明日は陽の照らす処へ   作:エビフライ定食980円

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第6話 エルフの里

「――世界樹の木?」

 

「うん。明日葉も名前くらいは本で知ってるっしょ?」

 

「……それは、そうね。

 でも、本当にエルフの里全部(・・)に生えているの?」

 

「生えているって言うか、多分接ぎ木だとは思うけどねー」

 

「急に農業みたいになるのね……」

 

 南へ進んだ場所にあるはずのエルフの里――固有名称では『エラナエン』と呼ばれる村落らしいのだけど、フィオレンゼアから直通の駅馬車などはない。というかエラナエン自体かなりの山奥にある集落なので、フィオレンゼアに限らずどこからも繋がっていないし、何なら最寄りの村からは道も整備されていないとの前情報。

 その村に向かう馬車に私たちは今乗っている訳だけれども、片田舎に向かう者は珍しいようで、私たち以外に乗客は居なかった。

 

 それで『世界樹』か。陽乃の言う通り本で見たことはある。とはいえ、それは今の目的地にも存在するものなのだから、見てから判断するのでも構わないはずだ。

 だからこそ、陽乃に今聞くべきは――

 

「というか、陽乃。

 150年前に、エルフと会っているって――なに?」

 

「……もしかして嫉妬してる? 明日葉、可愛いんだけどっ!」

 

 聞けば、私たちのコロニーの隣町で会った宿屋の主人のハーフエルフ。彼女があの地で開業する際に、色々サポートしていたのが陽乃だったらしく。

 その関係で、故郷――と言っても今から向かうエラナエンとは異なる里――に戻っていた片親とやり取りする都合で、エルフと関わる機会があったとのこと。あー……。

 

 ってことは結婚しているどころかもう子供が成人してるレベルで、嫉妬する意味なかったじゃない……。

 

 

 

 *

 

 最寄りの村からエルフの里へ向かって3日程度野宿を挟んで歩き続ける。常人なら確実に迷子になる森の中を木々と話しながら進んだ私たちは幸い迷うことなく見つけることができた。

 

「陽乃……この辺りかも。

 微かだけど魔力の膜? みたいなのを感じる」

 

「となると……そろそろ来るかな――」

 

 陽乃が言葉を紡ぎ切る前に、風切り音が遠くから聴こえる。私はまずそれを魔力で捕捉――やっぱり矢で、僅かに狙いは外してあるね。それでも万が一、陽乃の顔とかに当たったらイヤなので、飛来してくる矢に魔力を注ぎ込んで威力を減衰させる。

 その後、間髪入れずに陽乃がその矢を手で掴む。ま、事前打ち合わせもしてるしね。

 

 そして対峙する相手も警告程度だったようで、姿を見せて声を挙げる間に弓は仕舞って接近戦用の剣に持ち替えていた。

 

「――ここから先は、我らの領域!

 人間風情が立ち入るなど言語同断っ! 速やかに立ち去れ、さもないと――」

 

「あー……ちょっと良いかなー?

 一応、ウチらって人間じゃないんだよねー。種族探知の魔法って確か使えたよね?」

 

「む……貴様、エルフについて詳しいようだな。ならば、その場から動かずしばし待て。

 動いたら攻撃と見做す」

 

 

 そう言うと、明らかに戦闘用ではない長めの詠唱と共に、私たちの周囲は緑色で半透明の光によって包まれる。

 

「陽乃、詳しいのね」

 

「お。今のは嫉妬じゃなそうだね、明日葉っ!

 まー、エルフは世界で最も身分証明の手段では先進的だって話だしね。場所によってはこれで生計立てている都市住みのエルフだって居るらしいから」

 

「そんな税関職員みたいな……」

 

 

 ……とはいえ。こうなってしまえばあとは陽乃の独擅場だ。

 それから、このエルフが武装解除して謝罪しながら水先案内人を務めることになるまで5分とかからなかったのである。

 

 

 

 *

 

「我らエルフよりも高身長なところでよもやと思ったが、まさか本当に『スノウエルフ』の方々だったとは! 重ね重ね先ほどの非礼をどうかお許しいただきたい――」

 

「……あの、私たち『スノウエルフ』ではなくてボーリアル……むぐ」

 

 言いかけた途中で、私の口は陽乃の暖かい手のひらに包まれて、その直後耳元で『……エルフ視点だとウチら(ボーリアルコニファー)ってエルフ扱いで正しいんだよね』って囁かれて、陽乃は離れる。

 

「あーいやいや、別に気にしなくて良いよー。ウチもエルフの里に来たのは久々だけど、『エラナエン』でもツリーハウスに住んでいるんだねー」

 

 先導するエルフの相手は陽乃に任せて、周囲の景色を見やる。

 森の木漏れ日に照らされた清涼な小川と、その周囲に丁寧に植えられた薬草園。そして森の景観を全く損なわないかのように作られたツリーハウスには、エルフらの住居でありながら同時に野鳥類の住処としても機能している。

 そして、防臭の術がかけられているがこれらの景色に重なるように存在する屠殺小屋には、魔物のものと思しき大きな牙が置かれていて。

 

 まだまだ集落の一端を垣間見ただけであるが、彼女らエルフが自然と共生しつつ同時に食物連鎖の頂点に君臨する存在であると如実に示していた。

 

 

 ……と。考え事をしていたら、先を歩く2人が、1つの華美な装飾のなされたツリーハウスで足を止めた。

 

「我がエラナエンには必要ない故、旅人の寝床を用意していない。……が、案内の最中に里長に精霊を遣わせたら、来賓用の館を使って構わない、とのお達しであった。

 滞在期間にもよるが、まあ10年くらいなら自由に使ってもらっても構わない――」

 

 おお、長命種族視点だ。というか迎賓館的な宿泊施設があるというのは文化・風習的に興味深い。

 妙なところで私が感心していたら陽乃が先に言葉を紡ぐ。

 

「えっとー、多分そこまで長居はしないと思うよ? メインは『おつかい』だし……ね、明日葉?」

 

 そこで振られたので、陽乃の肩からかけているサコッシュポーチのアイテムボックスを漁っていつぞやの防腐処理済みのリンゴを取り出してから答える。

 

「あ、うん。

 えっと、陽乃の言う通り、私たちこのリンゴの木を分けてくれた人を探しておりまして」

 

「む? ……流石に果実だけでは分からないな」

 

「あ、そういうことであれば――」

 

 私はそう言いながら、念写魔法で、リンゴの木が苗木だった頃の情景を写真のように起こす。

 

「……この風景に似た場所を探してもらえますか? 50年程度昔だとは思いますが」

 

「――いや、充分だ。こちらで探しておこう。

 この魔絵は借りても良いか?」

 

「はい、問題無いです。そちらは既にただの紙なので」

 

 

 割と神妙そうな表情をしたままエルフの軽戦士は私たちに一礼をして去って行った。陽乃はその姿が見えなくなるまで無邪気に手を振っていた。

 

 

「……意外と何とかなりそうだね、明日葉?」

 

「ええ。ひとまず、しばらくは待ちになりそうね、陽乃。

 なら『世界樹』も一目くらいは見たいけれど……」

 

「いやー、いくら私たちが『同胞扱い』でも厳しいと思うよ?」

 

「そっかー……」

 

 

 ……ざんねん。

 

 

 

 *

 

 1週間経った。

 ツリーハウスは、虫を寄せ付けない結界を私が張ったことで思った以上に快適だった……というか快適過ぎて出入りのための梯子の昇り降りが面倒で、部屋に引きこもりっぱなしになるくらい。

 とはいえ、陽乃はそういう怠け癖を私よりもよく知っているので、紅茶を使ったお茶占いのお店に一緒に行ったり、エルフの集会所みたいな場所でボードゲームをしたりした。

 

 陽乃は、このツリーハウスに泊まり始めてから日課になりつつある飛来してくる鳥たちを一旦待たせて鳥の巣の簡単な掃除を……って。

 

「――あ、待って陽乃。その小鳥、魔法で出来てる」

 

「マジ? 伝書鳩的なやつかもね、じゃあ。

 明日葉ー、調べるのは任して良い?」

 

「いいわよ。確かエルフの古魔法解析は、文献だと――」

 

 昔にちらっと一瞬読んだくらいで、実地で使うことなんて無いと思っていたから半分くらいアドリブと気合で何とかした。

 

 

 そして。差出人は例のエルフの軽戦士からで、内容は『リンゴの木の行方が見つかった』とのことだった。

 

「なら、早速行く?」

 

「明日葉ってば、ここはフットワーク軽くなるんだ……」

 

「ええ、勿論。『お遣い』は早く終わらせたいもの」

 

 

 そうして、地図情報が指し示す地へ向かえば――

 

 

 

 *

 

「……こうして私たちみたいな他人に頼むということは、あのおばあさんはもうここには来られないってことでしょうね。だから、近々貴女の方から会いに行ってあげると良いかもしれないわ。……貴女にとって、初めての人族とのお別れになるでしょうし」

 

「あ、はいっ! ……何から何までありがとうございます……。旅のスノウエルフさん」

 

「あはは、良いって、良いって気にしないで!」

 

 真相はと言えば存外平凡というか。当事者にとっては大ごとではあるのだけれども。

 まだ100歳行くかそこらの若い(・・)エルフが、定命の種族との時間意識の差に無頓着だった、ってだけみたい。

 

 この若いエルフは、例のお婆ちゃんが少女だった頃から面識があって、苗木を分けて、そのリンゴの実を10年に1回みたいに届けてもらうみたいな付き合い方をしていたらしい。で、まあ。3日くらい野宿しなきゃいけないくらいには森の奥だから、老体でこの里まで来るのが無理になって私たちに頼んだ、ということなのだろう。

 

 人間の寿命が短いことは知識として知っていたが――みたいな神妙な顔をしている彼女には『信頼できる人にでも相談してみることね』とだけ言ってその場を後にする。……初対面で突っ込める話でもないし。

 

 

「明日葉ー? ひとまず、ここでやることは終わった感じかなー?」

 

「ええ。意外と陽乃もドライよね」

 

「そりゃあ……ねえ? 向こうから助けを求められても無いのに、初対面の人に手助けはしないって」

 

「……あら? 陽乃は私に対してなら、もっと親しみがあるのに?」

 

「もー! やめてよー!

 ……て、てかさ。明日葉ー、もう次の場所に出発する感じ?」

 

 確かに、やることはやったわけだし先に行っても良いわけだが――

 

 

「……いえ。

 まだもう少し、ここでゆっくりしていきましょうか。エルフの里なんて滅多に来れないでしょう?」

 

「――明日葉、優しいね。

 あの子からしたら、私たちがおばあちゃんの今を一番知ってるから、万が一のことを考えて残っておくってことっしょ?」

 

「……うっさい、陽乃」

 

 私は陽乃の頭をポカっと叩こうとしたら、それを陽乃に阻まれた上に。

 行き場の失った私の手のひらに陽乃は指を絡ませて、そのまま手を繋いでツリーハウスへの帰路につくこととなった。

 

 

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