけど一般の人にむやみに手を出したりするのを好むような子じゃない。ただ江乃死魔の頂点に立とうとして頑張っているだけだ。
マキさんは・・・いい子?うんたぶん。
「なーんか今納得いかない回想があったよな、ダイ」
「イイエソンナコトアリマセンヨ?」
牙を研ぎ始めたこの獣をどのような言い訳して交わすかを必死で考えているとステイシーさんが笑い出す。
「いいじゃんいいじゃん、お前らめっちゃロックだぜ!特にヒロシ、お前も『三大天』と一緒に九鬼にこねーか?」
「俺たちはともかく、片瀬さんはライバル企業同士なんじゃ・・・」
「いえ、あの方々は気にしないかと思います。有能な人物であればどなたでも受け入れる方々ですから」
九鬼では人材発掘を盛んに行うという。とある世界大会も記憶に新しい。
そしてそれがスカウトを見定めるための物だというのだ。実際あの出場者はかなりの数スカウトされたと実名で名乗り出ている。
また、あの大会以降、KAWAKAMIと松永の名をよく耳にすることとなった。
世界をも唸らせる名勝負だった、日本はこれで安泰、流石KAWAKAMI格が違った、核兵器とともにKAWAKAMIも放棄しろ!、などとそれはもうすごかったらしい。
実際に見た訳ではないがクラスメイトが興奮した様子で話しているのを小耳に挟んだことがある。
「ダイ、私は九鬼に行くつもりはないぞ。めんどーだし」
「私もだ」
「ということなのですみませんがご遠慮させていただきます」
だよね、マキさんはもともと縛られるのが大嫌いだし、辻堂さんも全くその気はないみたいだ。となれば俺が誘われる理由も消滅する。
というかマキさんって将来なにかなれるものがあるの?用心棒とか刺客とか物騒な職業(?)しか思い浮かばない。
「やーっぱダイは私を馬鹿にしてるよな?」
「いえいえ、マキさんが仕事してる姿が思い浮かばなかっただけです」
「それを馬鹿にしてるって言うんだよ!」
言葉と同時にヘッドロックを掛けられそうになるが、間一髪のところで首根っこを掴まれ引っ張られる。
「大もあんま余計なこと言うな。いくら大でもいい加減腰越にやられてもおかしくないぞ」
「そうだそうだ。いつまでも私が優しいと思わないことだ」
「じゃあ今度からはお肉を控えめにして野菜をふんだんにしたヘルシーな食事にしますね」
「よしダイ、ちょっと話しあおうか」
意地でも謝らない気というかお話(肉体言語)ですねわかります。
静かな森にステイシーさんの笑い声が響き渡った。