真剣でハンターと恋しなさい!   作:まじ恋は良いぞ

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百代√ 1
1-1


 川神百代には武術の才能があった。

 

 幼いながらに川神流の門下で日々励む年上の武術家とも互角以上に渡り合い、師範代クラスが本気を相手をしてようやく鍛錬として成立するか怪しい。

 

 肉体の動かし方、気の練り方、それを肉体の込めたい箇所へ込める感覚と術、全てを独学ながらに幼い身としては最高峰。

 武術をする為に生まれてきたと言っても過言では無い、文字通りの神童である。

 

嬉しくない

 

 最初のうちは神童と持て囃されることに満足感や優越感が感じられていた百代も、中学生に進級する頃ともなるとそれ等はかなり希薄になっていた。

 

 組手をしても相手が早々に根を上げ、鍛錬は愚か腕試しすらままならない。

 大の大人を相手しても全戦全勝が当たり前。それも辛勝はほぼ皆無であり、余裕を残しての大勝利ばかり。

 

つまらない

 

 自分が強いのだと理解は出来ても、それで心を満たすことは出来ない。

 強い自分を持て余し、湧き上がる『戦いたい』という武術家ならば当然の欲望を満足に満たせず、そこに日々の鍛錬の退屈さが輪をかけて彼女を苛む。

 

 どれだけ戦っても満たされることは無い。

 戦いが戦いとして成り立たない。圧倒的な力の差があることは無論、それ以前に自分では相手にならないからなんて彼女の望まない不愉快な謙遜によって相手から離れてしまう。

 

 中には腕っ節には自信がある、まだ幼い子供に負けるわけが無い、そんな自惚れに後押しされて戦いを挑んでくれる相手も居るには居たのだが、その手の輩は決まって一度負けると牙が抜かれる。

 

 自分が間違っていました

 調子に乗っていました

 もうやらないので許してください

 

 望んでいない反省の言葉が投げかけられる

 

 もう挑まないので見逃してください

 

 彼女がどれだけ失望し、絶望するのか知りもしないで保身に走った発言を投げかける

 

 要らない!

 私はそんなもの要らない!

 

 求めていない言葉を押し付けられ、百代の精神は悲鳴を上げていた。

 

 戦いたい彼女にとって、強い相手と知恵と力を出し尽くして戦うことを望む彼女にとって、戦ってもらえないというのは死刑宣告にも等しい絶望となっていた。

 少しでも絶望を誤魔化そうと我武者羅に鍛錬に打ち込んでも苦痛を感じることもなければ、何かしら身になった試しも無い。

 

 日々の記憶は退屈によってモノクロに彩られ、楽しいと思えた記憶は両手で数えられるかどうかの数しかない。

 

 誰でもいい! 私と戦ってくれ!

 楽しめなくても良いから! 誰か!

 

 私を満たしてくれ!

 私を見てくれ!

 

 1人の武術家としての川神百代を、誰でも良いから真正面から見てくれ!

 

 強く在りたいと願えば願うほどに強くなる自分が戦いたいという欲望を満たす事を許してくれずに苦しむ日々は、実際に経過した時間の何千倍も長く感ぜられた。

 その間に何度も何度も願い続けた言葉は呪詛のように、百代の脳裏にこびり付き続けていた。

 

「あ"あ"あ"あ"ッ!!」

 

 その呪詛を断ち切るかもしれない存在に巡り会った時の感動を、百代は死ぬまで忘れなかった。

 

 退屈な鍛錬の中でも特に退屈だった山篭り鍛錬を終えて戻ってきた彼女の前にいた、山篭り前には川神院にいなかったはずの人物。

 

 コスプレ衣装を思わせる奇っ怪な防具に身を包んだ女性を初めて見た時、百代は衝撃を受けた。

 

綺麗だ……

 

 容姿に対してでは無い。確かに容姿は大人びた女性を思わせるものだったが、百代の抱いた感想の矛先は容姿ではなく彼女の纏う気に対して向けられていた。

 

 量は大したものでは無い。並の武術家よりも少し多いくらいで、女性より年下である百代には遥かに及ばない。

 

 そんな彼女が纏う気は、僅かな乱れすらなくしっかりと練り上げられ安定している。

 山篭り中に寒いと感じた原因である雪を思わせる真っ白な気が、彼女の肉体を保護するように纏われている。

 

 静かで、それでいて力強い。

 そんな気とは真逆の雄叫びを上げながら、しっかりと練り上げられ安定している気を込めた足による蹴りを女性が放つ。

 

「ぐうぅッ!?!? お、おいおい……気の扱いを教えてまだ1時間も経ってねぇぞ」

 

 両腕をクロスさせ、そこに気による防御力の強化を済ませた釈迦堂が後方へ大きくノックバックさせられ冷や汗を流している。

 

 蹴られた箇所の衣類はボロボロになり、露出している肌にはくっきりと蹴り付けた痕が残されていた。

 

「あれ、わしの無双正拳突きより強くないかのぅ……」

「名付けルなら、川神流・無双豪脚蹴り ですカね」

 

 引き攣った笑みを浮かべる鉄心の横で、同じく引き攣った笑みを浮かべるルーによって名付けが行われる。

 

 川神流・無双豪脚蹴り

 

 拳で放つ正拳突きに対して、足で放つ蹴り。

 

 対象的であり大層な名前だが、フォームは武術性からは遠く離れている。

 腰の捻りもなければ脱力と力みのメリハリもない。簡単に言えばヤクザキックだ。

 

 それが気の扱いに長けている釈迦堂をもってしても無傷で受けることを許さない、生身の人間に放てば一撃で命すら奪い得る破壊力を秘めている。

 

「ッッッ〜〜〜!!!!!!」

 

 そんなものを見せられて、百代に響かないはずがなかった。

 ニヤけが止められない。頬を手で押さえても口角の吊り上がりに合わせて頬が動くのを止められない。

 

 今日からまた退屈な鍛錬の日々か。

 まぁ山篭りをするより幾分かマシか。

 

 そんな考えで川神院に戻ってきたばかりの百代は、気付けば鉄心に掴みかかっていた。

 

「ジジイ! あの人はなんだ!! 誰なんだ!!!!」

 

 これほどに他人への興味関心を示したのはいつぶりかのぅ、と鉄心は当時を振り返って笑う。

 

 百代に詰め寄られた鉄心は洗いざらい、彼女を保護してから今日に至るまでの馴れ初めと経過を語って聞かせた。

 

 身の丈の倍はあり体重の数倍もある大太刀を軽々と振るい、鉄心の気配探知を潜り抜け、門下生の巡視を掻い潜る。

 道具を駆使してルーと釈迦堂の監視すらも攻略し、挙げ句には釈迦堂を真っ向勝負で半殺しにまで追い込んだ。

 

 ついでに治療の為に釈迦堂とキスをした。

 

「凄い! 凄いな! 本当に凄い!」

 

 唖然とした後に出た言葉は語彙力を何処かへ置き忘れたものばかり。

 百代がどれだけ感動しているのか、難しい言葉をつらつらと並べ立てるよりも余程適切だった。

 

 誰かは分からずとも、相当の手練である事はわかった。

 そうなれば百代の行動は決まっている。蹴り飛ばした釈迦堂に何か飲み物を差し出している彼女に肉薄すると、彼女に掴みかかった。

 

「ッ」

 

 釈迦堂に注意が向いている隙を突いての掴みかかりは、慌てる様子もなく無造作に振り払った左腕によって避けられる。

 ならばと振り上げた右足での蹴りは左手で足首を抑えられて潰され、左足での回し蹴りも跳躍によって躱される。

 

「お前やるなッ!! 川神流・無双正拳突きッ!!」

 

 無駄のない動きで的確に技の弱点を見抜き、そこを押さえることで技を殺す。

 かなりの技巧を持っていると判断した無防備となる空中にいる女性に対して、百代の攻めの手は苛烈だった。

 

 躊躇いなく打ち出した拳。何人もの挑戦者を一撃で叩きのめしてきた、基礎的な正拳突きを必殺の域まで高めた川神流を代表する拳撃。

 

 腰を深く落とし、練り上げた気を拳に込め、腰の捻りと拳に捻れを加える。

 完璧なフォームで放たれた無双正拳突きは、興奮も相俟って過去最高クラスの会心の一撃だと自負した。

 

 ガンッ!という激突音。

 会心の一撃は、新雪のような白い気を纏った右足底が叩き付けられて相殺されていた。

 

受けられた!?

 

 十全な構えと備えを経ての無双正拳突きが、空中という無防備にならざるを得ない状況下で放たれた無双豪脚蹴りで受け止められて相殺される。

 

 考えられない光景に百代は頭が一瞬フリーズした後、心の奥底が一瞬にして熱く燃え上がるのを感じた。

 

この人は強い!

今までの口だけ野郎なんか比較にすらならない!

 

この人なら私を満たしてくれる!!

 

 戦いを望む武術家としての百代が歓喜する一方、1人の女子としての川神百代もまたざわついていた。

 

暖かい……

 

 無双正拳突きに合わせて放たれた無双豪脚蹴り、その威力を引き上げている白い気に触れたと同時に、心地好い熱が肉体に流れ込んでくるのを感じる。

 

 染み入るようで、不快感は無い。

 体の奥深くにまで染み込んで、ほんのりとだがたしかに心身を温めて癒してくれる。

 

 高潔さすら感じさせるような力強い気は、荒んでいた百代の心には覿面に効いていた。

 

「……」

 

 着地した女性は百代の目線の高さに合うよう膝を曲げてしゃがみ込むと、蹴った拳を撫でながら無言で微笑む。

 

 立ち会いにおいて気遣われたのなんて、何時ぶりだったか。

 

 自分の身の安全よりも百代の身を案じる相手と戦ったのは、いつが最後だったか。

 

 自分との戦いで含みのない、ただ純粋な笑みを浮かべてくれたのは誰が最後だったか。

 

「……あはっ、あははははは!! いいなぁ! お前楽しいな!」

 

 久し振りの経験をさせてくれた女性を、百代は心の底から気に入った。

 

 歳の差はあるがお構い無し。優しい笑みと自分に張り合う力を併せ持つ彼女に、百代はすっかり魅入られていた。

 

 武術家としても1人の人間としても久方ぶりの充足感を感じた百代は高らかに笑い、女性へ手を差し伸べる。

 

「私は川神百代! お前、私のライバルになってくれ!」

 

 当時のセリフを、百代は今でも覚えている。

 

 そして振り返る度に、こう思うのだそうな。

 

 今思えばあれが私の初恋だったのかもしれない、と。

 

 

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