明日は陽の照らす処へ   作:エビフライ定食980円

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第13話 国子監

 国子監より天文設備の利用と資料の閲覧許可が出たのは、それから翌日のことであった。

 

 既に作り上げたコリオリ(りょく)可視化のための容器は一旦、陽乃のアイテムボックスにしまって宿から国子監へ持っていくことにした。

 

 

 そして。国子監の門前で軽く入場手続きを行い、警備の兵の詰め所から中に入るとそこには国子監内の光景が広がっていて――

 

「おおー、この感じ前世の中華風ミステリーアニメで見たことある建物の感じ!」

 

「……実質一択しかないわよね、そのジャンルのアニメに該当するのは」

 

 とはいえ、陽乃の言いたいことは分かる。ここは外の街並みとは異なり、かなり中華風の建築様式が並んでいる。学問の施設故に華美な色使いではないが、木目かそれにやや赤みを帯びた建物が並び、金字の装飾が為されていて、明らかに力の入った建築であることが分かる。

 とはいえ私も陽乃も建築には詳しくないため、そうした豪奢な中華風の建物を見て抱く感想はやはり『後宮っぽい』という言い草に尽きてしまうのだろう。……ゆくゆくは建築学もある程度履修した方がいいかもしれない。

 

 それはともかく。

 こうも整えられた景観だと、ただの道ですらちょっとした庭園にすら見えてくる。街だとか宮殿だとかという広さは無いものの、さりとて前世で通っていた高校の数倍サイズの敷地は構内マップを手放せないくらい複雑に建物が並んでいた。

 

「……ここかな、明日葉?」

 

「地図によればね」

 

 天文学は、暦の編纂(へんさん)などで用いるとはいえ、役人養成機関として見れば主流の学問ではなく、ましてやここは外国人に対して貸出を行っている場所。ともあればその場所は傍流の傍流とならざるを得ず、国子監と外の街を隔てる外壁がすぐ隣に見えるような西の端の立地であった。

 

「昨日の水槽のやつは、外でやった方が部屋を濡らさずに済むから、人目に付かないところの方が有難いかもねえ」

 

「良いところ探しの達人ね、陽乃」

 

「ふふん。

 ……で、この庭にある謎の機械っぽいものは何?」

 

 陽乃はついでのように、屋外に置かれた巨大なオブジェのようなものを指さす。

 高さは私たちの身長よりもちょっと大きいくらいで、装飾の施された金属製のピラミッドの形が2個並んで骨組みだけが存在している装置。それに何個か大きな円状のパーツが付いている感じ。

 見た目の説明をしてもあまりピンと来ないことからも分かるように、これについては陽乃が知らなくても当然のものだった。

 

「……『簡儀』と、言うのだけども、そう来るのね……。

 時代相応な装置だけど、流石に使い方までは分からないわよ、これ」

 

 あまりにも馴染みが無さすぎる天体観測装置、それが簡儀である。

 とはいえ、前世世界では西洋よりも300年くらい時代を先取りしていた中華王朝の代物。

 渾天儀(こんてんぎ)よりは使いやすいらしいし、あるいは四分儀・六分儀で三角関数バトルもしたくないが、結局使い方が謎という観点では『簡儀』も同等でしかない。ちなみにさらっと流した円形パーツの方が全然メインになる装置だ。

 

 ……とりあえず、この大掛かりな装置は触らずに、出来るところから触っていくしかないだろう。

 

 

 ――というか。

 どうしてアクリル板なんてものがあるのに、望遠鏡は誰も作っていないの。おかしいでしょ。

 

 

 

 *

 

 陽乃には持ち前のDIY技術を生かしてもらって、例のコリオリの力測定容器の排水口に水の流れができないようにしてもらう。市販の排水パーツではなくただの穴にすれば恐らく大丈夫なはず。断材と研磨がメインの作業であろう。

 その間に私は、この天文施設の庭ではなく建物内に残されている資料を確認する。……おっと、巻物ではなく本だ。最悪木簡・竹簡すらも考慮していたので本で良かった。でも背表紙とかが無く、表紙も中の紙と同じ仕様だから平積みするしかないタイプ。これ自体は、国子監独自というわけではなくこの世界の本は大体そんな感じだった。

 ……これを知ったときの陽乃は『ルーズリーフみたい』と言っていたが、その認識で20%くらいは合っているだろう、多分。

 

 また壁には六角形の世界全図がかけられている。……これも台形図法での記述なのか。確かに経線を折り曲げるって発想は地球でも古くからあったらしいが、この世界みたいにメジャーになる手法ではないような……。おまけにどの地図も緯線・経線が描かれていないし。これらの発明(・・)ってヒッパルコスの時代にはあったはずなのに――

 

「明日葉ー! できたかもー!」

 

 ――おっと。詮無い考えに思いを巡らせていたら、陽乃の声が外から聴こえてきた。瞬間、私は世界が色づいたような心持ちとなって、急速に白黒の文字の海から浮上して、私の(つがい)の下へと向かう。

 

「流石、陽乃。良い仕事ね」

 

「これならウチは職人でもやっていけるかもねっ!」

 

「出来る気はするけど、多分今の商会長のままの方が稼げると思うわよ」

 

「それもそっかー」

 

 サバイバル知識を身に着けた陽乃は、もう貨幣経済の枠組みの外に出てもやっていけそうな気はするけども。それはともかく、陽乃が加工した排水口は一旦栓を閉めて、2つの容器に水を入れる。

 

「これで成功すれば良いねー」

 

「ええ。上手く行けばいいのだけど――」

 

 

 そうして、水が溜まった2つの容器の栓を同時に抜く。今度は宿でやったときのようにそれぞれ逆回りになる可能性は低いと思うけども……。

 

 

「……明日葉? これは?」

 

「――もう一度試しましょうか」

 

「ええー!? また失敗したのー?」

 

 ――2つの容器のどちらも水の渦は発生しなかった。

 

 そして、私たちは同じ実験を何度か試す。

 水流が見えにくいだけかと思って、色水の水滴を入れて流れを見えやすくしたり。

 容器の台の置き場を、もっと水平になるように調整したり。

 当然、それらの作業の過程で日や時間を改めたり、あるいは、流しそうめんや雨樋(あまどい)の要領で水を屋外に排出可能な装置を作った上で屋内試験も実施した。

 

 

 ……その結果。

 

 

「……これは、もう『渦は出来ない』――これで間違いなさそうね」

 

「そうだねえ、明日葉。流石に水が流れるだけを見るのも飽きてきたよー。

 もう数十回は同じことしてるもん」

 

「さっきのが55回目の試験よ」

 

「多すぎー!」

 

 55回全てで渦が出来なかったわけではないが、渦が出来たときは何らかの理由があったり、2度目は再現しなかったりとそういうものばかりであった。だから……確定で良いはず。

 

「――つまり、これで。

 少なくともこの場所には『コリオリ(りょく)』は影響していない。そう考えるのが妥当になる」

 

「へえー。でも、それってどういうことになるの?」

 

「いくつか『仮説』が生まれるわ。

 1つはここが赤道直下(・・・・・・・)という可能性ね」

 

「あ、じゃああの砂漠の街は赤道上じゃなかった……って、これ前にも言ったような……」

 

「そうね。でもここでなら観測データが揃っているから、すぐにその検討は出来るのよ」

 

「おおー」

 

 陽乃が感嘆の声を上げている間に、私は天文施設の資料から1つの写本を取り出す。それは、この地の日の出時刻と日の入り時刻を毎日記録しているデータであった。

 

「4年前のデータらしいけれども、こういうのを1年間毎日計測しているのは本当に凄いと思うわ。

 ……で。もし赤道直下なら、年間通して日照時間は大体半日だから、それで分かるはずなのよ」

 

「あー、四季が無いとそうなるんだ!」

 

 そうして1年分の毎日の日照時間を見ると――

 

 

「一番長いタイミングで14時間30分。最短だと……10時間いかないくらいか。

 成程……」

 

「真冬に7時くらいに日の出があったとしたら、午後の5時くらいに日が沈む……って感じっしょ? まあ、そんなもんじゃない?

 昔に明日葉と初日の出を見に行ったときも、7時前とかじゃなかったっけ」

 

「行ったのは前世の地球のときよね、それ。

 もっとも、こっちの世界でも陽乃と幾らでも日の出なんて見てはいるけれど。

 いや、そうじゃなくて。

 変……と言えば変な値ではあるのよね」

 

 陽乃の言う通り、感覚的に違和感の少ない数字ではあるが、それがこの龍海明都(ロンハイミンドー)でも同様というのはちょっと奇妙だ。日の出・日の入り時刻は緯度と相関する。となれば、北緯と南緯という違いはあるにせよ、この場所は地球で言う日本とほぼ同程度の緯度帯ということになる。

 その仮定を地球換算でするならば、この地は南半球で言えばオーストラリアの南端とか、アルゼンチン辺りとか、相当南に進んだ場所に該当するはずで、こんな熱帯雨林が広がっている場所にはならないはずだ。

 

 そのことを陽乃に説明すれば――

 

「まー確かに、砂漠から1ヶ月くらいは歩いたけどさ。

 そんな奥地に来たって感じはまだ無いよね」

 

 陽乃はちらっと壁に掛けられている地図も見ながら言う。そう、まだ半分を超えて少しといった場所なのに。

 

「そうね。でも、取り敢えずここが赤道直下では無さそうなのは確かだと思う。

 となると、コリオリ(りょく)が存在しないことを説明する方法ってコレしか無くなるのよね……」

 

「んー? 教えて教えて、明日葉仮説!」

 

 

「この星……多分だけど『自転』していないわ」

 

「……へ? え、でもでもおかしくない!?

 『自転』って自分でくるくる回るやつだよね、フィギュアスケートみたいに!

 それが無かったら一日中昼とか夜になるんじゃない!?」

 

 

 陽乃の言うことは実に正しい。中学も高校も授業のときは寝るか時計を見るかしかしてなかった記憶しかないけど、知識はちゃんとついているみたい。

 ――でも。

 

「……『天動説』なら説明つくわよ?」

 

「あっ、そうだった……」

 

 

 

 *

 

 『自転』が存在しない。

 明らかに熱帯性の気候なのに、日本と変わらない日照時間。

 赤道直下でも、体感的には長さの変わらなかった影。

 赤道砂漠というケッペンの気候区分ではあり得ない気候。存在しない台風。

 魔法の知見が無いと理解できない天文学。

 なぜか、六角形の台形図法しか存在しない世界全図。

 

 この地が日本と同じ緯度であるなら、南回帰線は超えているにも関わらず未だに南を経由する太陽。

 

 さらには、砂漠で陽乃と天体観測をした日のこと。――あの時、私は陽乃と一緒に空を見上げながらこの世界の暗い北極星を一緒に見たけれど、そもそも赤道付近ならば北極星は地表スレスレに見えていないとおかしいはずということ。

 

 これら1つ1つの違和感は生活していく上では、どうでも良く気にも留めない事実であろう。

 そして、仮にこの世界では本当に『天動説』が正しくても、別に生きていく上で何ら支障は無い。

 

 

 けれど。

 陽乃と一緒に続けてきたこれまでの旅路で分かったこれらの事実の数々は――

 

 

 

 *

 

「――いやー、美味しかったね、明日葉っ! この街の料理はエスニックっぽい感じのばっかりで楽しいよー」

 

 陽乃と夕食を繁華街で食べた後の帰り道。宿に向けた道を進んでいく。

 

「……ねえ、陽乃。

 ここからでも星が結構見えるよね」

 

 私が彼女にそう語りかければ、ずっと私の方を見据えていた陽乃の瑠璃色の瞳がふわっと上へと向けられる。

 

「わっ、ホントだ!

 あ、あれって前に陽乃から教えてもらった『西矢じり座』と『東矢じり座』だよね!?」

 

「ええ、そうよ」

 

「やっぱり! 矢印2個あると分かりやすいかも!

 じゃあ、こっちが北なんだー」

 

 前に陽乃に教えた、北極星を発見するための2つの星座。それを陽乃はちゃんと覚えていてくれた。

 

 ただ……

 

「北極星って、本当は南半球だと見えないはずなのだけどね」

 

「……ええっ!? そーなの!?」

 

 北半球でしか見えないのが北極星――いや……そもそも、もう。

 北半球だとか南半球だとか言うこと自体が誤り、なのかもしれない。

 

 

「うん。……『天動説』のようだとずっと思っていたけど。

 まさか、今居るこの惑星が『球体』であることすら間違い……というのは、ここまで気付けなかったわ……。

 いや、もっとも。気付いてしまえば、もうそれしかあり得ない気がするけども」

 

「え、ちょっと、明日葉自己完結しないでー!

 ウチ、まだ全然飲み込めてないんだけど、どういうこと!?」

 

「……ええと、どこから陽乃に説明すれば良いかしら。

 あ、陽乃。地図持っていたわよね」

 

「あ、うん、六角形のやつだよね。

 ちょっと待って。今出すから――」

 

 焦っていても手際よく陽乃はアイテムボックスから地図を出す。

 これ……特徴的な形から『エケルト図法』だと思っていたけども――

 

「そう、これ。てっきりずっと台形図法だと思っていたけども。

 ……多分、これが正しい世界全図なのよね、きっと」

 

「えっと、えっと……つまり、この世界は、大陸とか海とか全部ひっくるめたら六角形の形をしてるってこと?

 え、めっちゃ不自然な形だね、そりゃ――」

 

 

「……そう言うのも分かるわ、だって六角形で、しかも平面の天体なんて無いはずだもの。

 ――だから、良く聞いて、陽乃。

 

 きっと……この世界――というより、この星よね。

 この場所は『人工的』に作られた場所よ」

 

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